第25話 彼女はここに埋めました。
僕はさっそく彼女の遺体を処分するため行動に移すことにした。しかしそこで一つの問題点に気がついた。前回は彼女を背負って山道を登っていったわけだが、今回はその時使ったリュックがない。あれがなければ両手が塞がるし、体力的にもかなりキツくなるだろう。何か代用となる手はないだろうか。
「そうだ……」
確か体育倉庫に、荷物を運ぶための一輪車があったはずだ。ネコとかいう名前だったか。あれならタイヤも大きいし。むしろリュックを背負うよりも楽かもしれない。
しかしあれでは階段を上り下りすることは難しそうだ。僕は彼女を背負って一階まで下ることにした。服が血だらけになってしまうが、まぁ仕方がないだろう。
彼女の体はみぞれの時とは違って、まだ暖かく柔らかかった。こけないようにバランスを取りながら階段を下っていく。
一階にたどり着くと、職員室に出向き、緊急用の懐中電灯を手にいれた。次に体育倉庫まで出向き、ネコを。菜園部の倉庫に出向きスコップを手に入れた。
また彼女の元に戻ってきた。彼女を体操座りのような状態でネコの上へと乗せる。全ての準備を終えた僕は再び山の入り口へと向かっていった。
ネコを使った運搬はやはりリュックに乗せたときよりも大分楽だった。一輪なのでバランスをとるのが難しいし、大きな段差がある時は少し苦戦したが。
「ここでいいだろ……」
山に入ってから約一時間半後、僕は以前みぞれを埋めた場所の付近へとたどり着いた。あの時は自分で刑事に教えたためにバレてしまったが、場所としては悪くないはずだ。
そこから二時間ほどで、優奈を埋めるための十分な大きさの穴を掘り終えた。
「そういえば……」
今優奈は携帯を身に付けているのだろうか。だとしたら一緒に埋めてしまうのはマズい。彼女の居場所が警察にバレてしまう。彼女のポケットをまさぐって、中から携帯を取り出した。とりあえず自分のポケットに入れておこう。
僕は彼女を抱えてその穴に入れた。今度は土を被せ埋め戻していく。
優奈とはここでお別れになるのか。彼女を殺すのは二度目なので何だかあまり死んだという実感がわかなかったが僕がこれ以降キャンセルすることがなければ永久に彼女はここで眠り続けるのだろう。
でもそれも仕方ない。彼女と僕は相容れぬ存在だったのだから。お互いの思う人を生かすためにはどちらかが死ぬしかなかったのだ。最初、僕は彼女のことが好きだったはずなのに。付き合うところまでいったはずだったのに。まさかこんな結末を迎えることになるなんて。
三十分ほどで優奈の姿は完全に見えなくなった。
「はは……全部終わったんだ」
これでもうみぞれは死ぬことはない。僕も警察に捕まることはないだろう。きっと全てはうまくいくはずだ。
僕がそんな希望を感じ始めたとき、後方から何か物音が聞こえた。
「……!」
それはよく聞くと足音のようだった。僕はとっさにその場にしゃがみ身を隠した。
まさかこんな夜中に人がやってくるなんて。しかもその音は次第にこちらに近づいてきているように思えた。なぜだ。既にこちらの姿が見られてしまったのか。音を立てるわけにもいかず、僕はその場で息を殺すことしか出来なかった。
駄目だ。相手はこちらの位置を完全に把握している。その人物はすぐ側までやってくると、こちらにライトを向けた。逆光でその姿が分からない。僕は立ち上がり懐中電灯の光をオンにし、その人物へと光を当て返した。
「みぞれ……さん?」
目の前に立っていた人物はまさかの蒼井みぞれだった。
「えっと……あなた確か志都瀬くん……だったわよね」
「……なぜ、こんなところにあなたが」
彼女は僕の全身を一瞥した。
「……あなたが妙なことを言い出すから携帯のアプリで優奈の居場所を調べてみたのよ」
「携帯のアプリで……? な、なんでそんなことを」
「優奈の家族を殺した犯人はいまだに捕まっていないから。何かあったときのためにお互いに居場所が分かるようにしていたの」
そんな。宮野先生はこの世界ではいまだに逃亡中なのか。もしかして優奈がスタンガンを持っていたのもそれが理由か。あれは僕のために用意したわけではなかったのか。
「ねぇ、優奈はどこ……? なぜこんなところに優奈の携帯があるの」
彼女は眉をひそめながら僕の顔を覗き込んできた。
「そ、それは……」
「それ……その服の汚れ……もしかして血……なの?」
そうだ、僕の服には優奈の血が大量に付着しているのだった。
「それにその一輪車とスコップ……あなたは一体ここで何をしていたの……」
これはもう駄目かもしれない。こんなの誤魔化しても絶対にバレてしまうの決まっている。ならどうする。ここまでくれば僕に出来ることはキャンセルくらいだ。なら一体何をキャンセルすればいい?
