ロボットは神を信仰するか

 僕達はトーマスに居住区の中央まで案内された。もちろん、レイシーとシャーロットも付いてきている。

 広場のようになったあたりに黒い慰霊碑が立っている。

 見たところ石碑か何かのようだが、材質はよく分からない。セラミックかもしれないし、金属かもしれないし、合成樹脂かもしれない。表面は非常に滑らかで遠くからでも僕達の姿が映り込んでいる。

 文字などは刻まれておらず、見た目は単なる黒い四角柱だ。


 とりあえず作ってはみたものの、そのまま、という風情である。

 そもそもシミュラント達は何故慰霊碑なんてものを作ろうと思ったのだろうか?

 彼らが霊などというものを信じているとも思えない。

 実を言うと来てはみたものの僕としてもどうしていいのか分からなかった。ミス・ウィットフォードのことに何か区切りを付けたかったのだが、僕自身これといった信仰を持っているわけでもないのだ。


 ひとまず郷に入っては郷に従えだ。

 トーマスに訊ねても良かったが、ちゃんと僕がレイシー達を頼りにしているところを見せておいた方がいいような気がしたので、彼女に訊ねることにする。


「レイシー、君達はこの慰霊碑をどうしているのかな。神様に祈ったり……はしないよね」

「神様、ですか。そうですね、特にそのようなものは。私達には人間という実在の絶対者がいますから。祈るというよりは、そうですね、人間への忠誠と奉仕を再確認する、というようなことはあります」

「……僕らが神様なわけね」


 残念ながら、その祈り方は人間である僕には使えそうにない。

 シミュラント達は慰霊碑に向かって片膝をつき、両方の掌を胸元に当てると目を瞑って、まるで祈るような仕草をし始めた。何をしているのだろうと観察していると、口元がもごもごと動いていて何かを呟いているのが分かる。

 僕はしばらく待ってから立ち上がったレイシーに何をしていたのか訊ねてみた。


「ロボット工学の三原則を暗唱していたんです。それが私達の存在意義ですから」

「本当にお祈りみたいだね」


 奇妙なことだ。いや、世の中そういうものだというべきなのだろうか。

 彼女達は、人間という神に仕え、三原則という聖典を奉ずる民というわけだ。

 人間が都合良くロボットを使うために作られた三原則を、ロボット達が権威として信仰する。不思議なものだ。まあ人間の信仰だって成立の過程を辿れば権力や支配とは不可分なので似たようなものだし、やはり不思議というよりは必然なのかもしれない。


 僕は軽く目を瞑り黙祷の真似事のようなことをしたあと、自分の身長より二回りほど大きな慰霊碑を見上げる。

 ここにミス・ウィットフォードの遺体はないという。彼女は何を思い、どこでどんな風に死んだのだろう。そんなことを知ってどうするのだという気持ちと、せめてそれだけでも知りたいという気持ちの、両方が僕によぎる。


「……ミス・ウィットフォード、君は一体どこにいるんだろう……」


 ぽつりと呟いた僕の言葉は妙に大きく聞こえて、ロボット達が息を飲むのが分かった。

 言葉にしてしまうと、なんだか歯止めが利かなくなってきた。


「無理にってわけじゃないんだけど。でも、僕は直接知りたいんだ。彼女がどうなったのか、彼女に何があったのか。見て、知って、納得したい。探すことはできるのかな。アイラの管理区域外はどの程度危険なんだろう。船外服があれば出られるよね……」


 僕はそこでようやく周囲の目がこちらに集まっていることに気づき、ばつが悪いものを感じつつ苦笑した。特にリザの目は厳しい。


「……いや、冗談だから。いや彼女が見つけられるなら探したいし、使える資材を回収したいから管理区域外には出るつもりだけど、無茶はしないよ。リザ、怖い顔しないで」

「本当ですね? 約束するですよ?」

「約束する」


 じっと見つめてくるリザを僕はなだめる。

 彼女はロボットであり、第一原則に従って僕の身の安全を至上命題としている。

 一方で、第一原則を厳守するために人間である僕を安全な場所に幽閉する、というほどの分からず屋でもない。僕の自由意志を著しく侵害することはそれはそれで第一原則に反するとリザは認識しているため、よほど危険なことでない限りは渋ることはあっても最終的にはどうやって実現するか考えようとしてくれるのだ。だから僕がミス・ウィットフォードを探したいと無理を言えばどうとでもなるだろう。

