第11話 悪くない関係
そしてそんな日々が続いた金曜日の朝、
「おはよう、志堵瀬君」
「あ、倉木さん、おはよう」
僕はまた学校までの道のりを倉木優奈と共にすることになった。
ここ最近、何だか朝よく彼女と遭遇する気がする。
「ねぇ、ちょっと気になってる事があるんだけど」
「ん……?」
「もしかして志都瀬君って蒼井さんと付き合ってたりするの?」
「え……? いや……別にそんなんじゃないよ」
「ふーん……?」
彼女は僕の顔を横から覗き込んできた。
「でも最近よく一緒に帰ってるみたいだけど?」
今週僕とみぞれが共に帰った回数は三回だったか。そう思われても仕方がないかもしれない。
「そ、それはまぁちょっと断れない用事があってね」
「……そっか。でも蒼井さん志都瀬君といるときだけなんだか生き生きしてるみたい。普段全然人と喋らないクールキャラだと思ってたのに」
「そうかな」
それは確かにそうかもしれない。でもたぶん彼女は人に命令することが好きなだけなのだ。別に相手が僕である必要はないと思う。
優奈はそれからも僕とみぞれの関係に色々と質問してきた。なんだろう。そんなに気になるのだろうか。まぁ、別に他に喋る話題がないだけかもしれないが。
そしてその日も放課後になると当然のように僕の席の前にみぞれはやってきた。
「さぁ行きましょうハジメ君」
「は、はい」
席を立った瞬間、後方に倉木優奈の姿が目に入った。彼女も僕を見ていたようで目が一瞬合ってしまった。
「はぁ……」
みぞれとの帰り道、僕はついため息をこぼしてしまった。一応否定はしておいたが、確実に優奈は僕達の関係を勘違いしていることだろう。まぁだから何だという話かもしれないが。
「何してるのハジメ君。もう少しちゃっきり歩きなさいよ」
先を歩くみぞれがこちらを振り向いて、僕を催促した。
「はい……」
僕は足を早めて彼女の横につくと彼女に尋ねた。
「ところで今日は何をするんですか?」
もはや当たり前のように二人で帰宅していたが、肝心の目的を聞いていなかった。
「今日はゲームセンターに行くわよ」
「ゲームセンター……?」
「私、一度コインゲームでお金を惜しまず遊んでみたかったのよ。ハジメ君、あなたもギャンブル好きなら気持ちは分かるでしょう?」
「はぁ」
別にギャンブル好きというわけではないのだが。僕はあやふやに返事をしておいた。
バスに乗り、街に繰り出すと僕達は一番大きなゲームセンターへと立ち入った。
「じゃあ財布を貸してくれる? ハジメ君」
「はい」
僕は財布をバッグから取り出し彼女に手渡した。彼女はそこから千円札を引き抜きコインを二00枚購入したようだった。ジャラジャラとカップにコインが投入されていく。
「千円分でいいんですか?」
「えぇ、最初から沢山あってもつまらないじゃない。ここから増やしていくから楽しいのよ」
なるほど。まぁ確かにそうかもしれない。とは言ってもそんな簡単には増やせないと思うが。
「さて何をやろうかしら」
彼女はゲームセンター内を練り歩き、台がスライドしてコインを物理的に落とすタイプのゲームの前に座った。
「こっちに来て手伝いなさいハジメ君」
「はい」
二人掛けの椅子に僕達は座り、一緒にコインを投入し始めた。しかし彼女はコインを増やすとか言っていたが、どんどんコインが減っていくばかりでなかなか手前までコインが落ちない。
数分やっていると、彼女が投入したコインによってコインが固まっていた部分が台の横へとジャラジャラと落ちていった。
「やったわ!」
しかし、手前の部分には一枚も落ちてこない。
「あぁ……! 何よコレ。今コイン落ちたわよね?」
「こういうのは横に落ちても駄目なんですよ。手前に落ちた時だけ手に入るんです」
「そうなの……? なかなかケチなのね」
コインゲームをやりたいとか言っていた割にはあまりやったことはないのだろうか。
どんどんカップの中からなくなっていくコインを見て僕は思った。そうだギャンブルは僕の得意分野だ。キャンセルの能力を使えばこんなコインゲームなど無双出来てしまうのではないか。しかし何だかこのコイン落としゲームではキャンセルの能力をあまり有効活用出来ないような気がした。
「ちょっと僕、あっちで他のゲームやってきますね」
僕はカップからコインを一掴みすると、席を立った。
「え、ちょっとハジメ君、今やめたら負けを取り戻せないわよ!」
なんだかその発言は泥沼フラグではないのか。
フロア内を見て回り僕はとあるスロットマシンの前に座った。とりあえずコインを投入し数回回してみる。五回回して一度当り、その時掛けた一枚が三枚になった。そして一枚でも勝つとダブルアップというものに挑戦出来るようだ。これはその時勝ち取った枚数を約二分の一の確率で二倍に出来るというミニゲームだ。それに勝利すればさらにその二倍になった枚数を賭けて再びダブルアップに挑戦出来る。負ければ当ったコインは0枚になってしまう。降りどころの判断が難しいゲームだ。
僕はそこで考えた。どうやればこのスロットマシン、キャンセルの能力を使ってコインを増やしていけるだろう。
まぁ競艇の時と方法は変わらないか。当ればそのまま、外れればスロットを回したことをキャンセルすればいい。端からみると数分に一度しかスロットを回さず、回した時は確実に当るという異常な光景に見えるだろうが。
そしてダブルアップに関しても外れればダブルアップに挑戦したことをキャンセルするという感じでやればいいだろう。
「ハジメくーん、全部コインなくなっちゃったわ。お金ちょーだーい」
二十分ほど経つとみぞれが僕の元へとやってきた。どうやら負けは取り戻せなかったらしい。
「って何それ、すごいじゃない」
「ふ、ふふふ……そうですね」
少しやりすぎてしまっただろうか。さっきコインを一度払い戻してしまったのだが、カップが四つも満タンになってしまった。今マシンの中にあるクレジットを合わせると枚数は四000枚を越えているはずだ。
まぁ、しかしこの辺までにしておいた方がよさそうだ。僕はさっきから当りしか引いていないし、ダブルアップも一度も外していない。ゲームセンターとはいえこれ以上目立たないほうがいいだろう。
僕はそれからはキャンセルなど使わずガチでゲームにトライした。だが、意外にもなかなか減らない。むしろ一気にコインを減らそうとして全力で賭けると大勝してしまった。僕はそれ以上減らすことを諦め、余ったコインは店に預けることにした。
「これでまたいつでも遊べるわね」
「……そうですね」
今日は二時間二人で遊んで一000円しか使わなかった。これは果たしてパーッと使っていると言えるのだろうか。
それにコインは二百枚から六二00枚まで増えてしまったのだ。これから先コインゲームをして遊ぶならしばらくお金はほとんど使わないということになってしまうのではないだろうか。
僕は果たしていつまで彼女と共に過ごすことになるのだろう。
次の週の火曜日、僕が田中と廊下を歩いているとその先に倉木優奈を含めた女子三人組の姿があった。こちらに向かって歩いてきている。
「あ、志堵瀬くん」
僕の姿に気付いた彼女は笑顔で手を振ってきた。
「え……」
僕は一瞬戸惑ったが同じように手を振って笑顔を返しておいた。すれ違う瞬間にまた笑顔を向けられる。
「な、なんでお前だけ……?」
彼女達が完全に通り過ぎてしまったあと、田中がどこか不満そうな顔を僕へと向けた。そういえば彼女は僕の名前を呼び、僕のことだけを見ていた。隣には同じクラスメイトの田中がいるというのに。
それからというもの、
「志堵瀬君」
「志堵瀬君」
朝学校に行くとき、廊下ですれ違う時、体育の授業でふと近くに来た時……
何だろう。僕はことあるごとに優奈に話しかけられるようになった。別に用事があるわけではなさそうなのに。
そしてそれは僕に対してだけのようだった。他の男と彼女が話しているところはあまり見かけない。これは一体どういう風の吹き回しだろうか。
木曜の放課後、僕はみぞれに連れられてまたフェミレスへとやって来ていた。
「ハジメ君、土曜日は遊園地に行きましょう」
彼女はロールケーキを食べながらそんな事を言い出した。
「わかりました」
僕は何の抵抗もなく即答した。いつの間にか完全に彼女のイエスマンになっている。
そして土曜日、みぞれと遊園地にやって来た。チケット代は二人で七二00円。食事代なども合わせるとおそらく一万円程度の消費か。ひさしぶりにそれなりの金額の消費だ。とは言っても大金と呼べるほどではないが。
「ハジメ君。あなた、あぁいうのは得意かしら」
遊園地のゲートをくぐって最初にみぞれが口にしたのはその言葉だった。彼女は正面見えるジェットコースターを指差している。
正直、苦手だ。というかほとんど乗ったことすらない。僕はこれまでの人生で絶叫系のアトラクションは出来うる限り避けてきた。
「えっと……ちょっと、僕はそういうのは厳しいというか……」
「そう、それは素晴らしいわね」
僕の言葉に彼女は目をらんらんと輝かせた。
「え……」
「行きましょうハジメ君。私はあなたのリアクションが見たいの」
彼女はいきなり僕の手を掴んで歩き出した。
「ちょ、ちょっと……」
やはり彼女はドSのようだった。おそらく彼女の本質はこの世界がいくら変わったところで変わりはしないのだろう。
そして僕は手を掴まれたまま移動し否応なしにジェットコースターへと乗せられた。ゆっくりと機体が急勾配のレールを上ってゆく。僕はもっと和やかな一日を想像していたのに、最初に乗るのがこれだなんて。
「た、高い……!」
僕は想像以上の高さに恐怖した。何かにすがりたい気持ちで隣を見ると彼女はジロジロと僕の顔を覗き込んでいた。
「って何見てるんですか!」
「言ったでしょ。私はあなたの反応が見たいのよ」
彼女は全然恐怖を感じていないのか。随分と余裕そうである。
ついに頂上へと到達し、コースターは下り始めた。重力のままに一気に加速していく。
「ひ、ひえ?!」
「ぷははははは!」
叫ぶ僕とは対照的に彼女は爆笑し始めた。視界がわけが分からないほどのスピードでめまぐるしく移り変わっていく。遠心力で首が変な方向に曲がりそうになる。
ジェットコースターを乗り終えた僕は放心状態でその場に突っ立っていた。そんな僕を見かねたのか彼女はまた僕の手を掴んで移動を始めた。
「見てハジメ君、落ちる瞬間の写真が撮られていたみたいよ。これ、買いましょう」
見ると天井に釣り下がった液晶画面に写真が映し出されていた。僕は、バーを力強く握り締めて眉をひそめ目を瞑ってしまっていた。隣のみぞれを見ると満面の笑みで両手を上げている。どうやったらあんなもの楽しめるのだろう。ちょっと理解出来ない。
そのあとも僕は数々の絶叫マシンに乗せられて、そのあとはお化け屋敷に連れ込まれて絶叫に続く絶叫の一日を送った。
夕方なり大方のアトラクションを体験し終えた僕達は帰路につくことにした。太陽で遊園地が赤く染まる中、多くの来園者が出入口に向けて歩いていく。
「今日は楽しかったわ。ハジメ君はどうだったかしら?」
「え、えぇ……僕も楽しかったです」
正直ヘトヘトだったが、まぁ振り返ってみれば楽しかったと言えないこともなかったのではないだろうか。
「そう、それはよかったわ。パーッとお金を使うなら、一緒にいる相手が楽しくないと意味なんてないものね」
「そうですね」
ふと隣を歩く彼女に目を向けると彼女も僕を見ていた。なんだかその表情はいつものギラギラとした笑顔でもなく、学校で見せるつまらなさそうな顔でもなく、ごく自然な微笑みだった。
あれ……?
僕はその顔を見た瞬間、何か大きな変化を感じた。彼女はいつの間にこんな柔らかな表情をするようにになってしまったのだろう。いや、もしかして変化してしまったのは彼女ではなく、彼女を見る僕の目の方なのだろうか?
「さっきからチラチラと見てきて、どうかしたのかしら?」
「え? い、いや別になんでもないです……」
僕は慌てて視線を前へと向けた。そんなに彼女のこと見ていただろうか。
帰りのバスで彼女は僕にいきなり寄りかかってきた。頭をこつんと僕の頭へとぶつけてきたのである。
「え……」
見ると彼女も案外疲れていたのか、どうやら眠ってしまっているようだった。口を少し開き安心しきった顔で僕に体を預けている。
そんな眠ってしまった彼女を見て僕はとある記憶が呼び戻った。
そうだ、僕は以前彼女を殺してしまったのだった。そんな事実は消えてしまったとはいえ頭の中にはくっきりと残っている。彼女の首に自身の指が食い込んでいく感覚。固くひんやりと冷たくなってしまった彼女の体……。
それに比べて今の彼女は柔らかく、そして暖かい。そのことに強く安心感を覚える。
今考えればなぜ僕は彼女を殺してしまったのだろう。現在も彼女の言いなりになっていることには違いないが、殺意なんて別に湧いてこない。正直に言ってしまうなら、この状況、僕はそんなに嫌じゃないかもしれない。
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