サマーバケーション④
【>>永町】
「じゆうげんぎゅう…」
隣の氷上君が呪詛でも唱えるかのような声で表紙の目立つ文言を呟く。
自由研究。
恨みでもあるのかしら。……確かに得意そうではないけれど。
かくいう私も苦戦を強いられてきたものだから良い印象はない。
夏休みという時期もあり、本屋の入り口近くに特設コーナーが出来てた。
高校生にもなると想像力を求められる宿題は少なくなってくるけれど、小学生はそうでもない。図画工作が時間割にきっちりと割り当てられているお年頃だ。
「……でも委員長の妹だしなぁ。どうせもう終わってんだろ?」
「そうでもないわよ」
「マジ!? すっげぇ意外!」
この世の終わりみたいな顔してたのに、今度はテーマパークの着ぐるみにでも出会えたかのように目を輝かせる。
楽しそうね。その表情筋。
それはさておき、一体私に何のイメージを持ってるのだろう。この彼は。
完璧超人だと思ってるの? そんなわけないはず。貴方と一悶着起こしたの忘れてるはずがない。
「にしても、優しい姉ちゃんだなぁ委員長は。そうやって考えてやってるなんてよ」
「考えてないわよ別に。こういうのもあるのねって思ってるだけよ」
もし相談を受けたら答えられるぐらいに知識を蓄えておきたいだけ。
そう答えながら私はぺらぺらと自由研究を題材に作られた子供向け雑誌をめくる。
「……とか言って、考えてあげてるんじゃないんですのん?」
横から探りを入れるように尋ねられるが……何の喋り方なの。それ。
だんだんわかってきたけど、この彼、構ってもらうのが好きなのかもしれない。
そういえば、中学の頃の話をされた時も自分でそんなことを言っていたような。……あれ。話の流れで私がそう思っただけだったっけ。
でも謝ってでも前のお友達のところに戻ろうとしたって話は間違いなくあったはず。
こういう一面が彼をそういう行動に走らせたのかもしれない。
そんな一瞬浮上した考えを漂着させずそのまま流す。
「弟2人がかりで考えてあげてるから、私はノータッチよ」
「マジかよ。弟さんまで面倒見いいとかやっば」
何がやばいのか分からないけどまぁいいか。
あの2人は妹に対してちょっと甘い。
「いいなぁ。……俺も、宿題手伝ってくれる兄ちゃんが欲しかったぜ」としみじみに。
「……そんなに宿題終わってないの?」
そう尋ねた途端、彼の顔がすっ、と音もなく表情を失った。
良い反応を返されるはずがないとはわかっていたけれど、これは私が思ってる以上に自体は深刻なのかもしれない。
「お友達と一緒にやったりしないの?」
「あー……そんな話は出てるし、とりあえず1回だけ宿題攻略会みたいなのやったんだけどさ、まぁ進まねぇよな!」
「……」
まぁ、知った顔で集まるとどうしても楽しいことしたくなるのは分かるけれど。それはそれでまた別で集まれば良いのに。
「あと、みーんな類友だからよ、分かんねー問題はみんな分かんねーんだよ」
「解説見て全員で悩めば分かるかもしれないわよ?」
「って思うじゃん? まるで分かんなくて全員で解答を赤で写したぜ」
「……氷上君、夏季課題試験があるの、忘れてないわけじゃないわよね?」
夏休み中に出された宿題を範囲として定期試験と同じ形式で試験が休み明けすぐに行われる。
私が恐る恐る尋ねてみると、彼は笑みを讃えたままその顔を固まらせた。
分かってはいるけど駄目みたいだ。
「……まぁ、そうなったら再試なり補修なりなんか、なんかなんだろ。なんとかなるなる」
「そういうのは回避するためにあるのよ?」
「出来たら苦労はしないんだぜ」
その発言とサムズアップは両立しないでしょうが。
「あと。放課後に補修入ると、部室来れなくなるけどいいの? それでも」
「いやよくねーよ? 補修自体よくねーし、放課後ははっちゃけるためにあるのに何が楽しくて勉強続行しなきゃなんねーんだよとは思ってるよ!?」
「先輩にも会えなくなるし」
「……あ。センパイに教えてもらおうかな。休み中も会えるしテストもなんとかなるし……。あれっ、俺天才じゃね?」
「……幸村先輩、そういうの了承してくれるようには思えないんだけど」
