第6話 事件の結末

 午後七時、母さんが仕事に出かけた。これで僕は自由に動き回ることが出来る。


 それから二時間後、僕は彼女を埋める計画を実行に移すことにした。家から持っていくものはリュックサックにまとめてある。中に入っているのは懐中電灯と、荷造り用のビニールヒモだ。そしてこのリュックサック自体も重要な役割を担うことになる。これ以外にも色々と必要ではあるが、あとのものは現地で調達することになる。


 バスを使い倉庫までやってくると昨日の状態のままに彼女が倒れていた。僕はその前まで歩みよってみた。


「みぞれさん……」


 彼女は当然のことながら返事をすることはなかった。動かない彼女を見ると何だか不思議な気持ちになる。これが僕によってもたらされた結果なのか。


「とりあえず携帯……」


 僕は床の上に落ちていた彼女の携帯を拾上げた。ここで壊すのはマズいか。とりあえずポケットに入れておこう。


 さて、これから彼女を埋めるため、とりあえず彼女を山まで運ばなければならないのだが、それだけでも問題がある。山の入り口までここから歩いて二十分程度は掛かるのだ。そんな道のりを彼女の死体を晒した状態で住宅街を移動出来るわけがない。布団か何かで包んで担ぐという方法も考えたが、やはりそれでも人目についてしまうだろう。


 僕は一度彼女の元を離れてテーブルの横に置かれたスーツケースの元へと向かった。彼女が色んなものをここに持ち運ぶために使っていたものだ。


「よし……」


 やはりこのスーツケースは大きい。この大きさなら人一人くらいなら収納することが出来てしまいそうだ。僕は中に入っているよく分からないグッズを全部外に出してふたを閉じ彼女の側へとスーツケースを運んだ。


 スーツケースを倒して再び開く。そして彼女を持ち上げようとその体に触れてみた。


「冷たい……」


 夏とは思えないほどに彼女の遺体は冷え切っていた。やはり彼女は死んでしまっているのだと改めて実感した。


 そしてスーツケースの上に乗せようと彼女の脇の下に腕を通した時に気付いた。


「な、なんだ……体が固まってる……?」


 関節が倒れたそのままの状態から曲がらない。聞いたことがある。これは死後硬直というやつか。ここから彼女を小さく折り曲げてスーツケースの中に収納しなければならないのだが。


 とりあえずそのまま引きずるようにして彼女を開かれたスーツケースの上に乗せてみた。スーツケースの片側に尻から肩までが納まった。これ本当に全身が入ってくれるのだろうか。なんだか不安になってくる。


 体を横に倒し首から上を押し付けると何とか頭まで収納できた。


「この調子だ……」


 彼女は今かなり猫背の状態ある。硬くなってしまった体を曲げるのはかなり痛々しい感じがした。しかし彼女はもう死んでいるのだ。痛みなんて感じないはず。足や腕を無理やり曲げてなんとか体をスーツケースの中に収めた。ふたを閉じ僕はスーツケースをその場に立ててみた。


「よし……」


 見た目は普通だ。この中に人が一人入ってるとはまさか誰も思わないだろう。


 僕はスーツケースを手にして倉庫をあとにした。このまま山へと向かうわけではない。山に入る前に学校に用がある。


 約二十分の道のりを経て学校の裏門へとたどりついた。周囲に誰もいないことを確認し、門を越えて内部に侵入する。スーツケースは門の前に置きっぱなしになるが、まぁ仕方ない。ここはほとんど人通りもないし、誰かが盗んでいくということもないだろう。


 学校に立ち入った理由は彼女を埋めるためのスコップを入手するためだ。うちの学校には菜園部があり、大型のスコップを使っていたはずだ。それがある場所の目星もついている。


 僕は例の方法でマスターキーを拝借し、学校の隅ある菜園部が使っている用具入れの扉を開けた。やはりここだったか。そこには二本のスコップが壁に立てかけられていた。


 これで全ての準備は整った、学校を出た僕は裏門のすぐ先にある山の入口までやってきた。


 ここから先は街灯などない。真っ暗で不気味な森が続いているだけだ。僕はリュックから懐中電灯を取り出して、先へと進んでいった。


 しかしやはりそうだ。スーツケースは当たり前だが、山道を進むことに対応などしていない。タイヤが小さく凹凸が大きな道を進むことは困難を極めた。


 僕は人の目が届きそうにない場所まで無理やり移動するとそこでスーツケースを開いた。


 ここからは彼女を背負って山を登っていかなければならない。そこで活躍するのがリュックサックだ。ネットで調べたことだがこれを背負子の代わりにすることが出来るらしい。


 僕はリュックサックを下ろし、肩紐を大きく緩めた。そして彼女の足をその肩紐に通す。一度無理に曲げたせいか、彼女の体は少し柔らかくなっている気がした。この状態でリュックサックを背負えば何もないときよりも大分楽に人を運べるらしい。両手も使うことが出来る。


 しかし、ここからどうやって持ち上げる。彼女は僕に背負われるために協力などしてくれるわけもない。力なく横たわっているだけだ。


 僕は一度彼女に背を向けるようにして地面へと寝転がることにした。緩めた肩紐を肩に通し、きつめに締める。すると自身の背中が彼女の体と密着した。彼女の体はやはり驚くほどに冷たかった。死というものを肌で感じる。


 しかしそんなことでめげているわけにもいかない。次に彼女の腕を僕の首に回させた。そして僕の顔の前でクロスさせると、その両手首を持ってきたビニール紐で縛った。これで彼女の体は僕に固定されたはずだ。


 そこから自身の体を四十五度回転させうつ伏せの状態となり、彼女を背中の上へと乗せた。全体重が掛ったことを確認するとまず膝と腕を立てて四つんばいになった。大丈夫だ、落ちる様子はない。そこから僕はバランスを保ちつつ、ゆっくりとその場に立ち上がった。


「ふぅ……」


 ずっしりとした重みが体全体に圧し掛かっている。老人のように背中を曲げた状態でないと立っていられない。彼女の体は細身のはずだが、身長は高いし、たぶん五十キロ近くはあるだろう。五十キロの物体がそう軽いわけもない。しかし文句なんて言ってはいられない。


「行くぞ……」


 僕は懐中電灯で前方を照らしながら山道を進み始めた。




「もう……限界だ……」


 休憩を挟みながら二時間ほど歩いただろうか。僕の体は限界を迎えていた。息が切れる。肩がとにかく痛い、足腰もどうにかなりそうだ。現在の時刻は午前0時半。思ったより進んでいない気がするが、もうこの辺りにしておこう。ここから穴を掘って埋めるのにどれくらい時間が掛るのかもよく分からない。明るくなってくればもしかしたら誰かが山道を散歩にでも来てしまうかもしれない。


 僕は木の根が張っていない平らな場所を探すと、そこにリュックごと彼女を降ろした。


 リュックからシャベルを引き抜き地面に突き刺す。てこの原理でめくり返すように土を掘り起こした。そんなことを数回繰り返すと僕は理解した。人一人が入る穴を掘るというのはそれだけで相当な重労働であると。


 彼女をここまで運ぶだけでもかなり体力を消耗してしまっているが、もうここまで来てしまったのだ。やるしかない。僕は一心不乱に穴を掘り続けた。




 堀に掘り進め、腕時計を確認すると時刻は午前三時半だった。十分な深さと言えるのかよく分からなかったが、時間的にこれ以上は厳しそうだ。僕は結構な深さとなった穴から出るとみぞれを穴の前まで引きずり、最後は押し転がして穴の中へと落とした。まだ体がはみ出ている。穴の中に降り彼女を胎児のような格好に整えた。そして再び穴の外に出ると僕はスコップを手に持ち今掘ったばかりの土を被せ始めた。




「ふぅ……」


 土を被せ始めてから三十分ほどで彼女の姿は完全に見えなくなった。その横には彼女の体積分の土が余って山になっていた。僕はそれをてきとうに周りにばら撒き、彼女を埋めた場所には周囲から集めた落ち葉を振りかけた。一応これで完了だ。不自然といえば不自然だが、通り過ぎるだけではここに人の死体が埋まっているとは気付くまい。


 僕はリュックにスコップを刺しその場をあとにすることにした。


 迷わないように随時振り返って道を確認しながらここまでやってきたために何とか道は分かりそうだった。もう周囲が少し明るくなり始めている。早く帰らなければ。体力は本当に限界に近いが怪しまれないためにも僕はこれから学校に行かなければならないのだ。


 帰りは下りが多かったし、約五十キロの重さも消えていたため随分と身軽に感じた。二時間掛けて登った道のりを約半分の時間で下山することが出来た。


 スーツケースのところまでやっとの思いで戻ってくると僕はあることに気付いた。このスーツケースどうすればいいだろう。変な場所で発見されればそこで事件が起こったと疑われてしまうに違いない。


「あの倉庫に戻しておくか……」


 彼女が行方不明になってしまったことはもう周知の事実だ。このスーツケースは彼女が普段使っていた場所にあるのが一番自然なはず。


 僕はスーツケースを手にし、山からアスファルトの道路へと出た。足元が安定すると僕の心も少し安定したような気がした。やっと大きな山を越えた。これからスコップやらスーツケースを元あった場所に戻しに行かなければならないが、そんなのは彼女の遺体を埋めることに比べれば大したことではない。とりあえずこれで彼女の遺体の存在に悩まされることはなくなったのだ。僕がそんな安心感を覚えたときだった。


「う……ッ!?」


 いきなり正面から光を当てられてしまった。それは車のヘッドライトの光のようだった。


「ようやく戻ったね、ハジメ君」


 そしてその車から誰かが降りてきた。


「あッ……!」


 こちらからも懐中電灯で光を当ててみると、それは昨日の夕方に僕の家にやってきた刑事二人のようだった。


「な、なぜ……」


「君のクラスメイトから通報があってね。なぜか君が夜遅くに大きなスーツケースを抱えて学校の近くをうろついていると」


 クラスメイト? この辺りに住んでいるといえばもしかして倉木優奈か。確かに僕は彼女の家の前を通ったが、まさか家の中から見られていたのか。


「そこで我々が駆けつけてみれば、ちょうど君がこの山の中に入っていった様子だった。少し森の中へ進むとそのスーツケースがあったので確信したよ。それからずっと我々はこの場で君の帰りを待っていたというわけだ」


「くッ……!」


 これは完全に僕が彼女を殺したものだと思われてしまっている。


 僕は恐ろしくなって、とっさに踵を返し森の中へ逃げ込もうとした。


「待ちなさい!」


 しかし若い方の刑事が僕を追いかけてきた。刑事の足は僕より速く、僕は下半身にタックルをされ早々に取り押さえられてしまった。


「ぐッ……」


「もう諦めるしかないよ、ハジメ君。あのスーツケースを調べればそんなことすぐに分かってしまうことだ。中に誰が入っていたかなんてね」


「うぅ……」


 僕が諦めたことを悟ったのか、警察官は立ち上がり僕に手を差し出して起き上がらせた。


「君は蒼井みぞれさんを殺した。間違いないね?」


 僕は地面を見つめながら「……はい」とぼそりと呟いた。


「さて……」


 刑事は自身についた土を払いのけて改めて僕を見た。


「君をここですぐに逮捕して連行するべきかもしれないが、それをやると彼女の遺体発見まで時間が掛かってしまうだろう。僕は彼女の両親に会っていてね。二人はすごく心配していたよ。出来れば遺体の状態が変わらないうちに彼らに会わせてあげたいんだ。案内してくれないか、君が彼女を遺棄した場所まで」


 クラスではあんなに浮いていた彼女でも、心配してる家族がいたのだ。そんな話をされると、僕は彼の話を受け入れる他なかった。


「……はい」


 僕はふたたび短く返事をした。




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