第13話 再会

「挨拶はどうしたんだい? ノエル……」

 立ち尽くすだけの私に、苛立ちを隠さずに、ジェイドが舌打ちをする。

「お、お久しぶりです……ジェイド様」

 震える手でドレスを少し持ち上げ腰をおる。

 搾り出した声は震えていて、自分の声ではないみたいに掠れていた。喉の奥から 込み上げてくる悲鳴を一生懸命呑みこみ、姿勢を正し足を前へと動かした。


 近づきたくないのに、二年もの間、支配されていた男の声に逆らうことは出来ない。

 ゆっくりとジェイドに近づく。

「良い子だね。ノエルは……よく来たね。それに綺麗になった」

 ジェイドの傍に行くと懐かしさが蘇る。

 会いたかった。会いたかった……でも、その相手はジェイドではない。私が会いたかったのはユーリなのに。

 なのに、彼はいない……。


 その現実に絶望を感じた。


「どうして震えているの? また一緒に住めるのに。君の大好きなユーリと」

 ジェイドから紡がれた「ユーリ」の名に泣きそうになった。

「ああ、やっぱりまだ想っているんだね。良かった、ユーリも喜ぶよ。君を守るためだけに城に火を放ったんだ。その気持ちにノエルが答えなきゃね」

 その楽し気なジェイドの口調に、嫌悪感が増し恐怖が募る。

 やっぱり、あの火は、ユーリが私を逃がすために。会いたい……会いたいユーリに。でも、もう一度、ユーリに会える保証はない。


「でもね、ノエル。ユーリと話をさせてあげても良いけど、わかるね? あれが必要なんだ。弓が必要なんだよ。持って来てよ」

 迷いが顔に出たのだろう。

 ジェイドが私の髪を撫でた後、ゆっくりと首に手をかけた。

「何を迷っているの? 迷う必要なんてないだろ。あの弓は、俺の物だ。こんな国までお前を追いかけて来たのに渡さないつもりか?」

「……っ」

 首にかけられた手に力が篭った。そのまま持ち上げられ足が地面から浮き上がった。


 苦し……い。離して……。


 無常にも、喉を震わす音は叫びにはならず、顔に冷たい雨粒が降りかかる。

 離して欲しくて足をバタつかせ、ジェイドの手に両手をかけ思いっきり引っかいた。ここで死ぬ訳にはいかない。まだ何もしていないのだから。


「ちっ――!」

 いきなりジェイドが舌打ちをすると頭をおさえ手を離す。首が解放され濡れた地面に落された。

「げほっ、はぁ……っ」

 雨足が更に強まり、いつの間にか地面には水溜りがいくつも出来ている。ドレスは水を含み色が変わり、濡れた髪が顔に張り付く。

 深く呼吸を繰り返し、倒れ込んだままジェイドを見上げた。

「くそ! ユーリが止めたよ。お前をまだ守るようだ。アゲートに居たままなら簡単にお前を攫えたのに。この国に入るのがどんなに大変だったかわかるか? 早く弓を渡せ!」

 ユーリがまだジェイドの中に残っている。助けないと。ユーりを解放すると約束したから。


「ユーリに会わせて。会わせてくれたら……弓を渡すわ」

 痛む喉を抑えながらジェイドを睨んだ。

「いつからノエルはそんなにも反抗的になった? また教えなきゃならないようだな……来い」

 言い方が気にいらなかったようで、ジェイドが私の濡れた髪を乱暴に掴む。無理やり立たせようとするが、その手を振り払おうと必死で抵抗した。

「嫌! ユーリに会わせて!」

「それ以上言うと妹に危害が及ぶぞ。エレーヌだったか? もうすぐフランシスカで仮面舞踏会があるらしいな。それにエレーヌも来るそうだ。いいのか?可愛い妹に何かあっても」

 抵抗を止めた私に、勝ち誇ったようにジェイドが笑った。


「妹に何もされたくなかったら弓を用意しろ。ユーリが心を閉じたせいで、弓の場所を見つけられない。あれは、俺が持つから力が発揮されるんだ。お前が持っていても使えない!」

 ジェイドに髪を引っ張られる。


 その時、雨音に混じり複数の足音が聞こえた。


「邪魔が入ったな。ノエル、大好きなユーリのために頑張ってくれるね? このことは誰にも内緒だよ。もちろん俺の秘密も。わかったね? また迎えに行くよ」

「まっ……て、ユーリを、もう苦しめないで」

 悲鳴じみた叫びは雨音で消え去り、去っていくジェイドに届かない。手を伸ばすが、無情にも空を切り、濡れた地面へと身体が崩れ落ちた。



 ……ユーリ待っていて。必ず助けるから。あなたが私を助けてくれたように必ず。だから、待っていて。

 心に誓うと、そのまま瞳を閉じ意識を手放した。

 近づいて来る足音を聞きながら……。



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