第13話 レクチャー
「え……」
「その能力、何だかとっても便利そうなんだもん。使っている人がいれば私も使いたくなるのが普通でしょ?」
まぁ確かに、この能力に僕は救われたしお金だって儲け放題。色々と活用のしがいのある力だ。彼女だって無欲ではないのだ。知ってしまったからには使いたくなるのは当然の話だろう。
「お願い、駄目かな?」
「う……」
彼女のウルウルした目が間近に迫っていた。そんな目を向けられれば断ることなんて無理だ。
「そ、それは別にいいけど……でも、僕以外の人間にこんなこと、できるのかな」
「うん、それは出来るかもしれない」
彼女は考える間もなく即答してきた。
「え……なんで」
「私、きっとその才能があると思うの。だって私にはキャンセルする前の記憶があるんだよ」
「あ……」
言われてみればその通りだ。他の人間には認識すら出来ていないのに僕と彼女だけはその記憶を引き継げている。その時点で彼女にはその才能があるのかもしれない。
「そうだね。分かった。出来るかはわからないけど、教えてみるよ」
「本当!? ありがとう」
彼女はまるで天使のような微笑を僕に向けてくれた。僕は自分がこの力を手に入れてしまったことに感謝した。
「念じるだけ?」
とは言っても、僕に教えられることは本当にそれだけだった。
「うん。この能力は過去を変えれるっていうか、自分のした行動をキャンセルすることが出来る能力なんだ。僕がやってるのは、ただ過去の行いをなかったことにしたいって念じてるだけだよ」
「過去を変えたいって……そんなこと何度も念じたことはあるけど……」
「そうなんだ……」
完璧に見える彼女にもそんなことがあるものなのか。
「でもまぁいっか。じゃあ志堵瀬君、ちょっとお手本見せてみてよ」
彼女は地面にあった落ち葉を一枚拾上げるとそれを破ってみせた。
「この葉っぱ、戻せる?」
「え? それはどうだろ……」
僕は念じてみたが、やはりその葉を元に戻すことは出来なかった。
「うーん……」
「あれ……? 出来ないの?」
「うん、たぶんだけど……」
僕は自身の足元にあった別の葉を一枚拾上げて、今度は自分で破ってみた。
「いくよ……」
そしてもう一度念じてみる。すると、葉っぱは一瞬で破けていない元の状態に戻った。思ったとおりだ。
「すごいすごい! 本当に戻った!」
やはり彼女は記憶を引き継いでいるようだった。これが他の人間だったらきっとただ僕が葉っぱを拾い上げて立っていたという風にしか見えないだろう。
「でもさっきと一体何が違うの?」
「たぶん自分のやった行動しかキャンセルできないんだと思う。他の人がやったことには干渉出来ないみたいだね」
「なるほど……じゃあ私がキャンセルしたいことは私自身がその能力を身につけるしかないってことかぁ」
「あぁ、そうなるね。僕が倉木さんの行動に関わっていればキャンセル出来ることもあるかもしれないけど」
「そっか……じゃあ、今度は私がやってみるね」
彼女はまた葉っぱを一枚拾上げると半分に破りうんうんと念じ始めた。しかし葉っぱは元に戻る様子はない。
「駄目だぁ!」
一分ほど念じるとそこで彼女は念じることを止めてしまったようだった。
「なんだろ、私才能ないのかなぁ。本当に念じてるだけなの? もしかして他にも何か条件とかあるんじゃ……」
「うーん……どうかな」
まぁ確かにその可能性はある。自分では気付いていないだけで僕は何かキャンセルの発動条件をクリアしてしまっているのかもしれない。
「あ、そういえば最初に出来たときは頭を壁にガンガンぶつけてたな」
「え……」
すると彼女はふとすぐ側にあるコンクリートで出来た塀に目を向けた。まさかやるつもりか。
「ちょ、ちょっと待って! きっとそんなことしなくてもなんとかなるって!」
