第18話 おにいちゃん

 僕はその日、家に帰ってベッドの上に寝転ぶと一人考えた。


 みぞれが消えてしまった。優奈の話によると彼女は二年も前に殺されてしまったらしい。これでいいとは思えない。でも、優奈の言う通り当時みぞれと全然関わりのなかった僕が彼女を復活させることは難しそうだ。


 それに仮に彼女を復活させることが出来るとして、安易にそんなことをしてしまっていいのだろうか。優奈の兄はみぞれを助けるために死んでしまったのだと言っていた。僕のキャンセルによってみぞれを復活させることが出来た場合、それは再び優奈の兄が死んでしまうということになってしまう可能性がある。


 僕は優奈が以前から好きだった。そしてその優奈も今僕を好きでいてくれている。もし仮に僕のキャンセルによって彼女の兄が消えてしまった場合、優奈の心は僕から離れてしまう気がする。彼女からは兄に対する深い愛情が感じられたからだ。


 優奈はきっと優奈なりに考えて今回のキャンセルをしたのだろう。自分の肉親が復活できてしまうなら、それをやってしまうのはある意味当然だといえる。だとしたら今の僕にできることは優奈を責めることではないのかもしれない。


 そうだ、彼女の言う通り、彼女と幸せになるのだ。そうしないとみぞれが消えてしまった意味すらなくなってしまう。どうせ僕にはみぞれを復活させることなんて出来ない。ここで優奈を責めれば僕はみぞれも優奈もどちらも失ってしまうことになってしまうのではないか。


「……彼女を……許すしかないのか」


 優奈はみぞれを消してしまった。おそらくそうなるであろうことを分かっていながら。だから僕に何の相談もせずキャンセルをしたのだ。そんな優奈のことを心では受け止めきれない部分はある。でも結局そうするのが最善なのかもしれない。


 でも、なんだろう。やっぱり今まで通りには彼女のことをもう見れないような気がした。どうしようもない溝が彼女との間に開いてしまった気がした。


「いや……」


 僕はベッドから起き上がり、自分の頬を両手で叩いた。


 はじめからそう決め付けるのはよくないことだ。彼女とはもっと話し合って、長い時間を共に過ごせばその溝も塞がっていくのかもしれない。


 だとしたらその努力してみよう。彼女だってきっとみぞれを消したくて消したわけではないのだから。ただ彼女にとって兄が大きな存在だった。それだけなのだ。


 僕は机に座り、携帯を片手にノートを拡げた。彼女と仲直りするプランを考えるために。




 次の日の朝、バスから降りると、前方に優奈の姿を見かけた。


「優奈さーん」


「あ、志堵瀬君」


 僕は優奈に追いつき隣に並んで歩き始めた。


「あ。えっとさ、昨日気付いたんだけど」


「ん? どうかしたの」


「携帯に倉木さんの連絡先が入ってないんだ」


「あー、そっか。この世界では蒼井さんがいなかったから、私と志堵瀬君が関わることもなかったってことだね」


「そう。だからまた教えてくれないかな」


「うん、いいよ」


 僕は彼女と再び連絡先を交換した。それにしても彼女はこのことに気付いていなかったのか。僕は昨日優奈にデートの相談をしようと思って気付いたのだが。


 まぁそれはいい。さっそく彼女とこれからのことを話し合わなければ。と思ったのだが、


「ねぇねぇ聞いて」


「ん……?」


 しかし、話を切り出す前に彼女の方が先に口を開いた。


「私のお兄ちゃんね、二年前よりも一五cmも身長伸びててびっくりしちゃった」


「へぇ……? すごいね」


「しかもバスケット部のキャプテンやってたみたいでね、すごく体つきがおっきくなってるの! やっぱり二年間って大きいよね」


「確かにそうだね」


「二年間の間に家族旅行とかも色々行っててね、一人で写ったはずの写真の中にお兄ちゃんが隣に写ってたりするんだよ。その間の記憶がないなんてなんだかもったいないなぁ」


「そうなんだ……」


「だからね、お兄ちゃんとの話が少し今かみ合わなかったりするんだけど、それ以前の記憶はあるんだし、まぁたぶん問題はないかなぁって」


 優奈はよっぽど兄が復活したことが嬉しいのだろう。僕がどんな会話を振っても結局兄の話にたどり着いてしまう。どうしよう、このままでは教室にたどり着いてしまいそうだ。


 僕は彼女の話が少し落ち着いたのを見計らって、やっと彼女に話を切り出してみた。


「あ、あのさ、明後日の木曜休日じゃん? 良かったら一緒に遊びに行かないかな」


 数時間悩んだ渾身のデートプラン。きっと彼女も気に入ってくれるに違いない。


「明後日……? あ、ごめーん、その日お兄ちゃんと遊びに行く用事が入ってて」


「へ、へぇ? そっか。……っていうか兄妹二人で遊びに行くんだ?」


「うん、そうだよ。何か変かな?」


「い、いや……そんなことないと思うけど」


 とは言いつつもやっぱり少し違和感を覚える。


「じゃあ土曜はどうだろう」


「あ、土曜は土曜で友達と遊びに行く予定があるんだよねー」


「そ、そう……」


「日曜日はまだちょっと分からないかなぁ。本当にごめんね」


「あぁ、いや! 別に全然いいんだよ!」


 教室へと辿りつくと僕達はそれぞれの席へと向かった。


 僕には兄妹がいないのでよく分からないが、兄妹で遊びにいくなんてことはよくあることなのだろうか。周りのみんなはそんなことしていないように思える。でもやはり復活して間もないことだし、仕方が無いことなのかもしれない。




