風岡さん、質問する。
「あぁ、センパイは地毛が茶髪っすよ」
そのあとすぐ部室に顔を出した勇士君曰わく、そういうことらしい。
幸村としては知られたくないことだったのか、あっさりと白状した勇士君の首を絞めあげた。
「見たぁい! ねぇ、写真とか持ってないの?」
「ひさきさん……その前に、ヘルプ……」
「誰が自分の写真持ち歩くんだよ」
「あたしは持ってるわよ。ケータイにいっぱい入ってるもの」
「知るか。テメェみたいな自意識過剰と一緒にすんな」
「違いますぅ。友達と撮った思い出の写真ですぅ」
なんて言い争っていると、解放された勇士君がバッ!と手を上げる。
「俺持ってます!」
「でかしたわ!」
「おい待て。お前中学違ェだろ!」
「回ってきました!」
「誰得だその写真! 回してんじゃねェ!」
「私得よ! 私に辿り着くために回されたのよ! ってことで、見ーせてっ」
ウス! とケータイを取り出す勇士君にすぐさま魔の手が伸びる。
私は後輩の前に立ちはだかり自ら盾となった。こればかりはちょっと変な意地も張りたくなる。私が粘り強い性格だと知っているからなのか、幸村は一瞬怯むような顔をした。有名らしい不良にそんな顔させられるなんて、私ってもしかして凄いんじゃないの?
「どけ、風岡」
「写真見たらね」
女子に手を上げるつもりはないのか、幸村はしばらく睨み付けた後とりあえず退いた。
荒々しく指定席に腰を下ろし、こちらに背を向けたままぶーたれたように頬杖をつき本を手に取る。
そういう普段しないようなこと平気でするのやめてほしいわ。
それとも、それが素なの?
「撮ったのどちらさま?」
「さぁ? 分かんねェっす。回ってきただけなんで」
……というか、写真回されちゃうって問題なんじゃないの?
「あ、回ってきたって俺らの間だけっすよ? 幸村センパイに憧れるヤツ多いんで」
不良の間でってことなんだろうか。いや、だったらいいかってことにはならないでしょうよ。
視界の端でガシガシと幸村が髪を掻きむしったのが見えた。背を向けているので顔は見えない。
「緋咲さん、これっす」
「どれどれ」
私は勇士君のスマホを受け取る。
ちらりと幸村がこちらを見た気がしたけど、取り上げようとはしなかった。観念したのかしら。
そんな幸村から視線を外し、私は画面をじっと見つめる。
さっき触ったので分かったけれど、幸村は結構剛毛だ。固い。
中学の頃は今よりも髪は短めだった。もちろん坊主って程じゃない。それはかなり行き過ぎ。今は長いが故の重さでなのか幸村の毛先は下を向いているが、中学時の毛先は上を向いていた。
そして、今の髪色からは一切想像つかない毛色――明るめの茶色。
多分今よりも背は小さい。表情もまだ幼さを残している。中学生らしいといったらかなりアバウトだけれど、でも中学生ってそんな感じよね。成長期の手前のせいか、あどけなさとか無邪気さをなんだかんだで残してる。
そんな顔つきで、ちょっとかっこつけるんだもん。
「かわいい!」
「緋咲さん、流石にセンパイに殴られますって」
「なんでよ。確かに幸村は同い年だけど、別に今の幸村を可愛いだなんて一言も言ってないわ」
現在高2である私が中学生を、つまりは年下を可愛いと言っただけ。
問題がどこに?
