風岡さん、気付かれる。
◇
体育の時間は2時間連続してもうけられている。
だからといって2時間ぶっ通しでボールを追いかけられているわけではない。休み時間はちゃんととってくれる。ありがたやありがたや。
というか、先生だって休み時間ぐらい休みたいわよね。
その休み時間。私はぼさぼさになってしまった髪型をとりあえず整えるためにトイレの鏡と向き合っていた。また動けば崩れてしまうのだけれど、だからといってそのぼさぼさのまま放置しておくことは出来ない。私的にも許せないし、やはり周りの目があるところではきちんとしておきたいものだ。誰が見ているかとかは関係なく、人として身だしなみは整えておきたい。
それにかわいさが減少してしまうのも解せないし。
後ろ髪を束ねて、前髪を整える。生憎櫛を持ち合わせていないので手櫛だ。鞄には入っているのに使えないのがもどかしい。
束ねた後、いろんな角度から自分の髪型を確認し、鏡の中の自分に向かって微笑みかける。よし、この程度整えられれば可愛さ数値も元に戻るでしょう。
それからトイレを出て体育館に戻った。
その途中で私は知り合いを見つけた。見つけたというか、鉢会った。
最近髪を染めていたことが発覚した黒髪の男子は、体育館入り口前の階段で、さながら不良のようにだらしない格好で座っていた。優等生だからって常に機械のようにぴっしりきっちりしているわけではないのでなんらおかしくはないのだが、私はクラスが違うため幸村が表でどのくらい素を出しているのか知らない。だから一瞬慌ててしまった。隠す気あるか、と。
極秘事情でもないのに大げさな反応だ、と思わず自分で笑ってしまう。
そんな私を白けた目で見ながら幸村は怪訝そうに、というか不審者でもみるように眉をひそめた。すごく失礼な視線だ。
「……なに」
体育で疲れているのか、いつも以上にだれた声だった。
「用は特にないけど。こんなとこでなにしてるのかなーと思って」
「何って、休憩」
「中ですればいいじゃない。汚れるわよ。それとも外の方が好きなの?」
「いや別に」
幸村は後ろに続く言葉を濁すように省略し、更に首を傾けた。
……上目遣いされて改めて分かったけれど、この男、目つき悪い。
私を見上げていた幸村の視線が更に上に登っていく。首を傾げたまま私のおでこ辺りをじっと見続ける。ちゃんと治したつもりだったけれど、まだ前髪がおかしいままだったのか。そう思い私はさっ、と手で前髪を梳かした。けれど幸村の視線は変わらない。
何かポージングでもしてみようかと思ったところで、幸村は更に首を深く傾げた。耳が肩に付くほどまで曲がっている。
私を横の視点から見ても面白くないわよ。そう言おうとしたところで幸村は首を戻しながら言う。
「髪型変えたか?」
「あ、分かる? 今日はサイドの気分だったんだけど、やっぱり動くと邪魔なのよね」
私は後頭部に位置する結び目を障りながら答えた。ついでにその周辺の髪を撫でてみる。よし、崩れている箇所はなし。
「お前、しょっちゅう変えてるよな」
「どれも似合ってるでしょ? 私的には2つもいいと思うんだけど、どう思う?」
「知るか」
あら、ノリが悪いこと。
「にしても、へばってるなんて情けないわねぇ」
情けないというか珍しいというか。
幸村は「あ?」と。それはそれは威嚇する不良よろしく悪い顔で。
「冗談。見てたから知ってるわよ。入れ替わり激しかったわよね、今日は特に」
「センセーが勝ったチームに何かおごるとか言い出したからな」
「あら。もしかして幸村も頑張っちゃった?」
ちょっとからかうと、睨まれるかと思いきやじとりとした目を向けられた。呆れられてるというか、うんざりしている様子。
なるほど。周りのおごられたいテンションについていけないのね。
私は体育館の中の様子をその場から確認した。確かにいつもより男子の方が騒がしく見える。あれ、いつもあんな感じだっけ?
そこでチャイムが鳴った。
「マジか」と幸村は小さく呟いてから腰を上げた。やたらと重そう。
確かに幸村はそういうテンションの対局とまでは言わなくとも、離れた場所にいそう。
……喧嘩とか物騒の方が盛り上がるタイプだったらどうしうようか。いや、どうもしないんだけどさ。
先ほどまで見下ろしていた幸村の視線があっという間に私より高くなる。
「苦労しますねぇ、お兄さん?」
「マジな。休み時間まで変なのにつきまとわれたし」
「変なのとは失礼ね。罰として放課後もつきまとってあげるわ」
「毎日罰受けてんじゃねーか」
私は肘で幸村の脇腹を突いた。
体して痛くないだろうけど、反射的に「いたっ」と言ってしまうものだ。
「いたっ」
そう言って私を見てきた幸村に「ウソね」とすぐに返す。痛がってないもの。
そんな会話で締めくくった。
その後幸村は女子と男子を区切っているネットの隙間を通り、奥へと気怠そうに戻っていった。
「後半もよろしくたのむぜ」と出迎えられているところを見ると、なんだかんだ言ってちゃんと参加はしているらしい。手を抜いてたら責められてもおかしくないからね。
「お、ひさき。戻ってきたじゃん」
私も愛すべき友人の所に向かう。授業開始のチャイムは鳴ったがまだ先生は戻ってこない。
「髪結び直しに行ったんじゃなかった?」
「ちゃんと位置が違うでしょ?」
愛すべき友人は猫じゃらしにじゃれる猫のように私の髪を指でぱしぱしと叩いた。
「ま、私じゃなきゃ気づかないね」
愛すべき友人は得意げに笑った。相変わらず調子が良いんだから。
そうは言っても結び目を横にずらしたぐらいだ。そんな変わりはないから一理ある。
「ふふ」
「ん? どした?」
「ううん、気づいてくれたからさ。意外といい男なんだなぁって」
愛すべき友人はよく分からないと言わんばかりの妙な間を開けてから、「ひさきは意外とちょろいとこあるよねぇ」と一言置いた。
「あら。顔で左右される貴方に言われたくないわ」
「しっつれいねー。声でも左右されるわよ」
「それ幅が広がってるんじゃないの?」
先生が来たので私たちも含む女子たちは指定の場所に並び始める。
男子の方はもう始まっているらしく、女子側担当の先生の声が後ろの方まで聞こえない。連絡事項を話しているらしいけれど、ところどころしか聞こえない。
先生は肩を少し竦めて、「元気だねー」と困った顔のように眉を下げながらも笑いながら言った。
前に並んでいる子の数人かが振り返って、男子の方を確認する。私もつられて振り返ってみる。先生も声を張るし、もちろん試合中の選手も声を張るし、更にはガヤの生徒も声を張るし、もうてんやわんやとお祭り状態だ。
ゴールが1本決まり、点を入れた側の男子達がハイタッチをしあう。幸村のいるチームだった。
ハイタッチを求められても胸元で両手を開くだけの幸村にチームメイトがなにやら突っかかる。もちろん険悪なものではない。
私はもみくちゃにされる幸村からそっと目を離した。
女子はあれほど騒がしくなったことはない。
まったく。どのタイミングで私の髪を見たんだか。
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