「……大丈夫大丈夫。あの人、頼まれると弱いから。多分」
分かってるならやめてあげなさいよ……。
「あ、じゃああれ企画しようぜ」
「どれ?」
「勉強会」
「……」
「……」
「………」
「え。無視? なんでここで?」
「いや……。やれば? としか……」
「何で他人事なんだよ」
「何でって……」
どう言葉を選べばいいのか。
濁しているあたりからこちらの反応がいいものではないと察して欲しいのだけれど、彼はあくまで真顔だ。
人を選んだ発言というか、悪口手前というか、そういうのは可能な限り言いたくはない。
このまま流してしまおうと、私は今の場所から移動を始める。
何やら見て回っているらしい緋咲さんたちのところに合流するのは気がひけるけれど、それで話が終わるのであれば飛び込んでしまおうか。
でもそこで逆にこの話を展開されてしまってはどうしようもない。
緋咲さんも、どちらかといえば『どうして?』を率直に聞ける人だから。
そこら辺は幸村先輩の方が空気を読んでいる気がする。こちらが言葉を誤魔化すと、あの先輩は察したようにすぐに身を引く。
いい意味で他人に興味がないのだと思う。あの人は。
先輩たちが小説のコーナーにいるので、広めの通路を挟んで隣接している漫画のコーナーを逃げ場に選ぶ。
ずらりと並べられている棚の前には新刊だけを陳列している棚が。
その前に立ち眺めていると、隣に立った氷上君がビニールに包まれた新刊に顔を少しだけ寄せる。顔を寄せても見えるものは変わらないと思うのだけれど。
「……いや、やっぱ聞くわ。なんで?」
「……氷上君。貴方、意外とめげないのね」
「え。……もしかして褒めてます?」
「半分」
「残りなんだよ」
「驚きかしらね」
「その話掘り下げるんだって? まぁ、だって今更じゃん。そう思わね? 委員長。俺らもう一回ケンカしてんだぜ? 何してもあれ以上にはならんでしょ」
「……」
丁寧にこちらを見て話す彼と目を一度合わせてから、私は意味もなく目の前の本に視線を向ける。
「ならないでしょうね」
別に修復が効いたものでもない。
それをきっかけに氷上君に苦手意識を思っているわけではない。それに丸め込まれて、氷上君と距離を置きたいわけでもない。
あのことがあった分、むしろ彼には容赦なく言えるところはある。私がどれだけわがままな人間かは彼も知っているのだし。
だけど、あれは話し合いで解決できていないから、導き出せたことは私たちは分かり合えないということぐらいだ。
それを決定付けるつもりも願望もないけれど。
「……氷上君のお友達は、別に私にとってはお友達じゃないもの。そこに私が混ざるのって変じゃない。そういう話よ」
「あー……。なんか、一軍、二軍、とか。そういう話?」
「……」
黙って小さく頷く。
人を格付けするみたいでその言葉は得意ではないのだけれど、でも仕方がない。
あれは集団生活においての得意不得意が可視化したものだろうから。
「貴方、人気者じゃない」
そういうと、氷上君はおろしていた前髪に指を通す。
まだ私たちは1年生だけれど、気分的には氷上君が怖がられていたのなんて1年前ぐらいに感じている。それぐらい、今となっては氷上君の一言で教室は湧くし、氷上君の動向にはしゃげる人は乗っていく。
ウチのムードメーカーの1人で、トラブルメーカーの常習犯だ。
私はそれを眺める立場。
もう身についてしまってるのよね。はしゃぐ誰かを側から見る、ということに。
下の面倒を見るってそういうことだから。もちろん、クラスの人をそういうふうに見ているわけではないけれど。
私がもうそういう振る舞いをできないというだけで、はしゃぎたい人は存分にはしゃいでくれて結構だ。
時として、その波にクラスが引っ張られるのは事実だし。
ただ、相容れないというだけ。
嫌いではないのだけれど。関わってもむしろ困らせてしまうけだ。
「……まぁ、俺、高校デビューってやつだけどな」
「でもあのテンションは素でしょう?」
「俺がセンパイみたいな器用なことできるわけなくない?」
「わけないわね」
「なんだ、分かってんじゃん」
そう言って、彼は歯を見せながら笑う。
