第13話:悪魔のささやき
次の日、いつもなら七時前にやってきてご飯をつくり始めるクロが、なんと六時に来た。
「おはようございます!」
「あんた……早すぎ……」
あたしは朝は弱いのだ。ぶっちゃけ八時でもつらい。実際八時に起きないと一限には間に合わないのだが、八時でもつらい。つまり……察して。
一限なんて先生も学生もしんどくて誰も得しないんだから廃止すればいいのよ。ていうか聞いた話だと、他の学校は九時始まりのところが多いらしい。うちの学校はなんで二十分も早く始まるんだ。朝の二十分は大きいんだぞ。
――などと全く働いていない頭でむにゃむにゃ考えていると、クロが覆いかぶさるようにしてあたしの体を叩き始めた。
「ほらー寝ちゃだめですよー。今日は大学に行くんでしょー?」
「ねむい……」
だめだってクロ。そうやってぽすぽす体を叩かれると逆に心地よくなって、目が覚めるどころかどんどん眠くなっていくんだから……。と夢うつつの頭の中では言っているつもりなのだが、実際には、
「くぉ……だぁめ……って……」
みたいに言葉の体をなしていない。その夢うつつの感じが余計にあたしを夢の世界へと引き戻していく。
マジ眠い。
「今までの流れ的に、おそらくあなたは朝が弱いんだろうなと思っていましたから、かわいいクロちゃんがお迎えに来て、起こしに来てあげたんですよ。もっと喜んだらどうです」
「いやあんたそのプロポーションでかわいいはないでしょ……」
そういえば最近夢見がいい気がする……わあいこれもクロのおかげかなぁ……と言っているつもりだがおそらくこれもあたしの脳内でしか聞こえていない。ぶっちゃけ今のツッコミも本当に夢うつつの現で言えているのか、正直なところよくわからない。
「誰のせいだと……いえ、何でもありません」
「……?」
どうやらツッコミはできていたようだけど、クロの返事がよくわからなかった。
「お気になさらず。それよりほら、早く準備してください。ほら布団から出て。遅れますよ。遅刻します遅刻」
さあさあ! とクロがいまだ布団の中でびくともしないあたしを急かしてくる。あたしは何とかして布団から出なくていい口実を考える。寝ぼけているくせにこういうことを考えるときだけはすごい頭の回転が速くなるのって、人体の不思議。
「……今日は何曜日だっけ?」
完全に曜日感覚が消滅してしまっている。まさか休日ってことはないだろうが、一応確認する。
「ええと、木曜日ですね」
「あーじゃあ大丈夫だ。今日は二限からだから」
よかった。二限なら最大九時半までは寝ていられる。それに今、六時に一度起こされかけているから、八時には起きれるだろう。最初の目覚ましアラームから二時間くらいたつと起きられるのだ、あたしは。
ちなみに遠足とかデートとか、そういう時は目覚ましより先に起きちゃうタイプである。子供っぽいとかいうな。
「え」
クロが驚いて固まっているのをいいことに、あたしは完全に布団の中に戻り鉄壁の防御を固め二度寝を敢行することにした。
「じゃあそういうわけで……おやすみー」
「ちょ、ちょっと何二度寝しようとしているんですか! せっかく私が朝早くおこしに来てあげたのに!」
「だってまだ起きなくていい時間だもん」
布団の中からもごもごと返事を返す。寝れるなら寝る。二度寝こそ至高。
「もーっ!」
布団の外からぷんすかという効果音が聞こえてきたので、あたしは布団からちょっとだけ顔を出してクロに言った。
「じゃあ、あんたも一緒に寝る?」
あたしは今寝ぼけてるからこのくらい言っちゃうよね。仕方ない仕方ない。
「二度寝は気持ちいぞぉ~。こっちへおいでぇ~」
布団の中の深淵の闇へクロを手招きする。さながら悪魔のささやきというやつだ。
「……も、もう! 勝手にしてください!」
今度こそクロは立ち上がり、どこかへ行ってしまった。
「クロ……?」
まさか、起こせど起こせど全然起きようとしないあたしに愛想をつかして帰っちゃったのだろうか。そうだとしたら悪いことをした。というか帰っちゃやだ――。
「ご飯出来るまでですからね!」
と思ったら台所の方から声が飛んできた。あたしはほっとして、
「は~い」
と舌足らずの返事をして、あたしは再び夢のさざ波に身をゆだねる。
トントントン、とクロが包丁で何かを刻む音が響く中、あたしは心地よいまどろみの中に溶けていった。なんていうか、今この瞬間、あたしはとっても幸せな気持ちだよ……ぐう。
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