第2話 異音

「行ってきまーす」


誰も答える人はいないけど、そう言って、私は玄関のドアを開けると、駐車場に停めてある自転車の所に行った。


駅前にある予備校へは、自転車で行く。


日が落ちてきたのと、自転車を走らせてることで、学校帰りよりは暑さはマシになっていた。


15分くらい自転車を走らせて、通ってる予備校に着く。ちょうど、ぞろぞろと予備校生達が教室へと入っていく中、私も自分の教室に入った。


「本田さん」


名前を呼ばれ振り返ると、長身の瀬戸君が微笑んでいる。


「瀬戸君」


私はドキドキしながら言った。


瀬戸君は端正な顔立ちに加えて成績もトップクラスで、密かに憧れの人だ。


「今日の古典って、テストあるよね?勉強してきた?」


私が聞くと、瀬戸君は苦笑する。


「暑くて、勉強する気が起きなくて。あんまりやってないよ」


「私も」


私がそう答えると、不意に瀬戸君の手が、私の方へ伸びてきた。


(えっ……?)


胸の鼓動が一気に激しくなる。


そんな私に、瀬戸君が一言。


「髪の毛ついてた」


「あっ……」


見ると、瀬戸君の人差し指と親指の間に、長い黒髪が挟まれていた。


「ありがとう」


私がそう言った後も、瀬戸君は指先に挟んだ私の髪をじっと見つめてる。


「あの……瀬戸君?」


彼はハッとして言った。


「ごめん……本田さんの髪、あんまり綺麗だから、捨てるの勿体ないなとか思って」


瀬戸君の言葉に、顔が赤くなる。


「あ、いや、オレ何言ってんだろ……」


そう言って、瀬戸君の顔も赤くなった。


私が暑い夏でも髪を伸ばしているのは、瀬戸君が、髪の長い女子がタイプだから。


その時、古典担当の講師が教室に入ってきた。


瀬戸君は、じゃあと言って自分の席に戻り、私も自分の席につく。


「ああ~終わったぁ」


私は両腕を思いきり上に伸ばした。


時刻は9時。


予備校の授業は終わった。


「ねぇ、菜々子」


後ろから声をかけられ、振り返ると、同じクラスの女子が二人いる。


「帰りにコンビニで、アイス買って食べよ」


「うん、了解。ちょっとトイレ言ってくるね」


私は、そう言って教室を出た。


少し薄暗いトイレに入った後、洗面台で手を洗っていた、その時。



ゴボッ……



「え……?」


一番奥の洗面台で、音がした。


何だろうと思っていると、また



ゴボゴボッ……



変な音がする。


私はそっと、その洗面台の方に近づいていった。



ゴボゴボゴボッ……



近づくほど、音が大きくなっていく気がする。


すぐ側まで行くと、銀色の排水口のところに、黒い何かが見えた。



ゴボゴボゴボゴボッ……



さらに近づいた時。



「菜々子~行くよ~!」


友達の呼ぶ声がした。


「うん!」


そう答えた後、もう一度、排水口を見たけど、さっきの黒い何かはもうなくなっている。


(気のせい……?)


私は小首を傾げると、洗面所を後にした。

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