雨水さん、試す。
◇
「ママ、お化粧したいんだけど」
家に着いたのが夕方の6時頃。
鞄を落とさないままリビングでとろけていたママにそう言うと、ママは食べていたポテチをだらしなくその場にぼろぼろと数かけら零した。
ちょっと。
ソファーの上でなんてことを。
そこ座ったらチクチクするじゃんそれ。
なんて抗議を挟む前に、ママは目を何度も瞬いて、私を凝視した。
何か変なことでも言ったでしょーか。
そんな態度を貫き通していると、ママはうっうっ、とウソ泣きを始める。
「うちの子が娘になったよぉ、パパぁ」
お宅のお子さんはずっと娘さんですよ。
そう言いたいところだけど、まぁ、ママには何回も「うちの子息子だったっけ?」と言わせてしまったことがあるので強く出れない。
しょーがないよね。
少年漫画の方が好きだし、ドラマも恋愛ドラマより海外のスリル満点のドラマの方が楽しいし、洋服は脱ぎ捨てるものだと思ってるし。
きゅんきゅんするJポップよりヘドバンできるロックの方が好き。
それこそパパの趣味と同じなのママは知ってるでしょ。パパの部屋かっこいいジャケットのCDいっぱいあるんだから。
……だから息子認定されてるのか。私は。
「でもでも、お宅の娘さん偶におかし作ってたりするよ? 女の子じゃない?」
「そんなの虹輝君もするわよ」
「……」
いや、だったら虹輝君も『娘さん』じゃん。
というか虹輝君はもう『娘さん』じゃん。女子力高いよ?
今日距離近かったから分かるけど、爪とかも整えてるよ? あの子。
それでいてちょっと伸ばしてる感じ、めちゃくちゃ女子じゃん。
「まぁいいわ。さて、善は急げよ。ヒナ、着替えてらしゃい」
「え。何に?」
「出かける服に決まってるでしょ。出かけるわよ」
「どこ行くの?」
「何言ってるのかしらこの子。お化粧したいんでしょ? 買いに行くんじゃない」
「化粧品を!?」
「何よ。絵具で顔でも塗る気なの?」
それもはや大道芸人でしょ。
「ほらはやく。9時には閉まっちゃうんだから」
「あ、ハイ」
こうして、虹輝君に手ほどきを受けたその日の夜、私はママにショッピングモールに連れ出されることになった。
頼んだのは私なんだけどね。
・
・
・
私はママのことを侮っていたらしい。
女の先輩として侮っていた。
毎朝適当にファンデーション塗ってるだけなんでしょぉ? とか思ってごめんなさい。あと口紅もか。鏡も見ずにぱぱっと塗って済ませてるだけじゃんと思ってごめんなさい。
そして私は、化粧品も侮っていた。
顔面装飾品でしかないと思っていてごめんなさい。
世の女性の8割以上は義務感やら作業感で化粧してるのかと思ってた。
だってOLさんとかって化粧するべきっていう風潮ない?
それに基づいてしてるのかとてっきり。
いや、もちろん好きで化粧してる人がいるのも分かってるけどね?
でも少数だと思うのよ。
やーんあたし化粧しなきゃ生きていけなーい、って意見あんま見ない気がするんだけど私があってないだけなのかな。
そんな印象だったし、第一化粧は時間がかかるというのがある。
私の化粧の経験なんて七五三とか、そういう撮影するときだけなんだけど。でもあれすごくない? 結構時間かかるよね? そのあと飲食するたび口も直さないといけないし、時間が経ったら崩れるから鏡見ないといけないし。
圧倒的に面倒だから嫌いって印象ばっかりだったんだけど、少しは見直そうと思う。
いや、そういうところは変わらないと思うんだけどね?
