春川くん、暴れる。
◇
なんというか、うざったい。
クラスはそうでもないけれど、学校全体が浮足立ってるのが正直目障りだ。
八つ当たりだろうがなんだろうが後ろ指刺されても構わない。
学生の本分は勉強だつったのはどこの誰だっけ?
いや、提唱者はウチの学校の人間ではないけれど教職員というのはその考えに従事しているんじゃないのか。
なのになんでこう周囲がイベントごとでわーわー騒ぎ立てていることを良しとしなければいけないのか。
息抜きが必要だって?
他のクラスより強制的に多い授業しておいてどの口が言うか。
そんなクラスを志望したのは生徒側であることはこの際棚に上げさせてもらうさ。
クラスが浮足立っていないのは、特進クラスは大体出し物を出さないと聞いて全員が「じゃあいいかな」とそれ従ったからだ。
でもいざ周囲を見渡せば上級生の特進クラスは出し物を出すという方向で固まっているらしい。
出したいわけじゃない。集団に身を投げて個を犠牲にしろという古代人の考えを強襲するつもりはない。
それはそれとして話が違うじゃないか、というのは抗議のしどころではあるだろう。
学生の本分云々がまるで水の泡だ。
そう。祭りごとに身を乗り出し、集団の波に身を投じようと提案したいのではない。
他の人にはその選択肢があったのにその選択肢を潰されたうえで強制的に選ばされたような気がするのが腹立たしい。
遊ぶか否かの二択を迫られて、そのうえで遊ぶわけないだろふざけんなと蹴りたかったわけだ。僕は。
性格が歪んでるって?
どこが。こんなに分かりやすい奴もいないだろうが。
言っとくけど、僕がそういう集団行事に辟易するタイプの斜に構えた面白みの欠ける人間だと思われるのは非常に心外だ。
ああいった連中が大事にするのはどうせ『全員一丸となってやること』なんだろう?
一丸となってお遊戯会レベルのもので満足するんじゃないよ。やるなら全力を出せ。
段ボールに色付けとけばいいだろ、じゃないんだよ。
やるからにはやれ。魅せるからには魅せろ。裏の汚いところを晒すな。徹底しろ。
そんな気迫で誰もがやってるわけじゃないから集団行事は大嫌いだ。
真面目にやろうとすれば「張り切りすぎだろ」と集団真理を諭され、凝り性を発揮すれば「あいつにやらせとけ」と投げやりにされ、手を抜けば「あいつは馴染めない」と社会不適合者と見なされる。
なぁなぁで過ごして、形だけ保ってそれを良しとしなければいけない心理に染められるぐらいならば下品を承知でくそくらえと鼻で笑い飛ばしてやりたい限りだ。
そんなこんなで僕は非常に腹立たしくてはらわたが煮えくり返り鬱憤がたまっている。
それが態度に出ているのか、僕みたいな奴に構う暇人基近しいクラスメイトには「何かあった?」と聞かれた。
逆に何故何もなくいられるのか理解に苦しむね。
そんな期間に入ってから放課後は異色の賑やかさが校内の至る所で頻発していた。
廊下を通ればあちらから「おぉぉ!!」という歓声が聞こえ、こちらから「ぎゃはははは!」と大笑いが聞こえ。
イベントごとを出しに楽しむのをやめろとはもちろん言わないさ。
何事も『楽しい』と思えるのならそれは素敵なことだ。その感性を否定したいのではない。
こんな感じのやっとけばよくね? という惰性の暴論が大嫌いだ。
妥協するんじゃないよ。
何のためのスマホだ。先人の知恵がごろごろ転がるネットというものが手軽に扱えるこのご時世でそれすら使わないのは手抜きだろうに。
そんな虫の居所の悪さに任せて、スパン! とクラスのドアを開けると、残っていた数人の女子がびくり、と大きく肩をはねさせて僕の方を見た。
それを一瞥する。
対話もしないで顔を覚えろと言う風潮を肯定する気はない。が、毎日どこかしらで見かける機会があると流石に記憶力の方が学習する。
どうやらクラスメイトではない人間が混ざっているようだ。
まぁ、彼女が他クラスの人間だというのはとっくに知っていることだけれど。
「あ、虹輝くんだ。やっほー」
声をかけてくる彼女は今日も不適当な格好をしている。
