君のことが知りたい
「本当の君のことをもっと知りたいんだ」
「ライル様……?」
レイシーが目を見開いて僕を見つめ返してきて、そしてすぐにうつむいてしまった。
あ、なんかやばい。
今ものすごく恥ずかしいことを口走ってしまった気がする……
なんだか僕を見つめるレイシーの顔がみるみる赤くなっていくのが見えたが、きっと僕の顔も全く同じペースで赤くなっているだろう。
僕は空中を泳ぐ目をどうにか正面に向け直す。
「あのっ、そのさ、つまり……」
「ライル様……!」
「あ、はい」
急にレイシーがガバッと顔を上げてうわずった声で言うので、若干のけぞり気味に返事をする。
いまだ顔は赤いが、彼女の目には何やら強い決意のようなものが浮かんでいた。
そして半ばやけっぱちのように言ってくる。
「ぬ、脱ぎます!」
「……なんで?」
またおかしなことを言い出した……
いきなりの珍発言に困惑する僕を置き去りにしてレイシーは勢い込んで言う。
「ライル様がお知りになりたいことを、ぜ、ぜんぶっ、お調べくださいっ!」
「いや、あのさ、レイシー……あ、シャーロットもそれはもういいってば」
レイシーの後ろでアイラの方にそーっと手を伸ばそうとするシャーロットを制しつつ、僕は大きく息をつく。ここからどんな恥ずかしいやりとりがあっても、リセットしてやり直しは無しだ。
うん、よし、なんだか少し落ち着いてきた。
「レイシー、身体の方はどうでもいいよ」
「わ、私の身体は、アイラがオリジナルそっくりに作りましたので、ご満足頂けると思います。でも、ですが、中身の方は……出来損ないなので……」
「僕は君のことが知りたいんだ。ミス・ウィットフォードのことじゃない」
うわあ、恥ずかしいこと言うなぁ、僕。
我ながらよくこんな言葉がさらっと出てきたものだと感心する。
でもきっとそれが僕の本心だった。
ミス・ウィットフォードの身体のことは、うん、そう、さっき『霊廟』に置いてきたのだから。
「僕は、今目の前にいる、ミス・ウィットフォードじゃないレイシーのことが知りたい」
「あの……その……」
落ち着き払っているように見えて、案外粗忽なところが多かったりする少女。
運動が苦手だけど、訓練となると割と根気強くやる少女。
映像作品を鑑賞している時とサボテンに話しかけている時は、妙に子供っぽくなる少女。
取り乱すとしばしばとんでもないことを言い出す少女。
それから、どうも僕のことを好きになってくれたらしい、結構変わり者の少女。
そう、僕は――
「僕は君が『出来損ない』だと思ってる部分こそが知りたい」
「あの、でも、私、その……」
「うーん、さしあたってはそうだなぁ。簡単なとこから――」
しどろもどろで何か言おうとするレイシーの言葉を遮りつつ、僕は少し考えてから小さく頷く。
ちょうどいいのがあった。
「レイシー、今日の夕食に何か食べたいものはある? 二人が人間として市民権を得る記念として、パーティってほどじゃないんだけど、軽くお祝いをしたいと思っててさ。食料プラントの枠は空けてあるんだ」
これまでも彼女達に食事の希望などを聞いたりすることはあったのだが、レイシーが希望を言った記憶がついぞ無い。
ミス・ウィットフォードの食事の好みはビデオレターでちょくちょく聞いていたのだが、実のところ僕は
パーティ料理のメインを彼女に決めて貰うというのは、僕なりになかなか良いアイデアに思えた。
あらためて訊ねる。
「何かない?」
「あの、私……ライル様がご用意くださるものであれば何でも……」
「まあ、それも自由のうちといえばそうなんだけど、今回は無しで。君がお祝いに食べたいものを、僕も一緒に食べたいんだ。とりあえず言ってみてよ」
「えと、そんな、急に……」
レイシーが困ったように俯きかけて――
「おむらいす!」
――唐突に前のめりにつんのめった。
いきなりどうしたのだ。
……と思ったら、レイシーに背後から抱きつくような体勢で、肩のあたりからシャーロットがぴょこんと顔を出している。
一体何をしているんだこの子は。
僕は半眼になりながらとりあえず思いついた疑問を口にする。
「……おむらいす?」
「おむらいす知らない? あのね、地球の映像作品とかでよく出てくる料理で、なーんかこう、えーと、黄色いの! あたしがめいどさんの服を着てハートを描いてあげるわ!」
シャーロットはニコニコと満面の笑顔で説明するが全く要領を得ない。
そもそも名前からして聞いたことがない。かなりマイナーな料理であるように思われる。ハート?
ちらりとリザの方に視線をやると、小さな首肯が返ってきた。なるほど、その得体の知れない料理もリザのレパートリーにはあるらしい。
「で、では私もそれで……」
背中にのしかかるシャーロットを押し返すように身を起こしつつ、レイシーがシャーロットの意見に便乗してくる。
いや、おむらいすとやらはいいのだが、そうじゃないだろう。
僕は嘆息する。
「シャーロットの希望もちゃんと聞くから。レイシーのは別。ああ、レイシーもほら、映像作品なんかで美味しそうだと思ったものとか、そういうのでもいいよ。なんかこう、思い出になりそうな奴とか」
「思い出……」
そこに何か響くものがあったのか、レイシーはぽつりと呟いて視線を落とした。
微妙な沈黙が流れる。
またこれだ。返答に困ると黙り込んでしまうのはレイシーの癖だ。
だが彼女なりに何か思うところがあったらしいというのは進展なので、僕はこのままいくらでも待ってやるぞという気持ちで黙ることにする。
それからしばらくレイシーは迷うように手を握ったり開いたり指を合わせたり離したりしていたが、そうは言っても待ったのはせいぜい三十秒くらいだっただろうか、おずおずといった様子で顔を上げた。
何やら勇気を振り絞るとでもいった様子で両手を握りしめながら僕に訊ねてくる。
「あの……デザートでもいいですか……?」
「うん? ああ、もちろん」
それは少し意外な答えだった。いやある意味、年頃の女の子としては当然の選択なのだろうか。
とにかくレイシーが自らの意思で僕に何か
僕は笑顔を浮かべつつ聞き返す。
「そんなに印象深いデザートがあったの?」
「……はい、私にとっては、とても……特別で……」
レイシーがこんなに熱っぽく何かを語ることは珍しい。ましてや食べ物に関してとなると初めてかもしれない。
僕も俄然興味が沸いてきた。
「なになに、言ってみて。プラントで作れるものかは分からないけどさ」
「いえ、この船のプラントで作れることは知っています。ただ……」
「ただ?」
「……製造コストが掛かる……のではないかと……」
……何だろう? よほど面倒なものをねだろうとしているのだろうか。
そして、僕が首を傾げている間にも、レイシーはみるみるしぼんでいき胸元あたりにあった拳はぽとんと膝の上に落ちようとしている。
ああもう、めんどくさい子だな。まだ駄目だなんて一言も言っていないではないか。
「分かった、いいよ。予備のプラントもキープしてあるんだ。レイシーがそこまで言うなら僕も気になるよ。この際だから何でも聞いちゃう。で、何?」
「それは――」
結論から言えば、レイシーが口にした希望の品は、それなりに面倒なものではあったが僕が危惧したほどではなかった。
そして確かにそれはレイシーにとっても、そして僕にとっても、特別な意味を持つものだった。
ついでに言うと、アストリアに来て初っぱなから僕がレイシーをえこひいきしていたことがシャーロットにバレて、めんどくさいことになった。
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