彼はよく笑う。
よくそんなことを思う。
『仲直り』をした時もそう。言いにくそうな顔をしながらも苦い話をするときは口角をむしろ上げていた。
自分のことを過大評価しているわけでも心酔しきっているわけでもないし、彼と友人になった覚えもない。
もしかすると入学当初無駄に気にかけていたというその時の思考回路だけを引きずっているのかもしれない。
入学早々に謹慎を食らった彼がクラスに馴染めるのかと。また何か起こすのではないかと。クラスを任された以上それを放任するのは気分が悪いからと。
そんな調子で勝手に目をかけていた時のことが抜けきれていないのかもしれない。
私は、頻発する彼の笑う顔を見るたびにもう私は不必要だと勝手ながらに思っているらしい。
彼に必要だと言われたこともないからどの目線からだって話だけれど。
危なっかしいところはあるけれど、彼は自分から動ける人だ。
先輩と因縁のある人と喧嘩をしたのも彼の意思。
彼は自分から物事を動かせる人だ。
私と違って。
◇
【>>氷上】
人を見る目があるかどうかは知らんけど、人の雰囲気ってなんとなく分かるもんじゃねーなのかなぁとは思う。
そう考えて真っ先に浮かぶのは、俺が中二の頃の話だ。
なんかこればっか思い出してね? 俺。
でもしょーがねぇよなー。俺今何歳だっけ? 16?
たかだか16年しか生きてねーのに思い出すことばっかなのも変だしな。
まぁ、20過ぎても思い出すのはこればっかな気がすっけど。
……あれは初めてセンパイが『俺ら』に呼び出された時のことだ。
呼ばれたから来ただけのセンパイは、その場でリンチ——集団暴行にあった。
来たセンパイに前振れなく殴りかかったわけではない。
変な話だが、「殴る」という旨は伝えた。センパイのオトモダチがそう伝えた。
センパイはそこから逃げることも出来ただろう。
でもそんなことはしなかった。
ただただされるがままに振るわれる手足を受け入れた。
俺は、それをただただ見ていた。
満足してその場から去っていく俺のオトモダチも。
その場に捨ておかれたセンパイも。
ただただ見ていた。
その後もセンパイは呼び出しに応じた。
来なくてもいい呼び出しに、友人が自分を呼ぶからという理由だけで、多分応じていた。
回数を重ねるごとに、あの人の顔は味気なくなっていった。
目的がわかっていれば思うことすらなくなるだろうけど、あの人は死んだ顔を見せつけるように必ず来ていた。
見捨てればいいのに。
当事者の俺ですらそう思っていたのに律儀なことで。
今もあの人の中で散々ぶり返して毎日同じ思いに耽ってるなんてことは流石にないだろうから、多分センパイの顔面そのものが覚えたままなんだと思う。
部室でのセンパイは今だにあの時の顔をしている。
心底諦め切った顔を続けている。
まぁそうもなるだろ。結局センパイはアイツらと縁を切れてないのだから。その為に地元を離れて素行も変えて、数年前の自分を踏み倒そうとしたのに以前変わらない。
諦めたくもなる。というか諦めるしかない。
経緯を知らない緋咲さんは、その顔を怠そうとか言ってたっけ。
センパイにその気が残っているかは知らないし聞けた義理もねーけど、誰かにそんな面を強要させるようなことをしちまった手前、俺が諦め癖を覚えちゃなんねー気がしてる。
諦めねぇで頑張っても成績伸びてくんねーけどな。
まぁそれはいいや。
俺はそうやって一回人間関係を間違えた。
それがどうしても俺の根の暗いところからずっと声をかけてくる。
なんで俺は後先考えらんねー頭のまんまなんだろう。
なんてことない躓きでそれを実感するたびにずるずるとあの日のことも思い出す。
委員長に手をあげたあの日だ。
いやぁ、あれは絶句したね。
そんなことしちゃう? 俺。ってマジで思ったね。
だってあいつらと一緒だもん。
あいつらはそーゆーことしてセンパイで憂さを晴らしてた。大したストレスもねーから、きっと優位に立ってるって事実を浴びたかったんだろう。
ちっさ。
女子を脅すような俺も、ちっさい。
類友なんだよなぁ。結局。
まぁそんな野郎に声かけられたくはないでしょーよ。
俺だってやだもん。
