祖父の暗室

いときね そろ(旧:まつか松果)

1 葬儀の日

 人の記憶は、どのくらい確かなものだろう。

 

 祖父の葬儀が終わり、火葬場のロビーに座りながら、ぼんやりと俺は考えた。

 防虫剤と抹香の臭いが混じったようなロビーには喪服が行き交っている。

 盆や正月にさえ会ったことない親戚連中に挨拶するのにも疲れて、缶コーヒーでも飲みにいこうかと立ち上がると、兄と目が合った。

「マコト。退屈してんな」

 返事をせずに自動販売機に向かうと、隣に立った兄がぼそりと言った。

「お前さっき釜入れの時にいなかっただろ」

「見たくねえし。カズ兄ぃ、じいちゃんが骨になるなんて想像できる?」

「ガキか。高ニにもなって何言ってんだよ」

 ゴトリと音がして落ちてきたのを取り出し、ほれ、と声を掛けて兄が差し出した缶を見て、俺は顔をしかめた。

「甘いのいらねえし」

「いいから糖分とっとけ。昨日からあんま食ってないだろ」

 

 食えるか。

 つい一昨日まで生きて目の前に居た祖父が、学校から帰ると顔に白い布掛けられてて。仮通夜だの通夜だので急に慌しくなって悲しむヒマもなく。葬儀社だ保険会社だ親戚だと人の出入りばかりが多くなって、ただ時間が過ぎた。

 喪服を用意する両親を尻目に、ああそうか、学校の制服に黒や紺が多いのは、こういう時の為なのかなんてくだらないことをぼんやりと考えたことくらいしか記憶にない。

「まあ気持ちは分かるけどさ。骨上げの時は逃げちゃダメだぞ」

「るせえよ。んな事より自分の嫁さんの心配でもしてやれって。おばちゃんらに捕まって困ってんだろが」

 俺と兄はロビーから見える和室に目を向けた。ここには遺族のための控え室として三部屋ほどが用意されているが、今日はうちの他には火葬は無く、それをいいことに声高にしゃべっている親戚の叔母や婆さんたちが見える。骨上げの時間まで、まだ小一時間ある。先月結婚したばかりの兄貴の嫁は格好の茶飲み話のネタにされているんだろう、困ったような愛想笑いを浮かべて婆さんたちに相槌を打っているのが健気というか。

 そういえば、昨日は義姉に助けられたんだっけ。


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