風岡さん、選ばれる。

     ◇



「なるほど」


 第2回文化祭実行委員会にて。

 結局文化祭実行委員長を決めたものの、今回の議題が出店の決定なので再び生天目くんの出番である。

 そこら辺の決定権は依然生徒会のままなので。

 実行委員長の権限で出し物の許可は出ない。


 前回同様に教壇に立つ生天目くんは提出された各クラスの展示内容に目を通しながらそう唸る。


「似たものはどうしてもありますね」


 空の斜め後ろから覗く一青ちゃんが厳しい目つきでそう呟く。


「無理もないだろう。文化祭でこういう出店をやりたい、という願望がある人も中にはいるだろうからな」

「メイド喫茶をやりたいとかそういう話ですか?」

「まぁ平たく言えばそうだ。メイドを舐めてるのかと思うがな。一介の学生で務まるものか」

「夢がないですよ」

「我ながらそう思う。だから却下はしない」

「それにしても、どうします? 再度篩にかけますか?」

「いや……仕方ない。少し煽ろう」


 煽る。

 このご時世あまりいい響きではないその言葉に少し教室内がざわつく。


 だが彼の本性を知っている2年生はこれといって動じない。

 彼はそれっぽい言葉を使っておきながらも至って平和主義者だ。そうでないと生徒会長になんて推さない。


 生天目くんは見ていた資料を教卓におき、傍の一青ちゃんの方を向き、眉間を摘む。

 それからカツカツ、と教卓を爪で数回弾いてからそれは開幕となる


「本年文化祭は点数制にするというのはどうだろうか」

「そうですね。率直に言えば『代り映えがしない』です」


 生天目くんの言葉に切り込んでいくのはもちろん彼の相棒である一青ちゃんだ。

 彼女の言葉に生徒会長は眉一つ動かさず、「ふむ」と相槌のように頷く。


「その心は」

「体育祭と被ります。1か月後に同じことされる身にもなってください。興ざめです」

「なるほど。一理ある」


 生天目くんが眉間から手を離す。


 体育祭。

 厳密には一か月どころか数週間後だったはず。流石に2週間とかではないけど。


 時期が近いので生徒たちはそれぞれの行事をあまり別物として見てはいない。

 もちろん内容は違うし文化祭実行委員が存在するように、体育祭実行委員が存在するため運営内容も異なる。掛け持ちは厳密不可、というよりする人数的にする必要がない。

 それぞれの委員会に所属する人員は各クラス数名だが、一人一つの委員会だ。


 生天目くんたちも生徒会に所属している以上他の委員会に配属されたりはしないということ。


 どちらの行事も根幹には生徒会がかかわってはいるが、どちらも同様にそれぞれの実行委員長を決め、最終的にはその人を中心に話を進める。

 取り仕切る人が違うのだから風潮も変わる。


 そういった細部の特色もそもそもの特徴も違うが、文化祭終了後一段落ついたりはしない。打ち上げ等をしてもこの調子で体育祭も頑張るぞ、となる。


 さらに言えば体育祭の数週間後には二学期中間試験が待ちかねているので、体育祭が終わったとしても生徒たちは気が抜けない。


 試験はさておき、体育祭は各クラス対抗だ。

 各クラス対抗でありながら、それとは別に全クラスを紅白に分けどちらが勝つかを競うという点数が全てのイベントだ。

