第10話:夏市

「おっ買い物、おっ買い物」


 クロがずいぶん古いCMを歌っている。子供ながらにあのしろくまが出てくるCMは好きだった。人形が欲しいとねだったこともあったっけ。


「こういうモールってお店の並びになにか規則とかあるんでしょうか。どこも似通ってみえるけど、最初は必ず迷うんですよね」

「一階は必ず食量品売り場だよね。それ以上は服屋かなあ。フードコートは一階にあったり最上階にあったり、レストラン系も色々か。家電屋さんが入ってることも多いよね。ここはないけど」

「そもそも階数や敷地面積で配置も変わりますもんね。スーパーみたいにどこでも基本的な配置が同じだとわかりやすいのですが」


 まず野菜があって、魚、肉、冷凍食品や総菜が並び、調味料や菓子は中央の棚に陳列されているというのは、おそらく全国共通の認識だろう。あれもいつああいう形に落ち着いたのかさかのぼって調べてみると面白いかもしれない。


「ここは何というか、ごちゃごちゃしてますよね」

「うん……動線がよくわかんないんだよね」


 ここのモールは横長の長方形なのだが、その長辺にいくつも入り口があるせいで、入る場所によっては次にどちらへ動けばいいのかよくわからなくなる。


「とりあえず服を見るなら二階か三階ですかね」

「二階はメンズっぽいから、三階かな」

 エスカレーターで三階へ。


「エスカレーターといえばさ、手すりの方が速いっていうのは錯覚らしいね」

「私もそれ感じるんです! 絶対手の方が前行きますよね!」

「本当に錯覚なのかなぁ。エスカレーター会社が誤魔化してるだけだったりして」

「この現象って何か名前付いてるんですかね。ファントムバイブレーションみたいに」

「なにそれかっこいい」

「知りませんか? 着信もないのに携帯電話が震えているように錯覚する現象の事で――」


 他愛のない話をしている間に、レディース服のフロアに到着した。町のモールなので、安物から中堅程度の店しかないが、あたしのような大学生に高級な服は必要ない。


「いかに安い服を組み合わせてでお洒落にできるかが腕の見せ所なわけよ」

「今日のあなたはTシャツにデニムパンツという鬼の様な軽装ですけどね」

「誰に見せるわけでもないしいいの。そう、誰に見せるわけでも……」


 欝々としたサイクルに入りかける。


「あ、ほらほら、今のあなたに合いそうな帽子ですよ!」

「むぎゅ!」

 クロが無理やりあたしの頭に帽子をかぶせてくる。


「黒地に赤のレスポールのキャップ……これで髑髏のピアスしてガム噛めばパンク系バンドガールですよ!」

「単純ねえあんたのバンドマン像」


 キャップか。あたしあんまり帽子はかぶんないのよね。似合わない、っていうのもあるけど……せっかくセットした髪が見えなくなるとか、じかになでてもらえないとか。


「いつもは締まったワンピースとか、もしくはちょいエスニック系でまとめてるから、こういう帽子は特に合わないのよね」

「へえ、意外です。あなたの性格からしてボーイッシュなコーデにしてるんだと思ってました」

「それどういう意味よ」


 あたしは純朴な乙女だっつーの。フリフリとかそれなりに好きだし。……まあ、これもあんまり似合わないから着ないけど。


「あんたはどうなのよ」

「むぎゅ!」

 クロがあたしにかぶせてきた帽子をかぶせ返す。


「ふーむ……そこそこ似合うのね」

「そうですか?」

 クロは自分では見えない帽子を見ようと視線を上に向ける。


「……というか、うーん。顔には合ってるけど……」

 なんだろう。この巨乳高身長がキャップをかぶっていると……怪しい。


「えっえっ、なんですか。なんで似合っているといいながらそんな顔するんですか」

「せめて服を……」

 特別露出が多いってわけでもないんだけど、なんか痴女っぽく見えるのよねこいつ。ホットパンツからの生足とか主に。あとボーダー。肥大するボーダー。


「せっかくだから服装変えてみようよ。いつもそんな感じだしさ」

「これ、動きやすくて気にいってるんですけど……あなたがそういうなら、まあ」

 クロはくるくると自分の格好を見回す。


「どんなのがいいですかね?」

「そうねえ……」


 しばし思案してみる。自分の服装についてはずいぶん努力してきたが、他人のファッションについては考えたことがない。


「胸がじゃまだな」

「ひどい!」


 夏服は組み合わせ方が上下しかないけど、まあなんとかなるでしょ。こいつのデカい胸は服の上からでも目立つ。そこをなんとか自然に、あまり目立たないようにする方向でいこう。


「ふーむ。トップスはチューブトップでいいか……? いや、クロにはちょっとキャピキャピしすぎ感あるな。もうちょっと大人しめの……やっぱVネックかな」

「と言われましても」

 店にある服をいくつか選んで、全て流れに身を任せますという態度のクロにあてて比べてみる。


「あんたは赤とかの方がいいかと思ったけど、存外黒とかが似合うわね」

「私は赤も黒も好きですよ」

「そうねえ。でもこの赤はちょっと派手かなあ。ボトムスとの組み合わせ次第だけど……」

 上が派手な色なら、下を落ち着いた色にしてやればいい。それこそ紺とか青とか、黒とか。


「クロはいつもパンツ履いてるから、下はスカートにしてみたいな。最近流行りのスカーチョとかいう代物を使ってみるか。でもあれはなんていうか、まがいもの感があるしなあ。清潔感とか清涼感重視なら……」


 ひとりぶつぶつつぶやきながら店内を徘徊する。クロ本人を完全に置いてけぼりにしているが、彼女は服を持たされたまま律儀について回ってくれる。


「この辺は……ちょっと暑苦しいかな。もうちょっとなんか……。ストライプ柄か。これいいかも」

 白地に水色のストライプが入ったスカートをクロにかざす。ちょっと長すぎるかと思ったけど、こいつの脚は憎たらしいほどすらりと伸びているのでちょうどひざ下くらいに裾がくるっぽい。


「下を白にするなら上は……」

 スカートが精白ならば、上は派手目でもいいかもしれない。

「赤か黒か……うーん」


 いつもこういうところで迷う。上下の色の組み合わせって難しいのよね。あたしも頑張って雑誌とか買ってコーデの研究して、アイテムの組み合わせはカンペキなんだけどなあ。印象がプラマイ両極端に振れる二色の選択だったらまあ迷わないんだけど、どっちもいい感じだからあとは好みの問題ってなると急に難しくなるのよね。どうもあたしにはこの手の美的センスはあまりないみたい。この場合はどうだろう。


 赤も黒もスカートの白と相互に際立たせる。黒にすれば、妖艶な大人の女性というクロの外見のイメージに沿っているし、赤にすれば、明るくて活発なクロの内面のイメージに合う感じになる。


「難しいぞこれ……」

「私のためにめっちゃ悩んでくれてるのって、ちょっとなんか……快感……」

「ドドメ青緑とか着せるわよ」

「ひっ」

 下真っ白で上土留色はよほどのファッションリーダーでないとえぐい。


「あんたはどっちがいいと思うわけ?」

「え、私ですか? そうですねぇ。どっちでもいいですねぇ」

「貴様……」


「で、でも本当にどっちでもいいんですよ! 私はあんまりそういうのわからないですし、あなたが選んでくれたものならどっちでも嬉しいですし」

「……」


 こいついつか絶対ぎゃふんと言わせてやる。

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