春川くん、巻き込まれる。
◇
僕は久しぶりに部室に顔をだすことにした。
僕自身はさほど行く気はなかったのだけれど、でも従姉から「たまには顔出してねっ☆」というメッセージを受け取ったので行くことにした。彼女は意外としつこい性格だから。あ、ちなみにこれは悪口とかじゃないから。
しつこい(褒め言葉)だから。
僕のクラスというか、特進クラスのほとんどが帰宅部だ。部活より勉強を優先するようなクラス。だけど、僕は部活に入っている。
いうほど活動はしないけれど。
入った経緯は、例の従姉に「名前貸して」と言われたからだ。
その部活名は天文部というのだけれど、どうも廃部ぎりぎりらしく、その事情を聞いた僕は名前を貸した。
部室のドアを開ける。
中央に置かれた複数の机に先客が2人いた。
黒髪を更に黒く染めたような2年の先輩と、その彼と同い年の僕の従姉。
「あら、虹輝。久しぶり」
「お久しぶりです、緋咲さん」
「相変わらず堅いわねぇ」
笑い上戸なのか、緋咲さんは優雅に手を振りながらにこにこと笑っていた。
彼女の正面に座る幸村先輩は基本鉄仮面で、本を読んでいるときは大体無表情だ。だが今日はどうも気難しい顔をしている気がする。眉間に変な力が入っているような、そんな気がする。
というか、久しぶりにこの2人を見たけれど、こんなに親しかったっけ?
前はもう少し距離があって、向き合って座っていることなんて無かった気がする。
「今日は久しぶりに部員が揃いそうね」
「永町さんも来るんですか?」
「そうよ、今日はあの子が部室を掃除しに来る気だから」
真面目よねぇ、と彼女は正面の先輩に同意を求めた。
彼は「そうですね」とぶっきらぼうに答える。なんだ?まさか、緋咲さんに遊ばれてしまったのだろうか。彼女は人をからかうのが好きだし。
「あと、『彼』も来るかもね」
「『彼』?」
僕は首を傾げる、
ここの部員は、幸村先輩、緋咲さん、永町さん、それから僕の4人しかいない。男は他にいないはず。
「そうよぉ」と彼女は口に手を当てて凄く楽しそうに目を細める。そのまま「ね、幸村」と同意を求めるように本を読んでいる彼に絡み始めた。
幸村先輩は難しそうな、というか嫌そうな顔をしたまま、読書の邪魔をする緋咲さんの手をはたき落とした。
「あ、そうだ。聞いてよ幸村。今日ね、日本史のテストが帰ってきたのよ」
「あっそ」
「幸村のおかげで良い点数だったわ!」
「あっそ。……何点?」
「聞いて驚きなさい、75点よ!」
「おぉ、驚くわ。ひっくいな」
「うっさい。今までの私ならもう20点低いわよ」
親しくなったのか、幸村先輩の態度が少しフレンドリーになった気がする。
僕は2人の会話を邪魔しないように、緋咲さんの座っている席から1つ空けた横に腰を下ろした。
やることもないので、家に帰ってからやろうとした数学の宿題でもしようか。ちょうどここには先輩方もいるから、質問も出来そうだし。まぁないだろうけど。
僕が鞄から必要なものを出している間にも彼らの会話は続く。
「ちなみに、幸村は日本史何点だったのよ。もう帰ってきてるんでしょ?」
「お前より高いのは確かだよ」
「そりゃそうでしょ。そんなの聞くまでもないわ。で、何点?」
「しつこいなお前」
「あ、じゃあこうしましょ。私の物理の点数と勝負よ」
「なんでだよ」
「勝った方が、そうね、ジュースおごりとかどう?」
「いらん」
「えぇ? じゃあ、アイスおごりとかどう?」
「1人で買ってろよ」
「お菓子でも可!」
「話聞け。大体、お前が食いたいだけだろ」
「まったく、我儘ねぇ。じゃあオーソドックスに何か1つ言うことを聞く、でいいわよ。文句無いでしょ?」
「なんで文句ないと思った?」
「幸村って、男のくせに細かいこと気にするのね」
ハァ……と幸村先輩は鉛のようなため息をついて、読んでいた本から顔を上げた。ひどく気怠げな顔である。そして本を親指と小指で固定してページがめくれないようにしながら伏せる。
緋咲さんは強情なところもあるから、案外こっちが折れてしまった方が早く済んだりする。これは経験談だ。
諦めた幸村さんの様子を見ると、緋咲さんの笑みの輝きが一層増す。そう言う人なんだ、彼女は。たちが悪い。
「じゃあ、まずじゃんけんしましょ。勝った方から点数を言う、でどう?」
「あーはいはい」
「じゃあ行くわよ!最初はグー!」
ジャンケンポン!
