風岡さん、集められる。

    ◇



 あらかじめ幸村に明言した通り、私は文化祭実行委員に立候補し、無事その席に収まることができた。

 実行委員は各クラス2名。

 そのクラスが出し物を出す出さないに関係なく、絶対に2人定めなければならない。

 そして、2学期始まってから動き出す実行委員会には全員が参加しなければならない。2回目以降の開催は出し物のないクラスの実行委員の参加は時と場合によっては免除される。出し物が被ってしまい、その際の話し合いとか出し物の系統の比率とかの話し合いには相入れないので強制が解除される。


 そんな実行委員会の開催は例外がない限り放課後だ。去年もそうだった。


 指定された教室に向かうと、ホームルームが終わったクラスから続々とやってくる。


「配置が決まってるので自由着席はやめてください。前の黒板を見て右辺が1年、正面が2年、左が3年でお願いします」


 がやがやと騒がしくなりつつあるその室内の壇上に立つ1人の女子生徒が静かにそう告げる。大きな声ではないが、女性にしては低く硬い声なので不思議とこちらの身を引き締める。

 私はそんな彼女のそばに寄ってやっほー、と手を振る。


「あぁ、風岡か」


 私に気づくと彼女は片手を上げて応えた。

 彼女は2年の櫻井さん。櫻井一青ちゃん。去年同じクラスだったから面識があるのと、単純に生徒会副会長を担っていることもあり2年では有名な人の1人だ。


 そう言う言い方すると何人いる有名人の中の1人なのかって話になってしまうけど、そこの匙加減は難しい。興味がない人からすれば生徒会役員なんて知らないでしょうから。だって知らなくても学校生活は送れるもの。


 私が彼女に一目置いているのは彼女が大体数学のトップだからかもしれない。

 理系だからって理由でいいのか分からないけど、もちろん私だって数学はできる。文系教科に比べれば勉強するのは苦ではないし、定期テストでは満点をとってやると思いながら毎回臨んでいる。


 どこかの誰かと張り合うときは1番得意な物理を選んでいるけど、私の数学の点数はその物理と引けをとっていない。だから彼女から首位奪還したことも多々ある。


 私はそれでちょっとしたライバル心を抱いていたのだけれど、櫻井ちゃんは見た目の雰囲気とは裏腹にとても寛大で。彼女は敵対心ではなく私のことを一目置いたらしい。


 だから。


「来年こそ生徒会に入ってくれないか? お前なら歓迎なんだが」


 そういう勧誘をたまにされる。

 彼女の中ではどうもテストの点数が取れる人、イコール、しっかりした人という印象らしい。だから生徒会にうってつけだ、というのが彼女の言い分。


 まぁ、自分で言うのもあれだけど務めることはできるとは思う。

 もちろん櫻井ちゃんがいるなら、って言う話だけど。


 だけど。


「ごめんなさいね。今日もそんな気はないのよ」

「ダメか、相変わらずガードが硬いな。お前を口説き落とすのは苦労がいるよ」

「この学校だと成功人数ゼロ人更新中なのよねぇ」

「その更新はお前の気分次第だろうが」


 これはこれは手厳しい一言で。


「実際どうなんだ? 断ってるだけでそういう生徒はいるんだろう?」

「あら、一青ちゃんの興味のない話なんじゃないの?」

「ないな。ないが、一応生徒会なんでね。そういう風紀を乱すおそれのある事項には目鯨を立てておかないとやってられん」

「大袈裟よ。そんなこと起きるはずないじゃない」

「まぁな。だが意外とあるんだよ、これが。男女間トラブルっていうのか? 特に文化祭の時期は多い。祭り気分になると人間は開放的になるらしい。あと金の貸し借りをする馬鹿とかな」