それでいて他人の机の上に腰を下ろすだけでは飽き足らず胡坐をかいている。その席の人が可哀そうだとは思わないんだろうか。まぁ、当事者はその彼女の周辺にいるので許可出しているんだろうけれど。
僕は答えずに自分の席に向かう。
「ぶー!」と幼稚な威嚇をされたがこの場合の適当な対応は無視だ。
見なかったことにしよう。
無視を決め込んで僕は帰りの支度を始める。
「ほい、いっちょあがりー」
「ありがとー! 助かるよ、ヒナ」
「なんのなんの。お安い御用ってやつよ。あたしもよくボタン取れるからね」
どうやら彼女は知人の制服のボタン縫いをしていたらしい。
確かに一瞬見た時彼女の手元に糸があったし、この位置から改めてみるとソーイングセットが別の机の上に放置されているのが見て取れる。
裁縫が出来るらしい。
そこだけ聞くと意外性しか感じられないが、後の理由を聞くと今度は納得しかない。
ブレザーの袖のボタンとか欠けてそうだし、失くしてそう。
「そうだ、ヒナ。聞いたよ、ミスコン出るんでしょ?」
「そーなの!」
バシン! と彼女が机を叩く。
「賑やかしで毎年ウチの部から数人参加してるらしいんだけど、そのじゃんけんに負けたの! ぐやじい!!」
「うわー、ご愁傷様。じゃあその準備もしないとでしょ?」
「そーなんだよねー。どうしよ、まず何の格好にするか決めないといけないんだよね」
「コスプレがデフォなんだっけ? そうだなぁ……。何かしたい恰好とかないの?」
「え……いや、ないこともないけど」
「あるの? じゃあそれにしなよ! ちなみに、なんなの?」
「う、え? えー……それは、うん……ちょっとむりぃ……?」
「どうせその当日その格好するなら恥ずかしがっても無駄じゃない? さぁ、今から羞恥心は捨てるのだ!」
「そ、そうだけどそうじゃなくてその……」
「え? ……」
「……僕が何」
隠さずちらちらと視線を向けられるので声を飛ばしてみる。
僕が見ると雨水さんはぴゃっ、と肩をはねさせバイブレーションでもしてるのかと思うほど首を横に振った。そんなに頭を揺らしたら鈍痛ぐらいあるんじゃないのか。
「聞かれたくないっていうなら外でどうぞ。僕がどく筋合いはないよね?」
大体彼女の話し相手はこのクラスの人だけど彼女本人はクラス違うし。
他のクラスでくつろいで恥ずかしいからどいてくれはない。そっちが出ていけ。
というか、そこの恥はあるんだ。意外。
普段みっともない格好してるほうにどうして恥がくっついてこなかったのか。
自尊心に見捨てられたんだろうな、きっと。
「あ、でもいいんじゃない? ヒナ。春川くんの意見も聞けるよ」
「ふぁっ!?」
……この人、おそろしく斬新なことを言うな。
こんな人が同じクラスにいたなんて知らなかった。
「う、えぇ……。でも、虹輝くん、キョーミない、でしょ? ないって言って」
「言うのは簡単だよ。君の認識次第でしょ」
「う、うーん……」
はぁ、と僕はそれはそれはもう大げさにため息をつく。
「あのさぁ、だるいよ。聞いてほしいって顔に書いてあるんだからさっさと言ってくんない?」
表面上嫌ですけど? みたいな言葉を用いているけど、こっちをみるちらちらという視線が気にして気にしてと言っていたのを既に知っている。
そうじゃなかったら普通に友人らしき僕のクラスメートに「その話はまた今度ね」とでも言って切ればいいんだから。
というか顔がにやついてる半笑いの時点で抵抗するだけ無駄なんだけど。
でも彼女はそう思ってないらしく。尤も本人は思わないだろうけど。
「そんな言い方なくない!?」
と、まぁ無事反発に行動を移したわけで。
「本当にないと思う? こっちは聞くって言ってんのに手こずらせる方がなくない?」
「え、……え? え、ごめん……?」
「うん。悪いと思うならさっさと言ってくれる?」
あれ? あたしが悪いの? と自分を指さし挙動不審になる彼女に僕は黙って圧をかける。
「あ、あの……おとぎばなしみたいなお洋服着たいなぁ……って」
「なめてんの?」
「ひゃいッ!」
「おとぎばなしがこの世にいくつあると思ってんの。具体的なタイトルがあるはずでしょ」
