第15話:あなたの想う人

「うわー。あっついわね今日も……」

 外へ出ると、日に日にぎらつきを増していく太陽があたしたちの肌を焼く。


「日傘したほうがいいかな」

「日傘だなんて、そんな大げさな」

 やだなぁ、とクロが呆れる。それを聞いたあたしはまさかと思いつつ質問をする。


「あんたまさか、日傘もしてないっていうの? その肌で?」

「えっ、はい。別にいらなくないですか? あ、まあ私はあんまり日焼けしないというか、肌はそんなに弱くないので。ひりひりしたりしないですし、気にならないですね」

 またこいつは……なんてうらやましい。


「これでも昔はスポーツ少女だったので、夏場は真っ黒になるまで遊んでましたよ」

「クロがスポーツ少女、ねぇ」


 そんな時代もあったのね、とクロの幼少期の想像を膨らます。……うーん、こいつが子供の時ってあんまり、というか全然想像できないな。


 結局あたしだけ白の日傘をさして、大学に向かって歩き始める。彼女は今日、この間買った黒のトップスに白のスカートをはいているんだけど、この白の日傘は今の彼女にこそ似合うと思うんだよね、あたしじゃなくてさ。

 ちなみにあたしの今日の格好は、コーヒー色のTシャツに紺のショートパンツに黒のレギンスって感じ。正直モールに買い物に行ったときの一段階上程度の服装だ。このくらいの方が、もし彼に出くわしても気づかれないんじゃないかというネガティブな魂胆がある。


「ていうかあんたの子供の時ってどんなだったの?」

「え、子供の時ですか?」

「うん。なんかあんたの子供のころってあんまり想像できない。まあ今のあんたが十分子供っぽいけど」

「一言余計ですよ!」

 そうやってぷんすか怒っているクロはまさに子供のようで可愛い。


「子供の頃……別に普通ですけどね。活発なほうではありましたが」


 覚えてないわけじゃないけど特筆すべきこともない、といったような口ぶりだった。活発なほう、とか言われてもなぁ。今の外見がインパクト強すぎてまったく想像できん。ぶっちゃけ性格的にはほとんど変わっていないような気がするけど……とか言ったらまた怒りそうだ。


「そういうあなたはどうなんです?」

「え、あたしの子供の頃? そうだなぁ……本当にちっちゃいころは泥だらけになるまで遊んだり、父親と虫採りに行ったりしてたらしいけど、小学校くらいからはどっちかっていうと部屋の中で遊んでたかな。ゲームとかおままごととか、あとは読書とか」


 あたしだって特別珍しい子供じゃなかったな。どっちかっていうと地味。年頃の女の子が欲しがるようなキラキラした可愛いものとかにもあんまり興味なかったような気がするし。服とかも、クラスの子でフリッフリのワンピースとか着てる子もいたけど、そういうのに憧れたり欲しがったりはしなかった。思えばここ数日のあたしは、昔の、というか自分の根っこのところが現れていた感じがする。


 あたしがいろんなもの――女の子が本来興味を持つものに目が行くようになったのは、彼と出会ってからだ。彼によく見られようと、おしゃれも化粧も頑張った。お料理も……努力はした。


 そうか。さっきの「どうして人は化粧をするのか」という問いの答えがこれだ。結局、今のままの自分では相手に振り向いてもらえるかとか、よく見られるかとかいうことにから、何かを変えようとして自分を着飾ったり、自分に付加価値を付けようとするのだろう。


 それを悪いことと否定するわけではない。自分に自信をつけるために自分を飾る。内面外面に関わらず、自分をよりよく見てもらおうと努力することは悪いことじゃない。それは時に、向上心だとか自分磨きだとか言われるものだもの。あるいは、服装を変えたり化粧をしたりすることで自分のスイッチを入れ替える儀式にもなる。気分を入れ替えることで、その後の行動や仕事のパフォーマンスを高めるなんて話もあるし。


 問題は、それが形骸化してしまっていること。外に出るときは化粧をしないといけないとか、社会で働くときに化粧は必須だとか、そういう固定概念は意味がない。愛がない。


 そう、愛がないのよ。愛のないファッション。愛のない化粧。そんなものには意味なんてない。自分のためでも誰かのためでも、そこに愛がないと意味はないわ。


「そう、愛よ。最小限の化粧なんて概念ものはないの。そこに愛があるかないか、それだけなのよ」


「突然何か考え込みだしたから過去の黒歴史でもがよみがえって悶絶しているのかと思っていたのに、何がどうなってそんな発言につながったんですか」

 その存在をすっかり忘れていたクロが、突然訳の分からないことを口走ったあたしにつっこみを入れる。


「あ、ごめん。いつからファッションとか気にし始めたんだろうと思って……」

「彼氏さんにお会いしてから、と?」


 クロにはお見通しらしい。


「そうよ。彼に出会ってから」

「……あなたにとって彼氏さんは、とても大きな存在なのですね」


 そうつぶやく彼女は、何か――を思い浮かべているような気がした。


「……」

 想えば彼女があたし以外ののことを考えているのは初めて見たかもしれない。でも、あたしは何も言わなかった。何も聞かなかった。


 今はまだ、聞きたくない。

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