 そういう目に見えたものがあったほうがやりやすいのだからそのシステムは画期的だと思う。事実、運動部はその数字の変動を逐一気にして一喜一憂しているんだもの。

 まんまと楽しんじゃってるって感じはある。


 その制度を文化祭にも取り入れようか、というのが今の生天目くんの提案だ。


 文化祭では各クラスに明確な対抗意識はないが、一応どの模擬店が一番売り上げが多かったかという結果は開示される。

 中には一位とるぞー! と燃えているクラスもあるのだろうけれど、あまり聞かない。


 それを点数制にして、対抗意識を植え付けてしまおうという話らしいのだが。


「なら制限してみるか。そうだな……、上位10クラスのみその点数を体育祭に引き継げるものとする。どうだ」

「まるで体育祭の前座ですね」

「そうくるか……。だが、だとしてもそれは悪いことにはならんだろう」

「ならないでしょうね」

「問題は何を基準に配点をするかだな。無難なのは売上か――どう思う?」

「ちょろまかされない自信はどこから来るんですか? それとも我々に精査出来る余地があるとお思いで?」

「まぁそうなるのが関の山だな。客の投票はどうだ」

「してくれる確信はどこから?」

「だが足しにはなる。各方面からの評価を混ぜたほうが偏らないだろう。さてそこはどう思う?」

「身内票ではないと断言できるのならお好きなように」

「そうくるか……。となると、無難に生徒に一票の権限を与えたほうが良いか。もちろん自投票はなしで。――これならどうだ」

「自投票の防止策は? 記入式なら書けますよ。我々がすべての学年とクラスと出し物を見比べる手間も増えます。匿名なら猶更防止の術がないです」

「分かった。腹を括ろう。クラスごとに投票シートを作る。配布するクラスの出し物を抜いたものだ。列挙し丸を書かせる形式ならどうだ」

「……いいんじゃないですか。数があるほうが差が付きやすくなりますから。集計は手伝いますよ」

「それは恩に着よう。あとは、各催しも点数制にしてしまうか。挽回の可能性をばら撒きたい」

「……そこまでやると、普通に順位は出したほうがいいかもしれませんね。秘匿は士気の天敵ですから」

「君の言うとおりだ。従おう。……現段階はこんなものでお開きだな。詳細は後で練ろうか。運動部の方は保留だ」

「仰せの通りに」


 一青ちゃんのおそろしく丁寧な言葉遣いを使っておきながらやっつけ感が否めないのがこの二人独特の温度差だ。

 他の誰にもまねできない議論の速度でありながら互いの熱量が釣り合っていないのがあべこべに感じるが、息があっている。仲がいいのか悪いのかよく分からないのがこの二人のクオリティだ。


 そんなやりとりをまるで一息で行うと、2人はそれぞれ向くべき方向に直ぐ様向き直る。


 生天目くんは委員の方に。

 一青ちゃんは持ち歩いていたメモ帳を開き、胸元のポケットからシャーペンを取り出し、近くの空き机の上でさらさらとペン先を走らせる。


 おそらく先ほど暫定的に決まったもの全ても記録しているのだろう。


「もしかしたら聞こえたかもしれないが、文化祭においても体育祭同様のポイント制を敷こうと思う。この話は後々しっかりとした形で改めて連絡しようと思うが、先にクラスに伝えてもらっても構わない。――といった手前言いにくいかもしれないが、反対意見を募ろうと思う。こちらもクラスにて開示してくれて結構だ。もちろん委員以外の反対意見も歓迎する」