嫌だからほどほどにしとこっかなぁと思ってんだけど、ここら辺が後先考えられない奴の特徴よ。
そうは思いながらも俺は件の薄暗いところからの声に耳を貸してしまう。
ついでに誰かの気力のない顔を思い出す。
お前は人間関係を一度しくじった。
人を諦めさせた。
それを繰り返すんじゃねぇぞって、変に急かされる。
例え、委員長が俺に対して良い印象を抱いていなくてもお前なんかが諦め癖を覚えるんじゃねぇって言い負かされる。
例え、委員長の纏う空気が俺を拒否っていてもお前は諦め癖をあるものとして扱うんじゃねぇって言い脅される。
「……」
いや、ほんと。
なんで俺豆腐メンタルのくせに拒絶されに行ってんだろ。
誰かは人気者とか言ってたけど、とりあえず今のとこは中学のダチみたいな奴とは出会っていない。
どいつもこいつもアホで気の合う奴ばっかだ。
多分そいつらとつるんでれば3年間楽しくやっていけるだろう。
いーんだよ。ほんとは。べっつに。
友達じゃないけど? とか言ってくる委員長なんてほっとけば。
「……」
隣で何食わぬ顔をして似合いもしない厳つい青年漫画を手に取ってる委員長なんてほっとけば。
「……どーせ、そーゆー漫画読まないでしょ」
永町の手から大判の漫画を取り上げて棚に戻す。
それに対して永町からの言葉は特にない。
読まないわね、すらない。
なに。俺と会話するのも嫌? もしかして。
うわ、泣ける。
「氷上君」
あ、なんかあります?
「……無許可で奪うのはどうかと思うのだけど」
「……すんません」
俺はそっと委員長の手に漫画を戻す。
多分だけど、前にケンカしたこともあるし俺が問題児だったこともあるしで、委員長は俺に対して容赦がない。他の人と比べるとおそらく露骨に。
泣けね? それ。
いや、なんか、ケンカもしたし今更じゃん? みたいなこと言ったのは俺だけどさ。
俺だけどさ?
つーか、なんで本屋なんだろ。
時間潰すならゲーセンじゃねーの? 今居る女子2人が行くメンツには見えないけど。
なんでクラスの女子と本屋にいんだろ。俺。
……あれっ。クラスの女子と本屋にいんじゃん。俺。
デートじゃん。じゃあ。
あれ。これ。デートじゃね?
これってか今だけ。
マジか。
今年の夏は勝ち組確定じゃん。
思い出話振り返ってる場合じゃねーや。あんな要らねーダチのこと考えてナーバス発動してる場合じゃねえ。
まぁ、肝心の相手にはよく思われてねーけどな。
……やめだやめ。
都合のいい頭で行こうぜ。楽しんだもん勝ちよ。こんなん。
そう。つまり。今、俺はデートをしている。
他にも一緒に来てる奴はいるけど。
相手は俺のこと死ぬほど無関心だけど。それでもデートをしている。
ほとんどのことに目を伏せ、俺は内心にんまりと笑う。
楽しんだもん勝ちならそういう動きをしよう。そうしよう。細かく考えるのはやめやめ。知恵熱でっから。そんなことすれば。
最後に風邪引いたの3年前ぐらいの健康体だけど。
まぁそれはそれこれはこれ。
今は今。
……つか、え? 本屋でデートって何すんの。
紙眺めてきゃっきゃできる自信ねーけど。
いや、あれよ? ちょっとアレな感じの絵とか写真集ならきゃっきゃできるけどね? ……いや、すんなや。すんなよ。あっぶね。ただの俺になるとこだった。
ってか。
え。本屋、つまんなくね?
世のカップルは本屋来ねーでしょ。これ。
そう思いながら俺は試しにスマホでググってみる。
本屋。デート。
ヒットした1番上のサイトのタイトルは『2人の距離が縮まる本屋デートの仕方』ってやつだった。
嘘だろ。縮まるかぁ? 本屋だぜ?
スクロールしてみると似たようなタイトルがずらずらと並ぶ。
おすすめの本屋デートの仕方とか本屋デートのコツとか。
あ、そーなの。そんな感じなの。
そこまで言うなら縮めてみろや。
そこまで断言するなら目にモノ見せてみろや。
相手、俺のこと嫌ってんだぞ。縮めたい放題なんだぞ。
やってみせろや。
誰が書いたのかも知らんサイトに喧嘩を売りながらフリックを続ける。
メリットやらデメリットまでこれはこれはご丁寧に教えてくれやがるぜ。
へぇ。
ここ大事じゃね?
