【八百長末路】

 晴れ晴れとした青空の天気。奥に見える山の上に見えるのは綺麗な真っ白の大きな雲。私の目の前には一本の道。その両端には小さな住宅街や売店がずらりと並んでいる。鼻孔を大きく広げ、心地いい空気を引っ張るように吸い込む。美味しい。ただそれだけだ。それ以外に何かあるだろうか。いや、シンプルにこの4文字で十分である、と思った。私は乗っていた赤色の自転車のペダルに足をかけ、漕ぎ始める。そして緩やかな下り坂を涼しい風の中、颯爽と駆け抜けていった。


 お肉屋さんのコロッケの揚がる音。魚屋さんの大将の呼び込みの声。駆け回る子供たちの楽しげな声。いろいろな音が私の耳には入ってくる。それと同時に、いい匂いや楽しそうな感じがひしひしと感じられる。ジューー…ッサクっと、定食屋から揚げ物をあげる音が聞こえる。私はその音につられて、ふと定食屋の扉に手をかけていた。そのまま流れにつられて入ろうとしたが、そこには『準備中』の看板。ちょっとタイミングが悪かったなぁと渋々そこを後にした。


 さらに自転車を押して歩いていると、面白そうな雑貨店があった。そこには現代っ子が買うであろう自撮り棒や、携帯端末のデコレーションケースなどが置いてある…わけではなく、ずいぶん昔の商品が置かれているものだ。例としてあげるなら…そうだな。固形の洗濯機の洗剤とかだろうか。そんな昔のものを置いていて売れるのだろうか。すると、店の奥から年老いたおばあさんがエプロンをつけてやってきた。そこには「雑貨屋」と書かれている。そのまんまである。

「久しぶりの客やねぇ。ゆっくり見ていきな〜」

弱々しい小声で私は言われた。お気になさらずとぺこりと会釈をし、商品を眺めていた。本当に何でもあるが、何にもないような感じであった。が、その中にも例外で目を引かれた置物が一つだけあった。別に大したものではないのだが、その置物の裏には金運と書かれてあった。埃をかぶり、奥の方におかれていたものであったが、その中でも黄金に輝くその大判が私を呼んだ風に思えた。招き猫である。私はおばあさんにこれをくださいっと言った。おばあさんは、はいはいとレジ袋にそれを入れたかと思いきや、お代は要らないと言った。それはダメですよとお金を渡そうとする私に、もらってくれるだけで幸せと言ってくれたおばあさんの笑顔は今でも忘れない。そんな気がする。



 なぜか着々と重たく感じ始める招き猫を片手に、私は山の麓の送電塔の下で腰を下ろし座っていた。レジ袋の中は夕日で輝いていた。向きを変えれば眩しく思えるほどだった。これだけ綺麗に輝いていると不思議な力でもあるのではと思ってしまうくらいだ。


 そんな予想は当たった。実際に起こってしまった。会社で謎の出世を果たしたのだ。私の作っていた会社のプレゼンが他社の目につき、契約成立。そして長くないうちに少し大きな会社となったのだ。そのきっかけの私は平社員から係長まで一気に昇格した。別に一生懸命頑張ったわけではないし、本気で作ったわけでもない。期限間に合わせただけのプレゼンだったのだが。まあそれでもよかったことに変わりはない。今までの給料のさらに半分上乗せくらいの給料となった。もちろん裕福となった。


 しかし、それからというもの、私はお金を粗く使うようになり、給料が入れば今までいけなかったパチンコ店や値段がやや高めのお食事処などに行くようになった。もちろんそんなことをすれば万が一のことが起きた時に、何もできない。しかしその時の私は何も考えてなかった。


 そして私は、職を失った。急なリストラだった。というよりも、お金をもらってもいつも通り…いやそれ以下の仕事量しかこなさなかったのだ。いつも頑張っていたのに…残念だと社長に言われ、会社から退社した。買ってしまった高級車や一軒家などのローンが残された状態で仕事を失ってしまった。一ヶ月5万円など払えるとも思ってなかった。そして私は、ローンを払い終わった時には、多額の借金を背負ってしまった。自己破綻をして、クレジットカードを切ったが、とうとう私は自殺してしまった。


 目を開けるとそこは天国ではなく、地獄…でもなく、薄暗い場所であった。動きたくても動かせなかった。それがしばらくの間ずっと続いた。よくわからないが、10年間くらいだろうか。薄暗いところでずっと金縛りにあってる感じであった。しかし、そんな私にも希望の光が見えた。突然目の前が開けた。そこには優しそうな青年が立っていた。私は精一杯の思いを伝えた。その時テレパシーなど信じていなかったが、この時だけは本当にあるのじゃないかと疑った。そして、その青年に助けられた後、彼と、隣の人の会話が聞こえてきた。


「これ、買います」

「いいよ。お代はタダだから持って行きな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る