ハーフタイム
サマーバケーション①
【>>>風岡】
一学期の間に無事幸村が私のことを可愛いと思ってないことが発覚した。
それはそれで別に構わないし、人の好みというか男性の好みを私が一心に受けてるとは微塵も思わないし、私以上に可愛い人がいることも重々承知している。
それでも私はお世辞でも「可愛い」と言われたいタイプの女だった。
だからこそ幸村のあの発言は私に火をつけた。
……発言? いや、口にはしていなかったっけ。私が彼の態度からそう判断しただけだっけ?
まぁ細かい事はいいわ。
とは言っても私にとっての「可愛い」はどこまでいっても自己満足でしかない。
だから正直誰に言われても嬉しい。それは幸村に限ったことではない。
むしろ素直に言ってくれる分、勇士君の言葉の方がありがたみがあるかもしれない。
というかどこまで気合を入れたところであの男が言ってくれるわけはなさそう。
それはなんとなく、教室にいるいつもの時も変わらなそう。浮わついた台詞を言える性格してなさそうだもの。
そんなことを思いながら、私は昨日から用意していた洋服に袖を通した。
8月2日。
夏休み入る前に部室で話していた例の約束当日。
集まる面々はよく部室にあつまる私含めた4人。
一応天文部の顔ぶれをということなので虹輝も誘ったのだけれど、案の定あの子はつれなかった。
あの子は悪く言えば利己的、よく言えば自分を何よりも大事にしているから。
自分に有益でないことは即座に突っぱねる。そういう性格。
あの子のいい噂悪い噂を色々と聞いたことあるけど、私は嫌いじゃない。
行動理念の筆頭がそれだけだから、実は単純なのよね。あの子。
ただ、あの子の好みが狭いから難しいだけなのよ。
加えて、その趣味趣向を全面に出さないから尚更わかりにくい性格だと思われてしまう。損な性格だとは思うけど、むしろこっちから突くと意固地になってしまうから触らぬが吉。
そんな従弟以外の部員と部員でもなんでもないはずの勇士君とで待ち合わせをしている。
最寄りは雫が離れていて他3人は割と近場だが、行きにくい場所でもないので集合は現地の最寄りということにした。
がたんごとん、と。
空いてはいるけど座れるほどではない車両内で20分揺られ、待ち合わせ場所である改札すぐ出たところにたどり着くと、既に雫が来ていた。
普段スカート姿を見慣れている分ズボンを履かれると二度見しそうになるけれど、髪型が変わっていないのですぐに分かった。
彼女も改札を注視していたようで、私にはすぐ気づいてくれた。
ただでさえしっかり者に見える雫が黒ズボンを履いてハンドバックを肩から下げていると、とても大人びて見える。
という感想を本人に話していると、別の改札から歩いてきたらしい勇士君が合流した。
可愛い鞄があるし、鞄を含めてコーディネートだからどの鞄にしようかと悩むのは嫌いじゃない。でも男性陣の身軽な感じを見ると少し羨ましくなる。
そんな勇士君は学校の時とは違って、前髪をあげてはいなかった。
本人いわく自分のこの顔に見慣れているせいで私服だと違和感が強い、とのこと。
私たちからすれば下ろしてる方が見慣れないのだけれど。
「そんなことより、緋咲さん。私服、可愛いっすね」
「あら、ありがとう。私もそう思うわ。でも勇士くん、私にだけ言うのはどうかと思うわよ?」
え、と2人が声を合わせる。
「え、じゃないわよ。私はもちろん可愛いけど、雫だって可愛いじゃない」
え? と疑問を発しながら勇士くんは雫の方に目を向ける。
「委員長はなんか……可愛くはねぇかな」
「まぁ、そうでしょうね」と淡々と雫が答える。
