サマーバケーション②
◇
【>>>風岡】
上映時間も近づき、私たちは席につくことにした。
横一列の席順をどうしようか、というのは本当に些細なことながらも気にかけていたことの一つだった。そういうものは案外その場の勢いで決まるものだし、並んでお喋りしましょうという趣旨のもと並んでいるわけではないから誰でもいいのだけど。
この顔ぶれだと流石に男女交互はないだろうなぁ、なんて思っていた矢先、勇士君が小さく手を上げながら「センパイの横、いいっすか」と。
「ダメですか」
「別にいいけど……なんか、気持ち悪ィな」
「いいじゃないっすか。男水入らずってやつで」
「男水入らずで見るようなもんじゃねぇからキモいつってんだよ」
「あと、寝た時起こしてもらおうかと」
「なんで横見てなきゃなんねェんだ」
普通にこっち見るわ、と幸村はチケットをぴらぴらと靡かせる。
この2人の他愛のないやりとりを見ているとあれやこれやと考えていたのが無駄に思えてくる。
その2人がセットになったことにより、流れで私も幸村の隣に座ることになった。
といっても入場した時の流れだから偶然なんだけど。
席につき、荷物を足の下に置くか膝の上に置くかあれやこれやと試し、それが終わってから傾斜のある背もたれにゆっくりと背を預ける。
ふかふかしているので勇士くんが眠くなることを気にかけるのも分かる。それも考慮してちゃんと寝てきてるけど。
左を見ると、雫が配布されたパンフレットを読んでいた。
面白そうなところあった? と聞こうとしたけど躊躇う。読書中は邪魔されたくないものね。……誰かの邪魔散々してきたけど。
そんな誰かの方を見ると、ちょうど背もたれに頭をつけるところだった。
結んだ髪が邪魔くさかったのか手早く解く。
いつも髪に覆われている幸村の頸がいつもと同じように覆われるわけだけど、やっぱり色が違うせいでいつもの幸村とは違う人みたいで落ち着かない。
「……今度は何」
「それ、二学期が始まる頃には戻すんでしょ?」
「当たり前だろ」
「写真は撮っても?」
「いいわけあるか」
「というか、去年も茶色のままだったの?」
「いや?」
「どうして?」
「瑞木たちと会う約束してたから」
クラスメートと会うから学校通りの自分でいようと。
ふうん。
まぁ、確かに私はクラスメートじゃない。文理の関係でこの先も同じクラスにならないことが保証されてるぐらいだ。
「じゃあ、その状態で瑞木くんに誘われたらどうするのよ。開き直ってそのまま行くの?」
「まぁ、それでも別に。休みだけ染めてるやつ他にもいるしな」
「でしょうね」
クラスラインやらSNSでたまに見かける。
せっかくの休みだしと羽目を外したくなる気持ちは分からなくもない。
けど一応、髪染めは校則違反ではある。先生にバレたらどうなることやら。
案外お咎めなしって話も聞くけどね。
そこまで取り締まってられないというのも分かる。
というか、この男。
万が一、この状態で教師陣と出会ってしまったらどう思われることやら。
……の前に、気づかれないか。
「……スプレーぐらいしとくか」
「黒の?」
「他の色でする意味ねぇだろ」
「まぁね」
開き直ってはいたけれど、やっぱりどこか抵抗があるらしい。
やっぱり、今日そのままできたのはここにいる顔ぶれは既に知っているからなんだろう。
「というか」
言いながら、幸村は私たちの間にある肘掛けに肘を置き、そのまま流れるように頬杖をつく。
視点が肘掛けの肘な分、やつの重心がこっちに寄ってくるのは当然のこと。
加えて、入場している観客の数が多くなってきたことを考慮しているのか、少し声を控える。
「この後どうすんだよ。解散?」
「……」
