雨水さん、驚く。

 ◇


 一年生になったら。

 友達百人出来るかな。


 新年度に入るといつもその歌を思い出す。

 百人友達作ってやろう! っていう明確な目標は持ってないけれど、でもそれぐらいの友達が欲しい。いや、今目標を決めよう。というか、決めた! 同じ学年の人全員と一回は会話する!

 そんな目標を抱いて私はまだ堅い制服に袖を通したのだ。




 私は常に機会を窺っていた。

 普通のクラスの人とは何の問題も無く話せるのだけれど、特進の人達が上手くいかない。

 なんだか向こうが距離をとっているような。なんとなく良いように思われていないのが伝わってくる。


 不思議に思った私はクラスの人達に片っ端から特進の人をどう思うか聞いてみた。向こうがよく思っていない理由はもしかしたらこっちにもあるのかも知れない。そう思っての行動だったけど、ビンゴだった。

 成績がいいというのは人間関係で壁を作るのに手っ取り早い用件だ。

 こればっかりはそう簡単になくなるものではない。けど、なくならないものでもない。ずっと話しかければ友達にはなってくれそう。


 そう決心するまでに何度か『彼』の噂を聞いた。


 名前はそこまで有名ではない。みんなの中では『新入生代表で挨拶した人』という認識だった。略して『代表のあいつ』と呼ばれることが専ら。

 この人がすごく問題がある、とのこと。

 新入生代表と言うことは今年の一年生の中で一番頭がいいということなので問題なのは成績ではない。

 性格が問題児、とのこと。


 プライドが高く、周囲を常に下に見て、傲慢で偏見で、口があまり良くなくて、皮肉屋で、オブラートに包むという技能は母親の腹の中に置いてきてるに違いない、もしくは言葉に被せる分は既に唾液で全部溶けた、という言われよう。


 絶対肩がぶつかっても謝らないタイプだよ、とみんな口を揃える。

 顕著に嫌われてはいないけれどあまりいい顔はされない。


 それが本当ならばさぞかし問題児だ。

 なんて言ったら、「あまみずは人のこと言えないからね?」と異口同音。

 そ、それは……触れないお約束というやつでは。


 そんな問題児、改め春川なんとか君と私は見事知り合った。



 ◇



 春川虹輝。

 少し前に読み方を本人に聞いてみたが結局教えてはくれなかった。教えてくれなかったのか、私の記憶から抜け落ちてしまったのか。あれっ、でも私「なんて読むの?」って聞いた記憶はある。でも、あれあれっ、そっから先の記憶が不明瞭。

 なんでか私の名前の話になったような気がするんだけど、なんでだろう。春川君に聞かれて私が答えることになったんだっけ? あれ、それはおかしくない?

 ま、いっか。


 結局読み方が分からなかった私はお母さんを捕まえて聞いてみた。


「きゃあ! 男の子の話!? まさか彼氏!? 彼氏なんでしょ!?」と愛娘をひかせるほどのテンションを上げたお母さんは字面を見た途端「あら」と落ち着きを取り戻した。


「ヒナ、どこでこの名前覚えてきたの?」

「学校だよ。数学のとき隣なの」

「へぇ。同じ高校に入ったっていうのは知ってたけど、まさか会ってたなんて、お母さんびっくりよ」

「……?」


 運命感じるわね! とお母さんがきゃぴきゃぴし始めるけど、私はさっぱり分からない。


「え?」を繰り返し続ける私に気づいたお母さんは「ちょっと待っててね」と席を外したかと思うと、小さなアルバムを持って帰ってきた。

 百均のアルバムなんだけれど、それは我が家では年賀状入れだ。


 お母さんはそれをぱらぱらと捲り、とあるページで手を止めた。


「ほら、虹輝君ってこの子でしょ?」


 私はお母さんからその年賀状を受け取り、目を凝らす。

 旅行の写真なのか、背景は青い青い海だった。その前に立つのは私服姿の知った顔。というか、春川君。無理矢理写真を撮らされているのか、苦手なのか、とってつけたような笑みで映っていた。

 制服ではないため雰囲気が違うけれど、でも顔と髪型は間違いなく春川くんだ。


「え、どういうこと? お母さんたちが知り合いって事?」

「そうよぉ。あれ、言ったことなかった? 妊娠中にお世話になってた病院が同じでね、そこで知り合ったのよ」

「聞いたことなぁい! 初耳!」

「嘘だぁ、あなたが忘れてるだけよ。まぁ、とりあえず、一応貴方たちお互いの顔知る前からのお知り合いよ」


 おぉ! と縁があることに感動したけれど、でもすぐに冷めてしまった。

 顔を知る前から知ってたというと凄く縁が深そうでいいけれど、でもそれって顔知らないんだから他人とほぼほぼ同じ意味なのでは? 


「一緒に遊んでたこともあるのよ。女の子のあんたの方がやんちゃで、何回虹輝君泣かせたことか」


 はぁ、とお母さんが疲れたような表情でため息をつく。

 そんな記憶、どこにもないんですが。


「何歳頃の話? それ」

「2か3歳ぐらいかしら」


 そりゃあ覚えてないよ。

 はっきり覚えてたらそれはそれでなんか怖いよ。

 ということは、きっとというか間違いなく春川くんも私のことは覚えていないだろう。

 まぁ、それはどうでもいいや。昔に会ったことがあろうがなかろうか、そのことを覚えていようがいるまいが、友達になることにはあまり支障は無い。

 というか、私も覚えてないしね。「こんなことあったんだよー」っていう話をすることもできない。

 でもそんな縁があるのなら、やっぱり話しかけ続けるしかない。

 そういうのって特別視したくなるじゃん。


「そうだ、ヒナ。お母さんまた出張で家開けるけど、寝坊しないでね」


 うぐっ。


「が、ガンバリマス」


 はぁぁ、とお母さんが長くため息をつく。


「目覚ましでもモーニングコールでも起きないなんて、どうすればいいのかしら……」

「早寝! 早寝するから! 安心して?」


 うーん、と頭を抱えるお母さんの横で私も同じように頭を抱える。

 どんなに爆音でも、どんなに数を増やしても、私は目覚ましで起きることが出来ない。それでいて早く寝てもロングスリーパーなものだから早起きはできない。早くても8時ぐらいで、そんな時間から支度を始めると1限は見事に遅刻だ。


 いや、いつもより早く寝ればなんとかなる、はず。


 私はテレビから流れ始めた聞き慣れた音楽を耳にして、画面に釘付けになる。

 今日は好きな映画の地上波初放送。

 現在の時刻は9時。いくらなんでも9時に寝るのは早いでしょ。

 これ見たら寝よう。



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