「どっちかというとかっけぇかなぁ……」
ねぇ? と同意を求めてくる勇士くん。
お世辞とか言えなさそうだし、至って真面目なのが彼らしい。
「黒のズボンってあれっすね。OLみたいでいいっすね」
……単純に彼の好みの話かもしれない。
なんか前に髪が長いのが良いか短いのが良いかみたいな話をさてたような気がする。
秘密が苦手らしい彼とは違い、残りの秘密主義がまだ来ない。
待ち合わせ時間まではまだ数分あるけれど、もう他は揃っている旨を幸村の個人に送ると、すぐに既読がついた。
だが返事は入力されず。
今頃焦ってたりするかしらなんて想像を働かせていると、「あ!」と勇士くんが一段大きな声を上げた。
「センパイ!」
こっちこっちー、と手を振る勇士くんに反応を見せる人物が1人。
煩わしそうに顰めた顔がいつも通りの彼だけれど、私は雫の肩を叩いた。
雫も自信がなかったらしく、「あの人が幸村先輩、ですよね?」と声を潜めて耳打ちしてくる。
そうよねそうよね。
こっちに歩いてくるあの男の人が幸村なのよね。
近づいてくるその人物の顔が鮮明になればなるほど何よりも驚きが勝っていく。
「……なに」
目の前まできた幸村にそう言われ、会って一番目は遅くなったかおはようでいいのよ、というなんてことない言葉すら出てこなかった。
唖然としすぎていて、なんなら幸村が少し気恥ずかしそうにしていたことにすら気付きやしなかった。
「センパイ、髪伸びたっすね」
勇士くんは戸惑う様子もなく幸村の横を陣取る。
「邪魔くせぇわ」
「切らないんすか?」
「まだ切らない」
確かに幸村は髪が長い。
襟足は肩について、毛先が跳ね上がっているのがいつもの髪型だ。
できるだろうなとは思っていたけれど、今日の幸村はその髪を後ろで束ねてきた。
それも驚きだけど、違うのよ。
「……幸村、あんた、その髪の色どうしたのよ。……反抗期?」
「あ? お前は知ってるだろ」
知ってるわよ。
黒を黒で染めたようなあの髪が作りものだってことぐらい。
「じゃあ、それが地毛ってこと?」
「夏休みの間染め直すのがだるいから、今はそっちで染めてる」
な、なるほど?
そう言いながら幸村は目にかかるほど長い、はずだった前髪を触る。
「それと前髪を上げるのと何が関係あるのよ」
「うるせぇな」
「センパイ、髪短かった頃前髪上向いてましたもんね」
あぁ……確かに中学の頃の写真を見せてくれた時そんな感じだった気がする。
「え。なんで中学の頃に戻ったのよ」
「なんでもいいだろ」
「最近その話したから?」
「この色で髪型重いと合わなかったからあげただけ。どうでもいいだろそんなこと」
あたるか当たらないかのところで、幸村が手を払う。
確かに自分が準備してきたものをあれやこれやと突かれたら恥ずかしくもなるけど、だってこればっかりは幸村が悪いわよ。
だってそれだけじゃないんだもの。
「この前白い服似合わないって自分で言ってたじゃない。うそつき」
「なんでいらねぇこと覚えてんだよ」
そんなことより時間は? と幸村は自分の腕時計を指差しながら言う。
赤くてごつい時計。
制服の時はやけに派手に見えたけど、その時計もそもそもは今の見た目に合わせて買ったものなのかもしれない。
「……行きましょうか」
「へ? あ、はい」
私は雫の腕に軽く手を這わせて、さっさと先に歩き出す。
「なんだこいつ」
正面の幸村の横を通り過ぎる時にそんな声が聞こえた。
こいつ、というのは間違いなく私のことでしょう。
不意打ちされた、みたいなのが気に食わなかっただけよ。
あと、オーバーな反応になってしまったのが悔しいだけ。
でも仕方なくない?