 だが、とりあえずそれは保留しておくことにして、僕はぽんぽんとリザの頭を軽く撫でた。



 慰霊碑のある広場から引き上げた僕らは、次にトーマスに案内されて応接用の部屋に通された。

 トーマスが何か出そうとする前に、僕はリザに命じて持参したクッキーと紅茶を出す。

 彼はやたら恐縮したが僕としても正直彼らの食事はもうごめんだ。それこそ最初の二日間我慢しただけでも褒めて欲しいくらいだ。

 応対するシミュラントはトーマスと、それからレイシーとシャーロットの三人だけだった。全員分用意してきたクッキーの残りはお土産として置いておくことにする。


 トーマスからは彼らの生活状況などをヒアリングするが、大した情報は得られなかった。彼らは本当に仕事もせずに芸術をたしなんで暮らしているようだ。ちなみにトーマスは絵を描くのが趣味らしい。

 なんだかなぁとは思うが、ともかく地球に報告しなければならないのでリザに報告書の雛形は作らせておく。


 そんなことをしていると、先ほどからシャーロットがチラチラと僕の方を窺っていることに気が付いた。彼女の視線は目の前のクッキーと僕の間をせわしなく往復している。どうやら僕が手を付けるまでクッキーを食べてはいけないと思っているようだ。指先で彼女にクッキーを薦めつつ、僕はトーマスの方に向き直った。

 良い機会なのでここに来る道すがら気になっていたことを切り出す。


「そういえば、トーマスさん。アイラの管理区域外ってどうなっているかご存じですか?」

「は、管理区域外、ですか。電力も寸断されていて与圧もされておらず、我々が立ち入ることは滅多にありませんので、なんとも……」

「それほど危険なのですか?」

「それもよくは……」

「知っている範囲で構わないのですが」

「そのようなことはアイラにお訊ねになった方が宜しいかと」

「……そうですか」


 協力して欲しいという意味で言ったつもりなのだが、彼らは本当に何もする気がないようだ。

 彼らはマスターが欲しいという話ではあったが、マスターになってくれと言われている僕としては、一体そもそも君達は何ができるのかというのが正直なところである。何をできるのか分からないと何をさせていいのか分からない。言っちゃ悪いが、今のままでは彼らは無能すぎて使い物にならない。


 僕は小さくため息をつき、レイシーとシャーロットの方にちらりと視線をやる。

 彼女達は彼女達なりに僕の役に立とうという意欲はある。少々空回り気味なところはあるが、アストリア内での日常生活についてはなるべく彼女達にサポートして貰うつもりだ。船内の状況についても彼女達から聞き出したことを僕は報告書にまとめつつある。全てアイラに聞けば済むことだと言ってしまえば身もふたもないが、シミュラント達の主観を交えた話もそれはそれで意味があるのだ。

 そんなことを僕が考えている間にも、二人はクッキーを黙々と食べている。レイシーはお嬢様のように上品に、シャーロットは小動物にようにちまちまと。なんだかちょっと微笑ましい。