本屋が苦手な人には向いていません、だってよ。
ま、そりゃそうだわなー。だって本屋だぜ? どこにでもあるけど人選ぶんだぜ? ここも。本触りすらしないやつには向いてねーのよよく考えるまでもなく。
そう。俺みたいな奴とかな!
出鼻から挫いてくるじゃねーか畜生!
というか、こんなことしてる間に委員長に置いてかれてんじゃね?
そう思って俺は慌て気味に顔をあげる。
そうすると改めて確認するまでもない距離に委員長は居てくれた。さっきとは違う本でも見て時間を潰してくれてるのかと思いきや、手には何も持たず俺の方を見ている様子。
「……え。俺見ててもつまんなくない? どしたの」
「それ、お友達から?」
「へ?」
「え? ラインじゃないの?」
あー、そう思ったのね。
つーか、お友達って。俺の友達の8割はぜってぇ委員長も顔知ってるっつーの。クラス一緒だわ。
「ちげぇよ?」
「ふうん……」
そう言いながらそっけなく委員長が顔を背ける。
なんだろーな。愛想がないってのとは違うんだけど、こう……もうちょい反応くんねーかなぁってなる感じ。塩ってほどじゃないけど。
委員長、他の子にも実はこんな感じだったりすんのかな。
だったらいいんだけど。……いや、クラスで女子に絡まれてる時はなんかもっときゃっきゃとしてるよな。
先月ぐらいのことを思い出す。
よかった。それぐらいのことはまだ思い出せるらしい。記憶力には自信ねーからな。世界史とか微塵も入ってこねーもん。
そうだよ。
女子と話してる委員長は身振り手振りしながら話してる。
「そんなことないわよ」って言いながらよく手を左右に振っている。
その印象が強い。いつも謙遜してる感じだ。委員長は。
……俺、謙遜されたことあったっけな。
思い出せねーや。さすが俺の脳みそ。やっぱりあてにならねー記憶力してやがる。
あの謙遜というか困ってる感じの素振り、嫌いじゃねーんだけどなぁ。
素の人の良さが出てるって感じでさ。
まぁいいや。
俺だって委員長相手には他のやつと態度変えてるし。
構ってくれとか言ったことねーもん。
いや、じゃあなんで言ったんだよって話だけど。
だって言わねーと委員長一生シカトこきそうなんだもんよ。
「あぁ、まだいたの?」なんて言われた暁には灰になれるわ。
「……ねぇ」
「んー?」
ページをスクロールさせながら答える。
本があるから話がつきませんだぁ?
面白そうじゃね? って聞いていいえまったくって言われたら爆速で終わるが?
他にも項目がある。
なになに? 観光雑誌を見ながら「ここに行ってみたいね」と話をしてみるのもいいかもしれませんね、だと?
そう話を振って「どうして?」とか返されたら詰むが?
返しの返しがなくて詰むが?
おい。難易度高ぇことばっかじゃねぇか。
決めた。
彼女できても本屋に来るのだけはやめよ。
できるか知らねーけど。
できるか知らねーなぁ。
彼女ねぇ。まぁ、欲しくないわけじゃないけど、めんどくせーとか思いそうだなぁ俺の性格だと。
いや、案外俺がめんどくせーって思われたりして。
はっはっは。そりゃ傑作だぜ。
でもありえちゃうんだなぁこれが。なんつったって、俺、センパイ追っかけて高校決めるたような奴だもんな!
追っかけちゃうぞ!
……やめよ。萎えるわ。
そんな奴ぜってーモテないわ。あぁ、間違いない。
いらない考えをそのあたりで切りやめて、自分で自分の話題を逸らす。
「委員長。今声かけてこなかった?」
「かけたけど……」
「だよな? なに? あ、どっか別の場所行く? いいぜ。ついてくよ」
「そうじゃないけど……」
歯切れが悪い。
これは……間違いない。俺に文句があるに違いない。
「……俺が何かしたでしょーか」
委員長が目を伏せる。
……あ。分かった。これ、あれじゃね?