でもすごいんだから。化粧品。
ママのが普通のデザインだったから何とも思わなかったけど、今日ママに連れられて一杯見たけど、可愛いパッケージの化粧品がいっぱいあって、ヒナご満悦。
なんかねー。
女の子らしさ全開みたいな。ハートとかピンクとか、そういうのばっかりなのもあったんだけど、オシャレなパッケージもいっぱいあって持ってるだけで楽しくなれそうなのがいっぱいあってびっくりしちゃった。
あ、そうそう。
あの蓋が付いて鏡もついてるやつ、コンパクトっていうんだってね。
言われるとそれだ! ってなったけど、言われないと気付けないかも。
しかもあれ、いろいろと教えてくれた店員さんが言ってたけど下地の上からするものなんだってね。あれ一つで終わるのかと思ってたけどそんなことないらしい。
種類もたくさんあって、店員さんがそれぞれのいい所教えてくれたけどよくわかんなかったからパッケージで選んだ。
その結果クッションファンデーションなるものになっちゃったんだけど、これでよかったんだろうか。いいんだよね。店員さんもいいって言ってくれてたし。
風岡先輩も持ってたし、間違いないでしょ。
パッケージも鬼かわだし、間違いでもいっかな。
超かわいいもん。なにこれ。
クッションファンデーションって大体丸い形で、偶に四角いのもありますよーってぐらいの割合で。私が今回一目ぼれしたのは丸いほうだった。
もう、超誰かに見せびらかしたくて仕方ない。
実際もうSNSで見せびらかしてはいるんだけどね。
リアルでつながってるお友達も会ったことないフォロワーさんも「なにそれかわいい!」って言ってくれてて、もう、でしょ!? としか言えない。
夜空をモチーフにしてるんだって。
黒い背景に白い点がランダムに配置されてて、ところどころ星座が作られてるの。
しゃれおつじゃない!? ムードあるよね!
大人になれた気分。
え。大人になりたくなかったんじゃないのかって? そんなの気分で変わるでしょ。
大人になりたい気分もあるし、子供のまんまでいたいときもある。
つまり大人の振りもできるし子供の振りもできる高校生は最強ってことよ。
華のJKってそういう意味だったんだなぁ。証明されちゃったねこれは。Q.E.Dってやつだ。
はー、かわ。なにこれかわ。
あと誰もが知ってるクレヨンのパッケージモチーフとかもあって、それもかわいかったんだけどねー。何個も買えないし、普通にお高いし。
他にも蓋の中にスパンコールが入ってて揺れたり振ったりすると動く奴も可愛かったし、ステンドグラスみたいなデザインも捨てがたかった。
なんで今まで知らなかったんだろ。
私的にはファンデーションだけがとりあえずの目的だったんだけど、ママがこれを機に『女の子』を学びなさいとのことで、他にも買ってくれた。
うーん、これはお化粧の勉強しなきゃかも。
ちなみにどれもこれもパッケージがかわいい。
持ってるだけで気分があがるもん。すごい。
だから今日は寝ないで明日すぐ学校に行こう。
明日の数学、1時間目なんだよね。
私じゃ起きれないから今日は寝ない。
寝れないんじゃ仕方ない。
ちょっと色々やってみよう。化粧に必要なものは手元にあるもんね。
私はママのヘアバンドを勝手に拝借して顔に色々塗りたくる。
勝手がよく分からないのですぐ横にタブレットを置き、それで動画サイトを開き化粧のいろはを見ながらやってみる。
左手で塗るのむずいんだけどどゆこと?
利き手でもむずいのに利き手じゃない手でアイラインなんて引けないんだけど。
あとアイシャドウ、色重ねてもまったく分からないんだけど。
でも分かるようにすると途端にけばくなるし。
加減が分からない。
ぶっちゃけ動画の画面見ても、遠目からだと化粧の細かいところまでは見えないし、じゃあ化粧は塗ってることさえわかればあとはどうでもいいんじゃ……?
というか、買う場面に私もいたはずなのにもう何か分からない物がいくつかあるんだけど?
何このチューブ。
中身を手の甲に出してみると肌に近い色の液体がうにゅん、と出てきた。
なにこれ。
化粧品なんだから顔に塗るってことなんだよね?
え。
ファンデーションあるんで間に合ってますけど……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます