ロボットのココロ

 もぐもぐ……


 ついさっきまであれほど満面の笑顔でパイを口にしていたシャーロットが、今では砂の塊でも食べさせられているような顔で機械的にフォークを動かしている。

 流石に僕も少々可哀想なことをしてしまったと思いつつ、先ほどの彼女の「殺して」という言葉を思い出し、冗談でもロボットが自己破壊を望むのは第三原則に反するのではないかと益体もないことも考えていた。

 シャーロットはもそもそとパイを食べ終わると、泣きそうな顔で僕の方を見上げてくる。


「……あたしのこと嫌いになった?」

「いやどちらかというと面白かったし好感度はアップしたよ。まあ質問を始めようか」


 本当はパイは最後に出すつもりだったのを、彼女がロボットにあるまじきほどに緊張していたので先に出したのだ。

 それで緊張がほぐれれば話が弾むかと思ったのに、完全に裏目になってしまった。だが今更言っても仕方あるまい。


「えっと、命令を変更します。僕の質問したことに対して、君の知っていることを包み隠さず話して下さい。それ以外のことは話してもいいし黙秘してもいいです。これでいいかな」

「……うん」


 シャーロットにとっては既に何もかも手遅れかもしれないが、一応命令を緩和してから話を再開することにする。


「君が一番新しく作られたシミュラントだと聞いたけど、君は今何歳?」

「正式にロールアウトしてから六年目よ。でも、培養カプセルから出されたのが十四年前で、培養カプセルの外では人間と同じように身体が成長するから、人間風に言えば十四歳ってことになるのかな? 冷凍睡眠は一度もしていないわ」


 なるほど、確かに見たところ彼女は人間で言えば十代半ばかそれより少し下くらいに見える。

 生体部品でできていると聞いていたが、培養とか言っているあたりどうも本当に生きて成長もするという意味のようだ。部品単位で組み立てられたものではなく、最初から人間型で生まれて成長しているのか。

 僕は彼女達について『フランケンシュタインの怪物』のようなものを想像していたが、話からするとむしろ『クローン人間』のように聞こえる。もしそうなら人間との違いは何なのだろう。


「君達シミュラントと人間のクローンとは違いは説明できる?」

「あたし達は人間の遺伝情報を元に作られているけれど、本物の人間から採取した細胞を培養して作られるクローンと違って、生きた人間に由来する細胞は使われていないわ。一から合成された人工ゲノムに合成タンパク質、そういうのを組み合わせて合成された人工細胞から培養されているの」


 人間の細胞から培養したものではなく、人間の遺伝情報を参考にした完全な人工物。人間に由来する物質は含まれない。だから人間ではない。そういう理屈らしい。

 だが僕にはどうにもそれは詭弁のようにしか聞こえなかった。

 人間と同じ構造の遺伝子、同じ構造のタンパク質、同じ構造の酵素、それらを人工的に組み合わせて作った人工細胞。完璧に同じ成分に作り上げたとしたら本物の人間の細胞との違いはなんだと言うのか。


「それに……」


 更にシャーロットが自分のこめかみを指先でこつこつと叩く。


「一番の違いなんだけど、あたし達の脳には製造時から、三原則を強制したり代謝をコントロールしたりするために、量子回路の内蔵されたニューロチップが埋め込まれてるの。あたし達の心はあくまで人間のものではなくロボットのものなのよ」

「……なんか納得いかないんだけど……」


 脳に行動を制限するためのチップを埋め込むというのもまともではない。

 地球にも医療目的での脳埋め込みチップというものは存在していたが、使用には厳しい法的制限があり人格に影響するようなものは全面禁止されている。あくまで麻痺や発作といった症状に対して使われるだけだ。少なくとも人間の脳をロボット化するチップなどまず規制当局が認可しないだろう。それこそ犯罪者に対するものであったとしても強い批判は免れまい。

 彼女達シミュラントは生まれたときから人間ではないからという理屈なのだろうが、僕から見ればそれでは済まない非人道性を感じる。

 とはいえ今ここでシャーロットを責めても仕方あるまい。


「うーん……じゃあ次。冷凍睡眠がどうこうって言ってたけど冷凍睡眠している個体もいるのかな。その場合、内訳は何人? それと、君が一番新しいらしいけど、君以降の製造はどうなってる?」

「えっと、全部で二十二体いて七体が稼働中、残りの十五体が冷凍睡眠中よ。新規製造はもうされていないわ。元々シミュラントの製造システムは食料プラントを改造したものなんだけど、老朽化していて最後にあたしを作ったあと機能を停止したの。アイラはこれ以上の修理も難しいと言っているから、もう新しくシミュラントは作れないと思う」

「それはちょっと……」


 ……シミュラントも全滅秒読み状態なのではないだろうか。

 いや、考えてみるとそうでもないかもしれない。僕はその疑問を口にする。


「もしシミュラントが肉体的にほぼ人間と同じなら、例えば男性と女性のシミュラントがいれば、人間と同じように……」

「シミュラントに子供は出来ないのよ。ニューロチップを持たない三原則から外れたシミュラントが勝手に生まれてしまわないように、ニューロチップがホルモン分泌をコントロールして生殖機能を制限しているの」


 駄目らしい。

 製造システムは全滅、人間と同じように自然繁殖も駄目。地球への報告がシンプルで済みそうなのはある意味朗報ではあるが、どう考えても彼女達の未来は閉ざされている。


「じゃあ次の質問。僕を誘惑してどうするつもりだったの?」

「うぬぅ……」


 先ほどシャーロットがぶちまけまくった話だ。

 僕の無造作な問いに、彼女は変な声で呻きながらテーブルに突っ伏した。

 まあ果たしてあのまま取り繕っていたところで、僕がこの少女と恋愛関係になっていたかなと考えると、割と微妙な気はする。僕としてはこういうあけすけなタイプの子よりも、例えば、そう、物静かな文学少女とかの方が好みなのだ。

 とは思うのだが、今こうやってしわくちゃのテーブルクロスみたいになってるのを見ると、これはこれで妙に可愛くて変な趣味に目覚めてしまいそうではある。何となくいじめたくなる気持ちを抑えがたい。

 などと僕が考えていると、シャーロットが顔上げないまま小さく呟く声が耳に入ってきた。


「アイラはあたし達をマスターとして作ったけど、あたし達自身にはマスターがいないの……」

「良いことだと思うけど。自由なのはイヤ?」

「あたし達はロボットだから、人間がいないと不安で心細くて仕方ないの。第一原則も第二原則も意味がなくなっちゃって、何をしていいか分からなくなっちゃうから……」


 彼女は少し顔をあげてちらっと僕の方を見ながら続ける。その目はなんだか親からはぐれた迷子の子供のようだ。

 ロボットの行動全ての規範となるロボット工学の三原則において、第一原則は人間の保護を、第二原則は人間への服従を義務づけている。逆に言うと、人間がいなければロボットは何もできないし何をすべきか判断できない。

 ロボットは必ず人間を必要とするし、そもそも的なことを言うならばロボットに人間を必要とさせるために三原則は定められているのだ。


「マスターのいないロボットは寂しくて悲しいの……」

「それで僕を?」

「だめ? ライルがずっとここにいてくれるなら、あたし達はあなたのために全てを捧げるわ」

「またさっきみたいに恥ずかしい命令をされるかもよ?」

「……望むところよ。腹は括ったわ」


 少し茶化した僕に対して、シャーロットのすがるように真摯な目が重い。

 ここで僕が頷けば、ここは僕だけの王国になるのだろうか。多分そうなのだろう。誰一人として僕に逆らうことができない世界で、例えばこの可愛い女の子達をハーレムに侍らせて一生を過ごすことができる。

 ……だがそれはそれでなんだかえらく空しそうな世界だ……

 僕は大きく息を吐き出し、ゆっくりと言い含めるように答えることにした。


「ごめんね。僕はここの調査と船の修理が終わったら、任務を続けなくちゃいけないんだ」

「それがあなたに課せられた命令だから?」


 それでも彼女はまだ食い下がってくる。僕は首を横に振った。


「約束だからだよ。僕の仲間で、大切な家族だった。みんなと約束したんだ、生き残った者がミッションを続けるって」


 ベイカー船長は変人で、でも本当に凄い人だった。そして両親のいない僕らの父親だった。彼は僕らに後のことを任せると言って非常用発電システムに向かった。

 マリーナは僕と同い年で綺麗なコーヒー色の肌と白い歯が印象的な子だった。フレッドのことが好きだったくせに、僕がそれを指摘するといつもぷりぷりと怒った。彼女は僕を庇って熱循環システムの冷媒を浴びて死んだ。

 フレッドは僕より一つ年上で僕らのサブグループのリーダー格だった。彼は一つしかない酸素マスクを僕に無理矢理押しつけて行ってしまった。僕は彼の気持ちを知っていて、それに応えられなかった。それでも彼は僕の一番の親友だった。

 僕は彼らの代わりに生きているのだ。


「……そうなの」


 やや熱の籠もった僕の言葉に、シャーロットはしょぼんと視線を落とした。そしてまだ諦めきれない様子で少しだけ視線を上げてくる。


「せめてあなたがここにいる間だけでも、あたし達のマスターでいてくれる……?」


 彼女のどこか弱々しい声に、僕は曖昧に肩をすくめた。

 マスターじゃなくて友達になら、いくらでもなってあげるのになぁ、などと思いながら。

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