「生徒会ってそんなところまで見張ってるの?」

「限度はないよ。だからやるもやらないも当代生徒会長サマの自由さ。……あの野郎め」


 あ……、そこは相変わらずそこは不仲なのね。

 彼女こと生徒会副会長と生徒会長は去年から生徒会役員なので仲が悪いということはないのだと思う。だが手放しで良いとも言えない。

 でも、なんていうんだろう。

 2人にしかできないやりとりがあるというか、誰も立ち入れない雰囲気が立ち込めている。

 いいコンビというやつだ。


 曰く不仲だけど。


「おっすおっすー。ひーちゃんとあおちゃん、今日も仲良ししてんね」


 一青ちゃんと話していたところに小柄の彼女が入ってくる。

 蜂須賀あいる。

 幸村のクラスの実行委員だ。ということは瑞木くんも来てるのかしら。


「あれ? ひーちゃん、お一人? もう1人は?」

「あたしの相方は小乃花よ。今、部活の方に顔出して遅れるって伝えてると思うわ」

「え? はなちゃんなの? あの子、部活で忙しいでしょーに」

「そう言ったんだけどね。あたしがやるならって」


 あの子が入ってるチア部は文化祭中体育館で行われるイベントに出るはずだからそっちの準備で忙しいはずなんだけど、やるって言い出して。


 文化祭、と言う名前の通りなのかは分からないが『文化』の名前を冠しているだけあって文化部にとっては年に一度の華やかな舞台となる。

 もちろん各部活大会等に出ていることもあるだろうから、部活動の主となる活動が文化祭での発表ということではないだろうけれど。


 かくいう私の所属する部活は文化祭も大会も視野に入れてないんだけどね。


 そうはいっても、文化祭実行委員がすることは準備期間中にクラスを纏めるだけで、これといって重労働があるわけではない。

 文化祭前になれば数日授業はなくなり、学校全体が準備期間となる。

 大体のクラスはそこで追い込んで準備を進めるので、その期間にクラスを纏められさえすれば実行委員はお役御免だ。

 そうなるとあまり部活があることもあまり関係ないような。


 一青ちゃんとあーちゃんと話していると、ふと室内の声量が下がった。


「遅くなった」


 そう言いながら1人の男子生徒が一青ちゃんの横まで大股で歩いてくる。

 目元がはっきりとしていて、きりりとした切長の目つきが眼力の強さを引き立てているのだけれど、怖い印象はない。

 威圧感がないのだ。


 どこかの幸村は悪い目つきのせいで黙ってると威圧感が強いけど。喋るとそうでもないけど、あの男の場合は黙ってると「怒ってるの?」と勘違いされる顔だと思う。


 黙っていようが話していようが大らかな雰囲気をずっと持っているのが我らが生徒会長の生天目なばためはなぶささんである。


 彼の特徴としてはお洒落なことかしら。普段着は知らないけど。

 でも多分毛先は毎朝丁寧にワックスで遊ばせていると思う。


「お疲れ様です。ちなみに遅れた理由は?」


 そんな生天目会長に一青ちゃんが声をかける。

 誰と話すときよりも平坦に告げる。


「あぁ。黒板を全力で綺麗にしていた。見てくれ、手が白い」

「洗ってからこい。その手で寄るな」


 ……これが我らが自慢の生徒会幹部である。




   ◇




「定刻になったので第1回文化祭実行委員を始めます」


 4時30分。

 休みが数人いたが、全員集まったところで一青ちゃんがそう宣言した。


「生徒会長、お願いします」


 壇上の横で秘書よろしく起立する一青ちゃんがそう言うと、会長は一つ頷いて壇上に上がる。


「生天目だ。本日に限りこの場を預からせてもらう。というのも、実行委員の経験がある人間はわかるであろうが、本来は実行委員内で長を決め、その者が先導して文化祭を盛り上げてもらいたい。生徒会はあくまでもその補佐でしかないというのを重々承知しておいてもらいたい」


 会長の堂々とした挨拶を聞きながら、私は委員会の面々を確認する。

 ちらほら去年もやっていた人がいるような。

 それが理由で3年生はちらほらと知った顔があるような気がするけど、1年生は全く見覚えがないと言っても過言ではない。


 1人を除き。


 彼、どうやら普段はネクタイをつけるのをサボっているらしいのだけれど、流石にこういう場では付けてくるようだ。

 今日も今日とて染めた茶髪の前髪を上げどこか垢抜けた装いではあるが、どうやら少し萎縮しているらしい。


 無理もないわよね。


 ウチの生徒会長は私と同い年――つまりは2年なのだけれど、実力で3年生の立候補生がいる中から会長に当選している。

 人前に立つことが得意なのだ。

 そんな凜とした生徒会長を前にちょっと怖気付いているように見える。


 勇士くん、良くも悪くも等身大だからなぁ。そこが彼の良いところなんだけど。


 そう。

 1年生の委員の中に勇士くんがいた。あの勇士くん。

 相方は流石に雫ではないらしく、私が見たことない女の子と来ていた。


 彼が立候補するとはちょっと思えないって思っちゃうのは失礼に値するかしら。

 でも自分から名乗り出たと言うよりジャンケンに負けてなっちゃったって言う方がリアリティあるわよね。


 おそらくこの前部室で夏祭り後の話をしたあと教室に戻ったのはこの件でだと思う。

 1学期頭に決めるクラスもあるけれど大多数のクラスは2学期に入ってから文化祭実行委員を選抜する。


 わたしたちみたいに1年面識があると4月に決めることもできるけど、まだ名前を知ったばかりの1年生に誰が向いてると思うかとか、学校の雰囲気もまだ分からないうちからイベント事を引っ張ってみないか? と提案するのも少々酷な話だと思う。