氷上君と一緒にいるの恥ずかしいからどこかにいっててくれない? ってやつ。
とうとう来たか。
それか。センシティブだからしばらくついてこないでとか。
なんか、あんじゃん。知ってる人がいると漁りにくいジャンルとか。
な。俺にも心当たり的なのはあるよ。分かる分かる。
俺がってのとは違うけどさ、クラスにいんのよ。所謂ラノベが好きなやつ。
これはマジで友達の話な? よくある『友達の話なんだけどぉ』とかいって自分の話するタイプのあれあるけど、そうじゃなくて。マジで。俺活字無理だから。
ラノベ愛好家の趣味は否定しねーよ? むしろ本読んでんじゃん偉いな、ぐらいに思ってたりすっからね?
ただなんであれって挿絵がほわーぉな感じが多いんだろな。
なんか教室でそういうの読んでるのみてるとさ、なんか「お、おう……」ってなるよな。ならん? 俺だけかなぁ。
いや、大変よろしいんですよ。眺めは。ほわーぉですからね。さすがプロですよ。需要がわかってんすよあの手の人たちは。いやぁ、次回作にも期待してますよ。俺、読んでねーけど。
ただなんか……なんか、あんのよね。
あ、お前の趣味そういうのなん? みたいなやつ。
髪とかマジ露骨だと思うわけよ。あれっお前この前のヒロインもカチューシャつけてなかった? みたいなのがあるわけよ。
そういうのバレると恥ずいよね……。分かる分かる。
そういう時はさ、やっぱ1人にさせてくんね? ってなるわけよ。
この場合は1人の時に見てくんね? かな。マジでダチの話だから。
いやー……センパイがそういうのバリバリ読む人じゃなくてよかったなぁってほんとに思うよね。
そんなのされちゃったら、あちし、恥ずかしくて部室に行けないっ! ってなるとこだったもん。
「さっきやってた私が言えることじゃないのだけれど……」
「あい」
びし、と委員長の人差し指の先がこちらを向く。
俺の顔。ではなく俺の手元を指す。
「……スマホ」
「………」
すんません。
そういながら俺はタメにならないことを教えてくれた画面を暗くし後ろのポケットにしまう。
やっべ。微塵もあってねぇ。
なんださっきの俺の妄言。口に出しちゃねーけど。
「……さーせんした。あ、もしかして寂しい思いさせました?」
委員長に何か言ってたわけでもないけど、はぐらかす言葉が出てきた。
自分自身をはぐらかした。
「そうじゃないけど」
そうじゃなかった。
そうだろうとは思ってました。
「……ちょっと反省させられただけよ」
「……」
なにがかね?
おい。委員長。勘弁しろよ。
俺の読解能力に期待すんなよ。
なに反省って。
「なに反省って」
「ううん。そりゃ、氷上君に指摘されてしまうわよねって話」
「ほう……。センパイ達待ってた時のことですかい?」
「えぇ。……というか喋り方変なんだけど」
「何をいうか。俺はいつも変だろうが」
「……貴方がそれでいいならいいけど」
呆れるようにそう言いながら委員長が移動を始める。
「どっかみたいとこねーの?」
俺はその後ろをキョロキョロしながらついていく。
漫画が陳列された本棚を眺めながらゆっくりあるく委員長の靴を踏まないようにしながら俺も棚を見る。
棚を見て、床を見て、前を見て横を見る。
俺より小さいがきんちょ達も棚を物色している。
有名な漫画が置かれているコーナーでこのキャラがかっこいいとか強いとか。そういう話をしている。
そんな話を聞きながら俺たちは無言で移動を続ける。
あ、このタイトルしってる。
あ……、この漫画借りパクしたやつだ。
あぁ! この漫画ダブって買ったやつだ!
