テイク2

 シャーロットがどこかで見覚えのある小さな棒状の道具をアイラ――見た目はサミー――に返却している。

 その道具はといえば、どこかで見覚えがあるというか、以前トーマス達がシャーロットに使った武器ではないか。正しくはあれは武器ではなく医療器具だったらしいがそんなことはどうでも良い。

 要するにあの時の道具を使ってシャーロットがレイシーをノックアウトしたということである。


「事なきを得たわ」


 レイシーをベッドに寝かせ直すとシャーロットは何やら一仕事やり遂げたぞという様子で満足げに頷いた。

 いや、何が事なきを得たというのだ。


「何が何だか説明して欲しいんだけど」

「何もなかったわ!」


 自信満々でシャーロットが断言するが、全く答えになっていない。

 だが彼女は更に勢いよく続ける。


「レイシーがなんだか三原則のヨクアツが無くなった途端に、ライルのこと好きすぎて良くない羽目の外し方をしちゃった気がするけど、気のせいよ」

「いや、あの……」

「全部レイシーの夢の中の出来事で、あたし達は何も見ていないし、何も知らないわ。そういうことにしたの。そういうことにしたのよ」

「あ、うん……」


 何度も念を押すように繰り返すシャーロットに、僕は頷くしかない。

 レイシーは特におかしな様子もなく眠っている。

 どうも以前のこともあって例の道具には不信感を拭えないのだが、なるほど額面通りの安全性は保たれているようだ。むしろ因縁あるこの道具を何の気負いも無しにホイホイ使っているシャーロットの心境の方に疑問を禁じ得ない。

 ともあれ、僕のことが好きすぎて云々というのは横に置くとしても、レイシーが少しいたのは間違いない。彼女の名誉のためにこの数分間をというのはあながち悪いことではないだろう。

 ちらりとリザの方を覗うと、彼女はただ軽く肩をすくめて返してきた。構わないという意味にとっておく。


「レイシー……」


 彼女はとにかく三原則に忠実であろうとする少女だった。

 自然体のままで三原則と付き合えていたシャーロットと比べて、レイシーは常に少なからぬ無理をしていたように思う。三原則を守らなければと常に肩肘を張らなければならなかったということは、裏を返せば彼女なりに我慢していたことが少なからずあったということだ。

 レイシーはこれまで一体どんな不満を抱えていたのだろうか。

 僕はこれでも一応彼女達の希望に添うよう便宜は図ってきたつもりだが、なシャーロットと違い、レイシーは自分から希望を述べることがほとんどない。彼女はどうも三原則を厳守するには僕に自分の希望を言うことも許されないと思っていたふしがある。


 そんな彼女が三原則から解放されて真っ先に考えたのは、僕のことが知りたいということらしい。


「……なんなんだろうね」


 それから数分ほどだろうか。

 さほど時間を置かずにレイシーは再び目を覚ました。

 きょとんとした様子で周囲を見回したあと目をこすりながら身を起こす彼女に、僕はつとめて平静を装いつつ話しかける。


「おはよう、レイシー。気分はどう?」

「あ……え……ライル様?」

「うん、そうだよ」

「あれ……私……今、目が覚めたんですか……?」

「う、うん」


 とりあえずそう言ってみたものの、考えてみれば僕はこういうウソをつくのは苦手だ。口裏もろくに合わせずに僕に一体どんな演技が期待されているというのか。

 困りつつ愛想笑いを浮かべる僕を、レイシーがじっと見ている。

 と、思ったら、彼女は唐突に落ち込んだように視線を落とした。


「さっきのは……夢……だったのでしょうか……」

「そ、そう……かな?」


 そのまま夢だと思っておいて欲しい。お互いのために。

 あとこれ以上突っ込まれると僕の方にボロが出そうだし。

 名状しがたい空気のまましばらく無言が続き、レイシーがぽつりと呟くように言う。


「……ひどい夢でした……」

「そうなんだ」


 せっかくのだからくどくどと蒸し返すのは避けたい。

 適当に話を有耶無耶にして、さっさと市民権付与の手続きを済ませてしまいたいところだ。

 レイシーのメンタルケアが気になるが、むしろそちらは一朝一夕というものではない。ゆっくりと時間を掛けて、彼女にというものに慣れていって貰うしかない。

 そう決意して僕が口を開こうとする間際に、レイシーが先に言葉を挟み込んだ。


「私、ライル様のことを色々と知りたくて、それで失礼なことをしてしまって……」

「ん?」


 なんだなんだ。

 夢の内容を話すつもりなのだろうか。僕としてはボロが出る前に切り上げてしまいたいのだが。

 ちょっとハラハラしながら聞いている僕をよそに、レイシーは続ける。


「ライル様にもみんなにも嫌われてしまって……」

「う、うん?」


 あれ、何か雲行きがおかしい。

 そんな展開はなかったと記憶しているのだが……


「結局、私はこの船に乗せて頂けないということになって……それで私……」

「ストップ! ストーップ!」


 明らかにおかしなことを言い出したので慌てて止める。

 どういうことだ?

 途中までは僕の知っている、つまり先ほどシャーロットがレイシーをノックアウトするまでの出来事だ。ところが、そこから何やら妙ちきりんな話が続いてしまっている。

 つまりこういうことだろうか。現実と目覚めるまでの数分間に見た夢がごちゃごちゃに繋がってしまい、おかしなことになっているのだろうか。

 全部夢だと思ってくれているのならそれはそれでいいのだが、いくら何でも変な形で思い詰めるのは困る。どうして僕がレイシーを置き去りにしなければならないのだ。


「レイシー、あのね、僕は君に一緒に来て欲しいと思ってる。嫌じゃなければだけど」

「ですが、私……考えが甘かったんです。自分が我が儘を言ってライル様にご迷惑を掛けるなんてことを……」

「いいよ」


 僕は片手でレイシーを制止ながらその言葉を無理矢理ぶった切った。なんだかその言葉はすんなりと出てきた。

 彼女は人間になる、いやのだ。

 彼女は根本的な勘違いをしている。


「あのさ、いいんだよ、我が儘言っても。お互い我が儘を言って、駄目なら駄目って言えばいい。べつにそのくらいで君のこと嫌いになったりしないよ」

「でも……」

「聞いて。我が儘を言わない働き者ならリザ一人で足りてる。君はこれから人間として暮らすんだ。それでね、人間はね、我が儘を言うのが仕事なんだよ」


 ロボット工学の三原則は人間の存在を前提としている。人間の我が儘こそがロボット達の全ての動機だ。

 人間同士の場合も、まあ自分の我が儘が通るに越したことはない。そしてそれが衝突したらほどほどに譲り合えば良い。それだけのことだ。

 ……まあそりゃあ全身を舐め回したいなんて言われたら僕も困るが、困って断ったからといってそれでレイシーのことを嫌いになったりはしない。

 彼女が人間として自由を謳歌してはいけない理由はどこにもない。彼女を自由意志の世界に誘ったのは僕なのだ。


「いきなりだと慣れないかもしれないけど、好きなこととかやりたいこととか、言ってよ。まあ、あまり困らない程度のことから、少しずつね。僕は――」


 僕は一度大きく息を吸って、吐き出し、そしてレイシーと視線を合わせるようにしながら、そこそこの勇気を出して、言った。

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