「――だが、委員長決めは後回しにして、まず先に1年もいることなので文化祭の概要を説明しようと思う」


 会長がそこまで言うと、一青ちゃんが頷くこともなく機械のように動き出す。

 そしてあらかじめ用意していたプリントを先頭の人に配布し、後ろに回すように言う。


 回ってきたのは今会長が言った通り文化祭の概要だ。

 日付。時刻。一般公開される学校の敷地の範囲など。骨格となる情報が上部に記載されている。

 その下にはいくつもの注意事項が並ぶ。


 これ、一青ちゃんが作ったのかしら。

 それとも今日この場に来ていない書記とか、そういう別の役割の人が作ったのかしら。


 注意事項には、文化祭のメインとなる出し物のあれこれが書かれている。


「日付は10月第2週の金曜と土曜に開催される。金曜が校内。土曜が一般公開だ。時刻は両日ともに9時開始の17時終了だ。さて、メインに入らせてもらう」


 す、と一青ちゃんが会長の立つ教壇に紙を1枚載せる。

 私たちに配布したものと同じものなのか、はたまた別物なのか。


「出し物の件だが——……櫻井、この話をするには部長も必須だったのではないか?」

「常連の部長には既に用紙を配布してますし、後から私たちが回っても問題ないでしょう。不満なら私1人で済ませます」

「いや、同行しよう。——失礼した、こちらの話だ。出し物の件だが、まず1年生。1年生の参加は必須ではない。クラス内で十分に話し合って出し物を出すか否かを慎重に判断してもらいたい。出店する場合もしくは2年生以上の各位、例年と変わらないが知らない人もいるであろうから改めて。1週間後に再度開かれる実行委員会にて出し物の発表をしてもらう。被った場合、似たり寄ったりの場合、同系統の出店が多かった場合はプレゼンをしてもらう」


 プレゼンという言葉が出ると、ざわざわと傍聴席が穏やかじゃなくなる。


「身構えてくれなくていい。構想をちゃんと練ってほしいというだけだ。具体例、コンセプト、メニュー一覧。そういったものを作り込んでほしい。映画館の売店のような無難な店ばかりにする気はない。出店を肯定する以上創意工夫を見せてもらわないとこちらも投げやりだと思われてしまう。それは不本意なので我々生徒会は柔軟な発想を応援したい所存だ」

「会長、くどい」

「む、失礼した。だが今言ったのは少し先の話だ。まずは臆せず『何をしたいか』を前向きに考えてもらいたい。可能な限り生徒会は援助しようと思う。あぁ、言い忘れるところだった。出店の系統が被った場合もプレゼンしてもらうが、出店場所を教室ではなく特別教室で行いたいクラスが複数あった場合もプレゼンで決める。特別教室は好きに選択して構わないが、体育館は予定で埋まっているので利用不可とする」


 体育館は当日ステージも使われるしコートがある場所も大いに使われる。

 部活動の発表はそこで行うからだ。

 当日の体育館の整備はそれぞれの部員とシフトを組まれた実行委員で回すことになっている。


 そこら辺の詳細は当日が近づいてから決めたんだっけ。こちらから空いてる時間を提出して会長が組んでくれたんだっけ。


「イベントのメインは今言った通りの出し物となる。だが折角ならそれ以外の催しも必要だろう。例年通りのものは企画して人員を募集するつもりだが、他に考えのある人はどうかその知恵を貸してほしい。……あれ、櫻井?」


 会長が助けを求めると、一青ちゃんはしっと手を払って会長を壇上からどかす。

 そして壇上の下から箱を取り出す。


「これに入れるでも良いし自分に直接渡してくれても良い」


 いつもは生徒会室の前に備え付けられていて、よくある『ご意見をご自由に入れてください』という箱だ。目安箱と呼ばれているらしい。

 偶にその目安箱に投稿された情報をもとに行動をしている会長と副会長を見かけることがある。


「自分からは以上です。質問がなければ実行委員長を決めようと思う。決まり次第今日は解散。さて、早急に解散させてやる、という強者は堂々と挙手してくれ」


 募る文言は果たしてそれが正解なんだろうか。

 活動に全力投球のように見えて意外とこちらに合わせてきてくれる人なのよね。

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