なんて1人思いながら進んでいると背表紙の色の系統が急にがらりと変わった。
赤い字で書かれた背表紙の群れを見ながら俺はぎょっとする。
「……委員長。なんてとこに俺を連れ込むんすか」
「……勝手に氷上君がついてきただけじゃない」
まぁ、ごもっともな言い分ではあるけど。
なんだろうな。この感じ。
ラノベにある露骨な感じのタイトルだとそうは思わないんだけどさ。
変態とか豚野郎とかそういうあからさまな単語見てもふーんとしか思わないんだけど、この少女漫画特有の表現の仕方のむず痒さよ。
王子とか俺様とか。そんな野郎いねぇよ。どいつもこいつも平等に2月14日はそわっそわしてんだよ。
なんなん。壁ドンとか流行ってたことありましたけど。それそんなにいいもんすか? 圧かけるような男ですよ。サイテーなんですからねそういうのは。
そんな羞恥心捨てた野郎に純情売るんじゃありませんよまったく。何されるかわかったもんじゃないんですからね。男は狼っていうでしょーが。わんわんですよまったく。
なんだわんわんですよって。
「……にしても、委員長もこういうの読むんだな」
「読、みはしないけど」
間違いなく今一瞬揺れた。
「いいじゃんいいじゃん。隠すなって。誰もが通る道ですよ」
「いやそうじゃなくて。読まないのよ。大体は。でも妹のは借りてるなぁと思って」
「あぁ……妹さんねぇ。え。妹さん小学生じゃなかった?」
「少女でしょう。小学生は」
「そうですけど。そうですけども! あー……でも今の小学生は色々早いっていうしなぁ……」
どうしよ。今までの彼女の数、小学生に負けてたら。
いや、引き分けか負けしかないけど。なんつったってゼロですからね。
もー、俺ってば純潔なんだからっ。
………………おかしいな。急に死にたくなってきた。
「……委員長、彼氏いたことあります?」
一か八かで慰め合える。
そう思って聞いて、一瞬で全力で後悔した。
これでもかってぐらい冷ややかな視線を浴びせられた。温情の「お」の字もない。一画目すらない。
「中学の頃も早く帰って家のことしてたから。いないわよ」
「あー……流石っすわ」
「そういう氷上君は? いたんじゃないの?」
「え。なんで傷つけること言うの? そんなふうに見えます?」
「え……。見えるけど……」
「……お、おぉ」
予備動作なしでぶん投げられた直球が嫌なところに当たる。
構えてないところにパスされたらそりゃコミュ障も炸裂する。
委員長のそっけなさに苦情があった時もあったけど、むしろ同情の余地が阻害されてる分心臓に悪い。
……うん。そうね。
ここでそんな反応するような奴だから俺はダメなんだと思うよ。
「……ちなみにどこら辺が?」
「……なんで言わせようとするのよ」
「ねぇんじゃねぇか! 期待させるようなこと言いやがって! 責任取らせるわよ!」
委員長は訝しげに首を傾げる。
顔を顰め、何言ってるんだこいつはと言いたげに頬に手を添える。
「仮に、私の口から聞いて、それ、氷上君は嬉しいの?」
「……」
なんだその難しい問いは。
おい。読解力の話またすっか?
いやいや。待て。
そうだ待つんだ。氷上勇士。
ここは究極の選択ってやつじゃねーか。選択? 選択肢提示されてねーから違うな。
まぁ会話なんて大きく分けりゃ肯定か否定の二択よ。よし、選択だ。これは選択問題だ。
どう答えれば永町に肯定的なことを言わせられるかだ。
俺は言われてーよ。委員長の口から。明るくなれる言葉を。
散々言われてますからね。散々言われるようなことやったから。
情状酌量の余地もなく俺の自業自得なんですけどね。その件は。
でもたまにはいーじゃない。ね? 飴と鞭ってやつですよ。
飴をくれ。
つか、単純にいい気分になりたい。女子に褒められたい。
だから。
「誰に言われても嬉しいだろ」
俺は浅はかにそう答えた。
そう、と目の前の彼女が首を動かさずに頷く。
「じゃあ私じゃなくていいわよね」
委員長がまっすぐこちらをみながら答える。
……まぁ、そうなるでしょうね。そういう含みのある答えでしたからね。今の氷上君のは。
そろそろ学習してきましたよ。俺も。
ここで「なんでそんな寂しいこと言うの!」なんて言ったら最後、「どうして私じゃないといけないの」って言われる。
いや。言ってもよかったか。
むしろ言った方が良かったか。
俺は永町に好かれてぇんだ、って言っといた方がこの先楽だったか。
あんな事した手前信用されなさそうだけどさ。
だって、委員長って。
入学当初浮きまくってた俺が一番長く話した相手だぜ? 数学教えてもらっただけだけど。
そんなん雛鳥にもなりたくなるだろ。
ついていっちまうのよ。気持ちが。
なまじ優しくされたばっかりに。
別に今が優しくないわけじゃない。そうじゃない。
ただ、俺が。優しくされなくなっても仕方ないことをしたからビビってるだけ。
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