今日も目つきが良くない。
私が髪色ばかりに気を向けてしまっていたせいか、今日はやつの目の色がやたらと目につく。
それが分かるぐらい近いというのもあるし、幸村がいつもは被っている前髪をあげているというのもある。
「そこまでは考えてないけど、お昼ぐらいはいいかなって思ってるわ」
そう答えながら私は顔を背ける。
目つきが悪いせいなのかは分からないけれど、幸村には眼力がある。
睨まれているとも取れるような。
でもただただだるそうな。
それに見られていると、これが終わり次第解散しろと言われているような気がしないこともない。
そう言うなと言われてる気が、しないこともない。
受け取り手次第でどうとでも取れるだなんて、質が悪い。
そして、それを開始直前に言うのも質が悪い。
間も無くして、『ご来場くださってありがとうございます』と館内放送が始まり、室内が薄暗くなる。
それと同時に幸村が肘掛けから肘を離した。
私は使う気ないから使ってくれていいんだけれど、っていうのを言いそびれてしまったけど、わざわざ言うほどでもない。そんなことを思いながら私は背もたれ中央に頭を置く。
雫もパンフレットをとじ、丁寧に膝の上に置いて、その上で手を重ねている。
こっちの肘掛けも使われることはなさそうだ。
室内が夜を思わせる暗さを内包し始める。
そして点々と灯りを灯し始める。数えきれないほどの灯りだ。そうやって星空を模していく。
ギリシャ神話を愛読するとか、星座の全てを覚えているとか。そういう所謂『ガチ勢』ではないけれど、私は夜空を眺めるのが好きだった。
初めは、夜になれば両親が帰ってくるから夜が好きだったんだと思う。
賑やかしにテレビをつけて、リビングのベランダから外を眺める。
不用心だからやめなさい、とお母さんに何度も怒られたのはいい思い出。
今となっては成長に伴う『かもしれない』の予測範囲が広がりすぎて、迂闊に窓を開けていられないし、カーテンすらぴっしり閉じておきたい。
自意識過剰と言われて仕舞えばそれまでだけど、それがいつまで人ごとになるかは分からない。
世間を騒がせるようなニュースは案外自分とはかけ離れたものではなるけれど、それがどうして明日の我が身ではないと決め打ちできるのか、という話。
私に何かがあって両親が仕事を諦めなきゃいけなくなるようなことはしたくない。
2人とも、好きで仕事をしているらしいから。
あれ。そうだっけ。お母さんはそんなわがままを通してるけど、お父さんは渋々なところがあるかもしれない。
そんな経緯で夜の空を眺めるのが嫌いじゃないのだけれど、最近距離が置いていた。だからこういった擬似的なもので摂取する。
あと、ロマンチストと言われるかもしれないけれど、そういう雰囲気が好きなのもある。
ロマンチスト上等よ。
何をどう楽しもうが人の勝手だ。
そう人の勝手。
どう思おうが個人の自由だけど、他3人が退屈だけはしないと私が助かる。
アナウンスの女性の声が場内いっぱいに広がる。
はきはきとした、でも趣を壊さない細めの聞き取りやすい声。
どっかの誰かと大違い。
わざわざ近寄ってまで聞いてくることじゃないじゃない。この後の予定とか。
そりゃ。両サイドの2人に主催の思惑を大っぴらにするのはどうかと思うけれど。
だからって。
……まったく。
距離感バグってるのはどう考えてもあっちなのよね。
絶対私のことなんとも思ってないじゃない。いいけど。
気の置けない相手だと思われるのはあんな奴でも光栄ではある。というか、放課後毎日顔つき合わせてて人見知りでもされたりなんかした方がショックだ。
私、そんなとっつきにくい性格してないもの。
だから、そうは思いながらも案外理想なのかもと思わないこともない。
