風岡さん、取り決める。

 成績がいい方が気苦労もないし良いことばかりなのだろうけれど、もしかすると初めて自分の成績が優秀で歓喜したかもしれない。


「んふふふ」


 だからそんな笑い方にもなっちゃう。


「惜しかったわね、幸村」


 一体なんの話かというと、この前少ししていた期末テストの対決の話だ。

 私の物理の点数と幸村の日本史の点数を戦わせた結果、今回は私の勝ち。


 今回は3点差を付けて、私の勝ち。

 そうなのよね。時系列に並び替える問題とか、1箇所逆にしちゃうとそれだけで4点マイナスされるのよね。

 物理にはそういうのはないから連なる失点はない。

 解せないのは計算式は合ってるのに、答えで単純なミスをしているところかしら。

 何回やっても治らないのよね。このミス。


「……」


 幸村はいつも通り頬杖を突き、私の正面に座っている。

 いつもは愛想のない表情をしているのだけど、今日は私に敗北したということでもう拗ねに拗ねている。

 絵に描いたように拗ねている。

 口をへの字に曲げている。

 目もじとり、と覇気のない様子でこちらを見ている。苦情を言いたいところだが自分のせいなので何も言えない、といったところかしら。


 少し子供っぽく見えて、これがまた笑いに変わってしまう。


「いやー、2人ともすごいっすね。なんすかその点数。存在するんすね」

「勇士君だって取ったことあるでしょ」

「ないっすよ! 60点前後がマックスです!」

「小学生の頃はとってたでしょ。100点」

「あー……そんな栄光の時代もあったような」


 そう言って目の上に手で日差しを作り、窓の外の遠くを眺め始める勇士君。

 まぁそうしたくなる気持ちがわからないわけでもない。

 昔は改めて勉強しなくてもなんともなってたものね。先生の話を授業中しっかり聞いておけばある程度はできてた。


 勇士君のくだりで話が途切れると、幸村は浅いため息をつきながら背もたれにどっぷりと体重を預けた。


 そして私に再度視線を飛ばしてくる。

 今度はいつもの太々しい視線だった。

 単純に表情筋にやる気がないからそう見えるのもあるだろうけど。


「で?」


 驕りたいわけではないから、『負けたんだからそれ相応の態度をしなさい』とは思わないけれど、もっと悔しそうにしてくれても良いじゃない。

 まぁ。その気持ちからくる開き直りのような太々しさがあるのかもしれないけど。

 負けずぐらいなところあるものね。前の点数勝負の時は勝ち誇られたし。


「お前からふっかけてきたんだし、俺にさせたいことがあったんじゃねぇの?」

「そうよ。よく聞いてくれたわ」


 顎をしゃくった幸村の鼻先をぴし、と指差すと彼は少し顔を顰めた。


「あ、拒否権はなくていいわよね?」


 罰ゲームがあること前提の勝負だって分かった上で賛同したはずだもの。当たり前よね。

 まぁ幸村が乗り気だったかは記憶が定かではないけど、点数勝負の場に応じたのだからそうだと思ってもいいでしょ。


 渋い顔を続ける幸村に「敵前逃亡は恥ずかしいわよ?」と発破をかけてみると、脱力するように首を傾ける。少し顎を持ち上げているせいでガンつけてるように見えなくもない。

 でも「何言ってんだこいつ」みたいなニュアンスでこちらを見てるのなら、概ね間違いないのでは? 睨みを効かせているのでは?