確信など何もないのに彼女の綺麗な顔を傷付けさせるワケにはいかない。
「そ、そうだね」
そこからも彼女は別の葉っぱに変えてみたり、頭を自分の拳でコンコン叩きながらキャンセルに挑戦していたが、結局何度繰り返しても成功することはなかった。
「……今日はもうやめにしよっかな。何だか疲れちゃった」
「……そうだね」
僕たちはそのまま二人で学校を出て、バス停までたどり着いた。ここで彼女とはお別れだ。
「じゃあ今日はありがとう」
「うん」
「また教えてくれると嬉しいな」
「もちろんそんなのお安い御用だよ」
「あ、そうだ。志堵瀬君、連絡先教えてよ」
「あ、あぁ」
まさかの彼女の連絡先をゲットしてしまうとは。
「それじゃあね」
彼女は僕と連絡先を交換し終わると笑顔を残して帰っていった。
それにしても、彼女には殺人や盗撮など全てがバレてしまっているわけだが、まさかここまで和やかな関係でいられるとは思わなかった。
その日、僕は夢を見た。
周りの建物が何だか大きく感じられる。道路が広く感じられる。いや、どうやら周りが大きくなったのではなく、自分が小さくなっているようだった。
少し歩くと僕は道路に誰かが倒れているのを発見した。彼は血だらけだった。おそらく車に轢かれたまま放置されてしまったのだろう。
「そ、そこの君……た、助けてくれ……」
彼にはまだ意識があったようだった。消え入りそうな声で僕に呼びかけてきた。しかし彼は全身傷だらけで、腕からは骨が突き出し、口からは血を吐き出していた。
「ひッ……!?」
僕はそのグロテスクな姿に戦慄した。それが自分と同じ人間だとは思えなかった。気付いた時には踵を返して逃げ出していた。そしてそのままただただ走り続けた。事故現場周辺には僕以外の人の姿はなかった。おそらく彼を放置すれば彼はそのまま死んでしまうというのに。
「ハッ……!」
気がつくと僕は自分の部屋の中にいた。辺りは暗く、寝入ってからあまり時間は経っていないように思えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
またこの夢か。それは僕が小学二年生の時の実体験だった。きっとこれはトラウマというやつなのだろう。こんなに時間が経つというのに今だに夢に出てくるなんて。
実はこの話には続きがある。この見殺しにしたと思っていた男は実は生きていたのだ。そして、ものすごい偶然にも中学の時に僕は彼と意外な形で再会することになった。彼は僕の中学の時の教師だったのだ。
彼を見捨てた僕は彼にどんな目で見られるのかと思った。しかし意外にもなぜか僕は彼に感謝されてしまった。自分を救ってくれた命の恩人だと言ってそのあとも友好的な態度をとられていた。ずっと不思議だったが、未だにその理由はよく分からない。僕は彼を確かに見捨ててしまったはずなのだが。
そして更に衝撃的なことに彼はその後とある事件を引き起こし現在刑務所の中にいる。あんなに人が良さそうだったのに。それも含めて彼という存在は僕のトラウマだ。
まぁ、昔のことはどうでもいい。はやく忘れてしまうべきだ。そんなことより重要なことがある。衝撃的な夢を見てしまったせいかどうなのかはよく分からないが、今僕の頭の中にはある一つのアイデアが浮かんでいた。これは明日優奈に話してみるべきかもしれない。
そして次の日の放課後、僕は倉木優奈を携帯で再び体育館裏に呼び出した。
「今日はどうしたの志堵瀬君」
「あぁ、キャンセルの能力、一体どうなったかなって思ってさ」
「あぁ、それね。ずっと昨日家に帰ってからも試してたんだけど全然駄目だったよ。もうなんか知恵熱みたいなのが出てきそう。私、やっぱり諦めたほうがいいのかなぁ」
