32. 見名瀬ふたたび
神主と一騒動起こした翌日、営業中のブランへ、見名瀬神社の半木から電話が入る。定期清掃の依頼だったが、これは桐治にも都合が良かった。
まだ昼の三時だというのに、なぜかミキに加えて店にいる非番の瑠美。昨日の話が早くしたかったと見え、彼女はカウンターに座って相手を取り替えては喋り続けていた。
「半木さんからですか?」
「うん、掃除してくれってさ。カラスもまた来てるらしい」
「私も行こうかな」
宿命球の無い瑠美が行くのは危ない、と渋い顔をされるかと思いきや、桐治は手伝って欲しいと言う。
「ただ、カラスは危険だから、塩は多めに持っていった方がいいね」
「それならいいのが有りますよ。一度、家に帰って取ってきます」
「じゃあ、店を閉めたら、家まで迎えに行くよ」
彼の背後から、鍋仕事に専念していたミキの声が掛かった。
「桐治さん、これ、やっぱり無理ですー」
「そっか。まあ、そうだろうなあ」
火を止めてカウンターに戻って来たミキに、半木の依頼を伝えると、彼女は指でOKサインを作る。
今夜は三人で遠征することに決定して瑠美は帰宅、桐治たちは閉店まで接客に努めた。
七時半、営業中にミキの作った弁当と、見名瀬用の用具を車に積み、二人はいそいそと篠田家に向かう。
瑠美を拾う際、州然が出て来て何やら桐治へ喋り捲くっていた。
まあ、大したことではない。昨日は一睡もしていないらしく、異常なテンションで礼を言われただけだ。
車中でおにぎりをパクつくミキを見て、瑠美が聞きそびれていた質問を思い出す。
「昼に鍋で煮ていたのは何? 料理って雰囲気じゃなかったけど」
「ん、これだよ」
ミキが見せたのは、自分の宿命球だ。理解に苦しむ瑠美へ、桐治が訳を説明する。
「呪物、というか球には、性質でいくつかに分類できる。受け入れ力が違うんだ」
「受け入れ力?」
「混ざり方、かな。龍眼は他を受け入れる力が高い強受容性。水子玉を中に取り込んじまう」
「白流しですね。他には?」
「尻子玉は非受容性、割れたら最後で、修復は不可能に近い。コブシ玉は弱受容性、その中間だ」
これは重要な話だと、暗い後部席をものともせず、彼女は球ノートにメモし始めた。
「コブシ玉は……弱、受容性、と」
「弱い受容力は、自分と同質のものなら吸収する。この前は遺灰が有って助かった」
「遺灰が無かったら、修復できなかったんですか?」
「そういう時は、一度全部砕くか溶かすかして、一回り小さい玉にしたりする」
なるほどと、全て書き留める瑠美。彼女の手が止まるのを待ってやり、桐治の話は本題に移る。
「宿命球、こいつは弱受容性なんじゃないかな。神主は出来損ないを集めてただろ?」
「そう言えば、集めた球は、本体に返すっぽい言い方でしたね」
弥那山が話した内容は、彼女も桐治たちから教えてもらった。
出来損ないの球は、おそらく本体に吸収され、同化するのだと想像される。修復とはずいぶん様相が違うものの、受容力が有ると彼が判断したのも頷けた。
「で、球が鍋で溶けるかを試したんだ。溶けるなら、試したいことが有る」
「……だけど無理だった」
「ま、普通はそうさ。ガスじゃ火力が足りない」
「もっと高温が必要なんですね」
「温度の問題じゃない。力そのものの強さだよ」
桐治のしようとしていることを察して、瑠美は苦笑いを浮かべる。これはまた、半木さんが青くなるわね。
中年神主の仰天ぶりを予想しつつも、再び呪術感を堪能できそうだと、彼女は楽しげにミキ製おにぎりへ手を伸ばした。
◇
「えええっ!」
「上手く行けば娘さんも喜ぶんだ、悪い話じゃないだろ?」
半木の反応は予想通り。本尊をコンロ代わりに貸せと言うのだから、普通は拒絶されて当然だ。
しかしよくよく考えれば、宝珠の修復とやることに変わりはない。娘のためならと、最終的には半木も諸手を上げて賛同した。
「どうぞ好きなだけ燃やしてください。灯油もありますよ」
「いらないよ、神社に引火するぞ。チャッカボーイで充分だ」
「あっ、でも、本殿は今――」
「どうした?」
神主が桐治を呼び出した理由は、拝殿の横まで行くとすぐに分かった。
本殿の屋根に大きなカラスたちが羽を寄せ合い、ガアガアと喚き立てている。どうも黒毬藻の群れを餌にしようと集まって来たらしい。
「ちょっと清掃間隔が空き過ぎたか。毬藻が中で繁殖してるみたいだな」
「どうしましょう?」
「カラス避けの鏡は持ってきたが、距離が遠いな」
思案する桐冶を尻目に、瑠美が鼻を鳴らし、得意満面で新兵器を掲げた。大型パチンコ、弾を高威力で撃ち出すスリングショットだ。