そりゃ、するわよ。
まんま別人だもの。
「というか、センパイ。ピアスつけるんすね」
後ろから聞こえてくる会話に耳を引っ張られる。
え。つけてたっけ。
首から何か下げてたのは見たけど。
「開けたからな」
「それ、いつ開けたんすか? 中学?」
「中学。卒業前」
「へー。どういう気分であけるんすか? 痛いっしょ、だって」
「あ? あー……なんか、ノリ」
「……」
何かあったから開けた反応じゃない。それ。
じゃなくて。
今は奴の反応を気にしてる場合じゃないわ。
折角雫が時間を作ってくれたし、単純に雫と遊んでみたかったのよ。ずっと。
私の愛すべき友人はどっちも真面目じゃないからタイプが違うのよね。
そんな彼女と勇士君に楽しんでもらえるようにしなければ。
……今更だけど、勇士君、そういうの興味あるのかしら。誘ったのは私だけど、そこばっかりは責任取れないわよ?
背後からわいわいと盛り上がる声に少し気を配りながらも、雫とお昼何食べたいかを話し合いながら目的地のビルにたどり着く。
ビルと言っても中身はショッピングモールのようにバラエティに飛んだお店が収納されているから、そんな堅苦しいものではない。
プラネタリウムとして建物を一つ構えている場所は少ないのだ。他の施設と同居しているのがありきたりで、今回私が選んだのは複合施設の一部でしかない。
流石に博物館のものとかにはいきなりでは誘えない。
布教の精神はないけれど、エンターテイメント性から選んでみた。
……どうだろう。
案外そっちの方がマニアックな話が多かったりするかしら。
私もプラネタリウムに通っているわけではないから今まで見たものの統計でしかないけれど、科学館とかにあるもののほうがやっぱり理系的な話が導入になる気がする。といっても素人でもわかるように設計されているものだから、どこかで聞いたことあるような言葉をちゃんと選んではいるけど。
その分そっちの方が分かりやすかったかしら。
というのは幸村を誘う前にも実は迷っていた。
結局交通の便で選んでしまったし、今更思い直してもどうしようもないけれど。
「じゃあ、チケット買ってくるわね」
鞄から財布を取り出し窓口を指さす私に、雫が「先に払いますよ」と続けて財布を出す。
予め値段は言っており、それとぴったしの金額を用意しているのがとても雫らしい。彼女からありがとうと受け取ろうとすると、上から声をかけられた。
「デカいのしか持ってねぇから俺が買ってくるけど」
まだまだ見慣れないその姿から聞きなれた声が聞こえてくるのは変な感じがする。
「じゃあ、お願いしようかしら」
「いいけど、どの回?」
だめじゃない。
「ここで待ってて」と後輩2人に告げて、私は幸村の肩を軽く押す。
それに促されて歩き出す彼の横に並ぶ。
見た目はいつもと違うけど歩く速度はいつもと変わらない。その横に並ぶ方法はだいぶ心得てきたけど、ここでいつもの彼だと再確認させられるのは少し笑ってしまう。
プラネタリウムという場所が学生たちの定番スポットではないと当事者である私たちも思うが、需要があるから各地に展開している。
そして夏休みともあれば列ができるのは至極真っ当なことだった。
このご時世ネット予約とかもあるのだけれど、金銭を払うにはクレジットカードが必要とのことで現地購入を余儀なく選んだ。
なので私たちは列の最後尾に着く。
着くや否や、時刻の確認なのか別の理由なのか、幸村はズボンのポケットからスマホを取り出した。
なんてことないその仕草に私は目を惹きつけられ、手元と彼の顔の間で視線を行き来させる。
手。顔。手。そして2度目の顔を見た時、画面を見ていた顔が迷惑そうにこちらを向いていた。
「うるせぇな。別にいいだろ」
「何も言ってないわよ」
「動きがやかましい」
「いいじゃない。幸村が金属好きなの知らなかったんだから。驚いたっていいじゃない」
「金属って。他に言い方ねぇのか」
「光物?」
「鴉かよ」
もしかして足首にもつけてたりする?
