春川くん、見かける。
「……」
定期テストが終わると昇降口近くの掲示板に順位が張り出される。
各学年且つ各教科と総合の上から30位まで。
特別進学科と普通科の定期試験は同じ。
だから安直に考えれば普通科より数時間週に多く授業をしている特別科の生徒が上位を独占するのが普通だ。
だがそううまくはいかない。
普通科生の名前はほとんど知らないが、1年でいえば国語の順位の中腹あたりに『永町雫』という名前が今回は食い込んできている。
彼女がどれほどの心意気で試験に望んでいるのかは知らないが、大体の教科で順位表の下半分でその名前を見かけることができる。
1クラスの人数が30人以上いるので、この順位表一面を特進の生徒で埋めることができるはずなのだが、机上の空論でしかないのは言うまでもない。
他の学年もそううまくはいっていないらしい。
僕は2年の順位を少し確認する。
ほとんど知らない人だが、数名ほど知ってる名前がある。厳密に言えばせいぜい2人だが。
今回、彼女は物理は1位で数学が7位らしい。
相変わらず出来のいい従姉妹だ。
新年だったか、いつだったか忘れたが。
彼女が高1に上がる年に親戚同士で集まったとき、僕の母親が彼女に尋ねたことがあった。
特別科にしないのか、と。
素朴な疑問としてそう投げかけた。
利口そうだね、と他人の子供に言うのは世辞である可能性が高いし、そう言うのは子供ながら自分の親が世辞を使っているのは分かる。でも彼女に関してはそう思ったことは一度もない。
なんなら、勉強を教えてもらったことがある分親達以上に分かってる気さえしている。
そんな彼女は僕の母親の質問に「しないです」と柔らかい笑みを添えて言った。
まだ決めていないけど勉強以外にしたいことがあるかもしれないから、とのこと。
てっきり高校でも部活に入るのかと思っていた。いや入ってはいるのだけど。
確か中学の頃は吹奏楽をやっていたはず。高校も同じ部活に入るから普通科にするのかと思いきや、廃部寸前且つ活動を微塵もしていない部活に所属していた。
全くもって分からない。
あの現状を彼女が入学前から所望していたとも思えない。
なら、入学してすぐに廃部寸前の部活の延命処置を勉強と同等のものと見做したということなのか。
まぁ違うだろう。別に『天文部』と冠しているあの部活がそれに関したことをしているのを見たことがないし。
他人がどう時間を消費しようが知ったことじゃないが、何をしたいんだろうかと思わないこともない。
そんな勉学を重視していない彼女のことだから、必要に応じた分しか勉強していないのだろう。
それでいて誰よりも優れた成績を取ると言うのだから嫌味と捉えたくもなる。
まぁ彼女の場合は世渡りが上手なので嫌なものは避けて通るところがある。
事実、文系教科で彼女の名前は滅多に見かけない。まぁそれでも順位表ギリギリのところに食い込んできたりはするのだが。
それ以上に『嫌味』なのはもう1人の知った名前の方だ。
幸村薫。
下の名前に聞き馴染みはないがあの苗字はそうそう被らないだろう。
教科を取捨選択する従姉妹と違い、この名前は網羅する気しかないと思えるほどどの教科でも上位に食い込んでくる。
総合順位なんかは緋咲さんを抑えて上に立っているし。
上には上がいるのは分かりきっていることだから緋咲さん以上の人なんて高校に入れば何人もいるのは分かってはいたけれど、あの人もやろうと思えば出来るだろうにと思うとこの結果は勝手ながら心外だ。
あの人も放課後、あのなんにもしてない部活の部室で本を読んでるぐらいなのに。
まぁ本を読んでるぐらいというか、本を読んでいる分が国語で活きてきているのかもしれないが。
確かに緋咲さんはあまり本を読む人ではないけれど、でも現国は本を読んでなければできない教科ではない。解き方というのがちゃんとあるのだから出来るはずだ。あの人も。
他人の順位を気にしたところで僕は自分の名前を本格的に見つめ直す。
成績は、悪くはない。
でもそれだけだ。
学年1位というわけでもない。10位内ではあるから悪くはないけれど、正直幸村さんの順位と誤差の範疇だ。
学生の本分が勉強だからそれを選んでいるだけで、明確な目的があって毎日ペンを握っているわけではない。
するしかないからしてる。
これと言って嫌いではないけど、でも毎日欠かさずやりたいほど好きでもない。
実りのない結果を見ると、尚更そう認識し直したくなる。
無意味に成績表を見つめていると、賑やかな声が近づいてきた。
「ほらぁ! 今回頑張ったんですってばぁ!」
金切声でもないし悲鳴のような高い声というわけでもないけど、なんだか頭が痛くなる声だった。
「分かったから引っ張るなって」
続けて聞こえてきたのも女性の声。
先に聞こえてきた声よりもずっと大人びた声だったが、姿を見てそりゃそうだと得心する。
大人だった。
つまりは教師だ。
ジャージを着ているのでおそらく体育教師だろう。何人もいるのでまだ覚えきれていない。
「ね。ね? これで次の大会出れますよね!?」
「それはタイムしだいだから約束はできないけど。というか、雨水、古典の時間毎回爆睡してるって話聞いたんだけど」
「うぐっ」
口をつぐんだ女子生徒こと雨水。
彼女は教師の腕を引っ張りながら順位表のところまで寄ってくると、彼女の名前が載っている数学の欄を指差しながら嬉々として話し出した。
今日は上履きを履いているらしい。
それはそれとして隣にいる僕のことは気づいているのか、気づいていないのか。
「で、でもノート提出はしましたよ!」
「誰かの写させてもらったんだろ?」
「す、すこーし……」
この感じ、部活の顧問だろうか。
彼女を説得するために、今日は身なりをある程度整えているんだろうか。
といっても上履きとリボンぐらいだけど。
リボンも案の定しわくちゃだ。鞄の中で潰されてたりしたんだろうか。
相変わらずだらしがない。
よく分からないけれど、大会に出たいのならそれこそ身なりを筆頭にしっかりして先生方の印象をよくしておくべきなんじゃないのか。
そう思いはしながらも、僕自身の根底の考えは見た目で判断する奴は安直極まりないというものだけど。
どうかと思うよ。本当に。
ちょっと童顔だからと言って愛嬌があるべきみたいな反応求めるの不条理すぎる。
それを理由に自分の性格が素直じゃなくなったわけではないけれど。
でも、そっか。
彼女部活やってたんだっけ。
……そんな話してたような。してなかったような。彼女に興味がない上にいらない話が多いから正直ほとんど覚えてない。
毎回尽きないぐらいの話をノンストップでかませるのは逆に感心してしまうところではある。
……本当に。
彼女はそれだけ中身のある人なのだ。
見かけは無惨だけどね。
顧問に対してほぼほぼあしらわれる状態で説得を試みる彼女の声を聞きながら僕は背を向けて教室へと戻ることにした。
なんだか癪だ。
いつもあんなに絡んでくるくせに一切声をかけてこなかったどころか気づいていたのかさえ危うい様子だった。
普段授業前だろうが授業中だろうが絡んでくるのは彼女の都合だ。
暇だから声をかける。何かを思いついたから声をかける。
こっちの都合はお構いなし。
ちょっと自由気ままがすぎやしないか。
まぁ、人のことはいっさい言えないけれど。
声をかけられたらかけられたで間違いなくうざいと思うだろうから。
でもいいでしょ。
他人にどう思おうが。
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