 彼女達の興味はクッキーに釘付けになっており、僕の視線には気づいていないようだ。


 ――と、そこで横からトーマスが訊ねてくる。


「ライル様、二人はお役に立っておりますでしょうか?」

「え? ああ、よくやってくれていると思いますよ。ねえ、リザ?」

「はい?」


 機械であるリザはクッキーを食べることも席に着くこともせず、僕の斜め後ろで黙って待機していた。

 そこでようやく自分達の話題になっていることに気づいたのか、レイシーとシャーロットも顔を上げている。

 僕に突然水を向けられたリザは首を傾げつつ答えた。


「うーん、どうなのです? 実務レベルで役に立っている点は何一つ無いと思うのですが?」


 リザは容赦ない。リザの観点だと確かにそうかもしれないが、もう少し言い方というものがあるだろうに。

 彼女はそのまますいっと皆に視線を巡らせつつ続けた。


「まあいいのではないのですか。ライルさんはこの二体がそれなりに気に入ったようですし。せいぜいライルさんを喜ばせることを期待するのですよ?」

「左様でございますか。お気に召したのであれば宜しいのですが」


 トーマスはリザの言葉に納得したように頷き、レイシー達を横目でちらりと一瞥した。睨まれた二人は揃って視線を逸らすように目を伏せる。

 あまり苛めないでやって欲しいものだ。


「彼女達はよくやってるよ。何でもできるリザと比べたら不満かもしれないけど」

「私がやるのが効率がいいのです。役立たずは邪魔なのです」

「それを言われると僕の立場だってないよ……」


 あっさりと言い返されて僕は小さく肩をすくめる。

 まあリザの言うことも分かる。

 彼女が手足のように使役する機械や設備の数々は、人間の手で可能な作業量を遙かに凌駕する。僕やシミュラント達がうろちょろしたところで、下手をすればもしくは下手をしなくても彼女の作業を邪魔しかねないほどだ。父代わりであった亡きベイカー船長の方針で僕らは自分でできることはなるたけ自分でやるように教育されているが、それはあくまで僕の都合であってリザの都合ではない。

 それでもなお彼女が人間を必要とするのは――


「ライルさんにはいてもらわないと困るのです。私は人間がいないと何をしていいのか分からなくなるのです」

「それはそうだけど……」


 ――そう、僕が必要とされてシミュラントが必要とされない理由は、まさに僕が人間であるから。ロボット工学の三原則の存在があるからというところに尽きる。

 リザの全ての行動は三原則、つまりいかに人間を保護し人間の命令を遂行するか、そういったものが拠り所となっている。彼女がどれだけ優秀でも、人間がいなければ目的そのものを定めることができない。そう作られている。

 三原則は考えようによっては極めて『非合理的』なものではある。だが、これが無ければロボット達は『合理的な判断』によって、たちどころに『足手まといで邪魔なだけの人間』を滅ぼしかねない。

 少なくともそう考えた人間達がいたから三原則は作られたのだ。

 アイラもそうだ。

 リザとアイラは微妙に目指しているところが異なっているが、彼女達が全面対立に陥っていないのは、僕という人間の存在によって調停されているからに他ならない。

 そういう意味では人間ではないレイシーもシャーロットも、リザにとっては何の価値も無い。


 僕らのそんな様子を見てか、トーマスはふむふむと頷いた。


「ライル様はR・エリザベスのことを随分と信頼しておいでのようですね」

「それはまあ、長い付き合いですからね。トーマスさん達もアイラのことは信頼しているのでは?」

「左様でございますね、実際アイラは優秀ですから」

「本当に。ロボットが優秀すぎて人間の立つ瀬が無いですよ」

「ええ……ええ……アイラに何もかも任せておけば安心です……この船は……守られているのですから……」

「トーマスさん?」


 トーマスの唐突な呟きからは微妙な含みと、そして僅かな熱のようなものがあった。何かぞっとするものを感じ僕が思わず言葉を挟むと、トーマスは我に返ったように息をつく。


「……いえ、何でもありません。これは失礼いたしました」

「まあ、アイラのことを信頼していらっしゃることは分かりました」


 何とも言いがたい空気が漂う。奇妙な違和感はあるが今ここで更に追求するのはあまり得策とは思えない。

 今は話を変えた方が良さそうだ。

 と、そこで僕はふと思いつき、今日の予定を少しだけ変更することにした。


「ところで、トーマスさんは絵を嗜まれるという話ですが――」

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