風岡さん、考える。
◇
翌日。
朝のホームルームで一個下の学年、つまり1年生の1人が暴力沙汰を起こし停学処分を下されたという話を聞いた。
私はすぐにぴんときた。
昨日見たあのボロボロの少年がその1年に違いない。
着崩していたが、幸村がそのとき着ていた制服と同じものを着ていた。つまりはウチの生徒だ。
私は昨日の光景を思い出す。
その暴力沙汰が起きていた現場に幸村も居たのではないのか。
ならあいつも停学処分を下されてもおかしくない。だが、確かに着崩してはいたが暴れて乱れたような崩れ方ではなかったし、幸村本人は一切怪我はしていなかった。
もしかしてボロボロになった1年の少年を助けただけ?――いやいや、まさか。
幸村の最寄りはあそこではない。
どこかは知らないけれど、あの駅を利用していて幸村とすれ違ったことは一切無い。
ホームルーム後。
私は教科書を借りるという名目の元、2年4組に足を運んだ。
私はそこで、窓際に集まり談笑している男子達をみた。
その中に例の赤い時計をした人物を確認――幸村だ。
やはり停学は食らっていないらしい。
つまり。
奴が停学になりかねない証言を握っているのは私ってことになる。
この弱みを利用して、昨日の件を聞き出してやろうか。
そんな黒い企みが顔に出ていたのか、親切な友人に「顔きしょいよ」と珍しく暴言を吐かれた。
失礼な、私はいつだって可愛いわよ。
◇
そして放課後の部室。
私は真面目そうな顔で本を読んでいる幸村の前を陣取った。
正面から奴の顔をじーっと見つめてやる。集中力が切れ、そのうち顔を上げるだろう。
…………。
だが、一切顔を上げる素振りがない。
何でよ。私みたいな可愛い女子が正面で、割と至近距離で見てるのに無視を決め込めるってどういうことよ。
だがここで声をかけたら負けのようで気にくわない。
私はもう少し距離を詰めて幸村の顔をじっと見つめる。
死ぬほどイケメンとか、振り返りたくなるほどのイケメンだとか。
そういうことは無いけれど、平均よりやや上のその顔は見てて毒にはならない。
ってか、私よりまつげ長くない?許すまじ。
たまにいる男性陣のやたら細い足とか、やたら綺麗な目とか、なんなのあれ。
ほんと、許すまじ。
しばらく体勢を維持していると、幸村はようやく本を閉じた。
やっと私の相手をする気になったのか――と思いきや、例の赤い時計に視線を落としてゆっくりと立ち上がった。
「……、」
一切目が合わない。
幸村は私をまるで空気だと思っているのだろうか。
いや、案外空気と思われてるのならマシかもしれない。最悪、いないものとして扱われてるのでは?
幸村は閉じた本を鞄にしまい、鞄の中を少しチェックするとそれを片手に教室の出口へと向かった。
「ちょっと待ちなさいよ!」
ドアノブに手をかけながら幸村は一度肩越しに振り返った。
そしてこちらに向き直り、「なにか?」と優等生のような素振りで答える。
「何かって――」
私はスマホを取り出し、昨日のあの後思わず激写した1枚の画像を奴に見せつけた。
もちろんボロボロの少年を担ぐ幸村の後ろ姿だ。そう、後ろ姿。
それでは言い逃れされかねないけど、でも真っ赤な時計をつけているのは奴ぐらいだ。
「これ、バラされたくないでしょ?」
「……、」
「今日停学処分を食らった1年生って、昨日のあの子でしょ?アンタ、その件に関わってるんじゃない?」
「……、」
「下手したらアンタも停学じゃない?」
「……、」
「……、」
「…………、」
「……いや、なんか言いなさいよ」
変に自慢げに言った私が滑稽そのものじゃない。
妙な沈黙の重圧に耐えきれず私がそう言うと、幸村は一度背後、つまりは廊下の方を気にかけた。
それから少し考えるように俯いた。
おぉ、おぉ、焦ってる焦ってる。
とか、愉快に思っていた矢先だった。
再び顔を上げた幸村は、先ほどの幸村とはまるで別人で、少し細められたその目は確かに昨日みた目つきだった。
そして。
「別に、構わねェけど」
聞き慣れない口調でそう言うと、私の返事を待たずにそのまま部室を出ていった。
空間に私だけが取り残される。
なにこの虚しさにも似た感じ。なにこのスベったみたいな感じ。
なにこの温度差。
「……バラしてやる!」
先ほどまで奴がいたドアに向かって思わずそう叫ぶと、そのドアが開いた。
がらがらと物静かに開いて、そこに立っていたのは1人の後輩だった。
永町雫。
彼女も真面目な生徒だが、今となってはあの幸村のせいで少し疑わしい。
だが、彼女はあの型にはめたような優等生ではなく、根っからの優等生だと節々に思わせるものがある。
例えば、わざわざ来なくてもいい部室に通い、彼女は掃除をして帰るのだ。
今思えば幸村は頼まれたことは進んでやったがそれ以外はやらなかったような気がする。
「緋咲さん?どうかしましたか?」
「ううん。なんでもないわ。今来たって事は、もしかして幸村とすれ違ったりした?」
「あ、はい。階段でお会いしました」
「なんか様子が変だったりしなかった?」
「……?いえ。いつも通りだったと思います」
「そう」
私は気づかれない程度に肩を落とした。
少しぐらい動じてくれたって良いと思うんだけど。悪態つくとか、少し不機嫌そうな顔をするとか。
「というか、雫。あなたこそ何かあった?浮かない顔に見えるんだけど」
そのまま立ち話になりそうだったので、私は雫に鞄を置くように促した。
ぺこりと頭を下げると、雫は先ほどまで幸村が使っていた机の前の席に鞄を置いた。
「……今日、私のクラスから停学者がでまして」
「あら。同じクラスだったの?」
聞くと、落ち込み気味に頷いた。
「私、クラス委員なのになんか不甲斐なくて……」
「あなたねぇ……いくらなんでもそれはあなたのせいじゃないでしょう?」
「クラスのみんなにもそう言われました」
彼女は一つため息をつくと、ぱんぱんと頬を叩いて掃除道具の前に立った。
そして箒とちりとりを取り出し、部屋の隅から掃き始める。
テキパキと掃除を進める彼女だが、やはりその表情は沈んでいた。
まったく。
こんなにも可愛い後輩を落ち込ませるなんてあの少年は許せない。
そしてその件に関与しているであろうあの男も。
絶対弱みを握ってやる。
いや、弱みを握ってやるというのは少し違う。
目の前に面白そうな話があるから食いついてみようと思うだけだ。あと、なんか騙されてたみたいで癪に障るし。
まぁ、一番許せないのはあのときに「知らねェ」って言われたことだったりするけれど。
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