彼女は分かりやすく頭を伏せて落胆しているようだった。
「実はそれがね。もしかしたら分かったかもしれないんだ」
「分かったって何が?」
「倉木さんにキャンセルの能力が渡せるかもしれない方法」
「え……本当に?」
優奈はさっきまでの落胆が嘘のように目を輝かせた。
「でも最初に言っておくけど、あんまり期待はしないでくれ。というか、たぶん無理だって思っててくれ。なんたって寝てる間に思いついた方法だから」
「寝てる間に……?」
「うん、思いついちゃったから一応試してみようかなってだけだよ」
ハードルは出来るだけ下げておいた方がいいだろう。
「そっか、じゃあやるだけやってみようよ。一体どうやるの?」
彼女はやる気満々のようだった。
「それは……お互いにでこを当てるんだ。その状態で倉木さんはキャンセルしたいことを念じる。僕は倉木さんにキャンセルの能力を使えるように念じればいい」
「へぇ……まぁ、それっぽいと言えばそれっぽい感じだね」
彼女はまた葉っぱを一枚拾上げてそれを破ってみせた。
「じゃあ来て志堵瀬君。さっそくやってみようよ」
彼女は片手で前髪を上げてこちらに近づいてきた。
「う、うん……」
彼女の顔が目の前に来る。いいのだろうかこんなことをしてしまって。まさか憧れだった優奈とここまで接近できる機会がやってくるなんて夢にも思わなかった。距離が近づくにつれ鼓動が高まってゆく。これ、僕はちゃんと彼女に能力が渡せるように集中なんて出来るだろうか。もしかして、これがやりたいだけとか思われないだろうか。
そんなことを考えながらもついに僕は彼女のでこに自身の額をくっつけた。
「じゃあ……いくよ」
「あぁ」
僕は目を閉じキャンセルの能力を彼女が使えるように念じた。しばらく念じていると、
「やったよ志堵瀬君!」
彼女がそんな声を上げた。
離れる彼女の額。目を開けると優奈がちぎった葉っぱが見事に元に戻っていた。
「ほ、本当だ」
この葉っぱは僕が破ったわけではない。つまりこれは彼女がキャンセルに成功したのだ。
「やったやった!」
彼女は僕の手を掴んでピョンピョンその場で跳んだ。
「あ……ごめん。はしゃいじゃって」
「い、いや」
「……ねぇ、もう一回やってみようよ」
「あ、あぁ。うん」
彼女はまた一枚葉っぱを破り僕達は再び額を合わせた。やはりここまで近づくと緊張してしまう。あと少しで唇と唇がくっついてしまいそうじゃないか。
「やった! また戻った」
そんな僕の煩悩だらけの思念に関わらず、無事彼女のキャンセルは成功したようだった。
「あのさ、次はもう僕なしでいけるんじゃないかな」
先ほどはほとんどキャンセルのことなんて考えてなかったような気がする。最初がうまくいけばもう僕がいるいないは関係ないのではないか。
「え……? そうかな。じゃあやってみよっと」
彼女は再び腰を下ろして葉っぱを拾上げた。
「あ……」
「どうかした?」
「い、いや、なんでも……」
僕はその時少し後悔していた。僕なしで出来るようになってしまったら、もう彼女と額を合わせる機会がなくなってしまうではないか。
「あ……出来た」
僕の予想通り、彼女は一人で成功してしまったらしい。これでもう彼女は僕のレクチャーから卒業か。
「やった! これで私志堵瀬君と同じ、超能力者だね」
「あぁ、うん。そうだね」
超能力者か。あまりそういう風に考えたことはなかったが、そう言われてみるとその通りだ。
「でもまぁ、能力は受け取ったけど、このことに関して相談できる相手なんて志堵瀬君しかいないわけだし、これからも助け合っていこうね」
「あ、あぁ」
彼女から差し出された手を掴むと彼女は力強く握ってきた。
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