そんな表情で。


「ハナっから拒否権なくすための提案だろ」と。


 あら、潔い。


「そこまでして何させてぇのか知らねぇけどな」

「何言ってんすか。センパイにして欲しいことならいくらでもあるっすよ。ねぇ? 緋咲さん」

「そうねぇ……」

「氷上のは聞かねぇぞ」

「あ、やっぱり」

「ちなみに勇士君は何して欲しいの?」

「俺っすか。そうっすね……とりあえず普通に飯行きたいっすね」

「あー、それもいいわよね。そういえば幸村いつもお昼どうしてるの? 食堂? お弁当?」


 勇士君と話している間にまた頬杖の体制に戻った幸村は「あ?」と、とりあえずと言った様子で反応を示す。


「話散らばりすぎだろ。何。飯?」

「そう」

「作るわけねぇだろ」

「まぁそうよね」

「……」

「……」

「………」

「………」


 沈黙を続ける私と幸村を氷上君がきょろきょろと確認する。おもちゃを目で追いかける猫みたいにきょろきょろと。

 一方で私と幸村は正面を向き合ったまま。

 幸村が睨みつけてくる中、私は黙って視線を返す。

 そして、1分も満たないうちに痺れを切らした相手が鼻の頭に皺を寄せながら「何」と。

 何、じゃないわよ。


「私に聞き返してきてくれてもいいじゃない」

「うわ、始まった」


 杖にしていた手のひらから少し顔を離す幸村。仰け反ってまで言わなくったって良いじゃない。


「お前たまに食堂にいるだろ」

「あら。よく知ってるわね」


 そう返すと、幸村は肩を動かすほどため息を吐く。


「お前、目立つからな」


 すぐさま勇士くんが「あー」と賛同を入れる。


「俺のとこもありますよ。『おい、あそこ見てみろよ』みたいなやつ」

「それ」

「緋咲さん有名人っすからね。学年違うとこでもたまにあるんすから、2年じゃ尚更なんじゃないっすか?」


 え? 私の噂をしてるって話?

 幸村が?

 幸村の友人と?


 まぁ、噂話をするのはおかしくないことよね。

 女子勢も男子の噂話とかするものね。

 私の愛すべき友人もよく男性陣の話をしてるわ。テレビの向こうの相手であることが多いけど。


「へぇ、幸村くんもそういう話するのかしら?」


 茶化すと幸村は表情を変えずに「それで良いんだな?」と指差してきた。


「それで良い、っていうのは?」

「罰ゲーム」

「えっ」


 それは困る。

 でも聞いてみたいところではある。


「……そのくらいお駄賃無しで教えてくれたって良いじゃない」


 言っとくけどね、そういうの引きずって秘密にすればするほど自分がやってるって思われがちなんだからね。

 ……口に出しては言わないでおくけど。


「まぁいいわ。罰ゲームはちゃーんと決めてきたから、任せて」

「あっそ」

「色々あって大変だったのよ?」

「ねぇだろ。……例えば?」

「例えば? そうね、そのカーディガンを脱いでもらうとかかしらね」


 6月に入り、実はしれっと衣替えを挟んでいる。

 クールビズという文化を取り入れていることもあり、さらに実を言えば5月は制服移行期間とされており、学校内は夏服と冬服が入り乱れていた。一応規定としてその二種類を混ぜてはいけないとはされている。


 私の愛すべき友人は冬服というよりブレザーが特段動きにくいということで機会があればすぐに脱いでしまう。なんなら学校にブレザーだけお泊まりさせることすらあった。流石に先生に苦言を言われてしまったので本当にうっかりしている時以外は持って帰っているけど。


