4章 殺人者 灰に還る夢

殺人ドローン

 ラクシュをベッドに移したが、もうその体が動かないのは明らかだった。見開いたままの目にライトを当てた。左右の瞳孔は大きさが異なっていて、光を当てても変化しない。


 誰がやった?


 ラクシュが誰かの恨みを買ったとはとても思えない。こんな目に遭う理由は何もない。時計を見た。マドカさんが帰ってくる予定より30分以上過ぎていた。スマホを見てもメッセージは何もない。外に出ようと腰を浮かした時、奥の診察室からガタッと音が聞こえた。


 ぎょっとして身を引いた。


「やっと帰ってきたね。いてててて……」


 カーテンを開く。


「アルト?」


 袖が破れ、奥のシャツに血がにじんでいた。


「どういう事だ……」

「こういうことさ」


 笑いながらアルトが診察室から出てきた。血の気が失せているが、怪我は軽いようだ。白いプロペラがついた機械を床に投げつける。重い音がコンクリートに響いた。


「こいつがそこの子を撃った。次に私を撃とうとした。だから私が撃ち壊した。正当防衛。オーケイ?」


 背筋を丸めて肩を押さえながら、どさっとベッドの上に身を投げ出す。床を転がっているのは白いドローンだった。


「なんでそのドア壊れっぱなしなのさ。撃たれるなんてダマスカスに届け物をして以来だよ。日本で拳銃に狙われるとは思わなかった……」

「ドローンがピストルを積んで襲ってきたのか?」


「そういう事だね。誤解は嫌だから順を追って話すよ。私は最近金払いのいいショウ君へ営業に来た。そしたらそっちの子、ラクシュってのかな? 彼女が車いすに座っていた。足が悪いわけじゃなさそうだし、ふざけてかね。タイヤを回して遊びながら、ショウを待ってるって言ってた。次にこのドローンが入ってきて、その子へ銃を向けて撃ち殺した」

「なんでお前、その前に撃たなかったんだ?」


「びっくりしたからだよ。ゴルゴや次元じゃないんだ。突然襲われて反撃できやしないさ。あわてて奥の部屋に逃げ込んでから銃をとった。ドローンが入ってくる。けれどこれ、結構のろいんだね。3発撃ち込んだら落ちて、踏みつけてチャンバーとマガジンを引っこ抜いた。そういうストーリーさ」

「人違いだ……こいつは、マドカさんを撃つつもりだった。車いすに座ってる奴を撃つよう命令したんだ」


「そんなアバウトな命令で撃てるもんかね?」

「人工知能のでき次第だな……」


 そして、その人工知能を作れる人間はこの世にいる。


「とにかく事情はわかったけどさ。なんかまた外が騒がしいね。ショウ、悪いけどこれ肩に巻いてもらえるかい?」


 包帯を指さす。アルトが上着をはだけた。肩に大きな擦り傷ができて、肉が見えている。


「大丈夫か」

「痛いよ。勝手に痛み止め注射しちゃった。ウォン先生にあとで払わないとね」


 ヤブの手伝いをしていたこともあって、比較的手際よくできた。アルトのなで肩を包帯止めで固定する。


「壇も同じ方法で殺したのか」

「間違いないね。開いた窓から撃ってたし。ドローンに鉄砲を結び付けたんだろう。多分、前に会った時は1回目だから現場確認をしてたんだ。このでかい機械を持って歩いたところを想像すると笑えるなあ」


「いや、シャダイには普段から使ってるドローンがいくつかある。花壇の水まきのためと、宣伝のために。それを使えばいいだけだ」

「それを乗っ取りっていうことかい。スーパーハッカーはすごいね」


 必ずしもそうとは言えない。ドローンのハッキングは技術的にはそこまで難しくはないからだ。コントローラからの通信は操縦のために平文が使われていて暗号化はされていない場合がほとんどで、しかも中身はパソコンと類似した技術で操作できる。日本でもCode Blueコード・ブルーというハッカーたちのイベントで、そうしたドローンハッキングが実演されたことがある。


「にしても、前回は殺したところに本人もいたね。なんでだろう?」

「殺したかどうかを確かめるためさ。それがうまくいくとわかって、今回はドローンだけを使った」


「なるほどね……」


 わずかな時間、休息を入れた。パソコンが押しのけられて部屋の隅に置かれていた。汗まみれの服を着替えてジンジャエールの瓶を取った時、ふと、デスクトップの陰に置いていた文庫サイズのアルバムを取り出した。サクとラクシュと、ビンタン島に泊まった時のものだった。思わずページをめくると潮風に髪をなびかせるサクの目が、太平洋のさらに向こうを見つめていた。裏に『ビンタン島にて。休暇を楽しむ世界一のハッカー』とラクシュの英語が書いてあった。


 あいつの軽口を邪険に扱ってきたことを今さら後悔した。お前が仲間でよかったと、なぜ一度も言わなかったのだろうと思った。そんな感傷を許すことなく、アルトがドアへ目を向けながら言った。


「なんか外が騒がしいな。なんかあったかね?」

「外にいる奴に聞けよ」


 アルトがカバンから黒い塊を引き抜いた。オートマチックをジャンパーで隠して、足音を立てずに部屋の外へ出る。ラクシュの遺体がまだ力なく転がっていたが、外はたしかに普段とは違うように思えた。


 アルトが廃屋のドアを開けて、地下道へ向かった。俺も続いた。電球が切れている。外は新宿と思えないくらいに暗かった。どこか、俺がいるところとは違う通りで、強烈な衝突音が聞こえた。悲鳴が聞こえる。


「救急車!」


 その声に目を向けた。視線の先、数メートルのところに何人かが倒れていた。


「ショウ!」


 今度は俺の真後ろから声が聞こえた。薄暗い中にウォンの長髪が踊っていた。いつもの芝居がかったセリフがない。初めてこいつの地声を聞いた気がした。


「ウォン、ラクシュが来て」

「そりゃあ来るよ、だれだって来る。千客万来間違いなしだ。でもそんなことはいい」


 俺のセリフを強引に切って、俺にホテルのキーを握らせた。


「いいかい、よく聞いてくれ。渋谷のセルリアンタワー東急ホテルにマドカさんがいる。そこで彼女のケアをしてくれ。投薬とか義手の管理だ。やりかたは難しくない。彼女に聞けば覚えられる。ただ、急に容態が悪化するかもしれないから、その時はなんとか公衆電話を探して僕に連絡してくれ」


 息を切らしてウォンがまくし立て、下を向いてから俺の返事も待たずにさらに話し続けた。


「早く行ってくれ。いいかいマイディア。親愛なる僕の居候くん。都内の信号は全部壊れている。電気関係はもっとひどい。止まってるのはまだいい。わけのわからない動作をしてるのがある。携帯もダメみたいだ。固定電話はさっき使えたけれど今は通じない」


 唖然として周りを見渡した。ようやく現実に頭がついてきた。


「ウォン、お前はどうする」

「本職だよ。開業以来の千客万来、徹夜待ったなしだ」


 一声叫んで、ウォンは群衆を連れて廃屋へ消えていった。


「アルト、ラクシュの話をウォンへ伝えてくれ。俺は渋谷に行く」

「はいはい」


 警察を出てからわずか数時間。サクが不夜城におろした帳は、地獄絵図を描いていた。

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