毎日いなければならない『教室』というコミュニティではどうしても『自分』の役割のようなものが発生してしまう。
私の愛すべき友人はテンションのメーターが振り切れているところがある。
演じているわけでも嫌々やっているわけでもないけれど、そういう友人との距離感を1年かけて作ってしまった以上、私はその愛すべき友人と同じテンションで教室ではしゃぐことはできない。
もちろん、許可性なんかじゃないけれど。
どうした。今日の風岡は気がふれたか? って思われるのがオチ。
尤も、私にそんな爆発的なテンションはないからしようと思ってもできないけれど。
しっかりしている。
私のクラスでのイメージは多分それ。
それと、節度のある距離感もあると思う。
『かもしれない』の予測が働くようになった分、異性との距離は見極めるようにしている。かもしれないというか、実際に中学の頃にあったことが教訓になっている節も多々あるけれど。
そんなぴっしりかっちりしていることをある程度は努めてはいるけれど、私の根は両親が帰ってくるのをずっとベランダに張り付いてまで待つような合わない幼さがある。
1人に慣れてはいるから寂しがりやではないのだけれど、べたべたしがちなのよね。残念ながらそれが素。
距離感を気にしないのが元来の私。それをやってたから中学の頃、変な話に巻き込まれたりもした。
色目を使うとか。
盗ろうとしたとか。
それが心外だから節度を身につけたわけだけど、どこかの誰かが私に容赦ないことを言うのなら私だって容赦しない。
容赦なくかまちょしてやるだけ。
私は勝手にそういう仲だと思ってる。
この男がそう思ってるかは分からないし、多分思ってないだろうけれど。
でも、そこもクラスが同じじゃないなら別に、みたいな気持ちが働かないこともない。
1、2時間顔を合わせる程度だもの。
一方でクラスメートなんて朝から夕方まで一緒にいなきゃいけない。
前者と後者で関係値の測り方が違うのは当たり前のことだ。
そんな捨て置けてしまうような仲でも礼儀はある。
私はこのあとこの男をどうやってもてなすべきなんだろうか。
あの男の好きなことなんて知らないんだけど。大体はぐらかすから。
それでこの後どうするかって。
どうしようか……。
◇
どうしようと考えたところで、どうにかなるものではなかった。
そんなことを考えていたのは初めの数分のみ。9割以上の時間は見事にプラネタリウムに持って行かれた。
どっちに重きがあるのかなんて比べるまでもなかったらしい。
上映が終わり、出入り口に近い人からぞろぞろと外に出ていく。
「起きてるか?」
「起きてますよ!」
氷上君のムキになっているようなどこか誇らしげなようなそんな声にケタケタと幸村が笑っている。それらを聞きながら私はパンフレットを鞄にしまう。
丁度ケータイをポケットから取り出したところの雫に「今何時?」と尋ねると、「12時半ですね」とのこと。
「フードコートは混んでそうね」
「そうですね……。どこか入りますか?」
「そうね……。どこか空いてたら入りたいけど」
「この時間じゃどこも同じですよね、多分」
「そうねぇ……。そもそも、何があったかしら。ここ」
「周辺も少し探してみますね」
そう言って雫がスマホの画面に指を這わせる。
マップか何かで探してくれているのだろう。出来た後輩だわ。まったく。
出来た後輩は片手でスマホを持ちながらも、ながらスマホのように画面をずっとみてばかりということもなく。
後輩だと言うことを定期的に忘れてしまうような子だ。愛すべき友人なんて同級生であるはずなのに年下だっけ? と思うぐらいの気の緩み方をしてると言うのに。
