第45話 最後の戦いの前に

 敵の数が減ると、気持ちにも余裕が出てきた。

 倒せた、という事実。それが一歩を踏み込むための自信となる。


「ごめん、ユーリ――もう大丈夫・・・・・

「ヨシカズくん……」

「俺もまだまだいけるぜえ」

「タスク、お前一撃貰ってるんだから無理すんなよ」

「冗談言え――――よっ!」


 ウォーハンマーを振り上げ、相対あいたいする敵に向かって打ち降ろそうとするような姿勢を取っていたタスクが、迫るガーゴイルに向かって前に飛び、持ち直したハンマーの柄尻つかじりで敵の胴体部を突く。


「おらあっ!」


 虚をつかれて空中で一瞬静止するガーゴイルの頭を、今度はちゃんと構えたハンマーの先端部で叩き潰した。


「タスクくん……すごい」

「なんか慣れてきた気がする!」


 最初は数の多さに絶望感に似た感覚を抱いていたが、空中を飛び回る敵とは言え、すばしっこいことを除けばさほど問題じゃないことが分かった。背後に回られないよう常に注意する必要があるが、正面から相手をする分には地上の敵と大差はない。


「よし、全部撃ち落とすぞ!」

「りょーかい!」


 数を減らしたことにより攻撃の手も緩んでくる。全方位からの攻撃がなければ、ある程度余裕を持って回避もできるし、その中で一体を狙い撃つこともできる。

 一体、また一体と地に堕ちるガーゴイルは最後の一体となり、怒り狂ったようなそれががむしゃらに襲い掛かってくるのを、今度は真正面から打ち降ろしたタスクのハンマーが捉え、戦闘が終了した。


「これで最後か」

「ふー、終わった終わった。最初はマジでヤバいかと思ったけど、終わってみるとあっけないもんだな――いちち……」

「タスクくん、怪我……大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫、唾つけときゃ治るって。あ、背中だから唾つけらんねーな」

「馬鹿言ってないで、服脱いで見せてみろ」


 戦闘が終わり、傷らしい傷を負ったのはタスクだけだった。まだ先があるのに手傷を負ったのは苦しいが、あれだけの数の敵に囲まれて被害がそれだけと思えば、かなりマシな方だろう。

 着ているシャツを脱がせて背中を確認すると、斜めに三本線の入った裂傷が見えた。そこまで深くはないが、少なくはない血が流れている。


「お前、本当に大丈夫なのかコレ?」

「まあ痛いには痛いけど、まだいけるぜ」

「だったらいいけど……」


 平気だと豪語するタスクが、片腕をぐるぐると回しアピールしてくる。

 その姿の奥、左右の手に鋭い爪を持った敵――石の床に転がって動かないガーゴイルの亡骸が視界に入った。改めて見ると、その爪はまるでナイフのようだ。降下のスピードと共に襲ってきたそれを背中に受けて、こんな軽い傷で済むもんだろうか。タスクの耐久たいきゅうは、ユーリの強化を加味すると『5』だ。さほど気にもしなかったけど、これが強化の恩恵・・によるものなのかも知れない。


 ひとまずの休息に三人共に床に座り込んでしまうが、タスクもユーリも、勿論まだ終わりじゃないことは分かっている。奥に見える扉、恐らくあの先にこの裏面うらめんのボスがいるのだろう。


「次が……最後だといいな」

「流石に次がボスの間・・・・っしょ。というか、そうじゃなきゃ無理だ」

「もう能力を使える回数もほとんどないですし……」

「無理って言っても何とかするっきゃないけどな。まあ次が最後だと祈るか」


 口ではそう言っても、次が最後だと感じている。多分強敵が待っているんだろうけど、終わりのない戦いを強いられている時に比べたら安堵感がある。


「変な裏面だったけど、何だかいつもに比べて小さい・・・気がするな。敵の数もそんなに多くなかったし」

「確かにそうだな」


 この裏面に入った時に見た『扉』の大きさからして、もっと広大な場所で、敵の数も多いものと予想していた。確かに出てくる敵は強かったけど、いつもの感じだったらもっと多くの敵がいてもおかしくはない。それにどの敵も、こっちを待ち構えるようにしているところが、いつもと違う。


「色が黒ってのも変だったし、なんというか――変な裏面ってことだな!」

「それで納得できるお前が羨ましいよ……」

「え、どーいう意味?」

「何でもない……」


 裏面の様子がいつもと違うことに妙だとは思っていたが、タスクと話していても頭が痛くなるので話はそれで終わりにする。

 小休止もできたので、『そろそろ行くか』と最後の扉に向かうことにした。


おにが出るかじゃが出るか」

「いや、鬼は出ねーべ」

「お前にそーいうツッコミ入れられると、腹立つわ」

「え、何で?」

「何でもない……」


 最後の扉を目の前にして何とも言えないやり取りをする。

 明らかに格上の敵ばかりを相手にして感覚が完全に麻痺しているというのもあるが、次がボスだという緊張をほぐすために、互いにおちゃらけているようでもある。

 横に立つユーリは言葉がなく、困ったように眉をひそめたままだ。


「ユーリも……大丈夫か?」

「はい、大丈夫です……」

「さっきみたいに前に出なくても――下がっててもいいんだよ」

「うん……」


 歯切れの悪いユーリだが、ここで尻込んでいても仕方がない。


「さあ、行くぞ」

「最後だしバーンと派手にカマしてやるか!」


 無理して明るく振る舞うタスクに、言葉のないユーリ。

 それぞれに思うところはあるだろうが、今はとにかく何が出てきても倒して三人で外に出ようという思いで、扉を押し開けた。


 扉の先に広がる空間。

 さっきの広間より一回り大きく、同じように薄暗い部屋だが、明らかに違う。


 部屋の奥には扉はなく、代わりに石の祭壇のようなものがある。

 そして視界に入ってくるのは、その祭壇にそびえ立つ人の形をした・・・・・・石像だった。

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