「え、えと……あ、赤ずきん、とか、いいなぁって……」
「あぁ……」
「……言わせといて落胆はないよ、虹輝くん。ヒナノさんの純情返してよ……」
けたけた、と隣のクラスメートが笑う。
「落胆じゃないよ。そうじゃなくて、赤ずきんって子供のイメージでしょ?」
「え。もしかしてあたしの選択趣味がおこちゃまって言ってる!?」
「は? 何の話? いや、赤ずきんって子供のイメージでしょ?」
「だからあたしの精神年齢がおこちゃまでちゅねー、ってけなしてるんでしょ! 知ってるんだからね!」
何をだ。
「人の話逸らさないでくれる? 子供のイメージでしょって確認とってるんだから答えは『はい』か『いいえ』から入ってくれる?」
「え、あ、『はい』、です」
「でしょ。それにしては雨水さんの身長は大きすぎるんじゃないのかなって。飽くまで赤ずきんのイメージに合わせるのならって話ね? 君の意見を真っ向から否定したいわけじゃないよ。赤ずきんってチョイス自体は面白いと思うよ。誰もが知ってるだろうから伝わりやすいしイメージもしやすいだろうしね」
「お、おう……」
「……うん。案外その髪型とあうかもね」
僕は引き目で彼女の姿を改めて目視する。
髪型はぼさぼさだけど短いおさげはあどけなさのアピールとしては持って来いだ。
ロングヘア―の赤ずきんはそうそういないだろうな、と思うのはやっぱり髪が長いと『大人っぽい』というイメージがついてしまうからなんだろう。
「やったじゃん、ヒナ。春川くんに聞いてよかったでしょ?」
「よ、よかったけど、なんか」
「何」
「虹輝くんって、なんでも否定から入る人なのかと思ってた……」
「あ、それは私も思ってたー」
雨水さんの意見にクラスメートが便乗する。
つまり、クラス内の僕のイメージがその可能性かもしれないと。
なんで? そんな頭ごなしに否定する品性が縮小した人間であるつもりはないんだけど。
「ヒナ、春川くんに頼んで色々決めてもらえば?」
「うひゃい!? なんでぇ!?」
「だってあんた一人じゃ準備できないでしょ。赤い毛布被って終わりでしょ」
「もうちょっと工夫するよ! さすがに! したいっていったのはあたしなんだからね!」
「服もそうだけど、化粧は?」
「え」
「あと佇まいと振る舞い。そういうのも考えて、『赤ずきん』をやるって言ってるんだよね?」
「……えと」
「ほらぁ。春川くんに一任しようよ。ヒナ一人じゃ準備大変でろうし、ここまで言うってことは協力してくれるってことだよね? 春川くん」
この人に促されて頷くのは癪に障るし、冷静に考えれば何故雨水さんの力にならなければならないのかは理解に苦しむけど、断る理由はない。
不幸にもこの雨水という人とは顔見知りで。
知らない人間になってしまった以上、僕の目が黒いうちは僕の知ってる範疇で手抜き工事は許せない。
やるならやれ。
「いいよ。その代わり優勝させるけどね」
ヒュー、とクラスメートが口笛ではなく口でそう言う。
「えと、じゃあ……虹輝くん、ふつつかものですがよろしくお願いします……。で、いいの?」
「いいよ。不束者を預かってあげる」
「何で上からなの!」
もー! と地団太を踏む彼女を気にせず、僕は思案に入る。
まずは衣装のイメージをつけなければならない。
おそらく服を作ることを禁止してはいないだろうけど、それはリスクを伴く。
素人が突発的にやろうとしてどうにかなるものでもないだろう。だから可能なものはあり合わせをそれっぽくコーディネートするか、既製品をアレンジするかだ。
そこは問題ではないが、難ありなのは僕が女物の服屋に明るくないことだ。
今日でイメージをつけたとして、それを具現化するためには僕の手だけじゃ足りない。
そういうのに詳しいのはやっぱりあの人だろう。
「雨水さん、暇な時間を作る努力をしてくれる? 部活もあるだろうけど、こっちにも割いて」
「あ、はい! コーチ」
「……僕そんなだらしない教え子は死んでもいらない」
「鬼コーチなんだけど!!」
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