ちらり、と僅かに覗く彼の足首に視線を落としてみるがそっちは何もついていなかった。
「耳はついてるんでしょ?」
そう言いながら彼の耳元に手を伸ばそうとすると、すいっと身軽にかわされた。
そしていつもの物申したげな不服な顔で「近ェんだよ」と。
「……」
今更何をおっしゃるのかしら、この男。
「言っとくけど、学校でのあなたの距離の方が近いのよ?」
「寄らなくても声聞こえるだろ。距離感バグってんのか」
「バグらせたのはあなたなんだってば」
「前からだろ。頭鷲掴みにしたり」
「そのこと根に持ってるの? 大したことじゃないでしょう?」
「……」
多分、私は意図的にそうした幸村の意図にまんまと嵌ったのだと思う。
でも仕方がない。隣に異様があったら怪訝に思うのが普通だ。
それから、数拍何か伺い立てるように目を覗き込まれる。そう。それが何かを確認するような目つきなのはなんとなく分かった。
でも私たちは、というか私は、この男に『会話』以上のことをされていない。だからまるっきり見当がつかなかった。
距離が近いと言っても、詰めたところでしたのだって結局対話でしかない。
だから普段ポケットに収められるなり、遊ぶなりの動きしかしていないその手がこちらに向かってくるなんて想定できるはずもなかった。
そんなの、びくり、と反応もしたくなる。
普段本を支えているその手が、ぴと、と私の頭に乗せられる。
何をされるのかとそこに意識が偏る。
普通の反応だ。
唐突にパーソナルスペースを侵害されたら警戒ぐらいする。
今、何をされているのか。
冷静な脳裏によぎるのは先ほど見た親指の根元にシルバーのリングをつけたあの手だ。
丸く整えられた爪先と。節くれだった指と。
毎日のように見ているので今更それに何かを思ったりはしない。
しないけど、その手が何をどのくらいの力で触るのかは知らない。
何を思って人の髪を梳くように触るのかは知り得ないことだ。
彼の手が私の頭から始まり、束ねているシュシュを通過し、毛先を通り過ぎていく。
「大したことは?」
瞬きにも満ちないような間にそれらのことが終わり、そう尋ねられる。
「……ない、けど」
「あぁそう」
彼はやっつけ仕事のように首をひねる。
「やっぱ距離感バグってんな」
「なによ。私が変だって言いたいの?」
「パーソナルスペースって意味調べてこいって言いてぇの」
「あ、そうなの? 今更意識しろって怒られたのかと思ったわ。してるわよ、ちゃんと」
この男が乱暴者に転身できることを私は知っている。
その姿を直に見たことがなくとも、片鱗は節々で見かけている。
おちゃらけた話でも、よく勇士君と戯れているし。
というか一方的にあの子がやられているだけだけど。
そんな奴のくせに、心得ているかのように女子の髪を触った。
割れ物のようにというほど微力でもなく、かといって引っ張られているという感覚をも微塵も感じさせず。
手慣れていた。そう思い返すと不思議と顔を顰めたくなるけれど。
幸村のくせに、と。
なにはともあれ。
そんな扱いを直に受ければ、女扱いをちゃんとされているのだというのは測らずとも分かる。
まぁ、当たり前よね。
どう考えたって私は男にみえないし、『可愛い』を自称しているんだし。
女性であることを謳歌し前面に出しているのだから、刷り込むまでもなく一眼で認識されることでしょう。
どこからどう見ても女である私に対してそうしてくれたように、私だってちゃんと分別はつけているわよ。
そういう私の浅い意趣返しに対し。
「……言ってこなくていいんだよ。そんなこと」
