第5話 何とかしなければ

 夕食にはほとんど手付かずで自室へと戻る。


 ベッドの上に座りしばらくはほとんど動くことも出来なかったが、一時間ほどするとやっと少し冷静に物事を考えられるようになってきた。


 僕は人殺しになってしまった。これから一体どうすればいい。自首するべきだろうか? いや、それこそ完全に人生の終了じゃないか。あれは僕が悪いわけじゃないというのに。蒼井みぞれのせいだというのに。


 そうだ、このまま捕まってしまうわけにはいかない。なんとしても逃げおおせなければ。


 なら、警察に捕まらないためにはどうすればいい。僕はあの倉庫に彼女の遺体を放置して帰ってきてしまったが、あのままでいいのだろうか。いや、そんなわけない。絶対にマズい。


 みぞれはあの場所には誰も来ないと言っていた。でもあそこに彼女の遺体を放置していつまでもバレないなんてことはないだろう。あの倉庫の持ち主だっていつかやってくるだろうし、死体の臭いなんかで近所の住民に気づかれるかもしれない。彼女の家族や知り合いだって彼女が普段あの場所にいたことは知っているかもしれない。だとすれば彼女が行方不明になれば当然あの場所は捜査されることになるだろう。


 遺体が発見されれば僕が捕まってしまう可能性はぐっと高まりそうだ。逆に遺体さえ発見されなければ殺人事件になることもないのではないか? ただの行方不明で済むかもしれない。


 つまり僕が何より優先しなくてはならないのは彼女の遺体の処理という事だ。


「でも遺体を処理って一体どうすれば……」


 山に埋める、だろうか。とりあえず浮かぶのはそれだ。あの辺りなら学校の裏から山に入れるはず。他にも方法はあるのかもしれないが、それが僕に出来る唯一現実的な方法だろう。


「遺体は埋めるとして、あとは携帯か……」


 彼女の携帯には僕とのやり取りが収められている。その内容が見られるのはマズい。最近頻繁に二人で会っていたことがバレてしまう。


 それにもしかしたら、警察の手に掛かれば彼女の携帯が今どこにあるのか特定されてしまうかもしれない。電源を切るだけでは駄目だ。物理的に完全に破壊して処分しておかなければ。


「僕の携帯の中身も見られちゃマズいよな……」


 彼女の携帯は破壊してどこかに捨ててしまえばいいかもしれないが、自分の携帯まで壊すわけにもいかない。僕はとりあえず自分の携帯から彼女とのやりとり、そして彼女の連絡先を消しておいた。


 僕はそれから遺体の処分に必要なものを考え、それを用意する算段を立てた。


 インターネットの情報も念入りに調べてみると困難かとも思われた事が意外といけてしまうかもしれないということになってきた。


「じゃあ、いつやる……?」


 あの倉庫にはいつ誰がやってくるか分からない。だとしたら、すぐにでもあの場所から彼女の遺体を運び出したほうがいい。


 しかし今家には母さんがいる。母さんは夜遅くまで起きていることが多いし、夜中に出かければバレてしまうかもしれない。母さんは明日が夜勤だったはず。今日一日あの場所に彼女の遺体を放置するのもどうかと思うが仕方ない。彼女の遺体を山に埋めにいくのは明日にしよう。




 そして次の日の朝になった。全然寝付けなかった気がするのだが、僕はいつの間にか意識を失っていたらしい。だがやはり睡眠不足感は否めなかった。今日の夜中に彼女の遺体を埋めにいかなければならないのだが、大丈夫だろうか。


 精神的なダメージのせいか全然力が湧いてこなかったが、学校に行かないわけにもいかないだろう。こんな時に休めば僕は彼女の捜索が始まったあと真っ先に疑われてしまう。


 学校に辿りつくと僕は蒼井みぞれの机を見た。当然彼女は来ていない。僕が殺してしまったのだから当たり前だ。でもなんだか現実感がない。本当に彼女は死んでしまったのだろうか。あの倉庫の中に今も死体が転がっているのだろうか。


 一日家に帰らなかったことで彼女の親はきっと心配しているだろう。警察は一体いつ動き出すのだろうか。まともな親ならそこまで時間は掛からない気がする。まぁ、彼女自身まともな人間ではなかったので、親もおかしな人間である可能性があるが。


 自分の席に座り一息ついて僕は気づいた。何だか周りからの視線を感じる。そうだ。僕はもしかしたらこれから蒼井みぞれの死体をうまく隠すことに成功するかもしれない。でもそれでも状況は絶望的だと言えた。なぜなら僕は今クラスの女子から女子更衣室を盗撮していたのではないかと疑われているからだ。あんな画像が出回ったあとで彼女が行方不明になってしまえば、僕は真っ先に疑われてしまうに違いない。


 みぞれの携帯はあの倉庫の中に放置したままだ。だから現在あのチャットルームで女子達がどんな会話が繰り広げているのか僕には分からない。しかしこの感じ、状況はよくはなさそうだ。きっと既に色んな噂が飛び交っているに違いない。


 朝のホームルームが終わったあと、僕の前に倉木優奈を始めとする女子三人がやってきた。


「ねぇ志都瀬君」


 僕に声を掛けてきたのはその中心にいた優奈だった。


「な、何……?」


「みぞれさんのこと、知らないかな」


「え……」


「……知らないんならいいんだけど。今日彼女来てないじゃない?」


「あ、あぁそうみたいだね。でも何で僕にそんなこと聞くんだ?」


 当たり前だが、ここはとぼけなければならないだろう。しかし汗が止まらない。この焦りが感じ取られなければいいのだが。


「……ううん、別に大した意味なんてないんだ。ごめんね」


「い、いや……」


 他の二人は飾りかなんかだったのだろうか。結局何も僕に声を掛けることなく三人は踵を返して行ってしまった。


 ふと横に目を向けると女子数人がコチラを見ていた。僕がそちらに目を向けた瞬間に彼女達は目を背けた。やはり僕は女子達から注目されてしまっているようだ。


「ねぇ、志都瀬君」


「ん……?」


 気がつけば行ってしまったと思った優奈が一人足を止めてこちらを振り向いていた。


「志都瀬君は何も悪いことなんかしてないよね」


「え……」


「私は志都瀬君のこと信じてるからね」


「……う、うん」


 僕は彼女の視線に耐え切れず、とっさに目を伏せてしまった。




 その日学校を終えて帰宅した。するとまだ仕事に出かける前の母さんがいた。


 二階へと上がり僕はベッドの上に寝転がった。これから彼女を埋めに行くなんて。本当にそんなことうまくいくのだろうか。その用意は既にしてはいるが不安は拭いきれない。


 しばらくそうしていると家のチャイムが鳴った。でも出る気は起きない。


 それから数分後、誰かが二階へと上がってくる足音が聞こえた。誰かとは言っても母さんだとは分かっているが。


 母さんがドアをノックして「ハジメ、ちょっといい?」と声を掛けてきた。


「何……?」と僕が返事を返すと扉が開かれ、母さんが顔を出した。


「何かね、警察の人が来てるのよ」


 僕は一瞬その瞬間頭から血が抜けていくような感覚に陥った。


「え……け、警察が? ……な、なんで」


 僕はとっさに上半身を起して母さんへと体を向けた。


「さぁ……なんかあんたにクラスメイトの子の話を聞きたいんだとか」


 もう警察が動き出したのか。しかもまさかこんなにも早く僕にたどり着くなんて、これは一体どういうことだ。やはりあれか。きっと女子たちが話し合った結果僕の事を警察に話してしまったのだろう。それと同時にみぞれの親がもしかしたら既に捜索願を出しているのかもしれない。だとしたら僕のところに警察が来ても全然おかしくはない。


「どうかした……?」


 母さんに声を掛けられて気付いた。僕はいつの間にか考えこんでいたらしい。


「い、いや、すぐ行くよ」


 母さんのあとを追うように一階へと降りリビングへと向かった。するとそこには二人のワイシャツ姿の男がソファーに座っていた。


「こんにちは。君が志都瀬ハジメ君だね」


 二人は立ち上がり僕に挨拶をした。一人はまだ若く、もう一人は生え際が後退していた。そしてどちらもいい体格をしている。


「……はい、そうですけど」


 二人のうちの若い男が警察手帳を僕に見せてきた。


「僕達は刑事だ。少し君に尋ねたいことがあってきたんだが……」


「な、なんでしょうか」


「まぁ、とにかく座って話をしようか」


 刑事二人、そして僕と母さんは対面してソファーへと腰を下ろした。


「昨日から君のクラスメイトの蒼井みぞれさんが自宅に帰っていないらしくてね。それについては知っているかい?」


「そ、そうなんですか? そういえば今日休みだなぁとは思っていましたけど……」


「そうか……ところで君に見せたいものがあるんだが」


 若い刑事はそう言うと、胸元のポケットから一枚の写真を取り出した。


「この写真は君だよね」


「……!」


 刑事が僕に手渡してきたのは、僕が女子更衣室の中にいる時の写真だった。


「この写真がクラスのチャットグループに出回ってから、彼女は消息を断ってしまったみたいなんだよ。もしかしたら何か彼女の動向に心当たりはないかな」


「い、いえ……僕には何も……」


 やはりそうか、この写真がきっかけで刑事は僕を訪ねてきたらしい。


「ところで君と彼女は一体どういう関係だったの?」


 もう一人の年のいったほうの刑事が尋ねてきた。


「べ、別に大した関係なんてありませんよ。ただのクラスメイトというだけです」


 僕は刑事とは目を合わさずその写真をじっと見つめながら答えた。


「……そうか。今日はこれくらいにしておこう。また来るよ」


 刑事二人が帰ったあと、母さんが不安そうな顔を僕に向けてきた。


「ハジメ……あれ、どういうことなの?」


「え……し、知らないよ。僕は何も……」


 母さんは少し眉をひそめて何かを考えていたようだが、


「そう……何かあったんなら言ってね」


 強く僕に何かを言及してくるようなことはなかった。


「あ、あぁ……」


 僕は母さんから逃げるように二階へと上り自分の部屋に閉じこもった。


 マズい、マズい。僕はどんどん追い詰められている。やはりこのままでは駄目だ。いつあの倉庫が調べられてもおかしくない。早く彼女の遺体と携帯を何とかしなければ。


「じゃあ、行ってくるからね」


「うん……」




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