 そういう人とか暑がりな人は以降期間に入った途端薄手のワイシャツに早変わりしたのだけれど、私は暑がりじゃないから結局5月の間も冬服を着用していた。

 そしてどうやら幸村もそういう人種らしく、ぎりぎりまで冬服のままだった。


 だが、6月に入りそんなブレザーも数ヶ月箪笥で眠ってもらう時期に突入し、この厚着主義の男も薄着になるかと思いきやご丁寧にカーディガンに袖を通してきた。


 と、色々言ったけど極論は視界的に暑いから脱いでもらいたいだけだったりする。

 そんなこといったらそっくりそのまま返されそうだから言わないけれど。

 私も焼けたくないから結局長袖の上着着てるのよね。


「暑いでしょ? 脱がないの」

「こいつが邪魔くせぇから脱がない」


 そう言って摘んだのは夏服でも着用が義務づけられているネクタイ。


「あと、白が合わねぇからヤだ」

「……」


 少し想像してみる。

 が、本人の言う通りかもしれない。

 髪の色が重たいからかしら。それとも影を落とされている気怠げで切長の目つきのせいか。

 白いワイシャツ1枚という爽やかな姿がミスマッチすぎる。


 勇士くんはそんなことないんだけどね。

 となると表情のせいなのでは? 勇士くんの快活な表情が違和感を思わせないとか。


「へ? でもセンパイ、中学の頃半袖だったっすよね?」

「汚れるからな。どっかのクソ野郎どものせいで」

「あー……たしかに。……靴の裏で蹴られたら跡付きますもんね」

「タチ悪ィんだよ。服の下ばっか狙ってくっから。だったら的狭めてやろうかとも思った」

「え。……わざと腹狙わせてたんすか? でも人間、腹殴られたらダメージきません?」

「腹の急所は鳩尾ぐれぇだろ」

「ちょっと」


 私が口を挟むと勇士君が跋の悪そうな顔をして、小さくぺこっと頭を下げた。


 あれやこれやの話を隠す必要がなくなってあからさまになってきたわね。この男たちは。まったく。


「……そんなこと勉強してからケンカしてたわけ?」

「勉強というか……」


 そう呟きながら斜め上を見上げた幸村だったが、そこで固まり数回瞬きをすると「なんでもない」と手を払った。

 したくない話らしい。


 したくないならしなくていいわ。

 代わりに私の話を聞けばいい。


 なので私は少し身を乗り出す。


「夏休みのどこか1日、私に時間くれない?」

「……」


 一瞬僅かに口を薄く開いたかと思ったら、露骨に顔を歪めた。


 だと思ったから拒否権無しにしたかったのよ。

 女の子の誘いをなんだと思ってるんだか。


「……なんで?」


 片目を細めるように表情を歪ませたまま、ぶっきらぼうにそう訪ねてくる。

 楽しそうにしろとは言わないけど、嫌そうにしなくても良くない? 


 クラスの子に誘われたらもちろんそんな反応はしないわけでしょう? 素だものね、その反応。

 よくある「予定あるから無理」みたいな断り方をするんだろうか。それとも愛想を気にして付き合うとか。


 1年の頃のイベントの打ち上げとかどうしてたんだろう。

 親しい男友達が行くから行くとか、人様の評価を気にして出向いたとか。

 ……それはそれでなんだか腹立たしい。数で負けたみたいだし、私の評価は気にしなくていいかって思ったってことじゃない。


 そんな不満が顔に出ていたのか、幸村は「なんだその顔」と指摘してきた。


「べつにぃ」


 剥れたふりをする私の機嫌取りが煩わしいのか、奴は長い髪に雑に手を通した。


「それ、夏休みじゃなきゃなんねぇの?」

「というと?」

「6月7月の土日じゃダメなのかって」

「そうねぇ……。誘いたいのが夏限定のイベントみたいなものだから、7月か8月じゃないとダメね。そしたら、もういっそのこと夏休みの方が気が楽じゃない?」


 どう? 時くと、相変わらず苦い顔のまま。

 プレゼンが足りないらしい。


 それもそうよね。まだ場所を言ってないもの。


「幸村、私たちが一応何部なのか覚えてる?」

「天文」

「そうそう。まぁ活動してないけど、一応天文部じゃない? それっぽいこと一回ぐらいしておきたいと思って」

「……」


 沈黙のままこっちをみていると言うことはとりあえず続けてくれってことだろう。


「プラネタリウム、誘われてくれない?」

「はぁ。なんで急に?」

「んー。本当は友達を誘おうと思ってたのよ? でもあの子達部活で忙しいんだもの」

「あぁ、消去法か」

「本当に消去法なら1人で行くわよ」


 保険をかけた誘いだったにしろ、選んだ側には選んだだけの理由があると言うのにその言い方はどうなのよと少し気を強めにしてそう言うと、幸村は脱力しきっている目をやや丸くした。


