風岡さん、聞き出す。
◇
そこからなんだかんだテスト勉強会、基、先生のテスト作りの傾向を分析することになった。しようと思ってしていたのではなくなんとなくそんな話になった。
きっかけは多分、幸村の「そこは点数捨てる」という発言だったような。
模試の話になったときその類のことは耳にする。
全部解こうとするのではなく取れるものだけ取れ。
そこら辺難しいのよね。
踏み込んだ問題の方が配点は高いことが多いけど、でもすぐ終わるもの全部やったら塵も積もればの理論で稼げるんだろうけど。
まぁそこら辺は経過時間と相談するしかないわよね。
いつも思うもの。
他の教科で余った時間使わせてくれ、って。
見直しも終わったあの暇な時間って何すればいいのかしらね。
まぁ、それはさておき。
話がひと段落したところで、幸村が出していたノート類を鞄にしまい始める。
「もう帰るの?」
「他用事あるか?」
「ないけど……」
「だろ」
そう言いながら鞄のチャックをしめ、立ち上がる。
それから緩めたネクタイを締め直すのが習慣らしいというのを一緒に帰るようになってから知った。
それも自分のキャラのためなのかと少し茶化しながら聞いたらそういうわけでもないらしい。普通に首元がだらしないと先生に注意を受ける、とのこと。幸村の友人が言われたことがあるらしい。
だから鍵を返しに職員室に行くこのタイミングは絶対に締める。
第一ボタンは開けたまま、ネクタイを上まであげる。
その手慣れた仕草を何となく見送ってからあたしも鞄を持って、座っていた椅子をしまう。
「鍵は」
「あたしが持ってるわ」
開けてはいないけど念のため窓を確認し、部室を出た。
「じゃあお前が返せ」
「はぁい」
快諾しながら幸村の鞄を掴む。
鍵をさして、回して、抜いて、しまっていることを確認。
そして幸村の顔を見上げると、案の定あたしを見ながらつまらなそうな顔をしていた。
だと思ったわ。いつも隙があれば先に帰ろうとするもの。
このやりとりももう何回かしているので幸村はすんなり付いてきてくれる。
初めは大変だったのよ。……いや、そうでもなかったかも。
割とすぐに折れてたような。
まぁそれぐらいで全力で嫌がるのも変な話だし、仕方ないわよね。
並んで職員室に向かいながら、日中友人にした話を繋ぎでしてみる。
部室以外の校内では大した反応を返してくれないので、こちらもそれ相応の話をする。大した中身のない雑談だ。
幸村の反応はもはや相槌同然だ。うん、とか。そう、とか。
でも多分、根がお喋りなんでしょう。聞き返してくることもあるし、別の話題にそのまま移ることもある。
その際、雑な言い回しを潜めるために声量を抑えるものだから偶に本当に幸村と話してるのよね? って疑問になって隣を見上げる。
別にいつも通りでいいのに、ってもちろん言ったこともある。
幸村にとってどっちが『いつも通り』であるべきなのかは知らないけれど。
そしたら一言、「だるい」と。
まぁ本人がそれでいいならいいけど。
いいけど、見上げるたびにこれでもかってぐらいの低いテンション且つ物申したげな目で見てくるのは解せない。
見上げさせてるのはそっちなのに、その反応どうなのよ。
部室で話してる時はそこそこの声量なのよ? まぁ勇士君の方が断然上だけど。
職員室に着くと、幸村はドアの数歩手前で足を止めた。
出入り口付近に止まるのは得策ではない。偶にあるのよね。そこで生徒と先生がつい立ち話し始めちゃって、どうしたものかってなること。
中に入るために鞄を下ろす。
鞄が先生の机に引っかかって物を落とすかもしれないって考えると無難に下ろしておきたくなる。
見たことあるのよね。一年生がやっちゃったところ。
その時のことを少し思い出しながら取手を手で持ち、ふと思う。
いつも鍵を返すのは幸村だ。
先に部室を開けるのが幸村だから、そのまま鍵を持っていることがほとんどだ。
……その時、鞄を下ろしてたっけ?
