第47話 声

 目の前で暴威をふるう巨大な石像に、ユーリは静かに震えていた。


 見ていれば動きは分かる。向こうが攻撃を仕掛けてくる前に移動すれば、回避は容易い。それでも打ち付けた拳が石の床をえぐり・・・、爆発したかのように石の破片が辺りに飛び散る光景は現実味がなく、言葉も出ない。


 裏面うらめんに来るといつも似たような気持ちになるけど、今回はその比じゃない。タスクくんが背中に傷を負った時など目を覆いたかった。いつもそんな光景を見せられる裏面には気持ちとしては来たくはないけど、何故か本能が向かうように足を踏み入れてしまう。

 今回だってそうだ。自分ではあまり記憶にはないけど、裏面に入った自分を追ってきて、目の前ではヨシカズくんやタスクくんが危ない目にいながら戦っている。


 ――自らの手で戦う力が欲しいなら、その『扉』を開けなさい。


 観覧車の中、かすかに残っている記憶では、そんな声が聞こえた気がする。誰かの声が聞こえたというよりは、自分が自分に語りかける声のようなものを感じた。


 観覧車の中で、絞り出すように『裏面攻略を中断する』と言ったのはタスクくんだ。裏面に行きたいと言った私の言葉を気にしているのだろう。その時は納得したつもりだった。理由は分からないとは言え、裏面に行きたいと言うのであれば自ら戦わなければならない。今まで、二人の背中を追うばかりで自分は何もしてこなかった。

 そんな自分が起こしてしまった事態が現状だ。目も当てられない。


「ギイチ、普通にやってもダメだ! 硬すぎる!」

「そんなこと言っても!」


 巨大な石像に、ヨシカズくんが剣を振るっているが、足の腿あたりに切りつけたものの石像に傷を付けることは敵わない。引っかき傷のような跡が残るだけで、当の石像は平然としている。

 そんな二人の姿は、またも私は見ているだけだ。


 ――力を手に入れるためにここに来たのに、アナタはまた見ているだけ?


 頭の中でもそんな声がする。


 ――自分の手足で前に進もうとしないなんて、みっともない。


 声が私を責めてくる。

 うるさい――うるさいうるさい。

 意図していなかったとは言え、結果的に二人に相乗る形で裏面の攻略を進めていることは自分でだって分かってる。敵を目の前にしては、一人恐れて逃げ回るだけ。力を与える能力を使っては、敵を二人に倒させているだけ。そんなことは百も承知だ。しかし、戦う力もなく、前に進み出る勇気もないのだ。


 ――選びなさい。

 ――アナタは一人でも戦える力を得るために、ここにきた。

 ――今でも一人で戦いたいのか、それとも目の前の二人と一緒に・・・・・・戦いたいのか。

 ――その選択に応じて、私はアナタに力を与えましょう。


 頭の中の声は饒舌だ。選択? 選択とはなんだ。

 一人であの巨大な石像と戦う力をくれるとでも言うのか。


 そんなものくれるんだったら、勿論欲しい。

 二人の後ろで歯がゆい思いをしているだけなんて、もう嫌だ。

 でも、どうせなら――


「私だって、二人と一緒に戦いたい――」


 気がついたら一人裏面の中にいることを知った時、すぐに目の前に現れた二人の顔が忘れられない。裏面には入らないと言ったばかりなのに、自分の後を追って裏面の中に迷わず入ってきた二人。


 二人がもう裏面には行かないと言うのであれば、これからは一人で頑張らなきゃいけない。自分でも裏面に固執する理由は分からないが、それは事実だと直感的に理解していた。だから一人でも戦える力が欲しかった。その力が欲しくて、手を伸ばした結果が今だ。だが、本当はあの二人と肩を並べて戦いたい。


 ――共に戦う、そういうことね。


「そんなの、決まってる――」


 ――そう。決めたのね。

 ――本当は、今渡すのはズル・・なんだけど、これを。


「これは……」


 声に続くようにして、自分の両腕に光る何かがくっついているのが見えた。少し違うが、裏面の中で使える武器を出している時の感覚に似ている。

 その光に目を奪われ、眩しさが収まったと思った時には、両腕に腕輪・・のようなものがはまっていることに気がついた。一瞬これは何だという気持ちが湧くが、横からかかる声にそれが遮られた。


「――ユーリ、危ないっ!!」


 声に顔を上げると、目の前には巨大の石像が迫っていた。

 拳を振り上げ、自分に向かって打ち下ろそうとしている。


 自覚はなかったが、頭に声が鳴り響いている間、無意識に前に出てしまったのか。


 石像の大きな影が自分の体を包み、振り上げられた拳がやけに大きいと感じた時、まるで時間が止まっているようだった。

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