「へぇ。普通にそういうの好きなんだな、お前」

「そうよ。じゃなかったらこの部に入ってないわよ。忘れたの? 幸村を勧誘したの私だったでしょ?」

「そんなこともあったな」

「まぁ。幸村はそんな動機で入ってないでしょうけど」

「………」


 途端、幸村と視線が合わなくなる。

 天体に興味ないってその時ちゃんと言われたから知ってるわよ。そんな決まりの悪い顔しなくても。


「そういえば聞いてなかったわね。何が理由で入ってくれたの?」

「何って。別に断るようなことじゃなかっただろ。実際お前がいってきたのは『名前貸せ』だけだったし」

「そうだけど。……あ。もしかして、あたしが誘ったから入ってくれたり?」

「妄想癖」と私に人差し指を向けながら。

「なーんだ。さっきそんな話ちらっと出てたからもしかしてと思ったのに」


 噂話が云々とかいうやつ。


「……あいつらに忠告してやろうかな。ヤベェやつだって」

「やっぱり話してるんじゃない。ね、ね、なんて言ってるの?」


 考え事をするように口の側に手を持ってきた幸村へと再度身を乗り出す。

 陰口の可能性も重々あるけれど、そこら辺は考えないでおく。

 食堂で見かけてわざわざ気分を害するような話で盛り上がる種になるような目立ち方はしてないつもり。


 ずいっと近寄ると、姿勢を変えない彼とそのまま目が合う。

 話の内容を精査しているのか、本人に話すに値するかを吟味しているのかは知らないけれど眠たげな目に少し覇気が宿っている。


 というか、普段はこの顔なのよね。

 気を張っているのか見栄えを気にしているのかは知らないけれど、普段はもう少し目つきがいい。といっても吊り目なのはもちろん変わらないけれど。


 その精悍な感じ、実は評判がいいところではいいのよね。

 無理もない。

 単純だけど第一印象として成績良しで尚且つ運動神経も良しというのは十分好印象のものだから。


 これといって特色的ではないけれど、全員がその均衡を保てるわけじゃない。


 それに。

 部室で話しているとつい忘れてしまうが、この男、男友達とはケタケタと笑い合っているのである。

 目を細めて、大口を開けて。それはそれは楽しそうに身振り手振りをつけて雑談に花を咲かせている。

 人あたりがいいのだ。


 そこら辺を見極めて目をつけてる子も中に入るのよ。それが恋かはさておき。

 『この中で話しかけるなら幸村にしておこう』みたいな。あるじゃない。あの人なら答えてくれるでしょう、みたいな選び方。

 その子たちの何人がこの男がピアスを開けていることを知っているんだろう。


 意外と、なのかは分からないけど。

 存外、人ってぴしっと決め込んでいる人より少し抜けている感じの方がとっつきやすくみえるらしい。

 本人は知らないんでしょうね。

 しっかりと整えているその身なりを少しだけ乱して欲しいって意見が、実は水面下で漂ってるなんて。


「聞かねぇ方がいい」


 そんなことを思い出していると目がいつものめんどくさそうな様子に戻っていく。


 そして。


「というかフツーに言いたくねぇわ」


 無難な返答だった。

 いい噂にしても悪い噂にしても本人には言い辛いものよね。


「なんでよー」


 会話をぶつ切りにするのも味気ないので深い意味もなくそう尋ねると、幸村は素っ気なく「あぁ」と相槌を打ち、一言。


「ムカつくから」


 と、やけに真面目に。

 しかも今までないぐらいに私の目を見据えて。


「……え。私、幸村に何かしたっけ?」

「いや?」

「……そんなに私に話しかけられるの嫌だったかしら」

「あ? だったらここ来ねぇわ」

「………へ?」


 よく分からない。

 唐突にムカつくと称されたかと思えば、ここに来るのは惰性というわけではなさそうだ。

 どういうことなの、と聞こうとすると、幸村は既に横を向いていた。


 口元を軽く横に引きながら、小さく笑う。


「お前、実は静かだよな。前からそう」


 声をかけられた氷上君は特に何も言わず弱く笑う。


 都合よく話を逸らされた。

 そう思うこともできるけど、それはきっと邪だ。


 どこか柔らかく笑うその横顔を見ながら少し前のことを思い返す。

 彼にとってこの後輩がどういった存在なのか。

 有難い存在ではないのかと思ったけど、気を掛ける相手であることは間違いないらしい。


 手の掛かる後輩を視界に捉えられる環境としてここに来てる、ということもあるんだろうか。


「勇士君もどう? 夏休み」

「へ? さっきの話っすか?」

「そう。ちなみに雫にはもう言ってあって、暇な日が分かり次第連絡してーって伝えてるわ」