退場すると、まだ周辺に人が固まっていた。
流石にここで次の行動の相談をするのは邪魔すぎるので少し歩こうと先行く2人に声をかける。
が、そんな私が足を止めてしまった。
出口にグッズコーナーがあったからだ。
下敷きとかファイルとか。そういうささやかなものしかないし、やや宣伝を誇張しているようなデザインなのを認めざるを得ない。
普段使いしにくそうね、と思いながらついつい物色してしまう。
そんな私の横から手が伸びてくる。
「あ、すいません」
邪魔になってしまうと横に避けようとしたが、隣に来た人物を見て誤ったことを軽く後悔する。
お前かい、とらしくもない言い方もしたくなるわ。
「氷上君たちは?」
「先外出た」
「幸村は行かなかったのね。私のお迎えに来てくれたの?」
「いや? 普通に興味あっただけ」
実際そうだったらしく、左手に惑星のデザインを施した栞を持ちながら、右手を他の棚に伸ばす。
平積みされている天体関連の本に延びたときは少しくすっと笑ってしまった。
「興味を持ってくれたようでなによりだわ」
「別に無関心ってわけでもなかったけどな」
「え。そうなの? そうならそうと言ってくれればよかったのに」
「お前ほどじゃねぇからな。わざわざ観に来たりはしないからそれなりってだけ」
「……ほんとにぃ? 私が部活に勧誘した時絶対そういう素振りじゃなかったわよね? めんどくさいから受けとくか、みたいな顔してたわよ」
「してねぇぞ。多分」
してないでしょうね。
表の幸村はそういうことお首にも出さないから。
今の私なら見抜けそうなものなのに。
「じゃあ、次も誘ったら来てくれたりする?」
「気分と場所と金による」
夢のない回答である。
ロマンチストじゃないことはわかった。
拒否から入ってこられなかっただけ上々って判断でいいかしら。
あと氷上君がどう思ってくれたか聞きたいところではある。そんなことを考えながら、私はなんとなく目についたキーホルダーを手に取った。
深い青色のビーズで輪が作られており、そこから球体の飾りがぶら下げられている。それも青いので一瞬小型の地球儀かと思ったがよく見るまでもなく違う。
どちらかというと正座早見表に近い。つまりは天体だ。
小さな球体に全天体が描かれているんだろうか。流石にそれはないか。少しは省かれていそうではある。
その周りを土星の輪のような飾りが二つ付けられている。
そんなキーホルダーだ。
「……」
どうしようもなく欲しいと言うわけではないけれど、少し惹かれる。
今家の鍵につけてるキーホルダーが禿げてきていて最近見窄らしく見えてきていたというのもある。
私が断捨離得意なら間違いなく買う必要のない物品だ。
「それ買うの?」
手元を覗くように横から奴の顔が寄ってくる。
「……」
耳を触ろうとした私が言えることじゃないけど、近い。なんなら腕やら肩はあたってる。
人目があるからそういうところまで気になるんでしょうね。普段は大体誰もいないから。
「買う……かも?」
「なんだそれ。まぁいいや」
貸せ、と横から伸びてきた手がそれをひったくる。
それからデザインを一瞥したかと思いきや、自分が手に持っていたものと一緒くたにする。
「ちょ、ちょっと。それどうする気?」
「今日の礼。要らなかったら捨てろ」
その言葉の意味が分からなかったわけではないけれど、会計を済ませた彼がそれだけ別の包みに入れて私に手渡してきたところでようやく理解できた気がした。
家のキーホルダーにするつもりで私はこれを手に取ったはずなのに。
青いチェック柄の小さな紙袋に包まれたそれを両手で掴みながら、私は何につけようかと考え始めていた。
◇
【>>>永町】
お土産売り場とか聞くと、弟たちの顔が浮かぶ。
