異世界英雄譚~仲間に恵まれ大奮闘~
バニアス
0 序章 皆杜秀清
その日、オレは妹の凛奈(りんな)と仕事場へ向かっていた。いま車の中には運転手の母とオレ、妹と家族水入らず状態なのだが、実は会うのは半年ぶりだったりする。
オレの名前は皆杜 秀清(みなもり しゅうせい)。プロボクサーとして売り出し中の19歳だ。
プロボクサーなので、当然ボクシングで収入を得ている。まだデビューしたばかりだが、いまのところ3勝(3KO)負けなしと自分で言うのもなんだが結構強い。が、それだけで食えるほど稼げるわけでもないため、バイトをしながら生活を送っている。
オレの隣でひざ上に色紙を置いてサインを書いている凛奈は、17歳の現役アイドルであり、それも超のつく売れっ子である。
父の亡くなった我が家を、ほぼ彼女が1人で支えている。母は彼女のマネージャーとして活動しており、運転手も兼ねている。
オレは「皆杜凛奈の兄」として有名な部分がある。サイン等をねだられる機会も多いが、ほとんどがオレのではなく彼女目当てであり、いまも彼女に書かせているサインは、オレ経由でお願いされたものである。
彼女は、よほどのことがない限り自分だけのサインを書かない。オレとセットで書きたがる。周囲はオレのサインを望まないのだが、そうしないと彼女も書かないと言うのでしぶしぶ了承する。
自分で言うのもどうかと思うが、凛奈はオレに非常になついている。本人が「兄のように素敵な男性がタイプです」と公言するほどのブラコンであり、俳優とかにもよく夕食に誘われるそうなのだが、2人のものは必ず断るそうだ。過去に「男女の密会」というタイトルでスキャンダルした相手が実兄だと判明した時の週刊誌の落胆っぷりときたらなかった。あれのおかげでオレの名前が売れ始めたという経緯もある。
話をもどす。いま車の中にいると言ったが、それは兄妹そろってのテレビ出演の収録をしに行くためだ。半年ぶりに会うと言ったが、半年前もやはりテレビの収録であった。私的に会うことは、売れっ子の凛奈のスケジュール調整を考えると難しい。
「この前の試合、観れなくてごめんねお兄ちゃん」
「ん? ああ、いいさ。凛奈だって忙しいし、それに観客席に来たらお前のほうが目立つ」
過去に1度関係者席で凛奈に観戦させたことがあったのだが、観客は試合そっちのけで視線やスマホをほとんど彼女に向けていた。観戦に集中してもらえないと他の選手たちにも申し訳ないし(全員、凛奈とのツーショットで事なきを得た)、彼女は気にしていないと言うが、やはりプライベートでも注目を集めると精神的疲労も多い。
「どうだ、ドラマの収録で忙しいと聞くが」
「うーん、私お芝居すきだし別に苦はないかな。ちょっと先輩に怖い人がいるけれど、基本みんな優しいし」
「大女優のあの人か。うわさ通りの人なんだな」
等々、車内で適当な会話をしていた。
オレの最後の記憶は、にこにこしながらこちらに話しかける凛奈の顔であった。
強い衝撃を感じ取った瞬間、オレの意識は闇に沈んだ。
《…てなわけでさ、ほんとまいっちゃうよね無能の運営には。現場を道具としか考えていない》
「あなたがそれを言いますか、笑えますね。あ、デューン様、目が覚めたようです」
《おっと、早いね。秀清くん、おはよう。目覚めた気分はどうかな》
…なにやら男女の会話が聞こえると思ったところで声をかけられた。気分も何も現状をさっぱり理解できていない。
《安心してくれていいよ。よくは知らないけれど、君はなんらかの形できちんと死亡したはずだ》
…死んだ? いや、死んだのに安心してくれというのもどうなのだ。ふざけた男である。男かどうかは声でしか判断できないのだが。
目を覚ましたと言っても視界が広がるわけではない。目の前は真っ暗で、目を開けられないし口もきけず、呼吸すらできない。そもそも体というものを感じられず、意識だけが存在するといったところか。死んだことをなんとなくだが実感できる。
苦しさといったものはないが、もしこのまま放置されてしまうと気が狂いそうだ。
《ははは、大丈夫、その違和感はすぐになくなるさ。…さて、今君に話しかけているのには理由があってだね。ペルナくん》
「はい、おふざけのすぎるデューン様に代わって私が説明いたします」
これまで話しかけてきた男に代わって今度は女性の声。後ろで≪辛辣だぁ≫とかぼやいてるのが聞こえる。
「簡潔に申し上げますと、あなたは地球で死亡し、肉体から離れた魂のみをこの世界にとどめた状態です」
うん、簡潔すぎて頭が追いつかない。その後も説明を続けてもらい、納得こそできないが理解はできた。
宇宙に生きるすべての生物の魂は、極々稀に秀でた能力を持つそうだ。それに気づき、生きる間に発揮できるかはまた別の話らしいのだが、とにかくその特別な能力、「虹色の才」を持つ生物のうちの一人がオレなのだという。
そして、その虹色の魂を集めてその才能を覚醒させ、ゲームをするのがこの男の世界の住民、つまりは神の者たちで流行っているそうだ。こんな軽い男が神なのか…。
今回のゲームのルールは地球にいる生物の魂を別の世界に移住させ、ゲームマスターの用意したイベントを達成してもらうことだとか。で、主神のそれぞれ担当する魂に、住民は賭けていく。競馬で言うなら、このデューンという男も含めた主神たちが馬主、住民は観客、そしてオレたちは騎手兼馬といったところか。
ちなみにイベントの内容は秘密なのだそうだが、いつ起こるのかはきちんとわかるそうだ。
地球でそのイベントをやるには環境が悪いらしい。それがなければもっと楽に物事が進むのに、と愚痴を言っていた。
いやいや流行りってなんだよ。そんなことでオレを含む虹色の才を持つという人たちは殺されたのか。と考えていると。
《いやね、あくまでこれはゲームだから安心して。実はいま地球は死んだ瞬間で止まっているんだよ。肉体と魂の関係というのはやっかいでね、死んでもらわないと分離できなくて、仕方なーく死んでもらったんだけれども、一度分離しちゃえば再結合は簡単。そして魂はともかく肉体というのは修復も非常に簡単だ。つまり》
男がそう説明してくる。つまり地球で死んでる肉体を修復してまた魂を結合したなら再び元に、死亡する前に戻れると。
《そうそう、理解が速い。当然復活後またすぐに同じ理由で死ぬようなことにはならないよ。要するに、このゲームが終われば君たちは死亡したときの事故や事件に巻き込まれることもなく、また元の生活に元通りさ》
…生前の記憶をたどるに、おそらく、衝突事故か何かであろう。巻き込まれた母さんや凛奈も生き返るのか?