そのまま、なんなら足を止めずに職員室に入ってるような。
「……持っててくれる?」
下におけばいいだけの話だけど、それじゃなんだかよそよそしい。
それに入り口近くにある鞄って、蹴飛ばされやすいのよね。そりゃ、そんなところに置くのが悪いんだけど。
「……」
何も言わずに伸ばしてきた幸村の手に鞄を預ける。
「ちょっと重いわよ」
そう添えて手を離すと、彼は訝しげに鞄に視線を落とした。
別に重たくないという旨なのか、何入れてんだという苦情なのか。
中に入り、指定場所に鍵をかける。
他の教室の鍵と比べると随分と質素な鍵だからそのうち可愛いキーホルダーとかつけてみようかしら、なんて思う。
それを幸村が持ち歩いているっていうのもなんか面白そうだしね。
……って、そんなこと気にしてる場合じゃない。
もしかしたら幸村の話が聞けるのかもしれないんだった。
もちろん了承されたわけじゃないけど。
昇降口を出て、校門から離れると幸村はまたネクタイを緩める。
それ、1人で帰る時もしてるんだろうか。
確かに首元閉まってる感じはあるのよね。私も付けてるから分かるけど。
「次、電車何分?」
彼はそう呟きながらズボンのポケットから定期ケースを取り出し、そこに入れている時刻表と腕時計を見比べ始める。
「どう?」
「20分後」
「あら、結構待つわね」
「急いでも意味ねぇな」
定期を元々入れていた場所にしまいながら幸村は歩速を落とす。
身長の差があるから歩くのが早いのは幸村だ。でも追いつけないほどではないのでそれを進言したことはない。
私も歩くのは早い方だし、それにまぁ私がくっ付いてる形になるから小言を言ってどっか行けと言われたらそれまでだしね。
ホームルーム後でもなく部活終了後でもない中途半端な時間なこともあって、帰宅中の生徒は疎らにしかいない。
「……ほっぺ、痛くないの?」
会話の切り口に昨日の怪我に触れてみる。
「いや?」
「慣れてるから?」
「まぁ、それもある」
「……昔は毎日傷作ってたとか、そういう感じだったりするの?」
幸村は絆創膏の縁に爪を引っ掛けるように触りながら静かに自分の足先を見下ろす。
聞けたことがないから彼にとって中学の頃が良いものだったのか悪いものだったのかは分からない。だけど、耽るぐらいならもしかすると後者かもしれない。
どういう形であれ、その頃とは違う自分であろうとしているわけだから。
やっぱり聞かれたくないんだろうか。
なんて少し考えを改め始めたあたりで、幸村は首を傾げて言う。
「俺はなんともなかったけどあいつはしょっちゅう怪我作ってたな。俺にぶん殴られて」
「……」
なんかよく分からないけど加害者の自覚だけはあおりの様子。
「……それはお友達同士の喧嘩の範疇なの?」
よく分からないけど彼ら、殴り合ったらお友達みたいな風潮、ない?