買うなら食べ物だけど、まぁ買って帰る必要もないでしょう。
でもお留守番してもらってる埋め合わせとして何か買ってあげていきたいような…。普通にお菓子でいいかな。大きめなので喜んでほしい。……流石に子供扱いしすぎだろうか。
なんて考えていると、スマホが振動した。
噂をすればなんとやら。
噂と言ういうほどでもないけど。
弟からだった。
家族のグループラインの方に画像が送られてくる。
ちょっと歪んだオムライスだ。
下手くそという意味ではなくいい意味でお手製の感じが出ている。
それからメッセージが一件。
最近反抗期が始まったような気がする上の弟から。
『ママが寝ぼけて作った』
とのこと。
……反抗期でもまだ『ママ』って言ってるあたりあんまり心配しなくてもいいかもしれない。
それはさておき。
添付画像のオムライスには確かにケチャップで『しずく』と書かれている。お母さんが作る時の癖だ。いつも仕上げにきょうだいの名前を書く。
『夜食べるから置いておいて』
送信してから一応冷蔵庫に入れておくように言っておくべきか悩む。お母さんが今日予定通り仕事が休みで家にいるのならそこまで心配する必要はないけれど。
『もう食べちゃった』
「……」
じゃあなんの連絡だったのか。
まだまだ可愛げのある弟である。
くすり、と思わず笑うと、隣の氷上君が「ん?」と首を傾げる。
「ごめんなさい。こっちの話。弟がちょっとね」
「あー、そういえば兄弟いるんだっけな。委員長」
「えぇ。2人。あと妹」
「そうだそうだ。4人きょうだいだって言ってた。何歳だっけ? 弟」
「どっちも中2よ」
「……え。双子?」
「よく言われるわ。ちょっと出来過ぎた年子なのよ」
「……」
氷上君の顔が穏やかな表情のまま止まる。
これは理解できてない顔なのだろう。「うん?」と言いた気なのはにこりとした口元からなんとなく分かる。
「上の子が4月で下の子が次の3月なの」
「へぇ……」
と、消え入るような頷き。
「……分かってないなら分かってないでいいのよ?」
「いや、分かってるって。分かってっけど、そんなパターンあんだなぁと思って」
「そうね。よくあることではないでしょうから」
弟達以外で見たことないし。
「なんか、一般論的なあれだけど。兄弟いると一人っ子に憧れる見たいな話あるじゃん。委員長、一人っ子に憧れてたりする?」
「いいえ。別に」
「やっぱり。すっげぇそんな気する。つーか、2個下の男と話合う? 俺、2個上の女の人と話し合う気がしねぇんだけど」
「……別に合う合わせるみたいなことは別にしないわよ。興味ないことは突っぱねるもの」
「……え。委員長、弟のことそんな邪険に扱える? そんなわけなくね?」
「……」
無言を返すと、「ほらぁ」と氷上君が一際声を大きくして言う。
言った通りだろ? と言わんばかりだ。
氷上君にいった通り、弟達は年子だ。双子ではない。
学年が同じである以上1年は開いていない。でも1年近くは開いている。
とは言っても当の本人達にその開いていた頃の記憶は皆無だ。尤も、私もないけど。
だから双子のように育っている。
それは絵に描いたような双子という意味ではない。顔は別に似てないし、性格は違うし。声も体格も違う。ちゃんと別人だ。
でも1番お互いを影響し合うのはお互いだし、1番近いのはお互いだ。
揶揄われないようにと下の弟も上の弟のことを名前で呼んでいるけど、同い年だからと言って上も下もないとは思っていない。
しっかり兄弟でありながら、双子のように育っている。
似た洋服を着てた時期もあるし、弟が兄のお下がりを着ていたこともある。
今となっては嫌がることだろうけれど、弟には兄と同じ格好ではしゃげる時期があった。