 反対意見に対しての動詞は歓迎でいいんだろうか。


「これで少しは凝ってくれると幸いだな。人間心理として同系統のもの同士で比較した場合劣ると焦ると思うのだが」


 生徒会長がひとりごちる。

 私たちは楽しんで準備するだけだけど、彼たちは責任が付きまとう分重圧なのだろう。

 同じものばかりじゃないか、と人の入りが少なくなったら、という懸念があったりするのかもしれない。


 そもそも集客が悪いと単純に来年の新入生の人数に響いたりはやっぱりあるんだろうか。

 でもウチの学校、運動部が強いのは知る人ぞ知ることだからそういう面ではもう金看板だと思うのよね。

 学校経営の裏事情はさっぱりすぎて予想もできない。


「いい時間だし、本題に入ろう。いろいろと決めることはあるのだが、そうだな。まずは入口に飾るアーチの配置からにしようか」


 その言葉を合図に一青ちゃんが持ち込んだファイルの一つを開き、A4サイズでプリントされた写真を張り出す。

 去年の記録だ。


 テーマを一つ決めて、それでアーチやらパネルを作って入口を賑わわせる。

 そのテーマ決めの実行委員の仕事だし、それを作るのも運搬するのも設置するのも委員会の仕事だ。


 これから毎日残って作業かもしれない。

 大変ねぇ、と思いながらも私は腕まくりをしたい気分だった。




    ◇





「やぁやぁやぁやぁ、風岡どん」


 委員会が終わり、自分の教室で帰りの支度をしていると奇妙な声のかけられ方をされた。

 入ってきたのはジャージの人。

 そんなよそよそしい呼び方は変ね。隣のクラスの梨々子りりこちゃん。


 去年同じクラスだったこともあり、今でもクラスを超えて仲良くしてくれる愛すべき友人の一人だ。

 放課後はジャージでいることが多いけど、運動部ではなく彼女は軽音部のドラマーだ。事実今もスティックを持参し、手首を柔軟に動かし続けている。


「はぁい。お久しぶりねりりちゃん」

「そうねぇ、しばらくぶりかも。そう聞くと都合よく呼びに来たみたいに見えちゃうけど許しておくれ」

「誰もそんなこと思わないわよ」


 彼女にそう答えてから私は黒板上の時計を確認する。


 5時過ぎ。

 部室に行くには微妙な時間だ。

 別に今日は雫が来る日でも虹輝が来る日でもないから行く理由は何もないけど、でも、そうね。

 もう帰ってるかもしれないし、今から行ったところで何かできるわけでもない。

 会いに行くだけになってしまう。


 それは、なんだか変な話なので出来ないことだ。


 きっと「何しに来たんだよ」とか言われるわ。あいつに。


 ……いつも帰りに乗ってる電車の時間は知ってるんだけどね。

 外して帰ろう。

 それか違うドアから乗って帰ろう。


 あっちも私の顔を見ない日がしばらくあっていいと思ってるかもしれないし。


「風岡さ、今年も実行委員やってんだって?」

「えぇ。そっちの委員に聞いたの?」


 彼女のクラスの委員は誰だったっけ。

 記憶にないってことはあまり親しくしたことがない人だ。多分。


「そーそー。それはそれとしてさ、ちょっと助っと頼めないかなぁっていう用事だったんだけど」

「助っ人?」


 深入りしたことはないけど、一応したことはある。

 去年は演劇部のヘルプに入っている。セリフが少しだけあったけどもちろんモブとしての参加だ。


「そー。今度の文化祭でさ、ウチでPV作ろうかって話になったのよ」

「あら素敵ね。順調?」

「いーや。まだ話が出ただけって感じ。というか、ウチってかウチに映研が話持ち掛けてきたんよ」


 映研——映画研究部のことだ。

 動画を取ったり編集したりすることがメインの活動で、たまに動画投稿サイトにも上げてるらしい。あたしは見たことないけど偶に生徒間で話題になってたりする。


「それで? あたしに何ができるの?」

「うん。被写体になってくんね?」

「え。あたしが?」

「そー。ロケ地とかいろいろあるから楽じゃないんだけどさ、アンタ撮られるの得意かなって」


 何からそう思ったんだろう。

 あたし、SNSにもあんまり自撮りとか上げないから知り合いの中だと画像やら映像やらとは遠い存在だと思われてるものかと勝手に思っていたんだけど。


 まぁ、あたしなりにあたしがかわいく見える角度は知ってるわよ。

 盛る方法もちゃんと把握してる。

 でもPVってなると動くってことじゃない。


 映える歩き方とか目線の置き方とか、そういうの知らないんだけど大丈夫なのかしら。明るくないから推測すらできないけど、でもそういうのはあるわよね? 

 撮られる作法みたいなものはあるはず。


「嫌? ってか無理そう?」

「そうねぇ。……放課後は厳しいかもしれないけど、休みの日とかでいいなら時間作れると思うわ」

「マジ? 演出とか台本とかは映研が考えてくれるらしいから、アンタはほんといてくれるだけでいいと思う。ちょっとは動いたりするだろうけど」

「服は? 制服?」

「あー、それは聞いてなかったわ。確認してみる」

「お願い。それでいいなら、というかあたしでいいなら引き受けるわよ。そういうの興味あるし」

「ほんと? 超神じゃん。え。マジで受けてくれんの?」

「うん。あたしでいいなら」


 ヒュー、とりりちゃんが口笛を吹く。

 そして右掌をこちらに向けてきたので、あたしはその掌をパチン! と叩く。


「助かるわ。ありがと。詳細はラインするね」


 それだけ言い残すとりりちゃんはご機嫌な様子で相棒のスティックと共に去っていった。


 これはまたまた忙しくなりそうね。

 でもそれでいいのよ。

 そのために忙しくない部活に入ってるんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る