永町さん、考える。


 ◇


 教室の後ろにはロッカーが並べられている。多すぎる教科書を置いておいたりするためのものだ。

 授業終了後、私が自分のロッカーを開けに行くと同じようにロッカーを開けていた氷上君に声をかけられた。


「今日も部活行くのか?」


 名前の順で並べられているため、彼のロッカーは私よりも左側にある。

 そっちに顔を向けると、彼のロッカー内が見えた。……全員ではないけど、男子の大概は散乱してるのよね。男女差別はしたくないので一応言っておくと、女子でも大雑把な人は割と散らかっている。私は整頓してしまう性分なので散らかりやすいプリント類は一切入れていないが、中には要らないプリントを全部ロッカーにため込んでる人もいるらしい。


「今日は行かないわ」

「へぇ。毎日行かなくて良いの?」

「私は入る前に毎日は行けないって緋咲さんに許可もらってるから」

「塾とか?」

「ううん。弟達の面倒みないといけないのよ」


 みないといけない、と言ったけど、私が好きでやっているようなものだ。


「委員長弟いんの? あー、でもっぽいわ」


 氷上君はカメラマンのように私をみた。

 下に居そうとはよく言われる。


「何人いんの?」

「弟が2人に妹が1人よ」

「3人!? ってことは4人兄弟の一番上!? マジかよ」


 信じられないと言わんばかりの表情だ。私はそうは思わないのだけれど、こういった反応をされるのがほとんどなので多いのだろうなと客観的に思ってる。私からすれば3人いて当たり前だから、驚かれると少し違和感。


「はー。そりゃしっかりするわ」


 感心する彼に「よく言われるわ」と苦笑しながら返す。

 多分私はしっかりしてるのではなく、面倒見が良いというほうが近いのだと思う。あまりしないようにしているけどお節介をしてしまうのは自覚済みだ。


「氷上君は今日も行くの?」

「もっちろん!」


 彼はたっぷりと頷いた。


「幸村先輩をあまり怒らせちゃだめよ?」

「だいじょーぶだって。あの人昔っからあんなんだから」

「昔? 中学同じなの?」

「いーや、ちげーよ。センパイ、有名人だったからさぁ、俺が勝手に知ってただけ。ってか俺がこんなんなのセンパイ真似てだしよ」


 この前の件でなんとなく気付いていたけれど、多分間違いない。

 幸村先輩も「やんちゃ」を働く人だったってことだ。

 今の風貌なのは更正したからってことなんだろうか。

 更正――それはなんか悪口のような気がする。確かに氷上君も、暴れん坊なのかもしれないけれど、悪人ってわけではないのだし。


 でも謹慎処分が下されるのはいいことではいのだから、更正であってるんだろう。

 ちょっと釈然としない。

 名前も出たことだし、流れで私は気になっていたことを彼に尋ねた。


「幸村先輩、もしかして昔のこと隠してるの?」

「んー。まぁセンパイは好きでケンカしてたわけじゃないし、そうかもしんねーな」

「そう」


 ならこれ以上私から聞くのも、私から触れるのもやめておこう。


「……幸村先輩を怒らせたりしちゃ駄目よ?」

「それさっきも聞いた。分かってるって」


 先輩が隠しているのなら、もしかしたら止めるのが正解なのかもしれないけど、何も知らない私が口を挟みすぎるのはこじれる原因だ。

 それに、先輩のことをよく知らなくても氷上君と話しているときの方が自然体なのは明らかだ。


 というか、部員でない生徒が部室に出入りするのは問題ないだろうか。

 ……ない、よね?

 幸村先輩はともかく、緋咲さんは歓迎しているようだったし、ウチの部活は何かしなければいけないことがあるわけではない。もちろんあるときはあるけれど。

 妨害をしているわけではない。けど、顧問も知らないことをやっているのはどうなんだろう……。

 入部すれば問題は何もないのだろうけれど、けど彼は部活目的で部室に来ているわけではないし……。


 注意されてからでも大丈夫だろうか。

 けど、彼は既に謹慎という内申に響くことをしてしまっている。

 彼のことを考えると止めておくべき? いやいや、でも悪いことをしてるわけじゃ……。

 悪いこと? もしかして、これって悪いことなの?


 氷上君と幸村先輩の会話は偶に物騒だ。もしその会話を先生が聞いていたら注意にし来るんじゃ……。ただでさえ氷上君には前科がある。もしかしたら先生は彼に悪い意味で注目しているかもしれない。それで部室に来て、変なことになってしまったら……。


 でも、話してるだけだし。

 なんかあっても緋咲さんなら機転を利かせてくれそうだし。


「あのー……いいんちょ?」

「え、な、なに?」


 もしかして彼が何か話している最中だっただろうか。

 私は動転しながら聞き返す。


「いやー……なんかすっげぇムズカシイ顔してたから」


 明らかに引かれている。


 私は正直に考えていたことを白状した。

 変なことを考えるような人だと疑われるのは少し悲しい。……まぁ変なことだったかもしれないけれど。杞憂な気もするし。万が一で悪い方向に考えてしまうのは私の悪い癖かもしれないわ。


「真面目かよ委員長」


 氷上君は呆れるようにしながらも笑ってくれた。

 真面目なら多分止めてるんだろうなぁ。そう思いながら私は小さく笑い返した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る