私には気づいたら弟が2人いたように、2人には気づいたらずっとそばにいる兄弟がいたのだ。
そこに私はどうしたって入っていけない。双子のところに姉が同格で入って行くことはできない。
2人からすれば私は生まれた時からずっと姉で、一生姉なのだ。
今となっては何とも思わないけれど、それに疎外感を覚えていた時期があった。
2人がずっと2人でいるから、私は1人でいるしかない。
物心ついた時から姉であるとは言っても、姉である自我が芽生えたのは生まれつきというわけではない。羨望があった時期がある。
兄弟に混じるには同じもので遊ぶのが手っ取り早かった。
同じ本を読んで、同じパズルで遊んで、同じアニメを見て。
2人からすれば面倒見のいい姉に見えたかもしれないけれど、その実は子供の駄々であったに過ぎない。
その名残としてなのか、染み付いてしまったのか。
弟と共通の話題は今もつきない。
だから邪険どころか、共有すらしている。いまだに。
それは仕方のないことだと思って欲しい。親が滅多に家にいない分、弟達の報告相手は私しかいないのだ。
「聞いて聞いて」と言う相手が私しかいない。
そうしたら、私だって弟達に仕込まれた知識が根付く。
だから、合う合わせるはしてる。
ゲームをしている弟達のところに何しているのと入っていくことだってある。
突っぱねたりなんてしない。
という旨のことをいつも友達やクラスの人に明かそうと思って、明かせずにいる。
だって想像してないでしょう。氷上君も。
同じクラスの女子にまさかあなたのやってるソシャゲ、私もやってるわよって言われると思ってないでしょう。
きょうだいでレイドボスを倒してるなんて思ってないでしょう。
私はどうも『真面目』だと思われているみたいだし。
真面目だからゲームしないなんてことはないと思うけどね。
まぁ、じゃあゲームをやり込んでいるのかと言われると全くそんなことはないけれど。
私からは発掘はしない。弟にやろうと誘われて色々教えて貰っているだけだから。
多分、そういうのもあって、言いにくい。
尤も、最後に勝るのは『この人別にそんな私のこと知りたくないだろうな』という感情論だが。
家でどう過ごしているかを知らなくてもクラスメートは出来る。
どういう趣味趣向の構築の仕方をしたかなんて知らなくても世間話はできる。
「妹さんは? 何歳なん?」
「……」
そう考えると、それを聞いてどうするんだろうという気持ちが真っ先に出てくる。
氷上君は妹のことを聞いてどうするんだろう。
覚えてていてもためにならないことを。会うかも分からない私の妹のことを。
「……小学生だけど」
「……いや、何年とかあるだろ。ざっくりしすぎじゃん」
「……4だけど」
「へー。まーただいぶ離れてんだな。え? 委員長と何歳差?」
「6ぐらいあるわよ」
「うわ。ってことは10歳? わっか。10かぁ。10歳の頃何してたよ? 委員長、小学生の頃も総務委員とかやってたりしたっしょ。学級委員か。あの頃は」
「立候補がいなければね」
「推薦もあったんじゃねぇの?」
「まぁ……」
「生徒会とかは」
「……私が放課後時間ないことは大体の人が知ってたから」
「あー、そっかそっか」
「……」
「……」
スマホで時間を確認する。
13時手前。まだフードコートは混んでいることだろう。
でももう行くしかないかもしれない。先にそれを済ませないと他のことをやるにも時間配分が分からないし。
そういえば緋咲さんと話している時に周辺も探してみると言ったんだった。
といっても駅前のファミレスぐらいしかない。
私はそれでも構わないけれど、他3人がどう思うか。
もっと別の場所を探すべき?