「うん?」と勇士君が当惑する。スパン! と反論できないならどっちにしろあなたの負けよ。
「というか、髪色綺麗ね。綺麗な茶色」
私はもう一度画像をじっくりとみた。そうして溢れた本心だった。
光の当たり具合のせいなのか、とても鮮やかで目を惹く色。やっぱり染めたのとは違う。
茶髪に憧れる私からすれば、喉から手が出るほど羨ましい。
黒だとやっぱり少し重く見えるのよね。
「でしょ!? 俺らの間じゃ金なんかよりずっとかっけェ色っすよ」
そうね、と私は頷く。
「なんで黒にしちゃったの?」
勇士君に聞くと、彼は幸村に視線を向けた。
どうやらその理由は知らないらしい。
1年の頃からもう黒だったから、多分入学する前に黒に染めたのだろう。
黒が似合わないってことはないから、茶髪しかあり得ないとは言わない。黒も十分にあってるし、その髪の長さも似合ってる。
髪型なんてファッションだし、気分だって言われたらそれまでだけど、でもちょっと気になる。
「幸村、地毛の色嫌いなの?」
「別に」
「茶髪似合ってるわよ。この髪型も」
「うるせ」
「戻す気ないの?」
「ない」
「そう? それは残念だわ」
私は勇士君にスマホを返した。見せてくれてありがとう。
私は彼の手にしっかりとスマホが渡ったのを確認してからいつもの席に戻る。正面に座っている幸村の身体が私から見ていつもより90度ほど右を向いている。
「いつまで拗ねてるのよ、幸村」
意外と子供っぽいとこあるのね、といったら睨まれた。
「お礼に私の中学の頃の写真見せましょうか?」
「いるかそんなもん」
即答した幸村に対して、「あ、俺みたいっす!」と勇士君。
「緋咲さん、中学の時から可愛かったんじゃないっすか?」
「私はいつだって可愛いわよ」
私はスマホを取り出し、写真をさかのぼる。
改めて振り返ると私のデータは友達との写真がやたらと多い。いつも一緒に居る愛すべき友人とは外で遊ぶ度に撮ってるし、そりゃかさばるか。
しばらくさかのぼると写真の制服が替わった。
「はぁい、これが中三のあたし」
「セーラー服!?」
そこにがっつくの? なんか変態みたいよ、勇士君。
「緋咲さん、隣の女の子よりスカート短くないっすか? ……いやらし」
「失礼ね。身長伸びちゃったからよ。あたし、今では160ぐらいあるけど中学の頃は140代だったんだから」
「ちっちゃい!」
今はすらりとしてるけど、昔はちんまりしていた。もしそのまま成長しなかったら、多分映画研究部の人に抜擢されなかっただろう。人を見かけで判断したくはないけれど、やはり身長で印象は変わるものよね。
背の順で一番前で腰に手を当ててたこともあった――って話を今の私しか知らない愛すべき友人にしたら、「想像できない」と笑われた。当事者である私も、今となってはどことなく信憑性のかける話に思えて仕方ない。
「えっ、緋咲さん。ショートの時期あったんすか!?」
私は勇士君に渡した自分のスマホを覗き込む。もう中3の画像は終わり、更にさかのぼっていた。
「中2の頃に1回ばっさり切ったわね」
「なんでですか? あ、失恋っすか?」
「私が振られると思う?」
試しに聞くと、「全く」と首を横に振られた。嬉しいこと言ってくれる。
「まぁ、違うけどね。私、学生恋愛はするだけ無駄だと思ってるから」
「じゃあなんで切ったんです?」
「勇士君、覚えときなさい。女子はね、特に意味もなくばっさり髪を切りたくなる生き物なのよ」
邪魔だなぁ、よし切っちゃおっ! で私は切った。
長いとなんとなく重たいし、前屈みになったら垂れてくるし、洗うの面倒だし。歯を磨いた後うがいする度にでろーんと前に出てくるんだもの。まぁ髪のアレンジが沢山出来るから利点がないわけではないのだけれど。ちょっと寝癖があっても束ねちゃうとバレなかったりするのよね。
「でも、緋咲さん短い方も似合いますね」
「そう? どっちが似合う?」
うぇっ!?と驚いた勇士君は、眉間に皺を寄せて「うーん」と前屈みになりながら唸りだした。どこまでも全力なその姿勢、嫌いじゃないわよ。
「緋咲さん大人っぽいから長い方が……」
「あらぁ、短くても大人っぽい人はいるわよ?」
「うっ。で、でも、緋咲さんはぱっと見おしとやかだから長い方が……」
「はいはい。勇士君がロング好きなのは分かったわよ」
「――ゆ、幸村センパイはどう思います?」
勇士君はぐるんっと勢いよく幸村の方に向けた。安物のお人形だったら首が取れかねない動きだった。
彼の問いに、未だに不機嫌を極めていた幸村が「あ?」と方眉を吊り上げる。
「緋咲さん、ロングか、ショートか」
不機嫌の塊だった幸村の表情が少し抜け落ちる。代わりに興味ないというのが前面に押し出されていた。
だがとりあえず話が振られたので幸村の顔が私に向く。あら、少しは考えてくれるの?
私はプリクラを撮るときのように少しポーズをする。顔を少し下げて上目遣いをするようにして、頬の横にピースを置く。口は笑いすぎず、でも無表情にならないように。そしてもう片方の手に長く伸びた髪をしつこくない程度に絡める。
そして。
「どっちでもいいわ」
と、いつも通り投げやりに。
まぁ、そんな反応されると思ったわよ。
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