永町さん、改まる。
◇
勉強会の翌日。休み時間に、私はいきなりお菓子の差し入れをもらった。
チョコレートのお菓子と、小さめのスナック菓子と、グミ。
持ってきたのは、昨日廊下で私を引き留めたクラスメート達だった。
「えっ、なに?これ」
「昨日付き合ってくれたお礼!」
そう言って私の机の上に置く。
「そんなに気にしなくて良いのに……」
「受け取って受け取って!こう見えてもめっちゃ感謝してるんだから!委員長のおかげで半分以上はとれそう!」
そう言ってピースした彼女の隣にいた2人が、その子を叩く。
「あれだけやって半分かよ」というツッコみ。
「まぁ、ちょっと量が多いっていうのなら弟さん達と分けて?」
確かいたよね?と言われて、私は目を瞬かせた。
確かに言ったことはあるけれど、1回だけだ。まさかそれを覚えていたなんて。
少々姉馬鹿気質な私にとっては嬉しいことこの上ない。
私は彼女たちを驚かせてしまうほど感謝の言葉を重ねて、そのお菓子を受け取った。
「あげてもいいけど、委員長も食べてよ?委員長にあげたんだからね?」と手を取り、念を押された。確かに、私が頂いたのだから私が食べないのはおかしい。
「弟たちとちゃんと分けるわ」
弟君達によろしく、と彼女たちは満足げに離れていった。
私はもらったお菓子を鞄にしまいながら弟達の顔を思い浮かべた。
体を動かすことが大好きなヤンチャな年頃のせいか、しょっちゅうおなかをすかせている。ちゃんと私が管理しておかないと、夕食前にすべてを食べ終えてしまうかもしれない。
とりあえず、見つからないようにしなければ。
ただ、最近悪戯が盛んで私の鞄すら偶に開けていることがある。
どこに隠しておこうかな、と考えていると机を叩かれた。
私は顔を上げる。
一度髪を染めたのか、彼の髪の毛は純粋な黒ではない。
私の先輩にむしろ黒で染めたぐらい黒い髪の人がいるけれど、その人と比べると一目瞭然だ。
「よ、委員長」
氷上君はよく顔に絆創膏を貼っていることが多かった。
入学式当日から貼っていた。
でも、あの停学以来怪我はめっきり喧嘩をしていないのか、最近は見かけない。
そのせいか、普通に向けられる笑った顔が好青年のようにみえた。
「どうかした?」
「今暇してるか?」
私は教室の時計を確認する。
休み時間は始まったばかりなので、まだ次の授業まで5分以上ある。
「大丈夫よ。また数学の話?」
昨日で基礎はある程度教えられたけれど、先生が出すといった範囲の全ては終わっていない。
彼が断ったら強くは言えないけれど、私としては一度任されたことは最後までやり遂げたい。だからもう1日分ぐらい時間が欲しいなぁと思ってる。
「いや、今回は違う話」
「なに?」
「昨日の礼しとこうと思ってな」
じどはんでいいか?と、彼は後ろのポケットから財布を取り出す。
「別に気にしなくて良いよ?私が好きでやったみたいなところもあるし」
「俺がヤだよ。借りっぱなしみてェでさ」
「……そう?」
「そう」
んじゃ行くか、と教室の後ろのドアから出ていこうとする彼の後ろを追った。
多分私がおごられる流れなのだろうけれど、一応財布を取り出した。
先に出ていた彼は私の姿を見ると、「よし」と言ってから歩き出す。
「委員長、数学得意なの?」
少し後ろを歩いていた私の方に目を向けながら彼が言う。
私は少し足を速めて、隣に並んだ。
「得意、ではないかな。難しすぎるのは歯が立たないもの。それに、一応私文系選択するつもりだし」
「え、委員長文系?……あー、でもっぽいかも」
「そう?」
「うん。ってか、マジ?文系?文系であんだけ数学できんの!?」
「あんだけって。授業聞いてただけよ。事実、教えたら貴方もすぐ出来たじゃない」
そんなことを話しながら自販機の場所にたどり着く。
氷上君の謹慎事件がどれほど他学年にまで伝わってしまっているのか知らないが、廊下を歩いていた彼は妙に他からの視線を浴びていた気がする。
彼は微塵も気にするような素振りは見せなかったけれど。
「委員長、何飲む?」
「そうね……」
普段ならお茶を買うところだが、どうも可愛げがない気がして、気付けば私は「ココアかな」と口にしていた。
「りょーかい」
そう言いながら、彼は自販機に小銭を滑り込ませる。
自販機の置かれているスペースに先にいた女子生徒達が出ていく――彼に視線を浴びせながら。
「ん、はい」
「あ、はい」
ありがとう、と言いながら受け取る。
冷たいココアより私の手の方が暖かく、冷たさが手に移ってくる。
まだ夏服ですらないけれど、でもどこか暑い今日だから手にしているだけでも気持ちいい。
私がそんなことをしている間にも彼は自分用にコーラを買っていた。その口は既に開いていて、数口飲んでいる。私は急いでキャップを回した。
「なんつーか、悪ィな。俺、他から変に注目されてんの忘れてたわ」
「私は別に気にしないわよ」
「あ、マジ?じゃ問題ねーわ。俺も気にしねェし」
「案外髪色のせいかもしれないわよ?」
「髪?あ、コレ?」と言いながら自分の髪を摘まむ。
「前は何色だったの?」
聞くと、彼はこちらをじっくりと見つめてきた。
「え、なに?」と軽く取り乱す。そりゃ、いきなり見つめられたらビビりますとも。
不良だからって理由じゃなくて。
狼狽える前の私は興味ありげな顔をしていたのか、彼は言う。
「ご期待に添える色じゃねーぞ」
「え?」
「委員長、金だと思ったろ?ふつーに前から茶色だよ」
見透かされすぎていて、私は口を噤む。
不良=金髪って、やっぱり安易すぎ?
「茶髪ねぇ……」
「なに。変?」
「まさか。まぁ、正直、その色以外の氷上君は想像しにくいけれど、でも似合うと思うわよ」
「ほんとか?」と彼の声が少し高くなる。
重ねちゃ失礼だろうけれど、でもその仕草は褒められたときの弟によく似てる。
歳は離れてるのに。おかしくって、私は小さく笑ってしまった。
だけど、彼はそれを気にせずに話を続ける。
「俺のソンケイしてる先輩が茶髪でさぁ。あ、そっちは地毛なんだけど。それの真似して染めたんだよね」
「『尊敬してる先輩』?」
「おう!めっちゃ強くて、めっちゃかっけぇんだぜ!」
多分、その先輩も不良なのだろう。
強いというのは間違いなく腕っ節の話で。多分穏やかじゃない話だ。
けど、怖いとは思わなかった。
目を輝かせ、屈託なく笑うその姿は怖いだなんて思わない。
気付けば私もつられて笑っていた。
その後、チャイムが鳴って2人で慌てて教室に戻った。
すでに先生がいて、着席していたクラスメート達に変な目で見られたのは別の話ってことで。
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