「人に当てると逮捕される本格派です」
「また物騒なものを。だけどあのカラスは、塩の方が効くんじゃないかな」
「ふふーん、抜かりはありません。弾はこれ」
彼女の手に乗るのは、パチンコ玉サイズの岩塩の粒。これなら確かに、カラスも逃げそうだ。
宿命球を持った桐治とミキが前衛を務め、二人に守られた瑠美が本殿の近くへ前進する。
射程圏内、そう判断した瑠美は、
弾は密集するカラスを目掛け、夜空に緩いアーチを描く。
効果は抜群、高速で飛来する塩の気配に驚いた黒い鳥たちは、一斉にバサバサと飛び立った。
「おお、すげえ」
「一匹残らず、いなくなりましたねえ」
新兵器の威力に感心するミキ。活躍できた瑠美も大満足だ。
カラスのいない内に、三人は本殿の中へと入ろうとするが、扉を開けた瞬間、桐治の動きが止まった。
彼の横顔を見たミキと瑠美が、その硬直した姿に不安を覚える。こんな桐治の表情は、二人の記憶に無い。
ナナフシだろうが、影の立像であろうが平然としていた彼を、何がここまで緊張させるのか。
「毬藻はいい。祭壇の下を見ろ、強敵だ」
「どこです……?」
なまじ黒毬藻が見えるミキよりも、瑠美の方が先にその敵の存在に気付く。
「まさか、あの右下にいる……」
「Gだ。帰ろう」
クルリと本殿から背を向ける彼を、二人が必死に引き止めた。
「ゴキブリッ、ゴキブリで帰るんだ!」
「たかが虫じゃないですか!」
「馬鹿野郎、俺を殺す気か!」
理不尽な抵抗を見せる桐治には、何を言っても無駄。テコでも動きそうになく、諦めたミキが彼の鼻先に指を突き付けた。
「私が行きます。そこで待ってなさい」
「よせ、アイツの動きは予測不可能だ」
「予測しようとするから、翻弄されるんです。存在を消し去ればいい」
「……何をする気だ?」
お掃除セットからミキが選んだ武器は、ハイパワー掃除機。
空間ごと殲滅してやる。
掃除機には前もって重曹と塩を吸い込ませ、毬藻用にも効果を高めておく。そのジェットターボなノズルを握り、ミキは単身、本殿内へ突入した。
「くらいなさいっ」
「ミキ! 無茶をするな、掃除機が二度と使えなくなる!」
爆音を立て、Gに猛迫する掃除機。だが、敵も素早く回避して吸引を逃れる。機敏に追い掛けようとする彼女を、毬藻や黒影が邪魔をした。
「これじゃよく見えません!」
「くそっ……瑠美、ソルトガンを貸してくれ!」
「はいっ」
パチンコを受け取った桐治は、本殿の扉から数歩下がり、武器を中に向けて構える。弾は岩塩ではない、宿命球だ。
「行けっ!」
発射された球はほぼ一直線に飛び、本殿の壁にぶち当たった。軌道上にいた黒い異形たちは、球の力で霧となって消え失せる。
彼を援護するとばかりに、瑠美も手撒きの塩で加勢した。
――次弾よ、早く。
桐治は自分の左手を広げ、追撃用の弾を待つ。桐治の思惑通り、宿主から離れた球が掌に現れた。
再び発射される討魔の球、入り口を塞ぐ浄化の塩。
そして、必殺のジェットノズル。
相変わらずの大騒動を、半木は諦め顔で見守るのみ。
「討ちとったり!」
高らかなミキの宣言で、本殿の強襲作戦は終了した。
彼女の身体にも、
「宿命球を、火焔宝珠に混ぜるんですか?」
「それはマズい手だな。水子玉も消えたわけじゃないんだ。宝珠に取り込まれたら、手出しできない」
「宿命球から逃げられなくなるかもしれないんだ。じゃあ、どうするの?」
「球を再構成する」
本殿の横には、修復時に似た五徳が設置されていた。
二段構成なのは同じで、火焔宝珠は下段に置く。
上段が前回とは違い、漏斗ではなく、小さな中華鍋のような半球型の鍋が乗せられた。
半木は桐治の指示で家に帰り、暫くして茜を連れて戻って来る。少女の手には、彼女の宿命球。
茜を傍らに待機させると、桐治は上段に自分の球を放り込み、宝珠に着火した。火柱が、見名瀬の夜空を紅蓮に染め上げる。
どうだ……宝珠の力を見せてやれ。
火炎が立ち昇ってから十秒。宿命球の輪郭が、ジワジワと溶けて歪む。
炎でオレンジに照らされた桐治の口許が、軽く持ち上がった。
「成功だ。茜の球を貸せ」
「は、はい!」
彼女の宿命球が、同じく五徳の上段へ投げ込まれる。
賭けの要素があるとすれば、この投下順だ。最初に入れた球が、受け入れ先になるはず。
輪郭を失い、溶ける二つの球。
猛火に炙られて液状化した二個の宿命球は、今、一つに混じろうとしていた。
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