風岡さん、分岐する。
だが、冷静に考えてみればどうしたものかと疑問が浮かぶ。
別に口がちょっと悪かっただけなのだから、本性を暴いてやるとかというのはまた違う。
私は物理の教科書を開きながら、問題文を読み式を起こす。
その問題をさっさと終わらせ、また思考にふける。物理は得意なので時間が余る。
疑問として思うのは、なぜ優等生ぶる必要があるのか、だろうか。
いや、優等生「ぶる」というのは間違いかもしれない。それが例え猫かぶりであってもあの男が優等生であることには変わりない。
それと付随して浮かぶのは、何故あの日にあの場所にいたのかっていうこと。
そういえば少年はあの男を「先輩」と呼んでいた。ってことはあそこの2人は元から知り合いなのだろうか。
あと、少しズレるかもしれないが、あの少年を怪我させた相手は誰なのか。……これは少し危険な香りもするので探る気はないけれど。
◇
4限。体育。
ウチの学校の体育は基本複数クラス混合で、男女は別。だから同じ場所で行うのは割と珍しい。少し前までは男子はサッカーで校庭。女子はテニスでテニスコートだった。
今日からは男子がバスケで女子はバレー。
体育館をネットで半分に区切り、向こう側がバスケでこっちがバレー。
私は特別運動音痴というわけではないけれど、格段運動神経が良いというわけでもない。平々凡々。運動神経に関してはね。お勉強の方は出来るものは優秀だと自負してる。物理とか、物理とか、物理とか。あとは数学かな。
文系教科は聞いてくれるな。
大化の改新?知ってる知ってる。中大兄皇子と中臣鎌足でしょ?
え?年号?
計算できない数字に用事は無いわ。
何が言いたいかというと。
「……サーブが入らない」
左手でボールを上げ、軽く握った右の拳で思い切り飛ばす。
入るときは入るし、上手くいくときはちゃんとネットを超えるのだけれど、出来ないときはむしろネットに当たって帰ってくる。
百発百中にはほど遠い。けれどポンコツというわけではない。十発八中ぐらい。
ネットの向こう側に立つペアにサーブでボールを渡すのだけれど、これがなかなかに難しい。
しばらくその連中をしていると、先生が笛を吹いた。
少し休憩入れてから試合やるよ、とのこと。
私たちは籠にボールを戻し、体育館の隅に並べておいた水筒をそれぞれ手に取った。
何度も言うとおり、幸村は優等生である。
学業も、生活態度も、運動神経も。
あ、顔は普通ね。これ大事。中の中から中の上くらいだから。
そこの成績は私の方が上だから。絶対。
なんとなくこれだけは譲れない。
奴は今となっては胡散臭さしか感じない優等生フェイスでバスケットボールを追いかけていた。
あの顔をみていい人そうって思ったこともあったっけ。
確か、去年――新入生の頃、先生にお願いされて廃部寸前の天文部に名前を貸すことになって、一応部室を覗いた時のことだ。
物腰の柔らかい笑みで初めて挨拶されたときは、なんだかんだでこの部活も楽しいかもしれないとか思ったのに。
他のクラスの生徒ときいて身構えていた緊張感が解けたのに。
あのときの自分に教えてやりたい。そいつ、化けの皮被ってるぞって。
「ひさきー、なに変顔してんのよー。不細工になっても知らないぞ」
愛すべき友人に声をかけられ私は我に返る。
というか、失礼ね。私は可愛いわよ。
◇
超絶美少女だとは思わないけれど、それでも私は可愛い方だと思ってる。それは何も鏡を見て「やだ可愛い」と洗脳的に思い込んでいるわけではない。
映画研究部からヒロインをやってくれないかと頼まれたのも記憶に新しい。
関係あるのかは知らないが、学校のパンフレットやウェブページにも私は採用されている。
ここまでの評価をされて、「私は不細工です」というのはもはや僻みなのではないのかと思う。
