発電モジュール
「うわぁ、これが発電機かぁ。初めて見たー」
「シャーロット、まだ近づかないで」
白い壁にぽてぽてと無造作に近づこうとするシャーロットを引き止めつつ、僕もそれを見上げる。
発電モジュールはだいたい一辺一〇メートルほどの立方体で、それが四つ並んでいる。つるりとした白い表面はよくある標準コンテナに共通のものである。
ここから見える外観だけではただのコンテナと区別が付かないが、真ん中に設けられた気密扉の奥にはモジュール一つにつき一基ずつの核融合炉が収められているはずだ。
この極めて完成度の高い発電モジュールは、ここ数百年に渡って外宇宙船の事実上の標準として君臨している。
実用的な軽水素核融合炉としてはほぼ最小サイズを実現し、安全性と信頼性の両面で高い実績を誇り、一基でちょっとした都市一つ分くらいまかなえる出力を誇る、という優れものだ。
人類の最も偉大な発明の一つと言っても良い。
外宇宙船にはこの標準仕様の発電機が、小型の船で二基、エオースなら四基、大型の船では十基以上が搭載されているのが一般的だ。
大型の発電機を少数搭載するのではなく、比較的小型の発電機を大量に配置することで、発電効率は下がるが信頼性と柔軟性を上げられる、という設計思想である。
また、移民先の惑星にコロニーを設営する最初の一歩として予備の発電機を一つ降ろす、といった運用も想定されている。
外宇宙におけるミッションは全てがこの発電モジュールありきなのである。
ひとまず、僕は宇宙服に取り付けられた測定器を使い、念のため空中放射線量を計った。
ざっと計った感じでは誤差レベル未満のノイズしか検出していない。少なくとも放射化した部材をぶちまけてそこいら中を汚染しているといったことはないようだ。
とはいえいきなり僕が入るのには不安がある。僕に襟首を捕まれてジタバタしているシャーロットも同様だ。
よって――
「リザ、任せたよ」
「はいなのです。安全が確認できるまで大人しくしていて欲しいのです」
「うん。リザも気をつけてね」
リザと小型ローバー二機がモジュールの一つに入っていく。
先日の『怪我』の件があるので本当はリザにあまり危険なことはさせたくないのだが、そうは言っても僕らの中でこんな危険な仕事ができるのはリザだけだ。せめて後でねぎらってやろうと思いつつも、ここは彼女に任せるほかない。
などとやっているうちに、先ほどからバタバタしていたシャーロットが諦めたようにぐったりしていた。
「うー、つまんない……」
「一応安全確保できたら軽く中に入るくらいはできるし、どうせあとでバラして持って帰ってくるから細かいのはその時見ればいいよ」
「むー……」
シャーロットはとりあえず駄々をこねてはみたもののすぐに発電モジュールには興味を失ったようで、ぴょいと立ち上がると周囲をキョロキョロと見回し始めた。
この辺りの船内設備は完全にダウンしており、光源は僕らのそばにいる大型ローバー一機と小型ローバー二機、それから僕らの船外服に取り付けられた小型の投光器だけである。真っ暗というわけではないがやはり薄暗い。
周囲には発電モジュール以外にも様々なモジュールがずらりと並んでいる。
この近辺は事故時にかなり大きな応力が掛かったようだ。ドクター・ウォーカーの遺体を発見した区画も酷かったが、ここはそれより更に酷い。
床も天井も捻られたように波打っており、ところどころ引きちぎられてすらいる。
設備類も目に入る半分以上が大破しているので、発電モジュールが四基ともそれなりに無事だったのはかなり僥倖と言えた。
「ねえねえ、あれなに?」
「こら、じっとしてないと危ないよ」
「ちょっとくらいいいでしょ。リザが戻ってくるまで暇だもの」
相変わらず落ち着きのない子である。
……だが、まあ少しくらいならいいか。僕も退屈だし。
応力に引き裂かれて穴だらけになった床を、シャーロットはぴょんぴょんと器用に飛び越えていく。彼女の先にあるのはプラントか何かのモジュールのようだ。
「ほらほら、あれよ。何か無事そうじゃない?」
「危ないってば」
どうにか僕も追いつきシャーロットの隣に立つ。その後から小型ローバーが一機ついてきたので、投光器で目の前のモジュールを照らさせた。
見たところサイズは発電モジュールより一回り大きい程度、こちらから見える白い壁には目立った傷は見当たらない。
何のモジュールだろうか?