「あ。2人で行くんじゃないんすね」


 じゃあ行こうかな? といつものようににぎやかな表情筋で考え込む勇士君。

 それとは対照的に幸村がじとり、とした視線を向けてきた。

 拗ねてるとかではなく、今度は物申したいことしかない時の白けた顔だ。


「なによ」

「そういうことは先に言え」

「雫もいるってこと? 幸村、もしかして2人だと思ったの?」

「思うだろ。何も聞いてねぇんだから」

「あら。じゃあ、デートにオッケーしてくれたってこと?」

「してねぇだろ。むしろ渋ったわ」

「もー、仕方ないわねぇ。デートはまた今度してあげる」

「1人でしてろ」


 追い返すように手を払われた。

 デートの意味を知らないらしい。

 1人でするものじゃないでしょうが。


「ということで、幸村。ライン、交換しましょ」


 鞄のポケットに入れていたスマホを取り出して、奴の前で振ってみる。


「まだ交換してなかったんすか?」

「そうなのよ。実はね」


 勇士君の疑問はもっともだ。

 去年1年何もなかったとはいえ、1年あれば交換しててもおかしくはない。

 特に親しくなるつもりはなくとも、初対面で挨拶がてら交換するのは普通のこと。その先連絡するかはさておき。

 そうは思いながらも交換を申し出なかったのは、可能な限り自分の連絡先を公開したくはないからだ。

 そこから許可を求められるとはいえ、いろんな人に流れていくのはよくある話。

 それを断るのが苦手なので友人ぐらいにしか教えていない。


 私がスマホを向けていると、幸村も自分の横に置いている鞄にようやく手を伸ばした。

 雑な手つきでスマホリングに指を引っ掛け、本体を取り出す。


 校内でケータイを弄ってるところは見たことないが、流石に毎日のように一緒に帰っていれば彼のケータイを拝む機会はある。


 何度か見かけた黒いケースに入ったそれの表面を指先で数回なぞると、私の机の方にスマホを滑らせてきた。


「勝手にやれ」


 無頓着なのか、気にしていないのか。

 開かれている画面はメッセージアプリのホーム画面だった。

 ここから登録もできるが、通知の件数も見れるし『友達』の数も見れるし、グループも確認できる。


 その『友達』の中に、彼の中学の頃の件の知り合いも入っているんだろうか。

 きっと私が耳にしたことのない名前があったら、その人が該当するのだろう。なんてことを思いながら、私は幸村のスマホと自分のスマホを操作する。


 が、あいつのスマホは私が片手で操作するのがギリギリ難しかった。

 当たり前だけど手の大きさが違う。


 まったく。

 自分のスマホぐらい自分で操作しなさいよね。というところがムカついたのかは自分でもよく分からないけど、私はとある操作をしたスマホを幸村に返す。


 そして画面を確認する幸村に言う。


「幸村のスマホにあたしの連絡先入れといたから、あたしの方に何か送ってくれない?」

「はぁ? ……お前、ほんとよく分かんねぇことするよな」

「いいじゃない。適当に送ってくれるだけでいいんだから」

「適当って」


 リングに指を通し、右手にスマホを収めた幸村は頬を触りながら窓の外に目を向ける。

 それから10秒経ったか経たないかぐらいのところで、「あ」と。


「風岡」

「なぁに」


 カシャ。

 短い音がしたかと思いきや、間髪入れずに自分のスマホが震えた。


「……」


 案の定、送られてるのはあたしの写真だ。

 返答した瞬間のあたし。


 その自分の顔を見ながら、机の下で奴の足を蹴っ飛ばす。


「んだよ。適当でいいっつったろ」

「撮るならもっと可愛いのにして」


 不意なものだったからまるで半開きみたいな口がとても気に入らない。

 目はいつもとあんまり変わらない気がするけど、それでも目線とか、1番可愛く見える角度とかあるのよ。


 やり直しを要求する私に呆れの視線を向けながら、幸村は指先一つで氷上君を近くに呼び寄せた。


「氷上、言ってやれ」

「え? あ、うっす。緋咲さんはいつでも可愛いんで大丈夫っすよ」


 そう言って親指を立ててくれる勇士君。

 彼にそうさせておきながら幸村は鞄を手繰り寄せ、スマホをしまう。

 それから鞄の中身を確認するように、あるいはスマホを見つけるために少し荒らしてしまった中を整えるように鞄を覗き込みだす。


 そんな態度から私は強く確信する。


「ぜーったい幸村はそう思ってない!」


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