緋咲さんがチョキで、幸村先輩がパーだ。机の上に置いていた手をそのまま上げたようにしか見えなかったが、まぁパーで違いない。
「私からね!」
出したその手の人差し指を中指をチョキチョキと動かしながら、緋咲さんは楽しそうに笑う。いつも以上にご機嫌なご様子だ。なにか良いことでもあったのだろうか。あ、物理の点数が良かったからご機嫌なのかもしれない。
「97点よ!」
得意げな顔をした緋咲先輩を見ながら、幸村先輩は硬い表情に僅かにも笑みを浮かべた。
「98」
と、ニタリと笑う。
「嘘でしょ!?」
「俺の勝ちだな」
負けたぁ!と緋咲さんが伏せ、拳を机に打ち付ける。
悔しそうな彼女を見ながら、今度は正面の先輩が満足げに笑う。
幸村先輩のことはよく知らないけれど、彼が歯を見せて笑うのを見たのは初めてだ。鉄仮面でもこうやって笑うのか。
僕はふと、この前の数学のことを思い出した。
普段笑顔が絶えないはずの彼女は、初対面の時1ミリたりとも笑っていなかった。そりゃ何もないのに笑っているのは狂ってるけれど、でもなんか、損した気分だ。
緋咲さんは伏せたままスマホを取り出した。
そのまま指を動かす。一切見えていないまま彼女はなにやらスマホを操作し、がばっと顔を上げた次の瞬間には、カシャシャシャシャシャという音が無駄に長いほど続いた。
連写。
そのレンズの先には、笑っていた幸村先輩の顔。
「幸村の笑い顔、いただき」
もちろん、先輩の顔は連写されている途中で既に鉄仮面というか、もとの不機嫌そうな顔に戻っていた。いや、もっと不機嫌そうかな。
「消せ」
「嫌よ」
「じゃあ、ケータイ貸せ」
「嫌よ。消す気でしょ? クラスの子に見せびらかすんだからダーメ」
「なんで見せびらかす必要があんだよ」
「レアだからに決まってんでしょ」
「負けたんだから素直に敗北認めとけ」
いやっ、いやっ、と彼女は首を横に振る。
緋咲さんは少々負けず嫌いなところがあるので、多分素直に負けを認めたくない故の行動だと思う。
「じゃあ、見せびらかさないからこのままで良いでしょ?」
「なんで良いと思うんだよ。きちがいか」
「はーい、乙女の純情幼気なハートが傷つきました。罰としてこれは保存です」
「とどめ刺してやるからケータイよこせ」
「いや! 近寄らないで変態!」
「あ"!?」
不意にドスの利いた声がして、僕の肩が思わずびくりと跳ねた。
小心者のつもりはないが、目を合わせてはいけない。本能的にそう感した。
それが立ち上がってケータイの争奪戦をしていた2人の目にも入ったのだろう。言い争いを止めた2人の顔がこちらに向いていた。
「あら、幸村さん、猫被らなくていいのかしら?」
煽るような緋咲さんの一言。
僕の視界の隅で幸村さんが席に座ったのが見えた。
「風岡、テメェが言い出したんだから従えよ?」
「なによ、命令で写真を消すように言う気? それなら、まぁ消すけど……」
「そっちは最悪力尽くでどうにかなる。違う。テメェの従弟に口止めしとけ」
「そんなに気にすることかしら。確かに口は悪すぎるけど、私、素のアンタの方が好きよ? ノリも良いし、嘘っぽくないし」
「いいから」
はいはい、と仕方なく返事をした緋咲さんは僕を呼んで幸村さんのことを要点だけ掻い摘まんで言うと、「秘密ね」という言葉で閉じた。
幸村さんはむすっとした顔で再び本の世界へと戻っていた。
要するに、幸村さんが幸村さんらしく接する相手は、この学校では風岡さんだけって解釈で良いのだろうか。
なんて解釈をすると、『彼』が入ってきた。
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