そうだ、みぞれに倉庫で会ったことをキャンセルしてしまえばいいのではないか。みぞれに会わなければ彼女は優奈を探しにくることもないだろう。今僕はみぞれが生きていること知っているわけだし、別にその事実がなくなってしまっても問題ないはずだ。
「……またあなたとは初対面になってしまいますね」
「え……?」
「……キャンセル」
僕はさっそくみぞれとあの倉庫で会ったことをキャンセルしようと試みた。これによっておそらくみぞれは目の前から消えてしまうだろう。
「……何を言ってるの?」
「……あ、あれ?」
しかし何も変化はないようだった。今も目の前にはみぞれがいる。なぜだ。僕が彼女に会わなければ彼女はここにはやってこないと思うのだが。これはまさかキャンセル自体が出来ていないということなのか?
キャンセルが出来ないと言えば、もうすでにその時間がキャンセルによって書き換わっている時だ。だがなぜだ僕はその時間、キャンセルなんてした覚えはないが。
まさか……。
僕がキャンセルをしていないなら、それは優奈がキャンセルをしたということだ。そういえば僕が優奈を最初に殺したときに彼女は短期的なキャンセルをした。あれは一体いつの出来事をキャンセルしたのだろうか。もしかしたら僕がみぞれと話していた時間より前のことをキャンセルしていたのかもしれない。いや、これはきっとそういうことなのだろう。だから僕には今そのことがキャンセル出来ないのだ。
「一体どういうことなの……」
優奈は死んでしまったというのに。僕は勝ったはずだったのに。最後の最後に彼女の置き土産を食らってしまった。もう駄目だ。僕はもうみぞれの目から逃れられない。
「答えてよ! 優奈はどこにいったの!」
ふと上を見上げると、そこには細い月が木々の隙間から見えていた。風によってその枝がゆっくりと揺らされ、さわさわとした音を奏でた。
僕はゆっくりと一呼吸して間を置くとみぞれに言った。
「……ここですよ」
「え……」
「彼女は……ここに埋めました」
僕は優奈が埋まっている場所に目を向けてそう言った。
「埋めた……って、一体どういうことなの……」
「分からないんですか……殺したんですよ。僕が倉木さんを」
彼女は絶望した顔で僕を見た。
「そ、そんな……」
そして優奈の埋まった場所に四つんばいになって手で穴を掘り始めた。
「嘘……嘘よ……!」
僕はそんな彼女の様子を黙って見下ろしていた。
「優奈が死ぬなんて……」
しばらく掘ると、偶然にも彼女は優奈の頭部を掘り当てたようだった。
「優奈……なの?」
当然のように優奈は返事などしない。土まみれになった顔で虚ろな目をしている。
「優奈……優奈ぁ……うわあああああん!」
彼女は大声を上げて泣き出した。あのみぞれがここまで取り乱すなんて。
「なぜよ! なぜ殺したの!」
彼女は顔をしかめ、涙を浮かべながら僕を睨みつけてきた。
「僕は……倉木さんからあなたを守ろうとしたんです」
「守ろうとした……!? ワケが分からないわ! 彼女は私のお友達なのよ!? それにあなたは赤の他人じゃない!」
赤の他人。僕はここまでみぞれのために死力を尽くして頑張ったのに、向けられる言葉がそれなのか。
またみぞれは優奈に顔を向けて嗚咽をあげ始めた。
「……何で、こんなことに……」
僕は後退し、踵を返し、その場からふらふらと歩き始めた。
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