あまり友達と遊ばない弊害が出ている。こういうのはよく分からない。いつも任せてしまっている。こだわりがないから、「どこでもいいよ」と委ねている。
どこでもいいのよ。本当に。
それできょうだい喧嘩が起きないなら、私はなんでもいい。
「……あの、いいんちょ?」
「はい?」
「……もしかしなくても、俺と喋ってるのつまらない?」
「………」
なんとなく既視感。
自己評価が低いというかなんというか。
でも、そういうこと直接聞けてしまう勇気は素直に感心してしまう。
「逆でしょう。氷上君。私と話しててもつまらないわよ」
「……いや。いや! 俺から話しかけてるんだからそれはねーじゃん! なくね!?」
「氷上君。声」
「あ、うっす」
しゅん、と彼が小さくなる。
大柄じゃないからもともと威圧感をこれといって感じない分、むしろ親しみすら覚えてしまう大きさだ。
「かまってくれよ。ケータイじゃなくてさぁ……」
「……」
そう言われるとそうだ。どうして気づかなかったんだろう。
人といるのにスマホに意識を傾けてしまうなんて失礼極まりない。
私はスマホを鞄にしまう。
「ごめんなさい。それは悪いことをしたわ」
「お、おぉ……」
なぜ狼狽えられたのか。
「……委員長、素直がすぎるな」
「氷上君。鏡見た方がいいわよ」
「え。何。寝癖でもついてる!?」
「それは家で直してきてるでしょ」
そういう意味なわけないじゃない。
「まぁ、あれよ。話しててつまるつまんないは話してから決めようぜ? な? 委員長の独断で決めることじゃねぇって」
なるほど。
どうやら氷上君はお喋りが好きらしい。
だから緋咲さんと波長が合うのね。彼女も話し上手だから。
「せっかくなんかの縁でわざわざ夏休みに顔合わせてんだし」
なんかって。
部活の縁だけど。
尤も、彼は天文部員ではないけれど。
別に私たち同士が約束して会っている今日ではない。
それぞれがそれぞれで誘われて居合わせているだけだ。
「はぁ」と曖昧に頷くと「分かってねぇだろ」と呆れ半分に言われる。
「分かってないわよ。何が『せっかく』なのか分からないわ」
「なにって。いや。他のクラスメートとは、な? わざわざこうして会ってるわけじゃないし」
「なんでそれを氷上君が決めつけるのよ」
「……え。会ってんのぉ!?」
「女子と会ってるわよ」
「なんだ女子かよ。男子は」
「ないけど」
「ほら。そこで『せっかく』の出番じゃないっすか」
なんのセールストークなのだろうか。
相変わらず分からないし。
「……マジかよ委員長。この歳で『お友達になりましょう』宣言は恥ずいから勘弁してくれよ」
「そういう意味?」
「他何があんだよ。え、まさか、彼女になってくれんの?」
「いいえ全く。嫌だけど」
「フルボッコすぎね? 氷上君だって傷つくんですよ?」
「自分で言った冗談で傷つかないでよ」
にしても、友達ねぇ。
多い方にこしたことはないだろうけれど、でも人間にはキャパがある。
友達100人は誰もが出来ることではない。どう言う価値観を持とうが個人の自由だけど、狭く深くでいいと思うの。私は。
クラスの数人に自分を打ち明けられる人がいれば十分でしょう。
それはつまりその枠の一つに私を使うってこと?
「……私は別に氷上君のお友達にはなりたくないけど」
そんな無駄なことはないでしょう。
私に枠を使うぐらいなら同性に使って欲しい。
「……まさか、幸村がこんな気の利いたことできるとは思ってなかったわ」
「買っただけで過大評価しすぎだろ」
「だって、幸村よ? あの幸村。貴方、幸村のこと知らないでしょ」
「お前より知ってるわ」
「あら素敵な話。私にも教えてくれないかしら」
「あぁ? じゃあそう言う手には乗らねぇ奴って覚えとけ」
「連れない返事ねぇ」
お待たせ、と緋咲さんが小さくてを振って合流する。
もう片方の手には小さな紙袋が。
どうやら気が済むまで買い物ができたらしい。
それは何よりだ。緋咲さんが誘ってくれたぐらいなのだから楽しみにしていたことだろう。存分に満喫してもらいたい。
「何買ったんですか?」
興味本位で聞いてみると、彼女はふふ、と楽しげに笑う。
「買ってないわ。買ってもらっちゃったの」
誰にですかと聞くよりも前に、幸村先輩が「さっさとしまえ」とそれを指差す。
ご機嫌な緋咲さんを前に、先程までの話は全て流れてしまい、私は自分が何を答えたのかすらもう朧げにしか覚えていなかった。
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