 そして本当ならデートをする予定だった木曜日になった。


 僕は朝起きてから、これと言って何もすることなく、テキトーに携帯でゲームをしていた。


「暇だな……」


 こんなの実質何もしてないのと同じだ。


 そういえば暇だなんて感じることは久しぶりな気がした。それはもちろんこれまではみぞれがいたからだろう。僕はあの競艇で儲けていたことがバレてしまった日からずっと彼女に振り回されていたのだった。しかし、そんな彼女はもういない。たとえ宇宙の果てまで探しに行ったとしても、みぞれはどこにも存在しないのだ。


「……また映画にでも行こうかな」


 映画なら無料で見放題だ。気軽だし暇つぶしにはちょうどいい。


 ということで僕はネットで時間を確認するとすぐに街へと繰り出した。以前と同じショッピングモールにたどり着き最上階にある映画館でチケットを購入する。しかしまだ時間はそれなりにある。僕は暇なのでテキトーにショッピングモール内を散策してみることにしてみた。


 そして数十分後、メンズの服が売っているフロアを見て回っているときだった。


「あ……」


 偶然にも前方に優奈の姿を発見してしまった。男と二人で歩いている。狭い街だ。出歩くだけで誰か知合いに出くわしてしまうことは多いが、その相手がまさか彼女だとは。


「あ……」


 優奈も僕の存在に気づいたようでこちらに目を向けた。彼女はその男の腕に自らの腕を絡ませていた。


「……志堵瀬君、偶然だね」


 彼女はその腕を解いて僕に声を掛けてきた。


「う、うん」


「あ、こっちは私のお兄ちゃんだよ」


「あ、そうなんだ。始めまして」


 彼女の兄を始めてみた。とは言っても彼女の部屋にあった写真では見たことがあったが。あれは二年以上前の写真だったのだろう、それに比べ結構雰囲気が変わっている。背が高く、サラサラの髪をしていて、なんだか知的な雰囲気を感じさせる。顔はそこまで似てはいなかったが兄妹そろって美形なことには違いない。


「始めまして」


 彼は爽やかな笑顔を僕に向けてきた。


「こちらはクラスメイトの志堵瀬君だよ」


 クラスメイトか。どうやら僕が彼氏だということは兄には伝えていないらしい。


「そうなんだ、いつも優奈がお世話になっているみたいで」


「い、いえ。こちらこそ倉木さんにはいつもお世話になっています」


 何だかそれ以上何を喋っていいのか分からなかった。微妙な間が僕らの間に生まれる。


「あ、あはは、じゃあ僕はこの辺で」


「あ、うん……」


 僕はそのまま直進して、二人の横を通り過ぎていった。


 ちらりと後を振り向くと、彼女はまた兄の腕に自身の腕を絡ませて歩いていった。


 なんだろう、このもやもやする感じは。


 僕はすぐ傍にあった店に入り帽子を手に取りレジへと向かった。五000円もしたがまぁいい。購入した帽子を深々とかぶる。まだ二人はその辺りにいるはずだ。


「くそ……なんで僕はこんなことを」


 二人の姿を発見した。エスカレーターで上階へと向かっていく。その姿を追うと二人はフードコートに向かったようだ。ハンバーガーショップで注文を始める。


 二人が席についたことを確認すると僕はその後ろの席へと座った。背もたれ越しに二人の会話が聞こえてくる。


「あれ本当にただのクラスメイト?」


「本当! 本当! 全然何でもないんだってば!」


「なんでそんな焦ってるんだぁ?」


「もうからかわないでよー。私が誰かと付き合うはずないでしょー」


「ふーん、何で付き合わないの? お前って顔はいいんだし結構モテそうじゃん」


「な、なんでって……そんなの分かんないかなぁ」


 その会話を聞いた僕は席を立ちその場から歩き出した。次第に足取りが速くなる。気づけば僕は全力で逃げるように走っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 建物の端にある休憩所のような場所で僕は足を止めた。


『こちらはクラスメイトの志堵瀬君だよ』


『もうからかわないでよー。私が誰かと付き合うはずないでしょー』


 彼女の言葉が反芻する。彼女は自分に彼氏がいるということを兄に知られるのが恥ずかしかったのだろうか? いや、そんな風には見えなかった。兄の方はどう思っているのか知らないが、彼女のあの態度、完全に恋愛対象に向けての態度だった。




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