永町さん、呆然とする。



 ◇



 単刀直入に言うと。

 部室に行ったら、氷上君がいた。

 そして緋咲さんに妙に可愛がられていた。更にそして、幸村先輩を「センパイ」と呼び慕っていた。


 待って。

 緋咲さんと知り合いなの? どこで知り合ったの? 確かに2人とも色々な意味で有名人ではあるけれど。というか、幸村先輩とも知り合いなの? 確かに、幸村先輩も有名だ。2人には劣るけれど。担任の先生が「2年の幸村って奴を見習えよ」と言ったことがあるくらい名前はそこそこ有名だ。

 いや、前者である2人が目立ちすぎる。

 でもあの妙に黒すぎる髪は影で噂されているかもしれない。私は聞いたことないけれど。


 そんな優等生で有名な先輩の言葉遣いがかなり粗暴になっていた。

 まさか、氷上君、あの温厚な先輩を怒らせたの?


 ……けど、それなら緋咲さんが楽しそうに目の前で笑ってたりはしないと思う。彼女はからかうことが好きだったり、面白いことが好きだったりする節があるけれど、流石に暴言を連続的に吐くほど怒ってる人を見ながらニコニコするほどネジは外れていないはず。


「あら、雫。いらっしゃい」


 部室に入り、気分的にはもう何分も経った気分だったけれど、彼女たちは私に気付いていなかったらしい。3人から少し離れた場所でカリカリとシャーペンを動かす春川君はすぐに気付いていたけれど。

 というか、よくこんな賑やかな場所で勉強できるわね……。少し尊敬。


「え? なんで委員長がここに?」


 幸村先輩の顔を鷲掴みにするその手を剥がしながら、氷上君がそう言った。


「それはこっちの台詞よ。なんで氷上君が? というか、まさか、幸村先輩怒らせたの?」


 なのに笑みを浮かべてるのは……ちょっとありえない。

 軽蔑が顔に出ていたのか、緋咲さんが手をゆったりと左右に振りながら「違うわよ」と。


「ちょっとじゃれてるだけよ。男子ってそういうとこあるじゃない?」


 そうなの?

 確かに、私の弟達も本気じゃない取っ組み合いをよくしているけれど……。小学生も高校生も同じって事なの? ……それ、いいの?


「ね、勇士君」と緋咲さんが聞くと、氷上君は「うっす」と答えた。


「幸村先輩の暴力は愛っすからね」


 氷上君は教室で見るときよりも楽しそうな笑みを浮かべていた。


「勇士君……その発言はちょっとマゾいかも」

「えっ。違うっすよ! それは誤解――ぎゃああ! 幸村センパイ!センパイ、俺の指そっちには曲がんないです!」


 悲鳴をあげる氷上君を前に、緋咲さんは頬杖をついたまま楽しそうに笑っている。

 どう解釈して良いのか分からない空間を前にしていると、当事者の1人である緋咲さんが「席についたらどう?」と優しく声をかけてくれた。私は言われるがままに空いている席に鞄を置く。

 4人しかいないのに、なんでここの机は8人分あるのだろう。


「……久しぶりね、春川君」


 親しくはないけれど、会った以上挨拶をするのが礼儀だ。

 彼は下を向いたまま「そうだね」と手短に返した。


 春川君は特進クラスの人だ。

 あまり関わることはないけれど、私たちのクラスよりもずっと頭が良いことは確実だ。それは露骨に壁に繋がる。私たち普通のクラスと特進クラスは交流がない。あっても、こちらが勝手に引け目を感じたりしている。彼らに下に見られているのがひしひしと伝わってきて好きになれないと言っていたクラスメートもいる。

 そんなことはないだろうと思ってはいたけれど、彼を見ていると素直に否定できなくなってしまう。


 春川君の性格が汚いと言っているのではない。

 彼はプライドがとても高いのだ。

 特進クラスであること。それを矜持しているし、彼自身もしかしたらその成績では満足していないのかもしれない。初対面同然の頃、特進であることに「凄い」と率直な感想を述べたことがあるのだけれど、彼はいい顔をしなかった。

「ありがとう」と厚みのない笑みを貼り付けた。

 ……もしかしたら、特進にあがる努力をしない普通科生が嫌いなのかもしれない。


 そのせいか話しかけにくいし、とりつく島もない。門前払いも良いとこだ。

 多分育ちが良いのだと思う。お坊ちゃまってほどではないと思うけれど、でもそう思わせる言動が偶にある。

 彼はもしかしたら今も続いている幸村先輩と氷上君の取っ組み合いを馬鹿にしているかもしれない。

 ノリが悪いと言ってしまったら、身も蓋もないけれど。

 でもそういうこと。


 素直じゃないと言ったらちょっとズレがあるけれど、おそらく皮肉屋というやつだと思う。


 緋咲さんは従姉らしく、彼女と関わるときは雰囲気が少し変わる。

 そう考えると、もしかして警戒心が特段高いだけなのかも。



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