《大丈夫、君の死に巻き込まれて亡くなった方々も問題ない。その事故や事件がそもそもなかったことになるからね》
まあ、言わんとしていることはわかった。こうなってしまった以上、割り切るしかない。
ここでぱっと生まれた疑問が2つ。そのゲームに勝つメリット、そして負けたときのデメリットである。
《負けても特になにもないかなぁ。ゲーム終わるまで待機してもらって、終わったら予定通り地球に帰還。まあ待機してもらう間ちょっと暇かもね。勝ったら勝者全員にゲームマスターである僕たちがなんでも願いをかなえてあげるよ。たとえば、これは例えだけれど、ふつうこのゲームが終わると死亡時点からこれまでの出来事の記憶を消されて地球に戻るけれど、望むのであればその記憶を持って帰還できる》
…随分と都合がよいが、まあ、デメリットなしになんでも願いをかなえてもらえるというのは面白いかもしれない。範囲は指定されていないから、非常に大きい願いでもかなえてくれるとすると、かなりラッキーではないか。
《お、やる気出してくれたかな。では、さっそく向こうに行くための設定なんだけれど》
このあとオレの魂は『リューオ』という魔法の存在する世界に送られ、そこでイベントが発生するまで暮らしていく。住民はそれまでのオレたちの生活を見て、賭ける対象を決めるのだそうだ。
そして、そのためにここで肉体を設定できるそうだ。各人固有の「虹色の才」を含めて、ここで他の「プレイヤー」と3つ差別化できる。
ちなみに先述した「地球の環境が悪い」というのは、いわゆる魔法を使えないためだ。魔法の源であるマナというものが枯渇しているらしく、イベントを起こすのに不都合らしい。
話を戻す。この差別化はかなり重要なファクターとなる。頑丈な肉体や翼を生やして空を飛ぶというのはそれだけで有利になる。
しかし、この差別化にはなにかしらの能力に制限を必要とするとも言われた。すなわち、なにかデメリットを背負う、もしくはなにかを失うことでそのぶん大きな力を授かることが可能となる。
自分はボクサーだから戦闘は自分の拳を使うつもりだし、肉体への制限を避けたい。…いまピンときたものは、武器を持てない代わりに肉体を強化するというもの。どうせ剣なんて持ったところで扱いきれない。
《『武器携帯の制限』ね。能力を向上させるには結構いい制限だと思うよ》
うん、我ながらいいんじゃないか。扱えないものをいちからまた使えるようにするより、親しんだボクシングで良い。ただ、これでナイフやフォークを持てなくなったとか言われても困るが。いちおう、武器と生活品でカテゴリが違うらしいので大丈夫そうだけれど。
しかし、その後もうひとつがなかなか決まらなかった。話によると、この制限だけで割と超人的な肉体になるらしく、それだけで十分な気がしてしまった。
悩んでいたところに、ひとつの童話を思い出す。桃太郎だ。本人の能力もあるだろうが、恵まれた仲間に支えられているといってもいい。
そこで思いついたのが、「仲間に恵まれる」というものだ。ちょっと抽象的なのだがいけるのだろうか。
《もちろん。ただ制限もそれなりのものにしないとね》
では魔法を使えないというのはどうだろう。仲間がいるなら、自分で使う必要もないだろう。
《わかった。地球人はたいてい魔法を使うことを楽しみにしていくのに、珍しいね》
使い慣れないものはあまり、ね。生前もスマホでなくガラケーだったし。
《仲間ねぇ。…どうだろう、うちのペルナくんを仲間にしてみては》
「…んぇっ。ちょっと、何をおっしゃって」
ペルナさんって一緒にいるその女性? じゃあお言葉に甘えて、貸してください。
「いや、あなたも冗談を言うのはやめなさい」
《いいよ。じゃあペルナくん、頑張ってね》
「…いやいや、私もここに残ってやることが」
《そこらへんは君の部下に引き継いでおくね。じゃあはいこれ》
「え? いやいりませんよ。というか行きませんよ」
《じゃあ秀清くん、ペルナくんと仲良くね。じゃ、がんばって》
その声を聞いたのち、またオレの意識は途切れた。かすかに女性の怒声が聞こえる中…。
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