風岡さん、悪戯する。



 ◇



 普段猫被ってる奴の本性を知っていたとして。

 周囲に人がいるときに、その皮を破ってみたくなるのはよくある出来心だと思う。


 全校集会で学年全員どころか、全校生徒が集まる場所で私は幸村を見つけた。

 黒を黒で染めたような髪色だが、結局は黒なので数が多いところだと意外と見つけにくい。そんな中私が奴を見つけられた理由は、その後ろ姿である。

 まぁ、一応1年以上顔つき合わせてるからね。

 極めつけは腕の赤い時計だけど。


「やっほー、幸村」


 背中をとんと叩くと、友人と会話をしていた幸村が私を見た。

 彼の頬がぴくりと動く。部室なら「あ?」とか言ってただろうなぁ。ここじゃ言えないだろうけど。


「何か用?」


 部室じゃ本性をだしているから、最近その胡散臭い笑みは見ていなかった。こう見ると割と新鮮。ほんと優等生フェイスね。人畜無害そう。


「用はないわよ。見かけたから声をかけてみただけよ」

「あっそう。じゃあもうクラスのとこに戻った方がいいんじゃない?」

「あら、心配してくれてるの?」

「そういうことでいいから戻って」


 私は堪えきれずにぷっと噴きだした。

 普段目つきも顔つきも悪い顔でいがみ合ってるのに、こうも穏やかな顔で言われるのはなんか可笑しい。

 それが気にくわなかったのか、このフェイスでは珍しく少し低めの声で「おい」と言われた。


「風岡、幸村と知り合いなの?」


 幸村の友人に聞かれ、私は頷く。


「同じ部活なのよ」


 ね、と聞くと「そうですね」と態とらしい笑みで言われた。

 笑った顔は似合うけど、その顔はちょっといまいちかな。私のスマホに入ってる画像の方がよっぽどいい顔してるのに。

 まぁ、彼がその気がないって言うなら独り占めさせてもらいますけどね。


「マジか。部活なんだっけ?」

「天文部よ、一応。まぁなーんもしてないけどね」

「何もしてないの?」

「そうよぉ、ほとんど雑談して帰るだけ。お茶会と変らないわね」

「へぇ。他に誰がいるの?」

「うーん……後輩が数人いるけど。まぁ、ほとんど私と幸村だけよ」


「え」と幸村の友人Aが目を丸くする。


「話、合う?こいつと」

「そうねぇ、まぁそれなりに」

「何の話するの?」

「そうねぇ……」


 ちょっと振り返る。

 テストの話とかもするけれど。割と先生の噂話とか、世間話とか、ありきたりな話ばかり。というか私が振れば意外と乗ってきてくれるのよね。

 でも、幸村の不良話は本人よりも勇士君から聞いてるっていった方が正解だから、幸村本人の話を幸村から聞いたことはあまりないかも。こんど振ってみようかな。当たり障りなく好きな食べ物とか。あぁ、甘党か辛党かも聞いておきたい。後学のために。趣味は多分読書で、ジャンルは歴史ものかなぁ。他のも読むのかしら。これも聞かなきゃ。きっと恋愛ものは読まないだろう。……いやもしかしたら読むかも。やっぱ本人に聞かなきゃ駄目ね。

 嫌いなものも知りたいかも。私的にはもっと幸村をからかいたい。


「まぁ、あーんなことや、こーんなことよ――いたっ」


 含みたっぷりに言うと、トンと頭にチョップをされた。

 それと同じ手の指先が追い払うように1回揺れる。


 口が悪かろうがそうでなかろうが。

 すぐに手が出ようがそうでなかろうが。

 幸村は多分兄貴肌なところがあるのだろうなぁ、と最近ぼんやり思う。勇士君が勝手に慕ってるのも、多分そのせい。


 面倒見がいいのだろうなぁ、とは感じてる。それって根が優しいからなんじゃないのかなぁって。

 不良のくせして実は優しいって。なにそれ、ベタすぎ。


「なにするのよ」

「珍しいな、幸村が人に手をだすなんて」と本当に意外そうに友人Aさんが言った。

「だって、この人聞き分けないからさ」


 この人。いつもはしない他人行儀な言い方。


「なによぉ、私が悪いの?」

「そりゃそうでしょ」


 自覚してよ、と呆れ気味に言われた。

 ……意外と強情。それは本性と変わらないのね。


「風岡さん、そろそろ本当にクラスのとこいった方が良いよ」


 そう言ってくれた幸村の顔を私はまじまじと見つめてしまった。

 普段「風岡」って呼ばれてるせいか、これまた違和感。

 というか、ひょっとしなくても私のこと面倒だと思って追い払ってるわね、これ。


「名残惜しいけどそうね。じゃ、またね幸村。あとで部室でね」


 試しに手を振ってみると、彼は笑いながらも手を振り替えしてくれた。嫌そうな笑みだったけど私的には満足。

 ふむ、周囲の目があるところだと穏便に済ませるために普段やらないようなこともやってくれるらしい。

 本性を知ってからだと、つまらない優等生の彼も面白い。

 名残惜しい。そう言ったのは嘘じゃない。




「緋咲、なんか楽しそうね」

「そぉ?」

「なに。あ、占いの順位良かったんでしょ」

「あ。ってことは、さては悪かったんでしょ、あんた」


 そうなの聞いてぇ、と肩を組んでくる愛すべき友人と話しながら、私は2年4組の列の方を見た。

 あーあ、目があったらからかってやろうと思ったのに。

 奴はクラスメート達と楽しそうに話し続けるばかりでこちらの方は一切見なかった。

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