ひどく重いため息まじりに奴はそう独りごちた。
【>>永町】
「………」
「………」
沈黙が続く。
2人が肩を並べてチケット購入の列に向かってからというものの、重くはないがなんとも言えない気まずさが流れる。
流石に対立した時から1ヶ月以上経っているからその影響ではないだろう。
ただただ単純に話すことがない。
無理もない。
教室で共通の話題があったときぐらいにしか話さないのに、急に2人だけで話してくださいという状況を作り出されても対応できるわけがない。
あとどのくらいで緋咲さんたちは帰ってくるのだろう。
並んでいる2人の方に目を向ける。
列が進むのは遅くはない。窓口前まで行ってチケットの種類と枚数、それから金銭のやり取りをするだけだから当然だ。
だからこそ尚どうしたものかと悩ませる。仮に話題が見つかったところで盛り上がる前にきっと帰ってくる。
「……委員長、夏休みの宿題、どんな感じ?」
探るように氷上君が聞いてくる。
苦手な話題なんだろうなぁ。
それでも振ってきてくれたのだから真面目に返答しなければ。
「終わってるわよ」
「終わって、へぁ!? 終わったぁ!?」
「氷上君、公共の場よ。静かに」
「……うっす。いや、でも終わったって。え? 委員長、俺より宿題少ない? もしかして」
「なんでよ。同じクラスでしょ。同じ量同じ種類よ」
「だよなぁ? ……俺なんも終わってねーのに」
「なんもって。8月入ったわよ? 1個ぐらい……」
氷上君がひどく遠くの空を見つめ出す。
尤もここは室内だけど。
……まぁ、終わらせられない人がいるのはよく分かっているので触れないでおこう。私の弟もまったくダメなのがいるから。もう片方は地道になんとかしていると言うのに。
「センパイたちも終わってんのかな。……終わってそうだな、あの2人は」
「……かもしれないわね」
再度、並んでいる2人を見る。
他に並んでいるのは同い年ぐらいの女の子のグループだったり、家族連れだったり、先輩たちと同じく男女の組み合わせだったりとまちまちだ。
「……あのさぁ、委員長に聞くことじゃねーかもだけど」
「なに?」
ちょいちょい、と小さく手を招かれる。
あまり聞かれたくない話? そんな話題に心当たりはないけれど。
そう思いながら私は彼に顔を寄せる。
「あの2人、どう思う?」
聞かれたのはそんなこと。
ひそひそ話するようなこと? これ。
「どう、っていうのは?」
私は特に声量を操作せずに聞き返す。
「いや、なんかあれなんだよ。委員長はたまにしかこないからあれかもしんねーけど。『これ、俺邪魔くさくね?』みたいに感じることがあんだよ。たまに」
「……」
「話にずかずか入っていくのも変だなぁと思って聞いてるだけのこととかあるけど、なんつーの? 2人のせかいみたいなの、なんか感じね?」
「………」
「あれっ。委員長、電源入ってる?」
もしもし? と顔の前で手を縦に振られる。
「聞いてる?」
「聞いてるけど……。普通じゃない? 学年が違えばそういう壁だってあるでしょ。きっと向こうも同じだと思うけど」
「んー、いや、まぁそうだけどさぁ」
「先輩を緋咲さんにとられた気分ってことなの? それ」
いやー、まぁ、うーん……。と煮え切らない反応が返ってくる。
先輩に会いに部室に来てるのだから、それは面白くないことかもしれないけれど。
「それはまぁまぁまぁあるんだけど。それとこれとで並べられてもなんというか……」
「それとこれってなに」
どれとどれ。
緋咲さんと氷上君?
……正直どっちも絡み方同じだと思うんだけど。
だる絡み、っていうんだっけ?