小学生ぐらいの頃に見たドラマから摂取した偏見だろうけど。
そう聞いてから、違うだろうな、と気づいた。
理由は何であれ友人同士の行き過ぎたコミュニケーションだというのなら、氷上くんが巻き込まれる理由はない。
幸村本人を呼び出せばいいし、今の言い分では本人もそこまで嫌な思い出を振り返っているようでもない。
「いや」
案の定、幸村はそう答える。
間髪入れず、というほど即答ではなかったが、清々しい返答だった。
「俺はあのクソ野郎と縁切りたかったよ」
随分と粗雑な呼び方をする。
その『お友達』は昨日いたんだろうか。
「喧嘩してんだからそりゃ絶縁目当てだろ。それをなんでか知らねぇけど世話焼きだとか勘違いするクズ野郎だったな。誰がテメェのために時間割くっつーんだよ。中3だったんだぞ、あの頃」
言わずもがな、受験期だ。
話してくれるのなら全部聞くわよ。
その意を込めて隣を見ていると、頬を触っていた手が耳朶を摘んだ。
そこには開けなくてもいい穴が複数空いている。
何の目的で空けたのだろう。果たして着飾る用途で開けられたのだろうか。
まさか、無理矢理空けられたということはないだろうけど。
でもそんな予感がよぎるぐらい冷めた横顔だった。
長い前髪の影も相まっていい方向の想像に転ばない。
それに。
幸村の口はよくない。
棘のある言い方はするし尖った言い回しを好む。
その先には大小あれど、敵意未満のものはちゃんとある。
許可なく中学の頃の話をしようとする氷上くんにだったり、本人曰くしつこい私にであったり。
だから誰彼構わず当たり散らす人ではないはずだ。雫に対してもっと柔らかい言葉を使いなさいと思ったことはあるけど、はらはらするような「やめなさい」という感覚に迫られたことはない。
だから、そこまで暴言を畳み掛ける相手はきっとよっぽどだ。
「……その人と、距離を取ることはできたの?」
一応聞いてみると、幸村は「いいや」と首を横に振る。
そうよね。
できてたら、きっと昨日のようなことにはなってない。
「……連絡先変えたら、ある程度距離はおけると思うけど」
私も中学の頃連絡先のあれやこれやを総取っ替えしたことがあるからこれは経験談。
結構良い効果があったからいい手段だと思うんけれど、幸村は首を捻った。
「アレのためだけに中学の奴ら全員と縁切るのは阿呆だとおもってやめた」
「そんなに卒業ぎりぎりのことだったの?」
耳朶の少し上を引っ掻いて、幸村は一言「忘れた」と。
「冬だった気はする。あぁ、多分冬だわ。学ラン着てた気がするし、結局最後までコイツに時間使ってやがるとも思った気がする」
「……」
そう言って、今度は少し首を持ち上げる。
この間表情がひとつも変わらない。
不機嫌が顔によく出るヤツなのに。
「……どうして喧嘩したの?」
好きでやってるかはさておき、今ある程度の人間関係が気づけているのだから不得手ということはないはず。
どんなに一新したって変わらないものは変わらない。
なんだかんだ一緒に帰ることを承諾してくれるあたり、人と話すことは嫌いじゃないはずだし。
人と話すなら喧嘩を避ける方法だって自然と分かる。どちらも引けばいいだけの話。そうなったら、きっとその人とはもうその話はしなくなる。そこだけ価値観が合わないのなら、そこだけ目を瞑ればいい。
どっちがじゃなくて、両方が。
そういうものでしょう。蟠りを回避する方法なんて。
「分っかんね」
そう言って、前髪を乱す。
濁したのか、本当にそう思ってるのかは分からない。
「結局ああなるんだったらまともにやってた去年がアホくせぇわ」
まぁそう吐き捨てたくもなるわよね。
結局中学の頃のことが返り咲いちゃったんだから。
「じゃあ、これから素でやっていく?」
「いや」
「まぁ、そうよね。急に変われないわよね」
「それもあるけど。普通に親父に殺される」
「……え。お父さんに言われて優等生やってたの?」
「好きでやるわけねぇだろ、俺が」
そう言われると丸め込まれてしまうけど。
そうね。とてもじゃないけどそういう性格には見えないわ。
現状飾ってるみたいだけど、お飾りになるのはむいてなさげ。
「『品行方正を覚えてこい』って家出されたんだよ。まぁ家出たいつったのは俺だけど」
「え。え? 幸村、あんた、今1人で暮らしてるの?」
「あ? 今そう言ったろ」
「え。え……?」
別に一人暮らしは珍しくない。
いや、高校生で一人暮らしは珍しい気はするけど。
だからそこはさして驚きはしない。
そこじゃなくて。
「……幸村、今日の夜何食べるとか決めてる?」
「多分コンビニ」
「いつも?」
「たまに火使う」
そういうことよね?
そういうことするわけよね?
自炊するわけよね?
私と同じく帰り際に今日何作ろうとか考えるわけでしょ、それってつまり。
「……なんなの、あんた」
「何が。……ンだその目。喧嘩なら買うぞ」
「お馬鹿。品行方正しなさい」
核心っぽいこと聞けて少しは彼のことが分かると思ったのに。
なんでまた別の要項が増えるのよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます