風岡さん、馴染む。
◇
どちらかというと、私は記憶力が良い方だと思う。
「じゃ、風岡。よろしく」
「はぁい」
映画研究部から事前に受け取っていた台本を閉じると、近くの1年生が両手を差し出してきた。映画研究部の1年生だ。
私は「ありがとう」とその子に一旦台本を預ける。
意外とウチの映画研究部は校内で人気だ。1本30分の連載型の作品を主に扱っており、週1でSNSにあげている。初めは校内生しかフォローしていなかったけれど、最近は他の人もフォローし始めているらしくじわじわと人気が出ている。
完成したら動画サイトにあげるかもとか話していたのを耳にしたことがある。
あろうことか、私はその作品のヒロインポジションを頂いた。
正直なところを言うと私とは性格の違う清楚な役なのだけれど、意外と様になっていると思う。我ながら良い出来。
制服はウチのものではなく市販のものとかを掛け合わせて、一応架空の制服にしている。演劇部の衣装係からのお墨付きだ。これがまた可愛い。
「よーい、アクション!」
◇
正直、演劇とか演技とかには興味が無かったから本当に素人なのだけれど、でも素人の割には私の演技は光っていると思う、と自負していた。
だが、ふと思う。
あいつの演技力には劣るかもしれない、と。
あいつというのはもちろん、あの優等生の皮を被った不良生徒のことだ。本当に不良なのかはまだ定かでは無いけれど。
私は決定的な場面を目撃したので本性を知った。でもあれを見なければきっと卒業まで気づかなかったことだろう。
そして、他の生徒たちはきっと一生気づかない。
そう考えると、もはや詐欺師のレベルよね。
この手の話って、一カ所綻びができるとそこから連鎖的に広がる事が多い。
例えば男装女子が男子校に紛れ込んだ話だったら、1人にバレたらそこからまた別の1人に、またまた別の1人に――と言った具合に。
私にバレてから、まずは……そうね、雫あたりにバレるかしら。そしたら……もう1人の部員である虹輝にもいつかバレるかも。
案外私との会話が廊下まで聞こえて、そこから噂が広がるかもしれない。
つまり、私が注意を怠らなければ奴の秘密は広がらない。
ふむふむ、と頷きながら私は撮影も終わったことだし、自分の部室に向かう。
「えー、せんぱーい、お願いしますよぉ……」
「うるせぇ。この前のは気紛れだ、二度と面見せるな」
「嫌です! 絶ッ対嫌です! 俺、先輩に付いていくって決めたっすから! 何でも言ってください!」
「いらねぇよ。帰れ」
……部室から、なんか聞こえる。
今日は雫が来る日じゃないし、虹輝が部室に来ることはまずない。
ってことは、幸村と――誰?
というか、この学校に幸村がこの口調で喋る相手がまだいたって事?
私は少し早歩きをして、思い切り部室のドアを開けた。
ガラガラという音に中にいた2人がこちらを向く。
いつもの席に座って本を開く幸村と、いつぞや見かけた停学処分になったはずの少年。
入ってきたのが私だと分かると、幸村は興味なさげに本に目を落とす。意外と読書家なのよね、彼。
そして、お客さんは私の方を見て「お邪魔してます!」と勢いよく頭を下げた。
「謹慎は終わったの?」
「うっす。今日開けました!」
「あら、早いのね」
「今回は1週間っすからね」
もうあの日から1週間経った、ということになる。
そりゃ傷だらけだった彼の顔も元通りになるわけだ。
「あ、じゃ、俺はこの辺で」
そう言って幸村に軽く頭を下げる少年を私は引き留めた。
「特に何もすること無いし、別にいてもいいわよ?」
「え、でも……」
「というか、話し相手がいなくて暇だから少し相手していって」
「話し相手って、幸村先輩がいるじゃないっすか」
「ダメダメ。無愛想過ぎてつまらないわ」
「まぁ、先輩はクールっすからね」
マジかっけぇっす! と目を輝かせる。
よく分からないけれど、舎弟とかそういう感じの認識で良いんだろうか。……幸村は静かに顔を顰めているけれど。
私は幸村の前に座った。彼には幸村の横に座るようにと、彼の隣の机を叩いた。
その1年生は小さく頭を下げてからその席に座った。
「じゃあ、まずお名前聞こうかしら」
「うっす! 1年1組の氷上勇士っす!」
「そっか。雫と同じクラスなんだっけ?」
「シズク……?」
「そうよ。永町雫さんってご存じ?」
「あー……、確か総務委員っすね、ウチのクラスの。先輩は、風岡先輩であってますか?」
「あら、私ってもしかして有名人かしら?」
「まぁ色々と」
まぁ、色々やってるからね。
映画研究部のことを筆頭に、諸々と。
自分たちの自己紹介はこの辺にして。
私はちょっと身を乗り出して本題に入る。
「氷上君、この前あの神社で何してたの?」
あー、と言葉を探すように宙に目を向けた。
だがいい感じの言葉が見当たらなかったのだろう。「ケンカっすね」と率直に、けど躊躇いがちに答えた。
「1対1?」
「あー……確かに最初はタイマンでした」
「最初は?」
「途中から増えて、相手5人ぐらいになってて」
そう言いながら氷上君は左手をパーに開く。
「まぁ、見事にボコられまして。たこ殴りでしたね。でもそこを幸村先輩に助けてもらったんすよ!」
ね、先輩!と氷上君が幸村のほうをみる。が、煩わしそうに邪険にされるだけだった。
「助けてもらったって、警察呼ばれたとか?」
「え? ンなまどろっこしいことしないっすよ。フルボッコです」
「……えっ、幸村が?」
「……? そっすよ」
流石っすよね、と言われたがそれに易々と同意はできなかった。
私はあの日、あのまますぐに階段を降りてしまったため境内は見ていない。もし行っていたら、誰かが倒されたまま放置されていたのかもしれない。
しかも、その犯人はこの目の前にいる男だという。
ひょろひょろとは言わないけれど、割と細身の幸村がもしかしたら5人も倒したってこと?
そんな馬鹿な。信じられない。
それが顔に出ていたのか氷上君は丁寧に教えてくれた。
「先輩、一部では有名な元ヤンっすよ?」
今まで無言を貫いていた幸村がここで動いた。
不良らしい悪い目つきを氷上君に向け、そのままガシッと顎下から両頬を掴む。するとみるみるうちに氷上君の顔がゆがみ始める。
「お喋りだな、この口は」
縫うぞコラとか言いながらその左手に力を込めていく。
幸村に縫うだけの家庭科スキルがあるのかは知らないけれど、それは私のいないところでやっていただきたい。痛そうだもの。
というか、何?
今私の目の前にはケンカしちゃうぐらい野蛮な不良さんが2人いるってこと?
氷上君がものすごい勢いで机をバシバシと叩く。
幸村の握力がどれほど凄いのかは知らないけれど、とりあえず頬の骨が折れそうなぐらい痛がっている。
そんな顔で私に助けを求めてくるけど……君すら太刀打ちできない不良に口答えできるはずないでしょ。
諦めて。
私が静かに首を横に振ると、部室内に誰かさんの悲痛な声が響き渡った。
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