21話:過去と未来に乾杯を

 文化祭の一件以来、あたしと彼(そしてその他裏方の面々)とは、朝あったらおはようとあいさつしたり、教室移動の時やお昼休みの間などにしばしば話をするようになった。特に彼とはよく一緒にいるようになった気がする。もちろんこの時はいい友人としてだったが。


 他の友人と同じように話をしたりするのはもちろん、しばしば彼の所属する部へと顔を出したりした。そのままそこが気にいったあたしは段々と入り浸るようになり、部員とオセロや人生ゲームで遊んだり新しいゲームを作っていくうちに、いつの間にか部員になっていた。


 この時、彼の事をに意識していたかと言われると、よくわからない。文化祭の時は謎の特有の高揚感のせいでやけにキラキラしていたのは確かだけれど、うーん……やっぱりこの時は『仲の良い友達ができた』程度だったような気がするなあ。


 とはいえそういう気持ちの種が植えられたのは、この文化祭の時なんだろうとは思う。前にあたしが言った風に言い直すと、赤い糸が結ばれた瞬間はきっとこの時。もちろん、自分では気が付いていなかったけど。


 それからなんだかんだ一緒にいるうちに段々とそういった気持ちも育ってきて……あとは恋の駆け引きよ。彼の好きなものはなんだろう、彼はどういう女の子が好きなんだろう、まさかもう彼女がいるのだろうか……。会話の中からくみ取ったり、時には友達を使って聞き出したり、漫画の中の思春期の乙女の行動を自分には似合わないなと思いつつ繰り返していた。


 ま、実際は徒労だったわけだけど。世の男子の思考を考えれば、そもそも気にも留めていない女の子に声をかけたりしないわけで……。いや、まあそういう可能性を考えなかったわけじゃないのよ。でも不思議なもので、他人のそういう話なら「えー絶対それあんたに気があるってー」などと言えるわけだけど、いざ自分の事となると「いや、まさかそんなことはないよね。考え過ぎ考え過ぎ。自意識過剰すぎでしょあたし」と早々に否定していた。


 ていうか、あれよ。なんで行動や言動は天才肌そのものなのに、そういう根源的なところは思春期男子なの、って言いたい。ベッドで悶々と過ごした時間を返してほしい。付き合い始めてしばらくしたころ、そういった不満というか愚痴をぶつけると、


「失敬な。僕だって普通の男子高校生なんだ。あれで精いっぱいだったんだよ!」


 と恥ずかしそうに頬を膨らませたので思い切りつついてやった。


 *


もあんたと同じ大学行く」


 あたしがころのこと。彼が遠方の大学を受験することを考えていると聞いたあたしは、間髪を入れずそう言い放っていた。


「い、いやいや、もっとちゃんと考えた方がいいよ。そりゃあ同じ大学に通えたら嬉しいけど……簡単に決められる距離じゃないんだから」

「でもあんたはやめる気ないんでしょ?」

「……まあ」


 彼は一度決めたことを簡単に曲げる人ではなかった。もちろんそれがたとえ彼女あたしからのお願いだったとしても。


「僕の学びたいことは、この大学にしかないんだ。もちろん近所の大学でも似たようなことは学べるかもしれない。でもドンピシャで合っているのはこの大学しかないから」


 受験する前からもう大学でどのようなことを学ぶかまで考えているあたりさすがとしか言いようがないが、きっと彼は問題なく合格する。自分で口にしたことは必ず成し遂げる。あたしの彼はそういう人間だ。――そういうところも好きなのは言うまでもない。


「……それはあんたの将来設計を考えたときに、絶対に必要なことなのよね?」

「うん」


 一瞬のためらいもなくうなずく彼に、これだけは聞いておかなくてはいけない。 


「その将来設計に、あたしは入っていると考えていいのよね?」


「――もちろんだとも」


 ならば話は決まっている。


「ならやっぱり、あたしはあんたと同じ大学を受験するわ」


 今の時代、メールやテレビ電話など、連絡手段は星の数ほどある。けれど、やっぱり物理的距離の壁は大きい。また電話するから、手紙書くからと離れ離れになった友達の何人と今も交流が続いているだろうか。


 とはいえ、し、と言い切ってやる。自然消滅なんてありえない。あたしが彼のそばにいたいのはそういう心配からではないのだ。


 隣で、ともに歩んでいきたい。常に『彼に釣り合う自分』でありたい。


 今までなんとなくで生きてきた、行きたい大学やなりたい将来像も特になかったあたしが、ようやく自分の歩みたい道を見つけられたのかもしれない。少なくとも、と自信を持って言える。言いたい、言わせてほしい。


 彼は自分の将来設計にあたしも含まれていると言った。それはつまり、あたしが何もしなくても彼はあたしをきっと幸せにしてくれるのだろう。冗談じゃない。それではあたしは満足できない。彼とともにいることに耐えられないだろう。


 あたしはもう、いつか迎えに来てくれる白馬の王子様を夢見るお姫様ではないのだから。


「キミがそういうなら僕は何も言わない。同じ大学に通えるなら僕も嬉しいしね」

「うん」

「でもちゃんと家の人と相談してからにしてよ? さすがにその責任は持てないからね、僕」

「わかってるって」


 親を説得するのは骨が折れるだろうが、なんとかする。彼の事はうちの親もすでに知っているし十分気にいられているが、だからと言って彼を追いかけて同じ大学へ行きたいというのは通用しないだろうから、何か理由を考えなければいけない。……まあおそらくバレバレだろうけど。


「それにこれが一番大事なんだけど……」


 いつになく真剣な面持ちの彼に、あたしは生唾をごくりと飲み込む。


「成績足りる?」

「あ……」


 地獄の受験戦争の火ぶたは、否応なしに切って落とされたのだった。


 *


 這う這うの体でなんとか戦争を生き残ったあたしは、晴れて花の大学生になることができた。もちろん彼と同じ大学だ……学部は違うけど。


「な、長かった……」


 一年間勉強漬けの日々、何度もくじけそうになったけど、そのたびに彼の声を聞いたり匂いを嗅いだり抱きしめてもらったりして気力で持ちこたえた。そういうことをしてきたせいでちょっと彼依存症というか中毒になりかけたのはいい思い出。いやよくない。変態か。


 下宿は、あたしは一緒がよかったんだけど、それこそ互いに依存しあわないようにということで別々になった。といってもどうせどちらかの家に入り浸るのだろうけど。


 ともかく今日はお祝いの日だ。無事受験を乗り越え、下宿先も決まり、一日目の登校を終えたあたしたちは、あたしの部屋の小さな卓に料理を並べてささやかなお祝いをすることにした。……料理は店屋物だけど。


「じゃ、乾杯しよ乾杯!」

「何に乾杯しようか?」

「えっと……受験お疲れ様、と……これからの大学生活に、かな?」

「いいね」


 そういって二人でグラスを持つ。


「それじゃあ、これまでの僕らの努力と、これからの僕らの幸福に――」



「「乾杯!」」

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