20話:栄光の舞台

 裏方制作は簡単なことではなかった。一瞬でも居心地がいいなどと思ったさっきのあたしをぶん殴ってやりたい。


 大変だったのは、裏方組をまとめることだった。彼だけでなくどいつもこいつも天才肌なやつらばっかりだったものだから、まず意見をまとめるのが大変だった。


「ここは明るめにどーんといくのがいいに決まってんでしょ!」

「いや少し白を混ぜてぼやっと暖かく包みこむような色がいいんだ!」


 はじめの和気藹々とした雰囲気はなんだったのか、というくらいすぐ対立する。そりゃあそれぞれ独自の感性をお持ちの方々なので、そもそも共同で制作するということが間違っている。他の人が仲介しようにも、


「でも俺はもうちょっと濃い目がいいと思うけど」


 と、割って入ったはずの人の意見も対立して三すくみみたいになり収拾がつかなくなる。こうなると仕方がないので、


「まあまあ、とりあえずそれぞれの意見をもう一度教えて」


 という風にあたしが一般人代表として口を挟む。一通り意見を聞いて、あたしの独断と偏見で一つの案にしぼる。あえて一般人代表が「これがいい」と決めることでとりあえず彼らは妥協するようだったので、しばしば仲介役としてあたしがかりだされた。


 一番大変だったのは、もう文化祭まで時間がないという時に、


「だめだだめだ、やり直しだ!」


 と一人が発狂して完成しかかっていた一枚を破こうとしたときだった。何故芸術家というのはすぐに絵を破きたがるのか。馬鹿じゃないのこの時間のない時に、と頭では呆れつつもなんとかなだめすかして心を落ち着かせ、絵を破棄するのは思いとどまらせた。


 そんな大小さまざまな事件が繰り広げられ、あたしが裏方チームと打ち解けた(なんか最後には姐さんとか言われ出した)ころ、背景の絵も完成した。大きすぎて教室では貼り合わせられないということで、バラバラのまま体育館へもっていって組み立てた。いや頑張りすぎでしょ。馬鹿じゃないの。


「いやー張り切りすぎちゃったね」


 劇本番前、舞台袖で演者の着替えや小道具の用意、その他手伝いも一段落し、あとは開演を待つばかりというとき、彼は腰に手を当てあははと笑った。つられて背景担当の連中も笑う。あたしは苦笑いするしかない。


「ま、これくらいやらないと劇に負けちゃうからねー」

「演劇メンバーには勝たないと」

「背景のせいで劇の印象が薄れたってお客さんに言わせたらうちらの勝ちだね」


 それ、いいの? 劇を引き立てるための背景なんじゃ……?


「みんなそれくらいの意気込みで作ったってことだよ。それくらい魂のこもった力作ってことさ」


 つりあがっていく巨大な絵を見上げながら、彼が誇らしげに腕を組んで鼻を膨らませる。まあ、そう言われたら頷くけどさ。この数日間の作業――制作は、ちょっとだけ手伝った程度のあたしですら充実したと感じている。あーだこーだと議論しながら全体像を組み上げていっていた彼らの充実感はあたしの比じゃないんだろう。


「キミはずいぶんと自分を卑下するんだね。キミの丁寧かつ素早い塗りがなかったら、間に合っていなかっただろうに」


「そんな……」


 そんな大したことをやった覚えはないので、急に褒められて戸惑ってしまう。


「それに、どうも芸術脳の人間というのは完成を妥協とする癖がある。これで良し、となかなかできないんだよね。キミが適当なところで『そんなもんでいいんじゃない?』とか『十分十分! きれいきれい!』とかいって各所を完成させてくれたおかげで作業がスムーズに進んだし、全体の雰囲気も穏やかになった」


「そう……かなあ……?」


 自分でも意識していなかったようなことまで論理的に説明される。なんだかむずがゆい。


「そうだよ――って、何語ってんだろ僕。でもそのくらい、キミはこの背景制作に貢献してくれたってこと。なあみんな」


 完成した絵を見て自画自賛しあっていたメンツがうんうんと頷く。


「正直あたしらだけじゃまとまらなかったかもしれないしねー」

「そもそも俺らって協力してモノを作るとかできねえ人種だし」

「姐さんいてくれなかったら崩壊してたよきっとー」


 あっはははと笑う一同。いや笑い事じゃないし。それにあたしの苦労わかってんのかしらこいつら。


「ね、みんな感謝してるんだよ」

「……ま、ありがたがられて悪い気はしないけど」


 ビーともブーとも聞こえるブザーとともに、すうっと客席が暗くなる。ここからは演者たちの番だ。あたしたちは舞台袖で見守ろう。



「さ、幕が上がるよ――」



 劇は大成功だった。


 桃太郎や金太郎などの昔話の武闘派主人公がバトルロワイヤルを繰り広げるも、かぐや姫の放ったインベーダー軍団を前に一致団結、一寸法師が敵の母艦に『ようタコ野郎! 帰ってきたぜぇ!』とサムズアップしながら突っ込んだり、巨大化した垢太郎に消防車でボディソープを注入して爆発四散させたりと滅茶苦茶な劇だったが、客席の盛り上がりは異常なほどだったのであれは大成功だったのだと思う。二時間の映画数本分のネタをおよそ三十分前後に収めた脚本には脱帽だった。


 異常な熱気の中、舞台上ではカーテンコールが行われている。散り際がかっこよすぎた一寸法師には男たちの野太い歓声が浴びせられており、女装したかぐや姫への黄色い声援も異常なほど盛り上がっている。元気だなあみんな。狂気すら感じるよ。


 司会がそれぞれの役を呼び上げ、拍手が巻き起こる。あたしたちも舞台袖から拍手を送る。


「続いて、劇の裏側で活躍してくれたスタッフのみんなも紹介しましょう! 裏方のみんな、舞台上へ!」


 えっ、あたしたちも並ぶの? 聞いてないけどそんなの。


「呼ばれたよ。僕らも行こう!」


 え、え、とあたしが戸惑っているうちに彼はあたしの手を取り、薄暗い舞台袖から眩しくてよく見えない舞台上へと引っ張って行った。


 彼の顔は逆光でよく見えなかったけど、きっとあたしと同じような表情だったのだと思う。

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