「ねえ、これ何? ねえねえ、何?」
「まず、シャーロット。迂闊に歩き回らない。次からは第二原則を使ってでも止めるからね」
「……はぁい」
シャーロットの返答は本当に反省しているのかどうか実に疑わしいものだ。
この辺りはかなり破損が酷いし、足下もおぼつかない。
また、基本的には真空とはいえ、どこからか漏れ出した腐食性の気体などが滞留している可能性も否定できない。そして、そのようなものを浴びて船外服が無事で済むとも限らない。船外服の素材は強靱で化学的安定性も高いが、だからといって完全無欠の鎧というわけでもない。
こういう時は生身の人間が先頭を歩くのは御法度なのである。そのためにリザやローバーがいるのだ。
「ちゃんと反省してる?」
「う、うん……した」
再度念を押すと、少しだけしょんぼりとした声が返ってきた。
まあ、いいだろう。
僕は嘆息し、端末を操作し始める。
「一応、調べてみるよ」
ここいら一帯はプラントが立ち並ぶ一種の生産拠点だ。
目の前の大型モジュールは、リザが調査に行った発電モジュールによって給電されていたものの一つである。
とはいえ、実のところ事前のビーコンから、無事そうなモジュールは発電モジュールといくつかの資材タンク程度で、プラント類は期待薄なことが分かっていたりする。
というようなことを言ってシャーロットをがっかりさせるのもなんなので、一応僕はビーコンと船内地図を照合してみることにした。
「んー、これはあれだね、食料プラントだね」
「えっ、ごはん? 当たり?」
「でもダメっぽいよ」
食料と聞いてシャーロットが弾んだ声を上げるが、念のため余計な希望は持たせないよう予防線は張る。
エラーを見る限り中身が大きく損傷しているようだ。培養されていた酵母なども全滅だろう。
酵母なんかは新しく持ってくればいいとしても、培養器そのものが破壊されているのでは使い物にならない。
「えー、使えないの? 中見ちゃダメ?」
「危ないからダメ」
「そっかぁ。残念……」
流石にシャーロットもそれ以上は駄々をこねてこなかった。
食料プラントと言っても、酵母を培養してそのまま出てくるといったものではない。そこから様々な加工を施されるため、工程の半分以上は実質的には化学プラントで占められていると言っても良い。
そうなると、使われていた化学薬品も中でぶちまけられているかもしれないし、正直あのドアを開けたら何が出てくるか分かったものではないのだ。
というわけで中を見るのは無しだ。
「まあ、エオースは食料プラントにはそんなに困ってないから大して惜しくもないよ」
今でも毎日全く問題無く動作しているし、問題無く動かせる予備プラントもある状態なのだ。正直なところ、食料プラントは『ハズレ』の部類なのである。
だが、僕の言葉にシャーロットは首をひねり、そしてこちらを見上げる。
「エオースはそうなんだけどね。例えばあたし達はエオースに乗ってライルと一緒に行くことになるかもしれないけど……」
「うん?」
「……トーマスさん達はどうしても残りたいって言うかもしれないでしょ? それならトーマスさん達も美味しいごはんが食べられる方がいいじゃない?」
「ああ……」
発電機に余裕ができるのだから、シミュラント全員を無理に連れて行かなくても、このままアストリアで余生を過ごさせてやるということだって可能になる。
もしトーマスが残りたいというのなら、その希望は叶えてやっても構わないのだ。
であれば、アストリアそのものの寿命が最大であと二百年しかないというのはあるにしても、彼らが余生を少しでも快適に暮らせるならそれに越したことはない。
僕はあまりその辺のことを考えたことがなかった。まあ良い暮らしがしたいならエオースに来ればいいわけだし、アストリアから発電機を奪って死なせるのは後味が悪いというのはあったにせよ、せいぜい現状維持なら万々歳という程度の認識だった。
だがシャーロットはそうは思っていなかったらしい。
「シャーロットは優しいね」
「え、なに?」
「ううん、なんでもない」
一見、というかまあ実際に、脳天気な言動が目立つシャーロットではあるが、彼女は彼女なりに一生懸命である。僕を籠絡せんと妙ちきりんなアプローチを掛けてくるのも決して道楽ではなく、強い使命感によるものである。
そして、これは三原則によるものなのか彼女自身の特性によるのかは分からないが、アストリアのどんなロボットよりも仲間思いだ。
残念ながら彼女が作られた本来の目的とやらが達せられる見込みはまるでないが、それでも、まあ、彼女を作ったアイラは悪くない仕事をしたのだろう。
なのでシャーロットの意思を尊重して、僕は少しだけ考えを軌道修正する。
「うーん、そうだね。もしかすると補修用の部品取りくらいには使えるかもしれないし、後でこの辺もまとめてリザに調査させようか」
「ほんと? ライル大好き!」
「そのあざといのがなければなぁ……」
僕は苦笑しつつ端末を操作してリザに骨折りを一つ追加しようとし――
「あれ?」
――違和感に気付いた。
「……リザとの通信が切れてる……?」
エオースにあるリザ本体への通信が途絶していた。
ここいらはアイラの管理区域外でも割と奥の方で、電力も通信も完全に機能停止した一帯だ。
だが、道すがら置いてきたバッテリ内蔵型の中継器があるので、ここからでも中継器とアストリアの通信網を経由してリザ本体に連絡することは可能である。
……可能なはずである。
だが、今やそれはヘルメットの中に表示された、たった一つのエラーメッセージとなっている。
僕の心中に去来した嫌すぎる予感は、続けて足下から響くような小さな振動によって現実と認めざるを得なくなった。
真空なので音はしない。ただ、地響きのような振動だけが身体で感じられる。
「あれ、ライル? なんかこれ……」
「……『停電』だ」
僕は呻いた。
アストリアの冷凍睡眠システムを見に行った時と同じだ。
――はて、前回の停電はどんな風だっただろうか?
そう。あの時はレイシーもいて、酸素マスクを持ち歩いていないことが発覚して……でも今回は最初から船外服を着ているし、最初から真空状態なので減圧が問題になることはないから大丈夫……?
この振動はあれだ、このアストリアは停電すると回転軸にぶれが生じるのだ。
……前回は復旧するまで何分掛かったのだったか?
それから復旧する時に軸のぶれを補正しようとして……
――と、そこまで考えたところで、音もなく突き上げるような衝撃が僕らを襲った。
そしてその直後、ただでさえ不安定だった僕らの足下の床がぐにゃりとおぞましい勢いで捻れる。
「え?」
「シャーロット!」
きょとんと目を見開いて僕を見つめるシャーロットの姿がゆっくりと斜めに沈んでいき、僕は反射的に彼女に向かって手を伸ばした。
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