風岡さん、待つ。
昨日のことはなんて形容しよう。
捻らずに事件にするか、そんな大げさにせずそのまま『この前のこと』とするか。
といっても、あたしは完全に部外者だから本来あたしがあの神社でのことを何か思っても意味はない。勝手に気にしたところで当事者たちがどうにかなることではない。だから、まぁ逆を返せばあたしが勝手に気にしても何にもならないのだから好き勝手に思っても問題はないということではありそう。
なんて少し考えてはみたけれど。
正直、幸村はそこまで気にする性格じゃなさそう。
それなら私が気にするのも変な話。
いつも通りの世間話を交えつつ、テスト前ってこともあるし軽く勉強するぐらいでいいでしょ。
そう思いながら部室のドアに手をかけたが、鍵がかかっていた。
珍しい。
日中使われていないこの部屋に鍵がかかっているのは当たり前のことだが、いつもあたしがくる頃には開いている。
先に幸村が来ているから。
「……」
テスト前だからこないのかもしれない。
一応、一週間前は部活動禁止ということになっている。
聞いた話だと、一週間前にも部活をする必要がある場合その旨に同意する手紙が顧問から配られるとか配られないとか。それぐらい一週間前はテストに集中させるのが学校の方針らしいけど、ウチの部活は活動らしい活動をしていないのでそんな手紙は配られていない。
何か言われても空き教室で勉強してるだけなのだから、先生たちも怒りにくいでしょう。
まぁ、そもそもこんな隅っこの部屋まで来る先生なんていやしないけど。
職員室から鍵を取り、また部室まで戻ってくる。
職員室でてっきり鍵を取りに来た幸村と遭遇したりするかな、と思ったけどそんなことはなかった。
鍵を開けて、部室に入る。
誰もいない部室を見るのが新鮮に感じる。
いつもの席にカバンを置き、窓の上に飾られている時計に目をやる。
ホームルーム終了からもう20分以上経ってる。それでも来てないのなら、今日は来ないかもしれない。
ならここを開けた理由もない。
普通に部活がある日ならともかく、テスト前に来る必要はないのだからきっとこのまますぐに職員室に鍵を戻しても問題はないのだけど、あたしは席についた。
時間の無駄よって冷静極まりないもう1人のあたしが言ってる気がするけど、とりあえず1時間ぐらい様子を見ようと決めるまでもなくすんなりと決まっていた。
どの部屋からも離れた部室。
静か過ぎて物音が聞こえて来たら、原因はすべてあたし。
そんな空間でぼんやりと考える。
そもそも、あいつ、今日来てるんだろうか、って。
あいにく、今日は体育がある日じゃないから合同の授業はないし、廊下で見かけることは稀だし、朝会などの類もなかった。
会ってないけど来てるだろうと思ったのはあの見掛け倒し優等生がこれまでずっと健康優良児でもあったから。休んだ日なんてなかった。
あたしもないからそれが凄いとはまぁ思わないんだけど。
でも、多少なりとも怪我のある顔では自主休学してる可能性はある、のか?
昨日、怪我の治療というほど対したことはしてないけど消毒やら絆創膏やらを施すためにあの2人を家に招いた。といっても玄関までだけど。
あたしはすぐそこのリビングまでどうぞって言ったんだけど、幸村が拒むと上がる気満々で靴をすでに片足脱いでいた勇士君も肩を落としながら便乗した。
まぁ、一応傷口をゆすぐためという理由で洗面所には行ったんだけど。
そこから何かあったわけでもなく、手当をしたがってるあたしを満足させるだけさせるとい幸村はさっさとお暇したがった。
とっとと離れたい、という旨を言っていたけれど、神社から離れ違った理由もあたしが顔を見られないようにとか言っていた気もするから、ひょっとしてあの人たちはしつこいんだろうかなんて思ったけど、結局聞けていない。
結局、何も聞けていない。
もしかすると、あたしに根掘り葉掘り聞かれる予感がして、幸村は「来ない」という選択をしたのかも。
十分にあり得る。
あたしがそういう性格だって、毎日教え込まれているようなものだもの。
ここで来ないことによって、この話はする気はないと口で伝えるまでもなくあたしに伝える魂胆なのかも。賢い奴め。
なんて思ったけど、そんなことはなかった。
幸村はおバカだった。
ガラガラとドアを開けて、気だるげに入ってきたそいつは左頬に絆創膏をつけていた。
来ないものかと内心どこかで決めつけていたあたしの「うっそ、来たの」という開口一番に少し顔をしかめつつもドアをしめる。
それからあたしの前の席にカバンを雑におろし、その中に手を突っ込み、ごそごそと何かを始める。
何してるんだろうと眺めていると、目の前にそれが差し出された。
チョコレートのお菓子だった。
コンビニとかで売っている長方形の箱に12個ぐらい並べられたあのお菓子。
封の開いていないそれを1箱。
「……? なぁに、これ」
「やる。昨日の礼」
「……」
幸村が受け取れと言わんばかりに箱を揺すると、中の粒の音がした。
わたしは小さくお礼を添えていただく。
「昨日の礼って」
「家あげてもらっただろ。それ」
「大したことしてないのに」
というか、むしろ勝手に入り込んでいったから怒られるぐらいの覚悟はあったのに。
「クラスの人には何か言われたりしなかったの?」
それどころか、この話にならないとすら思っていたのに。
「言われた。けど誤魔化した」
「なんて? 転んだって?」
「ンな間抜けに思われる方が癪だろ。『親父と殴り合った』」
「えぇ……」
そんな誤魔化し方ある?
そりゃ少し真実を交えた方がいいとは言うけど。
「あぁ、ヤベェ家なんだなって思われたらそれ以上聞かれやしねぇよ」
「それ、親父さんの名誉毀損なんじゃないの?」
「知るかよ。どうせ耳に入る距離にいねぇし、いいだろ」
「……親父さんのこと嫌いなの?」
「別に?」
というか、殴られたじゃなくて、殴り合った、なのが幸村らしい。
やられっぱなしとか嫌いそうだもの、この男。
それならまだ兄弟喧嘩の方がいいんじゃない? と思ったけど、ということは男の兄弟がいないことの表れなのかもしれない。
「ねぇ」
ずいっと身を乗り出すと、それだけで察したのか、幸村はさっと手を払う。
やっぱりダメかぁと肩を落とすけど、どうもそうじゃないらしい。
「俺の要件が先」
珍しいじゃない、あんたがあたしに用事あるの。
犬よろしく忠実に待機していたら、幸村は数学の問題集を開いた。
ページの角が折れているところを開くと、あたしの顔の位置まで持ち上げ無言で突きつけてくる。
視界いっぱいが問題集になり、問題の頭に丸がつけられた箇所の問題文を読みながら、「あぁ、この問題ね」と初めの式を脳内で書き上げる。
「で? これが何よ」
「お前教えたがってたろ」
「素直に教えてって一言言えないわけ?」
「先生のとこ行ったらなんか説教してやがって、無駄な時間食った」
なるほど。
だから今日遅れたのね。
仕方ないわねぇ、とあたしは幸村の隣に席を移した。
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