シミュラント居住区
アストリア内での移動は自動運転されるカートを使う。
このカートは長方形のセラミック製の箱の内側に椅子が取り付けられたような乗り物だ。底部には球状の樹脂製タイヤが四個付けられている。壁面と上半分は透明になっていて、なんだか底の深い巨大なランチボックスに乗せられて運ばれている気分だ。
そんな変なカートで、僕とリザ、それからレイシーとシャーロットは、カート内の中央に置かれた小さなテーブルを囲むように座っていた。
僕達は今、シミュラントの居住区に向かっている。
レイシーとシャーロットは僕と同じゲストハウスに宿泊しているが、それ以外のシミュラント達は少し離れた居住区で生活していた。
彼らが何をしているのかというと、アストリア復興のために力を合わせ働いている……というわけでもなく、絵を描いたり音楽を聴いたりしながらのんべんだらりと暮らしているらしい。彼らの仕事は一貫して人間ごっこなわけだ。良く言えば風流な悪く言えば自堕落な話だが、今更あがいてもどうしようもない破滅の世界ではそうなるものなのかもしれない。
「ねえねえ、ライル。地球人はいつもあんな美味しい物を食べてるの? 他にどんなものが作れるの?」
カートの中で、シャーロットが目を輝かせながら身を乗り出してきた。
昨日レイシーと約束した通り、今日の朝食はリザに命じてエオースの食料プラントで作ってもらった。
ドライフルーツとジャムを加えて甘く煮られたオートミールのポリッジ、チリソースの掛けられたミートボール、小さなオムレツ、それからキュウリのピクルス、というメニューである。もちろん全て本物ではなく合成されたイミテーションだが、それなりにそれっぽい代物だ。
かなり質素なメニューだったのに、朝食時の少女達の表情はなかなかの見物だった。
「リザ次第かな」
「私はライルさんに命令されたものは何でも作るですよ? 私が作れるものであればですけど」
僕が水を向けるとリザがそう言って肩をすくめた。
エオースで作れるものは素材の都合上限られているが、それとは別に彼女の言葉には含みがあった。
リザが命令を受け付けるのはあくまで僕からのものだけだ。同じ宇宙船の管理システムでも、アイラはシミュラント達を人間として扱っているのに対し、リザはあくまでシミュラント達をロボットであるとして扱っている。彼女はシミュラント達の命令には従わない。
だからあくまでシャーロット達が僕に『お願い』してきたことを、あらためて僕がリザに命令する必要があった。
「リザはああ言ってるけど、何か食べたいものはある?」
「あたしが決めていいの?」
シャーロットがレイシーの方を窺いながら首を傾げると、レイシーは無言で頷いた。
ここ数日でこの二人の関係が何となく分かってきた。大抵物事を決めるのはシャーロットで、レイシーはあまり自分から意見を言わない。だが、最終的な決定権を握っているのはどうもレイシーらしい。レイシーが冷静で落ち着いた姉で、シャーロットがやんちゃで活発な妹、といった感じだろうか。
そんなこんなで姉貴分に了解を得た妹分の方が、うーんと首をひねりながら考えている。
彼女がしばらく考え込んで出した結論は――
「……あのね……ハンバーガーって作れる……?」
――えらく簡単なものをご所望だった。
ハンバーガーは人類が地球にのみ住んでいた時代からの人気メニューだ。ある意味では地球文化の一部とすら言える。それゆえに、ハンバーガーのイミテーションを作るのであれば、非常に『枯れた』つまり古くから十分な実績のある技術が多く存在している。人類が宇宙時代を迎えるより前から肉類を全く使用しないハンバーガーのイミテーション技術があったというのだから、人類のハンバーガー好きは筋金入りだ。
裏を返すとあまり面白みのない料理とも言える。
「そんなのでいいの? できるよね、リザ」
「できるですけど」
リザが当然のように答えると、シャーロットはぱっと表情を輝かせた。
「本当っ? じゃあハンバーガーがいい! こうやって、ガブリって噛みついてみたかったの。古い映画に出てくる地球人みたいに!」
「レイシーもそれでいいの?」
「……そうですね」
レイシーも同意見らしい。
シミュラントの嗜好は時々よく分からないことがある。地球のものに憧れるにしても、もう少しましなものがあるだろうに。彼女達にとっては地球人がハンバーガーをかぶりついているビジョンがよほど印象的だったのだろうか。
ともかく僕が「じゃあそれで」とリザに言うと、シャーロットは露骨に表情を輝かせた。
「チョロい子だなぁ……」
先日のやりとりを思い出し僕がぽつりと呟くと、シャーロットはうぐっと言葉を詰まらせる。
「チョロくないもん……」
「ライルさん、彼女達はロボットです。機嫌を取る必要はないのです。必要があれば命令をすればいいのです」
僕の隣に座っているリザが、ほんの少しだけ不機嫌そうに言ってくる。いや、ここ数日シミュラントと過ごしていたせいで感化されつつあったが、純粋なロボットであるリザに不機嫌という感情はない。彼女は僕を諭すために必要があると考えたから不機嫌なふりをしているのだ。
リザの言うとおりではある。
彼女達に何かさせたいのであれば命令すれば良い。そうなのだ。走らせたければ走れと命じればいいし、踊らせたければ踊れと命じればいい。
それどころか、僕を愛せと命ずれば、表面上は僕を心から愛しているのと全く区別が付かないよう振る舞うだろう。内心どう思っていようと、だ。
先ほどから心外と言いたげに唇を尖らせているシャーロットを横目で見ながら、僕は何だか複雑な気分になり小さく肩をすくめた。
移民船アストリアの中は広大で、移動するにもそれなりの時間がかかる。僕らのエオースも宇宙船としては決して小さいものではないが、規模としては比べものにならない。しかも管理システムであるアイラが今でも管理できている区画はこれでもほんの一部なのである。
太陽系にある定置型のコロニーでも、ここまで大規模なものはそう多くない。まさしく都市が丸ごと船の中にあるのだ。
車外に目をやると、その眺めは平たく言って廃墟そのものと言える。
僕が割り当てられたゲストハウスあたりは全体的に窮屈な作りだったのに対し、このあたりは道も広く左右には大きなガラス張りのスペースがずらりと並んでいる。以前はテナントが軒を連ねていたのだろう。だが、今となってはそれらが商店だったのかオフィスだったのかはぱっと見では分からない。
さすがにここまで煌々と照らすほど電力を無駄遣いする気はないようだが、かといって真っ暗というわけでもなく、まばらに照明は生きており、僕らの視界には百年以上も前に人間がいなくなった繁華街のなれの果てが薄ぼんやりと浮かび上がっている。
商店だったと思われるあたりにはロボットらしきものがいくつか見て取れた。シミュラントのような人造人間ではないし、リザのように人間そっくりのものでもない。
半透明の樹脂でできたボディに金属製の骨格が透けて見えるようないかにもロボット然としたロボットだ。動いている様子はないのでどうやら遺棄されたものらしい。
道路に面するあたりは綺麗に片付けられており、シミ一つない白い建材からは不潔な印象は全く受けない。
これらの設備はずっと昔に太陽系を旅立つ前に作られたもので、その材質は元を辿ればアストリア建造時の資材として使用されたケイ酸塩質の小惑星に由来している。
僕が太陽系にいた頃からよく見るありきたりな建材だが軽量かつ頑丈で汚濁にも強く、見た目は新品同様で何百年も前に作られたものとは思えない。
今や汚すような人間もいないのだから、このまま放っておけばこの先も何百年何千年とそのままなのだろう。ことによっては何万年かもしれない。
人類が新たな星系で新たな歴史を築くという夢が破れ、ただ無為に宇宙の果てに向かって飛び続けている夢の残滓がこの廃墟だ。いつか遙か未来にはこの廃墟が地球人類以外の知的生命体に発見されるようなこともあったりするのだろうか。
無人となった異星人の船を遙か遠い宇宙の隣人達が見つけた時、彼らはどう思うだろう。愚かなことだと呆れるだろうか。
僕らのカートは静かに廃墟の大通りを通り過ぎた。
「ようこそおいで下さいました、ライル様。私はトーマス。シミュラント達のまとめ役です」
シミュラントの居住区に到着し、僕らを出迎えたのは五人のシミュラント達だった。
そのうちの比較的若い一人、人間で言うと三十歳過ぎくらいの男が前に出て、僕に向かって一礼をする。まるで執事かなにかのように恭しく整った礼だ。
だが彼からは僅かな緊張が見られる。彼以外の四人もそうだ。
「これで全員ですか?」
「ええ、残りは全て冷凍睡眠ポッドの中です」
僕の問いにトーマスが首肯する。
冷凍睡眠状態にないシミュラントは全部で七人と聞いている。レイシーとシャーロット、そして今目の前に並んでいるトーマスを初めとするこの五人、つまりこれで全てということになるわけだ。
トーマス以外の四人は、外見年齢三十歳前後と思われる女性型一人以外、比較的年かさと思われる男性型だ。
シミュラントが人間とほぼ同じ肉体を持つのであれば、年齢が上がるほど冷凍睡眠によってダメージを受けやすくなるはずなので、高齢のシミュラント達はもう冷凍睡眠に耐えられないのかもしれない。まあ生まれてからの年数で言えば僕は彼らの誰よりもずっと年上のはずだが、冷凍睡眠への耐性はあくまで起きていた時間と冷凍睡眠に入った回数の問題となる。
僕はそんな風に軽く彼らを値踏みし終えると、トーマスに向けて笑顔を作った。
「初めまして、僕は外宇宙調査船エオースの第二種運用技術者のライル・バクスターです。エオースの修理、およびアストリアの調査のために一時滞在させて頂いています」
「存じております、ライル様。何かご不満などがございましたか?」
トーマスはじろりとレイシー達の方を横目で見てから、僕を見据える。
何だろうか?
大歓迎されるのも面倒だなと思っていたのだが、どちらかというと微妙に距離を取りたいという気配を感じる。シャーロットはマスターが欲しいと言っていたが、他のシミュラントは意外とそうでもないのだろうか。
いや、違うか?
彼らにとって初めて出会う本物の人間である僕とどう接していいのか測りかねているのかもしれない。
それにどうもここではレイシー達の立場は微妙に良くないように思える。トーマスは彼女達が僕の不興を買ったのではないかと疑っているようだ。
「彼女達はよくやってくれていますよ」
「そうですか……それは何よりです。では何の御用で?」
「しばらくお世話になりますからご挨拶を。それに事故の犠牲者のための慰霊碑があるとのことなので」
昨晩レイシーから聞いた慰霊碑のことを告げる。
トーマスはすぐにふむふむと頷き、この居住区にある慰霊碑のことを軽く説明してくれたあと、薄い笑顔を浮かべた。
「私がご案内いたしましょうか?」
この場合はまとめ役らしいトーマスに案内させるのが正しいのだろうか?
ちらりとレイシーの方を見やると、ちょうど彼女も僕の方を窺っていたようで、視線があった状態でお互いに首を傾げる。レイシー達の働きぶりが仲間から疑念を持たれているのであれば、彼女達を頼っている様子を見せてやった方がいいのだろうか。
考えすぎだろうか。
……まあいいか。
僕は思案を脇に置くと、再び笑顔を作りながらトーマスに向き直った。
「お願いします」
「承知いたしました」
トーマスは一礼しつつそう言った。
まあ正直言うと僕にとってはちょっと彼の慇懃すぎる態度は窮屈ではあったのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます