バイパス

 シャーロットは首を捻る。

 倉庫まで行けば発電機なりバッテリーなり、何か役に立ちそうなものはあるかもしれない。

 何があるかは行ってみないと分からないが、端末に対して『この機材はリザへの電力供給に使えるか』と片っ端から訊ねてみるのも一つの手だろう。

 雲を掴むような考えであることは重々承知ではあったが、今シャーロットにできそうで一番分のいい賭けがこのくらいしか思いつかない。まあ、何か役に立つものがある可能性も低くはないとは思う。


「ここは任せるね」


 シャーロットはローバー二機に声を掛けた。この人格を持たない機械は、定格上限ギリギリの出力を振り絞ってリザに電力を供給し続けている。

 ライルはローバーのことを虫みたいな変な機械だと言うが、そんなことはないとシャーロットは思う。彼らはこれで意外と愛嬌があるし、とても健気な頑張り屋さんだ。

 何もかも上手く行ったあかつきには、ライルにはこの子達の頑張りを褒めてあげて欲しい。もちろん、シャーロットのことも褒めてもらうのだ。

 左右の手で一機ずつローバーの頭を軽くなでてから、シャーロットは廊下に向かう。

 と――


「シャーロット!」


 どこから物色しようかと廊下で思案しはじめたところで、唐突に予想しなかった声に呼びかけられた。


「……ライル?」


 その声はちょうどさっき側にいて欲しいなと思っていたシャーロットのご主人様、この船唯一の人間にして船長代理のライルだった。

 いつ戻ってきたのだろう。ライルがレイシーと小さい方のリザを引き連れてこちらに走ってくる。

 と思ったら、ライルはもの凄い勢いでシャーロットの間の距離を詰め、目の前まで来たかと思うとガシッと両肩を掴んできた。そのままワサワサと揺さぶられる。


「シャーロット、無事⁉」

「え、あ、うん。あたしは何ともないけど……」


 いきなり何なのだ。

 なんだか悪いことをして詰問されている気分だ。

 そりゃあハグしてキスしろとまでは言わないが……いや言って良いなら言うが、それはそれとしてそんな必死の形相で心配される覚えがない。

 むしろ――


「それよりリザよ! そこのちっちゃいリザ、ちょうど良かったわ! なんとかして!」

「状況を、説明する、のです」


 小さいリザは、リザの部屋を覗き込みながらそう言ってきた。

 今ここで一番ましな対応が期待できるのは彼女だ。彼女に何もかも任せることにしよう。

 そう考えたシャーロットは先ほど行った処置を最初から順を追ってステップ・バイ・ステップで説明する。

 時間がないので気が急くところだが、それでもこういう時は予断を交えずに、起こったこと行ったことをありのままに伝えるのが大切だ。そうするようにシャーロットに教えたのは他ならぬリザである。


「なるほど……」


 シャーロットの報告を受け、検査用プローブに触れながら小さいリザが頷いた。

 それからローバー二機に軽く視線を走らせた後、シャーロットの方に視線を戻し、言ってくる。


「お前にしては、よくやった、のです」

「……リザが褒めてくれるなんて珍しいわ」


 日頃からシャーロット達には手厳しいリザが、こうやって素直に褒めてくれるのは珍しい。いやあんまり素直でもないが。

 小さいリザはそのまま廊下に出ると、壁のパネルの一枚を引っぺがし、中の機材をごそごそと弄り始めた。

 何をしているのかは知らないが、彼女が行動を始めたということは何かあてがあるということだろうし、シャーロットは邪魔にならないよう少し離れていることにする。


「リザ、それは?」


 シャーロットが我慢して遠慮している先からライルが小さいリザの手元を覗き込んで訊ねていた。

 小さいリザは壁の中から円筒状の装置を取り出すと無造作に廊下に放り出し、更に壁の中の物色を続ける。

 作業を続けながら彼女は少しめんどくさそうにライルに答えた。


「ここの、給電コネクタが、ローバーに、使える、のです」


 どうやら入っていた装置ではなく、それに使われていた給電ケーブルがお目当てだったようだ。

 彼女はそのまま壁の中から長いケーブルを引きずり、ローバーのお尻に繋いでいく。

 それから彼女は無言でローバー達に向き合い、恐らく無線か何かでやりとりをした後、しばらくして満足げに頷いた。


「お前達、頑張る、のです」

「リザ、一体何を?」


 ライルは遠慮なく疑問をぶつけている。

 だが、これだけで既に一通りの手は打ったということなのだろうか、今度は特に面倒くさがる様子もなく小さいリザは答えた。


「出力を、上げさせた、のです。つまり、こいつらを、変換回路の、代わりに、使っている、のです。一時間くらいなら、持つのです」

「へぇ……」


 その説明にライルは感心したように頷いているが、シャーロットには少し引っかかる点があった。

 ローバー達には既に上限の出力を出させていた。つまり今ローバー達は上限を大きく上回る無理をさせられていることになる。大丈夫なのだろうか。

 そんなシャーロットの不安を感じ取ったのだろう、小さいリザは付け足す。


「後で、ちゃんと、修理する、のですよ」

「……うん……」


 それはつまり、彼らは重大な損傷を前提とした稼働を強いられているということなのだろう。

 ローバー達は古典的なマイクロコンピュータ制御であり、量子頭脳などと比べると修理は容易だし、無理も利く。

 大きい方のリザの命と、ライルの夢を守るためなのだから、ローバー達が犠牲になるのはやむを得ないことだ。それは理屈では分かっているが、どこか切ないものを感じてしまってそう感じている自分に少し驚く。

