第14話:淑女のたしなみ

 朝ごはんは相変わらず美味しかった。それはもう相変わらずの美味しさだ。何が言いたいって美味しいってこと。


「やっぱ不思議。なんであんたこんなに料理上手いの?」

 あたしはもう何度目かも忘れた質問をする。


「ふっふっふ……乙女の秘密でいたたたたたっ!?」

「うぜえ」

「あたまぐりぐりしないでくださいよぅ!」


 毎回違う返事をしてくれるのはいいのだが、徐々に自慢度が増してきて反応がうっとうしくなってきている。まあ何度も聞いてしまうくらいには美味しいことは認めるけど。

 ていうか乙女の秘密ってなんだ。最初は修行の成果とか言ってたくせに。


 絵面的には年上の女性を足蹴にしているあたしなわけだが、中身はアレなのでもう気にしない。


「あたしだってそれなりに料理の勉強しようとしたのよ。だけど……」

「ま、あなたには才能がなかったということでででで!?」

「むかつく」


 ちくしょう。いつか絶対にこいつに美味いって言わせてやる。いやでもそんなこと可能なのか? こいつのご飯美味しすぎるんだぞ。というかあたしはまずそれなりに食べられる料理を作れるようになるところからか……。


 一応弁明しておくけど、あたしは壊滅的に料理ができないとかいうわけじゃないのよ。消し炭が出来たり得体のしれないどろどろの何かが出来たり、そういう漫画みたいな料理の下手さではない。ちゃんと食べられるものができるし、見た目も悪いわけじゃない。自分で食べる分には何の文句もないものくらい普通に作れる。ただそれを人に出すかと言われると……ちょっと恥ずかしいというか、自信はない。別にまずいわけじゃないけど、特別美味しいわけじゃないって感じ。いくら作っても自分用以上のものができないので、あきらめて(面倒だったのもあるけど)インスタントや冷凍食品で済ませていただけだ。


 一方クロのご飯は、見た目はあたしの作るのとそんなに変わらない。まあ家庭料理で見栄えなんていちいち気にする必要ないしね。でもその味はプロ級というか、いわゆる店に出せるレベル。というかお店より美味しい。玉子焼くだけなのに、クロが焼くのとあたしが焼くのでどうしてこんなに味が変わるのか不思議でならない。魔法か?


「愛情ですよ。あ・い・じょ・う」


 まじか、愛情か。あたしの料理には愛情が足りなかったっていうのか。すごいね愛情。


「で、愛情ってどこで売ってるの」

「うわー……またベタなボケを……」


 そういえばあたしって、自分のためにしか作ったことないかも。練習の時も、結局自分が食べるものだと思って作ってたし。なるほどそうか愛情ね。おーけい、わかった。


「そんなんで上達したら苦労せんわ!」

「うわ、なんですか急に」

 クロが驚いて茶碗を持ったままのけぞる。


「いい、料理は化学なのよ。条件が同じならば、同じものができるはずなの。だから、同じものができないってことは条件が違うってことなのよ。そしてそれを愛情などという曖昧なもので定義されたら困る! もっと分量とか時間とか火力とかで言って!」


「なんかそれっぽいこと言ってますけど、そもそもそういう『料理は化学』とかって料理ができる人が言うものでは?」

「ぐっ」

 痛いところをつきやがる。


「だいたいあなた理系でしたっけ?」

「いや文系」

「でしょうね」

「ちょっとどういう意味」

 なによ文系で何か悪い? でしょうねってなによ。別に文系だからって理科を知らないわけじゃないんだから。教養科目の時以来ご無沙汰だけど。


「ところで、大学まではどのくらいなんですか? さっき布団の中で、ずいぶんと余裕そうなことを言ってましたけど」

 唐突に話題を変えるクロ。というか前の話題がどうでもよかったのだろう。あたしにとっては結構重大なことなんだけど。淑女のたしなみとして。


「えっと、いつもは自転車で十分かからないくらいだけど、あんたがいるし。徒歩だと……そうだな、三十分くらいじゃない?」

「うへぇ……」


 クロはあからさまに嫌そうな顔をしている。そんな顔してるけど、小学校のときとか普通に二、三十分かかって学校まで歩いてたでしょうに。まあ子供の時ってどこまでも歩いて行けるような謎のポテンシャルがあったけど。


 それに今日はクロが早くおこしに来たせいで、授業までには十分時間がある。焦らずゆっくり歩いていけばいい。

「ま、ゆっくり歩いていくっていうのもたまにはいいわよね」


 食器を台所に片付け、最近開いていなかった化粧箱を開く。さすがに大学には彼以外の知り合いもいるので、すっぴんに近い何かで行くのはちょっと、乙女のたしなみ的にだめだ。


「別に化粧なんてしなくてもいいと思うんですけどね」

「あんたはいいわよ。化粧入らずのぴちぴちぷるぷるなんだから」

 先日揉んだ頬の感触を思い出す。このルックスであのもち肌は卑怯というか、凶器だろう。


「いえ、世の女性すべてですよ。アクセサリーとかと同じで、したい人はすればいいと思うんですけど、それが必須みたいなのは違うと思うんですよね」

「まあ、お金と時間はかけてるよね……」


 昔はお化粧なんてするのは貴族だけで、平民は特にしてなかったんだからねぇ。それこそ特別な時以外。でも部族や民族固有のペイントだって化粧みたいなものだし。うーん、なぜ人は化粧をするのか?


「結局は、自分をよく見せたいっていう願望なのかね」

 でもそのせいでかえって地肌を傷つけることもあるんだから、ある種狂気の沙汰よね。


「そう言ってますけど、あなたはあんまりお化粧しないほうですよね」

 あたしが顔に粉を叩き付けたり筆で書いたり塗ったりしているのを後ろで見ていたクロが言った。


「そうねぇ。まあなんていうか、もとがいいから?」

「うわ……自分で言ってますよこの人……」

「あんただっていつも自分で言うじゃない!」

 自分の事は棚に上げてよく言う。


「実際は、彼があんまりこういうの好まなかったっていうのが大きいと思うよ、たぶん」


 それこそさっきの、化粧をして地肌を痛める、みたいなことに対して『そんなことをして本来の綺麗な肌を失ってどうするんだい、ばかばかしい』という意見の持ち主だったので、あたしもあんまり濃い化粧はしなかったのかも。


「そうですか。ま、私もあなたはそのままのほうが素敵だと思いますよ。あ、もちろんお化粧しても綺麗ですけど」


「あんたに言われてもねぇ……」


 もち肌悪魔め。きめの細かさじゃ全然勝てないのよ、あんたには。

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