控えめに言えばお付き合いを求められたこともある。何度か。
だけど私はそれに「OK」をしたことはない。
お友達からでも、とか。
試しに付き合ってみない?とか。
そういう提案も全て断ってきた。
そっちがどの程度本気なのかは知らないけれど、少なくとも私はさして本気ではない。
それで「いいよ」と言ってしまうのは嫌だった。そこから始まる関係って、なんかめんどくさそうだ。気を遣うのは必然じゃない。
それに。
所詮学生の恋愛っていうのは終わりが来るものだと思ってる。全員が、とは思わないけど、でも卒業で終わりになってしまうのがオチなんじゃないの? って。
学生の恋愛なんてそんなもんよ。とか割り切ってるけど、だからって遊びでレンアイするのは性に合わない。
なんて話を気の許した友達にしたら、「あんたは相変わらず強欲ね」と呆れ気味に笑われた。
まぁ、ちょっとは自覚してるわよ。
「ねぇ、幸村。今日雨降ると思う?」
放課後。部室。
私は出窓に座って友達の返信を待ちながら、本を読み続ける奴に声をかけた。
窓の外には多少雲に隠れてはいるけれど青空が広がっている。
「天気予報だと降水確率はゼロパーだったけど」
「じゃあ、降らないのかしら」
「そうなんじゃない?」
にこり、と。そいつは愛想笑いを振りまく。
「別にいいじゃない。アンタ、そんな喋り方する人じゃないんでしょ? 誰にもバラさないわよ」
バラしたところで誰にも信じてもらえなさそう、というのが本当のところだ。それほど幸村という同級生の評価は固まっている。
「ま、だろうな」
数拍おいて、幸村の返答。
私はずっとみていたケータイから目を挙げて、奴の方をまじまじと見てしまった。
奴はまだ本を読み続けている。
「……今日雨降ると思う?」
「ンなに不安なら傘買って帰れ」
そう言って、ただ添えるようにしていた左手で頬杖をついた。
「……多重人格とかじゃないわよね?」
「は? 妄想癖かよ、救えねぇ」
ずるり、と。私の手からケータイがない落ちかけた。
「ほんとに猫かぶりだったんだ……」
それに対してはノーコメントだった。
幸村は黙ったままページをめくる。
「ね、どうして猫かぶってるの?」
私は幸村の正面に移動した。
けど幸村は一瞬たりと本から目を離さなかった。その上返答なし。
愛想が一気になくなった。口悪いし、正直カチンときたけれど、腹立たしいと思いつつもそれが嫌悪と直結はしなかった。
「ってか、ヤンキーなの? 元ヤン? 不良? カツアゲとかしちゃう系?」
「やかましい」
「意外とその読書って趣味も疑ってたんだけど、それはほんとみたいね」
猫が脱げても幸村は本を手放そうとはしなかった。目が文を追っているのが分かる。意外と早い。
てっきり、優等生らしさをアピールするためのものなのかと思い込んでいた。
「なんの本読んでるの?」
「騒がしいな、どっかいけ」
「あら無理よ。ここ、部室だもの」
幸村がちらりと目だけ上げた。
普段は気張っているのか、少し力の抜けた三白眼気味のその目と私の大きめの瞳がかち合う。
なんとなく手を振ってみると、幸村は露骨に顔をしかめた。そして理解できない、意味分かんない、きちがいか、と言わんばかりに小首を傾げながら本に戻っていく。ほんと、性格悪いわね。
私は意味も無くその席で頬杖をついたまま正面を陣取っていた。
特に何も言わずにただ見てるだけ。
耳にかかるほど無造作に伸ばされた漆ぐらいに真っ黒な髪。
その隙間から辛うじて見える耳に、私はピアスの跡を見た。
見ただけ。他には何もしない。
偶に友達へ返信する。
なんでか分からないけど、それが飽きなかった。
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