 そんな風にシャーロットが逡巡しているのをよそに、ライルが無造作にリザの部屋に入っていき、ローバー達の側に立った。

 そして、ちょうど先ほどシャーロットがしたみたいに、左右の手でそれぞれのローバーの頭をぽんぽんと軽くなでる。


「無理させてごめんね。後でちゃんと修理するから、リザのこと頼むよ」


 そのライルの一言は何気ないものだったのだろうが、少しだけシャーロットのわだかまりをほぐす程度の効果はあった。

 ローバーは人格型の人工知能を持たない最下級の機材であり、人格型のロボットと違って人間への奉仕に喜びを感じたりはしない。人間にねぎらいの言葉を掛けてもらったからといって彼らが何かを思うことはない。

 だが、何故だろうか、シャーロットには『頑張ります』という囁くようなそれでいて嬉しそうな声が聞こえたような気がしたのだ。

 きっとそれはそうあって欲しいという願いから生まれたまぼろしであり、つまるところエゴに過ぎなかったのだろうけれども、目に見えないだけで本当はそんなものがどこかにあるのかもしれない。

 もし仮に表から観測できないだけでローバー達にも感情のようなものが存在するのなら、それは苦痛や恐怖であって欲しくなかった。


 だが、どうあれ、リザのことはローバー達の頑張りに任せるしかない。


「あ、そうだ、エレイン……」


 そこでふと思い出す。そういえばエレインが廊下に放置されたままだった。

 そちらに目をやるとレイシーがエレインを介抱している。エレインはいまだに眠ったままだ。


「怪我はないようです。シャーロットと同じならすぐに意識が戻るはずですけど……」


 レイシーがエレインを壁際に寝かせながら言う。あれだときっと寒くて寝心地も悪いだろうとは思ったが、さしあたっては仕方あるまい。

 シャーロットが二人に近づくと、レイシーがためらいがちにこちらに手を伸ばしてきた。

 何だろうか、と側に行ってみると、突然両腕でぎゅっと抱きしめられた。


「……レイシー?」

「良かった……シャーロットが無事で……」


 目を白黒させるシャーロットをよそに、レイシーは声を震わせながらぎゅうぎゅうと抱きついてくる。いつもはもうちょっとこう柔らかい感じなのだが、今は力一杯という勢いでちょっと痛い。

 ただ、ぐすぐすとべそをかくレイシーに痛いから離せとも言いづらく、とりあえずこちらからも両腕を回して背中をぽんぽんと叩いてみる。


「……ねえ、何があったの?」


 訊ねてみるもののレイシーは嗚咽混じりにシャーロットの名を呼ぶだけで要領を得ない。

 困ったなと思いライルの方に視線をやると、ちょうどライルもこちらの方を見ていて視線が合った。

 同じことをライルにも訊ねてみようか……

 そう思ったところで、突然船内スピーカーから男性の声が聞こえてくる。


『ハローハロー、ライル。こちらサミーです。ご命令通り、通信機能の復旧を行いました』


 サミー?

 ライルが修理してトーマスにあげた、あのちょっとひょうきんな顔をしたロボットのサミー?

 どうして彼が、とシャーロットが首を捻っていると、ライルが天井のスピーカーに向けて答えを返した。


「ありがとう、サミー。続けてで悪いけど、トーマスさんを拘束してここまで連行して欲しい。ああ、多少手荒にやっても構わない」

『承知致しました』


 ……トーマス。拘束。連行。手荒に。

 彼らのやりとりに、ああやはりそうなのか、とシャーロットの胸の中で陰鬱なものが広がった。

 信じたくないことだが、やはりトーマスが何かしでかしたのだ。ちょっとした不興を買ったなんて生やさしいものではない。状況から見て恐らくリザのあの惨状は、単なる事故なんかではなく人為的なものなのだろう。

 ライルにとってリザはとても大切な存在だ。もしトーマスがリザを傷つけたのなら、ライルはさぞかし怒るだろう。トーマスはひどい罰を受けることになるかもしれない。


「ねえ、トーマスさんは……」


 シャーロットはおずおずと訊ねる。

 もちろんこの時点では殺されそうになったなどとは夢にも思っていなかったのだ。

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