「いや。……いや、分かってくれよ!」
また煮え切らない反応が返ってくる。
今度は沸騰してそうだけど。
「フツーに男と女なんだからそういうあれやそれの話じゃん!」
「……」
そんなあやふやなことを拡声器使用済みよろしく高々と言われましても。
さっきの伏せてこっち伏せなかったら前者の意味まるでないじゃない。
「考え過ぎか気にし過ぎよ」
「……それどっちも同じ意味!」
「私にそう言う話されても困るわ。よく分からないし」
「俺も分かってねーから聞いたのに!」
「分からないこと考えるだけ無駄よ」
「……委員長、意外と大雑把なんだな。意外」
なんで2回言ったのか。
細やかな性格だと思われてたの? だったらいまだに氷上君に負けたこと気にしてるわよ。それ流そうって提案したの私なのに。
深く考えたくないが故の結論だ。
相手側も嫌でしょう。いつまでも念頭に置かれるのは。
私たちは偶発的に接点を持っただけだ。
私は緋咲さん伝に。彼は幸村先輩を元に。
それがなければ今回みたいなことはなく一生私服を見せ合うことはなかっただろう。
その距離感でいいのだけど、まさか高校入って初めて休日に遊ぶ相手が彼になろうとは。
クラスの女子たちと遊びたい欲求がないわけではないけど、生憎と趣味が合わなそうで割り切りたくなる。
仕方がないことなのだけどね。自分にあまり時間を割いていないのだから、それはイコールで何かが補填されてることになる。
妹の方はまだ趣味らしい趣味が確立していないが、中学生である弟は流石に好きなものが明確に定まりつつある。
目が悪くなるらしいから賛同したくはないけれど、ゲームが好きらしい。私もそうだろうと言われる発言だが、現代っ子そのものだ。
その私物が家に転がっているものだし、意気揚々と話をされるものだから私の予備知識はそちらに傾きつつある。
それをクラスの女子に開示するのは、抵抗しかない。
ここら辺を『仕方がない』で流せるあたり、『大雑把』と紐付けされる所以になったりするんだろうか。
とか、少し鑑みてみたけど、氷上君には知ったこっちゃない話だろうからやめた。
間を繋いでいるだけなのだから、深く考えられたらそれはそれで重いでしょう。
そんなことを考える私の視界ぎりぎりのところで、彼が身じろいだのが見えた。
足の左右それぞれに一度ずつ体重を乗せるように、落ち着かないように動く。
そして、苦悩というのは大げさがすぎるけど、そう思わせるように俯くように首を傾げた。
「……あのさ。ちょっと前から思ってたけどさ」
今度はやけに重たい口ぶりで話だす。
先ほどは潜めながらもどこか楽しげだったのに。
「永町ってさ」
一瞬、誰かと間違えてるのかと錯覚する。
間違えたのは私だ。他でもない私の苗字なのに。
「もしかしなくても、俺に興味、ない?」
「………」
どうやら彼は奇妙なことを疑問に思う性質があるらしい。
「ない、けど」
「あぁ……、やっぱり?」
「氷上君もそうでしょ。別に私に興味はないでしょ」
「な、」
ない。そう言おうとしたのかは知らないけど、一文字目だけ発音すると「う」とも「あ」とも取れる音で唸り出す。
え。なに。
「……うん、だと思った」
飲み込むようにそう呟くと、今度は弁明を始める。
顔を片手で蓋しているが、私側の手を持ち上げているのできっと私に語りかけているのだろう。
「いや、あれなんだよ。……うん。前言ったじゃん? 断るのが苦手って。だからかは知らねぇけど、人の顔色見るの癖なんだよ。それで、なんか気になっただけ。忘れてくれ」
「……」
忘れてくれ。
それはつまりなかったことにしてくれの代弁だろうから返さないけど、もしかして興味がないから彼との話に折り合いをつけなかったと思われてるんだろうか。
おそらく、貴方のそれは臆病からくるものじゃなくて単純な寂しがり屋なんじゃないのかと思ったのだけれど、そう言われてしまっては返答できない。
言葉を返すということは相手の言葉を飲み込んで私の言葉を引っ張り出すということだ。落とし入れる時点で、忘却とは逆の行為になってしまう。
だから何も言えやしないけれど、この人はきっと他人に否定されるのが嫌なだけだ。そりゃ、それを快く受け入れられる人はいないだろうけど。
だからって通りすがり同然の私に確認を求めるのは、相当な弱みなんじゃないのか。
「……」
また沈黙に戻ってしまう。
そう思ったところで、並んでいた2人が変わらず足並みを揃えて「お待たせ」と戻ってきた。
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